第二幕〈予定〉

1話 これまでとこれから①〈第二部〉

注意書き


・この作品はBL作品になります。


・第一部に比べてBL要素強めです。この先も強くなっていくと思います。


・書いてる人がかなりのオタクなので何かに似てるなんて箇所が多々あるかもしれませんが温かい目で見ていただけたらと思います。


・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。


・主人公がかなり不憫ですので苦手な方は読むのをお控え下さい。


・実在する建物、歴史とはなんの関係もございません。


・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。





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 きょうの体は成人済みでも、見た目はせいぜい15歳程度だった。やはり神になりかけた後遺症は大きい。

 15歳より体が退行する場合もある。逆を言えばまた15歳まで戻ったりもする。急な変化ではないが、なんだか年齢詐称な体だ。


みやび干灯えとう。響の体に異変はあるか?」


 そう聞いたのは九導くとうだ。

 響はあの件以来、定期的に何も異常がないか、身体を見てもらっている。

 雅は陰陽系含めた医学方面に詳しく、干灯も同様の知識もあり、陰陽系含めた研究者だ。簡単に言えば雅はこの界隈での医療のエキスパートで、干灯はそこに化学を混ぜたエキスパートだ。


「うん。問題ないよ」


 干灯は検査結果の資料を見ながらそう言った。


「最近はちゃんと寝てる? ご飯は食べてる? こちらの仕事を手伝ってくれるのは有り難いけど、休暇も大事だよ」


 雅は響に聞いた。

 響のその隣にはシキが居る。

 シキ達が戻ってきたのは本当に奇跡のようで、れんかなで紅蓮亜くれあ那珂なかも、もちろん九導達も心の底から喜んだ。何より、響が笑うようになってくれたのが皆、嬉しかった。


「はい。前よりは毎日健康です」


 響はそう言ってシキを見た。だが響の予想と反してシキは怒ったような顔をしていた。


「シキ? どうしたの?」


 響は不思議に思ってシキに聞いた。


「響、眠れてなかったの? ご飯も食べてなかった? 何それ。聞いてないよ」


 シキは自分達がいなかった間の事を響に聞いていたし、一部始終は見れていた。だが全部見れたわけではなかったし、せいぜい見れたと言っても最初の頃で、九導らとの和解、憐と奏との仲の修復以降は見られなかった。

 だから本人に聞いたと言うのに、響は黙っていた。


「えっと、細かくは、聞かれなかったから…」

「響は聞かれなかったら黙ってるの?」


 シキの目線は鋭くなって、響は気まずそうに目線を逸らした。

 雲行きの怪しくなった2人を、九導、干灯、雅の3人は少し心配そうに見守りながらも、響の性格上自分からは言い出さないから、シキには話した方がいいだろうと思い、干灯が話に割って入る。


「シキ。響くんはね君達が居なくなってから、悪夢をよく見るようになって、食事も最低限しか取らなくなっていったんだ。そして仕事も少しばかり無理をするようになった」


 少しばかりとは、響を助ける為に行った言葉だ。実際のところ、周りが心配するほどに響はかなりの無理をしていた。その度に同じ二の舞は踏まないと、九導らは奏と憐や那珂に頼み、休ませるよう誘導していた。

