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(僕の声は? 僕の声を買ったやつはどこにいるの?)

 泣きじゃくりながら、努めて冷静に、そう聞いたそうです。

「声を買った方ですか? いやあ、個人情報をそう簡単にバラすわけにもいきませんし」

 この方向は、いけると確信が持てたそうです。

 それまでの、にべもない断り方ではなく、個人情報だから、という条件が付いてきたからです。押せばいけると考えた椿山さんは、この方向で、押した。

(頼む。教えてくれ)

 必死に訴えかけます。

声はかすれて、聞き取りにくいことこの上ありませんでしたが。

(僕の声が、どんなナンパ野郎に使われているのか、知りたいんだ)

 それから、同じ文言を、何度も何度も繰り返しました。言葉を伝えると言うよりも、必死さを伝えるために。

 そしてようやく。

「……わかりました。今回は特別ですよ」

泣きじゃくり、力尽くですがりついた彼の要望を、豊年万作は受け入れてくれました。

ただし、という条件を付けて。

「依頼人に直接会うことはしないで欲しいのです。遠くから眺める、それだけにして下さいね」

 椿山さんは、首がもげるのではないかという勢いで、ぶんぶん縦に振ったそうです。


 ——うまくいった、という感じですね。

「もちろん、そんな言いつけを守る気なんか、さらさらなかったよ」

 ——どうするおつもりだったんですか?

「相手を見つけたら、つかみかかって、たとえ殺してでも、声を返させる。そのことしか考えてなかった」

 ——穏やかじゃないですね。

「どのみちこのままじゃ、生きてる価値もない。自分で人生を終わらせるのも、法律に人生を終わらせられるのも、天秤にかけるほどのことじゃないと思ったんだよ」

 ——そこまで追い詰められていた、ということ?

「もし、僕と同じような状況に陥って、それでも平静を保つことができる人がいたら、その人は、きっと聖人君子のクソヤロウじゃないかな」


 椿山さんは、豊年満作に連れられて、とある場所へ行きました。

「……あの人です」

豊年万作が指さした先には、車椅子に乗った、パジャマ姿の少年がいたそうです。

年の頃は、まだ小学生か、中学生か。

そこは、都会の喧噪からは少し離れたところに建つ、大きめの病院。

そのリハビリセンターに、2人は来ていました。

車椅子の少年は、頭と目とのどに、包帯を巻いていたそうです。

(あの、男の子?)

想像していた人と、まったく違ったことに、椿山さんは、驚きを隠せません。

セールスマンは、このときだけ、笑顔ではなくなりました。

「一年前、彼は事故に遭いました。轢き逃げです」

神妙な顔つきで、説明しました。

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