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「それでは、改めまして、契約成立、おめでとうございます。それでは、明日の朝、取引を実行させていただきます」

 契約書をしまい、豊年満作は、喫茶店の支払いも請け負って、出て行きました。

しばらくの間、椿山さんは、ぼうっとしていたそうです。

彼は、大金を手に入れました。バイトでも、本業でも、なかなか稼げる金額ではありません。人生、上向いてきました。それもこれも宝くじなんて不確実なものではなく、自分が磨き上げてきた声で。今までの努力が、無駄じゃなかったと、そう感じることができました。

喫茶店を後にしました。

すると、それまで、路を歩けば、如何にもお金持ちそうな人たちとすれ違うたびに感じていたモヤモヤが、すっかりなくなっていることに気づきました。日本一の繁華街を普通に笑いながら歩く人たちと、一体何が違って、自分は評価されないのか、お金が手に入らないのか、悶々としていた日々は、もう過去の物です。

まずは、彼女へのプレゼントを買いました。そして、とりあえずはストレスがたまるだけで面白くもない、イヤな店長がいるバイトも、その場で辞めました。

しばらくは本業に絞って、声優としてのキャリアを磨く。いつまでも駆け出しのままじゃなくて、ちゃんとしたプロの声優になる。

だから、彼女に結婚を申し込みたい。

そんな思いを抱え、クリスマスイブ、彼女の待つアパートへと帰路に就いたそうです。


 ——お疲れさまです。いったん休憩を入れましょうか。

「そうですね。喉がカラカラです」

 ——ぜひ、お紅茶飲んでください。

「お気遣いありがとうございます。できれば、おかわりいただけますか?」

 ——もちろんです。どうぞ。

「ああ、ありがとうございます。いい香りですね」

 ——気に入っていただけて、嬉しいです。

「紅茶を淹れる音、好きなんですよ」

 ——音、ですか?

「はい。カップがソーサーにこすれる音。茶葉をポットに入れる音、ポットにお湯を注ぐ音、ティーストレーナーを通してカップに紅茶を注ぐ音。軽くティースポーンでかき混ぜる音。どの工程も、丁寧に作業をしてこそ、香りのいい、美味しい紅茶にありつけるんです」

 ——気をつけるべき点はご存じですか?

「お湯の温度と、蒸らしの時間、ですね」

 ——お詳しいですね。

「彼女が、紅茶が好きだったので。たたき込まれた感じです」

——納得しました。

「紅茶を淹れる音を全て、自分の口で再現するにはどうしたらいいか、ずっと練習したりしてました」

——声で、ですか?

「そうです。得意なんですよ。動物の鳴き声のモノマネなんかも、よくやります。耳で聴く音は、何とかして自分の声で再現したい性格なんです。この世の中で鳴り響いている音は、有機物無機物問わず、全部、自分で再現したくて、毎分毎秒練習しています」

——すごい努力ですね。

「音マニアなんですかね? でも、当たり前のことです。むしろ、この程度のことを努力だと思ってる内は、この業界で運はつかめません」

 ——運をつかむのも努力?

「どうでしょうね。ただ、最終的に、自分は他人と比べてこれだけやったんだ、ということだけが、自分を諦めずに前に進めてくれるものなんじゃないでしょうか」

 ——それは、なんとなくわかります。運だけでつかめるわけではないですが、運は自ら貪欲に獲りに行かなきゃならない。

「宝くじでほぼ確実に一等3億円を当てる方法は知ってますか?」

 ——毎回買い続ける? いえ、それだと、ほぼ確実じゃないですよね。しかも、一等。

「10億円分買うことだそうです。これで、一等当選確率が93%を越えるそうです」

 ——それは……なるほど。

「一等を当てるための方法ですから。ただ、それが分かってて、10億円を借りる人はいないですよね。もしくは、10億円かき集めるだけの力があるなら、宝くじを買わずに事業を興した方が、実入りがいい」

 ——ただし、一等を当てる=業界で成功するという「運」を手に入れるためなら……

「10億円集めるのと同等の努力は、惜しんじゃいけないってことです」

 ——ちなみに、東大に入る方法は?

「その方法は、世の中で誰もが知ってます。勉強すればいいだけです」

 ——確かに(笑)。なんとなく、成功の秘訣が見えてきました。

「そいつはよかった(笑)」

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