 干灯のその説明にシキは響が座っている診察台の目の前に椅子を置いて響と向かい合う。響の手はシキに握られている。


「どう言う事? 僕たちがいった事忘れてたの? 響には幸せになって欲しいって言ったよね?」


 シキのその言葉に響は俯いていた顔をバッとあげて、慌てて否定する。


「違うよ! そんなわけない。そんなわけ、ないけど……夢はどうしようもないし、ご飯は、段々と味がしなくなっていったんだ…、シキ達と食べないと、美味しくない」


 弱々しくなっていく言葉にシキは察した。だから自分達には言えなかったのだと。

 自分達がいなくなったせいだと、思わせたくなかったのだと。

 優しい子だから。


「そっか。ごめんね。じゃあ悪夢は? どんなの?」

「話にまた割ってしまってすまない。その件はあまり響くんも思い出さない方がいいと思う」


 干灯のその言葉を聞いてシキは干灯達を見た。


「この診察台、まだ少し借りても大丈夫?」


 シキの意図の読めない質問に訳のわからないまま3人は頷いた。


「響、ごめん。少し眠ってて」


 シキがそう言った途端、響の意識は落ちた。倒れそうになるのをシキが支えて、響を診察台に寝かせた。


「大丈夫なのか?」


 シキが響に危害を加えるとは思えないが一応という感じで九導は聞いた。


「うん。眠ってもらってるだけ。今からちょっと響の悪夢をくけど、一緒に見る?」


 その提案はシキなりの、九導達への歩み寄りだった。


「いいのか?」


 九導はそう聞く。


「うん。でもあんまりおすすめはしないし、響からしてもアンタらには知られたくない事かもしれない。響はアンタらを赦すと決めた。何を見ても響の前であからさまに態度は変えないで欲しい。それでも見る?」


 その問いかけに3人は「ああ」と頷いた。

 「分かった」とだけ言ってシキが呪文を唱えれば、前に味わった追憶体験とは違って、モニターのように響の悪夢が覗けた。

 そこに最初に映し出されたのは、実千流の仏壇に手を合わせる響と、九導らを遠ざける様子だった。


「この辺は僕たちも知っている事実だから飛ばすね」


 シキのその一言で場面が変わる。

 次に映し出されたのは、昔憐の事を頼んだ後に雅と会っていた響だった。


「この時のが響にとっては悪夢って事?」


 雅がそう呟いた。


「いや、この後に何かあるのかも」


 流石と言うべきか、干灯はやはり察しと読みがいい。その干灯の言葉を信じて4人はそのまま見続ける。


 夜道を歩いていると、突然響は何者かに襲われて眠らされ、次に目を覚ましたら分かりやすい拷問部屋に居た。そして目の前にはメスをもってニタニタと笑う男。明らかな精神異常者で、陰陽道の幹部達、上の回し者だった。


「なにこれ…」


 これから始まる事が察せられて干灯は思わず呟いた。


 それから地獄は始まった。

 響の体は十分な麻酔すら打たずに、血を抜かれ、皮膚を剥ぎ取られて、裂かれて、中を弄られて、内臓を取られ眼球を抉られ、その度に治される。

 激痛に叫んでは気を失って、また激痛に起こされる響を男は楽しそうにしていた。




『なぁ響くん。もう逆らうのはやめたら?』


男は意識が朦朧としている響に問いかけている。


『ッ、さか、らうって、?』

『知らんぷりするの?』

『だからっ、なにが?』

『九導一派を守りたいんでしょう?』


男がそう言った途端、繰り返される激痛と気絶で思考が鈍っている響は分かりやすく男を睨んだ。


『なんで僕がそんな事を?』

『へぇ。あくまでシラを切るんだ』


そう言って男はまたメスで体を開き、人体を調べるように弄り出した。


『ヴッ、グッ、!、アア゛ァ゛ーーーッ!!』




 やめろとも、やめてくれとも言わないけれど、響はまた叫んでは気絶してを繰り返している。


 どれくらい地獄のような映像が流れただろう。


「もう、やめてくれ…」


 呟いたのは九導だった。

 どんなに聞かれ痛めつけられても響は全く九導達の事は吐かなかった。


「響がこんな目にあったのが、これだけだと思う? 見てられないなら出ていけ」


 これもシキなりの優しさではあった。普通の人ならこんなのきっと見ていられない。


「お前はっ、これを見て! 平気なのか!?」


 雅は声を荒げてシキを睨みつけた。

 でもそれを止めたのは干灯だった。


「やめろ雅。よく見ろ。一番辛いのはシキだ」


 よく見ればシキは拳を握りしめて、そこからは血が出ている。唇だって強く噛み過ぎて血が滲んでいた。

 当たり前だ。シキは誰よりも響が好きで尊重していて、大切なのだから。

 こんなのを好き好んで見る奴なんて居ない。でも知りたいのだ。響に何が起きたのかを。響にとって怖いものを。本人も知らずうちに恐れているトラウマを。


「っ、すまない」


 雅はそう言ってまた映像を見ていた。

 だが耐えられないのは皆同じだった。皆が皆、拳を握りしめて怒りに耐えている。

 ここに豹夏が居なくてよかったと、3人は思う。きっとアイツは隠しきれないだろうし、情に流れやすい奴だから耐えられなかっただろう。

 場面は変わって、奏の死の夢。そしてまた先ほどとは違う日の拷問の夢。

 シキ達と出会ってからも、あの拷問のようなものは度々あったらしかった。

 そしてやっと、地獄のような映像は終わった。

 重々しい空気だった。


「…拷問のようなものを受けた事があるとは聞いていたが、こんなにも酷いとは知らなかった……。もっとちゃんと調べて聞いてやるべきだった」


 干灯は響の体質を調べる際に、響が痛みに強い事を知った。そしてそれは過去に強い痛みを耐えていたからなのではと思い聞いた事があった。だけど想像の何億倍も酷いものだった。


