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——音楽が。

「え?」

 ——いえ、外から音楽が聞こえてくるなと思いまして。

「ああ、今夜はクリスマスイブですからね」

 ——よろしかったんですか、こんな日にインタビューを受けていただいて。

「お互い様ですよ。いいんですか? 付き合っている方などは?」

 ——今はいませんので。

「そうなんですか? なんだか意外です」

 ——そうですか?

「お仕事が忙しいから?」

 ——そういうことでもない気がします。単に、そういう関係になりたい人がいなかっただけというか。

「大人だなあ」

 ——そんなことないです。

「彼女を失ったくらいで一喜一憂していた僕が、とてつもない子どもに思えますよ」

 ——私も、それくらい人を思えるほどの恋を、いつかはしてみたいです。

「本音じゃないでしょ?」

 ——はい(笑)。なんとなく言ってみただけです。


 その日も、クリスマスソングが流れていたそうです。

 声を売ってから一年。

彼は、一年前、声を売ったあの街角に来ていたそうです。彼女へのクリスマスプレゼントを選んでいた、あの場所に。

声のサラリーマン、あの豊年万作の手がかりは、どこにもありませんでした。あるとしたら、思い当たるのは、ここだけ。彼と出会った、その場所だけ。

それだって、出会える保証なんてまったくありませんでした。

でももし、クリスマスに奇跡というものがあるのなら、今こそ、自分の目の前に示して欲しいと、椿山さんは、それまで本気で祈ったことなどない神様に祈ったそうです。

街中には、アベックがあふれていました。家族連れもいました。みんな、幸せそうな笑顔をしていたそうです。

一年前は、椿山さんも幸せでした。

声優としての仕事をこなし。

世間のクリスマスという幸せの雰囲気に流され。

彼女へのプレゼントで悩み。

未来を信じていた。

当たり前の、幸せ。

まさか、全てを失うとは。

一年前には、思ってもみませんでした。

未来には、誰もが抱える様に、夢と希望しかなかったのですから。

街をさまよい歩きました。当てもなく、ただ歩きました、

次第に、1人、また1人と、人がいなくなります。

お店の灯りが消え、飲食店も次第に人が減っていきます、

通りの車もなくなってき、終電車がいってしまい、駅の電気が消えました。

彼は家に帰ることもなく、ただただ、クリスマスイブの街を、もう既に真っ暗になってしまっている街を、彷徨い歩いていました。

一晩中、歩道沿いに並ぶ、灯りの消えたショーウィンドウを眺めて歩いた末、都会の街中とは思えない静寂の中、ついに、歩き疲れて、地面にへたり込んでしまいました。

ショーウインドウの中には、脳天気に赤と白の服を着た、見事なまでに白いひげ面の、太ったおじさんがいました。

神様なんていないと、確信したそうです。

サンタクロースなんて、どこにもいない。

いや、もしいたとしても、いい子じゃない自分に、プレゼントをくれるはずがない。

そう思ったら、無性に涙が出てきたそうです。

コンビニで買ったビールや酒の缶が、どんどん空いていきます。飲んだのかどうか、記憶が定かではありません。味なんか感じません。

のどごしってなんだよ。

(あああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!)

どれほど自暴自棄になっても、誰にも届きません。何も解決しません。

声がないのですから。


「奇跡って信じますか?」

 ——水をワインに変える類いのものですか?

「学がありますね。そこまで本格的じゃなくても」

 ——基本的に、非科学的なものは信じない性質なんです。

「明快でいいですね」

 ——信じてるんですか?

「今の返答の後だと、言いにくい(笑)」

 ——困らせてすみません。

「でも、そうですね。奇跡とまでは行かなくても、偶然、何かが起きることはありますよね」

 ——ええ。

「その偶然というのは、現実にありえそうになければ、もしかすると、奇跡と呼んでもいいのかも知れないとは思っています」

 ——確率論的に可能性の低い出来事が、奇跡と呼ばれる、ということですね。

「あんまり納得いってない感じですね?」

 ——本来ならばありえないこと、現実にはありえるはずがないことが起きるのが奇跡、だと考えると、確率が低いだけのものを奇跡と呼ぶのは、ちょっと弱い気はします。

「しまった。あなたと、この論争を続けて、勝てる気がしない(笑)」

 ——すみません。ですが、私も一つ、奇跡を起こすことができるんですよ?

「というと?」

 ——水筒の紅茶が、枯れないように無限に出すことができます。

「まさか。嘘でしょ?」

 ——はい。これは2本目です。1本目は、さすがにもうなくなりました。

「やられた」

 ——ほら、奇跡でも何でもありません。

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