10
——音楽が。
「え?」
——いえ、外から音楽が聞こえてくるなと思いまして。
「ああ、今夜はクリスマスイブですからね」
——よろしかったんですか、こんな日にインタビューを受けていただいて。
「お互い様ですよ。いいんですか? 付き合っている方などは?」
——今はいませんので。
「そうなんですか? なんだか意外です」
——そうですか?
「お仕事が忙しいから?」
——そういうことでもない気がします。単に、そういう関係になりたい人がいなかっただけというか。
「大人だなあ」
——そんなことないです。
「彼女を失ったくらいで一喜一憂していた僕が、とてつもない子どもに思えますよ」
——私も、それくらい人を思えるほどの恋を、いつかはしてみたいです。
「本音じゃないでしょ?」
——はい(笑)。なんとなく言ってみただけです。
その日も、クリスマスソングが流れていたそうです。
声を売ってから一年。
彼は、一年前、声を売ったあの街角に来ていたそうです。彼女へのクリスマスプレゼントを選んでいた、あの場所に。
声のサラリーマン、あの豊年万作の手がかりは、どこにもありませんでした。あるとしたら、思い当たるのは、ここだけ。彼と出会った、その場所だけ。
それだって、出会える保証なんてまったくありませんでした。
でももし、クリスマスに奇跡というものがあるのなら、今こそ、自分の目の前に示して欲しいと、椿山さんは、それまで本気で祈ったことなどない神様に祈ったそうです。
街中には、アベックがあふれていました。家族連れもいました。みんな、幸せそうな笑顔をしていたそうです。
一年前は、椿山さんも幸せでした。
声優としての仕事をこなし。
世間のクリスマスという幸せの雰囲気に流され。
彼女へのプレゼントで悩み。
未来を信じていた。
当たり前の、幸せ。
まさか、全てを失うとは。
一年前には、思ってもみませんでした。
未来には、誰もが抱える様に、夢と希望しかなかったのですから。
街をさまよい歩きました。当てもなく、ただ歩きました、
次第に、1人、また1人と、人がいなくなります。
お店の灯りが消え、飲食店も次第に人が減っていきます、
通りの車もなくなってき、終電車がいってしまい、駅の電気が消えました。
彼は家に帰ることもなく、ただただ、クリスマスイブの街を、もう既に真っ暗になってしまっている街を、彷徨い歩いていました。
一晩中、歩道沿いに並ぶ、灯りの消えたショーウィンドウを眺めて歩いた末、都会の街中とは思えない静寂の中、ついに、歩き疲れて、地面にへたり込んでしまいました。
ショーウインドウの中には、脳天気に赤と白の服を着た、見事なまでに白いひげ面の、太ったおじさんがいました。
神様なんていないと、確信したそうです。
サンタクロースなんて、どこにもいない。
いや、もしいたとしても、いい子じゃない自分に、プレゼントをくれるはずがない。
そう思ったら、無性に涙が出てきたそうです。
コンビニで買ったビールや酒の缶が、どんどん空いていきます。飲んだのかどうか、記憶が定かではありません。味なんか感じません。
のどごしってなんだよ。
(あああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!)
どれほど自暴自棄になっても、誰にも届きません。何も解決しません。
声がないのですから。
「奇跡って信じますか?」
——水をワインに変える類いのものですか?
「学がありますね。そこまで本格的じゃなくても」
——基本的に、非科学的なものは信じない性質なんです。
「明快でいいですね」
——信じてるんですか?
「今の返答の後だと、言いにくい(笑)」
——困らせてすみません。
「でも、そうですね。奇跡とまでは行かなくても、偶然、何かが起きることはありますよね」
——ええ。
「その偶然というのは、現実にありえそうになければ、もしかすると、奇跡と呼んでもいいのかも知れないとは思っています」
——確率論的に可能性の低い出来事が、奇跡と呼ばれる、ということですね。
「あんまり納得いってない感じですね?」
——本来ならばありえないこと、現実にはありえるはずがないことが起きるのが奇跡、だと考えると、確率が低いだけのものを奇跡と呼ぶのは、ちょっと弱い気はします。
「しまった。あなたと、この論争を続けて、勝てる気がしない(笑)」
——すみません。ですが、私も一つ、奇跡を起こすことができるんですよ?
「というと?」
——水筒の紅茶が、枯れないように無限に出すことができます。
「まさか。嘘でしょ?」
——はい。これは2本目です。1本目は、さすがにもうなくなりました。
「やられた」
——ほら、奇跡でも何でもありません。
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