「どうやったら、あんなに自分よりも小さい体を、痛めつけられるんだ…」


 雅も絶句したように固まっていた。


「なんでこんなのに耐えられたんだろうな。なぜ今普通に笑っていられるのだろう」


 九導の呟きはごもっともだった。

 肉親にすらあんな扱いを受けて、あんなのを繰り返されて、なんで響の精神は壊れなかったのかと、いっそ壊れた方が楽だったのではないかとか思うほどの地獄だった。


「過去は悔やんでも仕方ない。でも、少なくても僕には今の響が普通の状態には見えない。こんな悪夢を見ている時点でこれはトラウマだ」


 シキはそう言った。


「本来ならカウンセリングに通うべきだが、他人に任せたところで響くんではあまり意味がないだろう。君たちといる方がきっと安心する」


 干灯が言った言葉に、シキはもうこれ以上無駄に響を人と関わらせるつもりはなかった為当たり前だと内心思っていた。


「…あの男、———殺しても問題ないよね?」


 シキのいつもからは考えられない低い声に3人はゾッとした。


「どうする? 九導」


 干灯が九導に聞いた。


「こんなのどうせ死罪だ。殺しても構わんだろう」


 なにも怒っているのはシキだけではない。


「死体も残らないかもしれないから、終わったら報告だけするよ」


 そう言ったシキの声はもういつも通りの声だった。


「なぁ、さっきの悪夢、今寝てる間も見てるわけじゃないだろう?」


 雅がシキに聞いた。


「当たり前だろ。そんなの見せるわけがない。今は本当に寝てるだけ。夢も見てないよ」


 シキが当たり前のようにそう返した瞬間、響の瞼が開いた。


「ん、……あれ、シキ?」


 響はすぐに目でシキを探した。そしてシキはすぐに響の視界に入るように顔を覗き込んだ。

 その光景を見て3人は思う。まだ響の傷は癒えていないと。

 シキが居なくなってしまう事を極端に怯えている。


「響、突然眠らせてごめんね」

「ん。いいよ」


 そう言って響は体を起こす。

 なんとなく自分を眠らせた訳と、3人の顔色を見て、察しのついた響は気まずくてシキから目線を逸らした。


「はぁ。態度に出すなって言っただろう」


 シキは溜め息を吐いて呆れた声を出した。


「まって、シキ。手から血が出てる。唇からも。何かあったの?」


 響はシキの手を広げて、唇に触れて、心配そうにした。

 これだけの傷を響は心配するのに、それよりもはるかに重い傷をどうして自分達には心配させてくれないのだろうシキは思う。


「大丈夫だよ」


 シキは少し冷たくそう言った。


「え…。シキ? あ、干灯さん、何か拭えるもの貰えますか?」


 響はシキの様子を変に思いながらも、干灯に拭えるものを要求した。干灯はすぐにタオルを響に渡した。


「痛くない?」

「痛くない」


 響の質問にシキは間髪入れずに答えた。

 何か変だと、響は気づく。

 いつものシキなら、少し苦笑いをしながらも、少し痛いかな、なんて言うのだ。


「嘘だよ、痛そうだよ」

「痛くないよ」


 響はシキの手にタオルを当てながらも、シキの目を見ていた。


「何か怒らせるような事しちゃった?」

「うん。僕怒ってるよ」

「えっと、」


 どの夢を覗かれたか分からない響にはシキが何に対して怒っているのかが分からない。

 ただ漠然と、嫌われてしまうのではないかと言う不安があった。


「腕も、足も、胸も、お腹も、首も、目も、響は痛くなかったんでしょ?」


 シキのその言葉に響はやっと気づいた。

 そしてそれは響が一番見られたくない悪夢でもあった。


「おいシキ、それを思い出させるのは」


 干灯が止めようとしたのをシキは結界で遮断した。シキは響の事になると強引すぎるところがあるので3人は参ったなと頭を抱えるも、結界の外から見ているしかなかった。


「…痛かったのは、最初の頃だけだよ」

