第5話 言ってしまった……

「ごめん。ちょっと考え事しちゃって」

「何かあったんですか?」

「たいしたことじゃないの。大丈夫よ」

 完全にあの頃の感情がよみがえってきてしまった。私が女友達に今までに付き合った男性の数を二人と言っているのは三人目の出来事を忘れたいからだ。付き合ったと言うこと自体嘘だから、数なんてどうでもいいんだけど。

「そうですか。悩み事なら聞きますよ」

 本当に?

 私の今までの出来ごと全部話してもいいの?

 そして全てを受け止めてくれるの?

 どうして男は愛してもいない女性と、愛しているかのように寄り添えるのか、あなたに聞いてもいいの?

 ちゃんと答えられるの?

 どうして男達は、私に近づいてきたの……?

 私、軽く見えるの……?

 あなたに、答えられるの? 藤崎君……。

 どうせ、仕事の事で悩んでいるんだろう、ぐらいにしか思っていないでしょ。


 きっと私は何の罪も無い藤崎君をにらんでしまっていたかもしれない。

 何故ならあなたも、男だからよ。

 何を考えているのか全く分からないわ。

 この食事の間に、あなたの目的を見極めるなんて無理。

 藤崎君に嫌われてもいいから、なんでもズバズバと聞いてしまえばいい。


 でも厄介やっかいなことに、私は以前から藤崎君に少しかれている。「好き」という強い感情は無かった。仕事以外では話したことないし。私の手が届かないガラスの向こう側にいるちょっと素敵な人、ぐらいにしか思っていなかった。なのにまさか食事に誘われるなんて。

 だから今にも浮かれてしまいそうな自分が怖い……。ここのお店に入ってから、ずーっと浮かれそうな自分を抑えている。

 もうみじめな思いはしたくないから。もう傷つきたくないから。あんな辛い思いはもうしたくないから。そして、あなたに四人目の男達になって欲しくないから。

 私だって頭ではわかっている。幸せになるには、怖くても、傷つきたくなくても、歯を食いしばって一歩前に進むしかないことを。

 でもまた傷つきそうで、怖い……。


「高塚さん、大丈夫ですか? 涙でてますよ」

 えっ、うそっ。私、泣いている。

「無理しないほうが良い。もう帰りましょうか?」

 ごめん、ちょっとパニックになっただけ。そんなに心配しないで。帰り支度したくを始めた藤崎君が伝票を持とうとしたから、とっさにその伝票を手で押さえた。

「もう大丈夫だから。ごめんね、気持ちが不安定になって」

 一つずつ順番に話そう。もうそれしか私に出来ることは無い。

「本当に大丈夫ですか? でも無理はしないで下さいね」

 藤崎君は突然涙を流した私を見て、どう思っているのだろう……。


 とりあえずゆっくりと息を吸って、心を落ち着かせよう。


 よし。


「私は過去に、恋愛でとても辛い思いをしたの」

「そ、そうなんですか。どんなことがあったんですか?」

「聞きたいの?」

「そういうわけじゃ……。でも辛い思いを抱えたままでいるより、話してしまった方がいいんじゃないかと思って」

「そうかもね。でも、もう心の奥に押し込んだの」

「そうですか……」

「辛い思いをしたせいで、私は男の人が何を考えているのか、分からなくなってしまった」

「……」

 藤崎君、黙っちゃった。そりゃそうよね。急にこんな話しをされたら、戸惑うわよね。でも本題はここからなの。

「藤崎君がいま何を考えているのかも分からない」

「ぼ、僕、ですか……」

 あっ、ちょっとキツイ言い方だったかな。でも、もう戻れない。

「どうして今日、私を食事に誘ったの?」

 ハトが豆鉄砲を喰らったような顔って、きっと今の藤崎君なんだろう。お願い答えて。耳を真っ赤にしたままモジモジしていないで、何か言って。

 でも……、嘘はつかないで……。

「い、以前から、高塚さんの事が気になっていて……、それで仕事以外でも話がしたいと思って……」

 私の事が気になっていたの? 何よそれ。今までの男達も同じようなこと言っていたわ。どうしてそこで言葉が止まっちゃうのよ。

 あなたもきっと今までの男達と同じような、男の習性を持っているんでしょうね。

 だって男だから。


 でも重要なのはあなたが私に恋をしているかどうか。私が知りたいのはそれだけ。今までの男達は私に恋なんかしていなかった。

 どうして黙ったままなの……藤崎君……。何か言ってよ……。私から話し出しちゃうじゃない……。


「ねえ……」


「はい」


 えっ、ちょっと、ヤダっ……、私は何を言おうとしているの……。


「私に……」


 まともに藤崎君を見れない。



「……私に……恋をしてくれますか……」


「……」


 言ってしまった……。

 自分からせがむなんて。やっぱり私はみじめな女なんだ……。

 きっと藤崎君も呆れて苦笑にがわらいしているんでしょ……。


 えっ?

 どうしたの?

 さっきまでモジモジしていたワンちゃんは何処に行ったの?

 どうしてそんなに真剣な顔で私を見ているの?

 怒っているの?



「僕はもう、


 高塚さんに恋をしています」



「……」



 藤崎君なに言っているの。


「えっ……。その……。えっ?」


 ずーっと待っていた言葉なのに、藤崎君がハッキリと言ってくれた言葉なのに。どうしてためらっているの、私は……。

 私がいつまでも動揺しているから、藤崎君がまたオドオドしたワンちゃんみたいになっちゃってるよ。

 何か言わなきゃ。

 そうそう、焦る必要はないよね。タイムリミットがあるわけではない。私も藤崎君も少し落ち着いて様子を見た方がいい。

「あの……、返事は今日じゃなくてもいいよね?」

「はい。高塚さんの気持ちに合わせます」


 私はきっと、藤崎君のこんなところに惹かれているのかもしれない。

 彼もホッとしたみたい、急に口数が多くなったよ。そういう私も、ホッとしたかも。

「何かスイーツでも頼みましょうか。高塚さんは何がいいですか?」

「私は餡蜜あんみつかな」

「さすがにイタリアンのお店に餡蜜あんみつはないと思うけど……。あっ、あった」

 だからここはイタリアンというよりファミレスだってば。

 へ~、藤崎君も餡蜜あんみつなんだ。和のスイーツが好きなのかな。


つづく……

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