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——いくらくらいでした?
「いや、驚いたのなんの。だって、あんな金額、見たことないんだもの」
——ものすごく魅力的な金額の提示だったと。
「そりゃもう! 僕は数字にあまり強いとは言えないから、余計に、何度も何度も、画面に表示される桁を数え直しました」
——間違いありませんでしたか?
「もちろん、豊年万作の打ち間違いの可能性もあるから、はっきりと確認もしました」
——具体的にはいくらくらいでした?
「当時の僕の、アルバイト収入の年収×3年分ほどはあったね」
——具体的には?
「金額は言えないよ(笑)」
声を売るという意味はよくわからなかったけど、お金は欲しかった。それもこれも、本業でお金がまだ稼げていないためだったそうです。
正直、当時の彼の仕事は、まだ仕事と言えるレベルではなく、生活にも余裕はありませんでした。クリスマスなんて、散財するだけのはた迷惑なイベントでしかなかったとか。
もちろん、彼女に結婚を申し込むだけの資金力があれば、また違っていたのでしょうが。
「いかがでしょう?」
豊年満作の提示した金額は、十分に魅力的だったようですが、彼は、ふっかけてみました。すると、思いがけない言葉が出てきました。
「これ……これじゃ安いよ。いくら何でも」
「やはりそうですか。プロの方ですもんね」
「え?」
豊年満作は、口を滑らせたと、初めて笑顔を崩して、ばつの悪い顔になったそうです。
「あ。いえいえいえいえ、今のは、なしで」
「ちょっと待ってくれよ。もしかして君、僕が何者かわかってて近づいてきたの? たまたま街で見かけたんじゃなくて?」
彼は、豊年満作に詰め寄りました。自分のことが、バレてる? そう思って、警戒心をかなり強めたそうです。
「正直に申し上げると、その通りです。椿山侘助様」
豊年満作は、深々と頭を下げます。
このままでは、交渉が進まないと踏んだのか、豊年満作は、観念して素直に認めたのです。
「今回のお仕事、実は、あなたのお声を気に入った方がございまして、その方からの名指しでの依頼なのです。椿山様のお声が欲しい、と。ですから、偶然を装って近づいたのは、その……」
「その方が安く済ませられると思ったから、じゃないかな?」
「お恥ずかしながら、まったくその通りでございます。売るためにはまず商品を手に入れなくちゃならない。そのための仕入れ代金を低く設定することができれば、その分、私の取り分も増える、というわけでして」
頭を下げてそう言いながら、次第に営業スマイルを取り戻して言っていたようです。
「ですが、こうしてバレてしまったからには仕方ありません。もう少々だけ、色を付けさせていただきます」
と、再び、スマホの電卓アプリを叩きました。
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