「本当に? じゃあなんで僕たちと出会ってからも隠してたの?」


 シキは真っ直ぐ響を見つめて問いかけた。


「そ、れは…」


 響はシキ達に嘘がつけない。だから黙り込んでしまった。


「響」


 シキの凛とした声が響を呼ぶ。

 引き結ばれていた響の唇が震えた。


「い、痛かった……すっごく、痛かったんだ、本当はっ、あたまがっ…おかしくなりそうだった…ッ」


 響は泣いていた。

 響の悲痛な叫びに結界の外で九導達3人は顔を顰めて俯かせた。随分長いこと一人で、地獄を歩かせてしまった。壊れてしまった方が楽な地獄を。壊れてはいけない理由が自分達であったと思い、悔やみながら。悔やんでも悔やんでも悔やみきれないとは、正にこの事だと。

 情緒を覚えたばかりの響は情緒のコントロールができない子供同じだった。

 そんな響をシキは抱きしめた。


「うん。そうだよね」

「あっ、あいつが、まだ夢に出てくるっ、夢だって、わかってるのに」


 縋り付くように響はシキの胸元の服を握った。


「痛いなら痛いって言って良いし、怖いなら怖いって言って良い。それを思う事は正しい事なんだよ」


 響はまだ覚えたての感情の正しいを知らない。知る前にシキ達は一度いなくなってしまったから。


「ぅ、うん、ごめんなさい」

「謝らなくていいよって言いたいところだけど、悪夢で起きるから一緒に寝てくれなかったの?」


 その頃には結界は解けていた。

 なんとか丸く治ったらしい2人に3人は安堵するも、シキはどうやら別のことで怒っている。


「う、うん。起こしたら悪いかなって。ほら、シキ達力は残ってても、半分人間だから今は寝るでしょ?」

「それはそうだけど、関係ないよ。今日からまた一緒に寝るでしょ?」


 シキは少しだけ圧をかけた。前は一緒に寝ていたのに、戻ってきてからは一緒に寝てくれなくなった響に不満があったからだ。


「分かった」


 響はそう返事をして最後にもう一度ごめんねと謝った。シキも、もう怒ってないよと返して、2人は笑っている。

 そこに割って入ったのはどこか気まずそうな雅だった。


「あのさ、前も2人で寝てたの? 毎日?」


 雅の疑問は3人の疑問であった。


「うん? 当たり前じゃない? 前なんて特に響と居られる時間少なかったんだよ。案件案件案件って、ワーカーホリックもビックリする程の働きっぷりだったからね」


 それを言われちゃあ、3人は言及しにくい。


「今も一緒に寝るのか?」


 次は九導が聞いた。


「戻ってきてから響は頑なに嫌がってたけど、それももう解決したからそうなるね」

「響くんはそれでいいの?」


 干灯の疑問にシキも響を見つめた。


「僕も、本当はシキと寝たかったから」


 響は少し照れたように言った。

 だがその表情を見て何故かシキは青ざめた。


「え、まって響、僕たちがいない間で恋人でもできたの?」

「えっ、会った時も言ったけど、出来てないよ?」

「そんな甘え方どこで覚えたの…」

「僕シキに甘え過ぎてたかな?」

「ぜんっぜんだから! なんならもっと甘えて!? 僕だけじゃなくてダイラ達にも! いやでも、最初は、僕がいいけど」


 支離滅裂なシキの言葉に響は笑った。

 3人はポカンとして会話の成り行きを見ていた。

 お前らは付き合ってるのか?と聞ける人物はいなかった。豹夏がいたなら聞けただろうが、あいにく今ここにはいない。


「あ、そろそろ僕たち帰るね」


 シキはそう言って響を立たせた。


「あ、あぁ」


 いまいち処理の追いつかない中、なんとか返事をできたのは干灯だけだった。


「ありがとうございました」


 響はそう言って行儀良く3人に頭を下げた。


「響。無理はしなくていいが、此処へはいつでも来てほしい。俺たちはお前に会いたい」


 九導がやっとの思いで紡げた言葉だった。

 響は和解してからも仕事と検診以外でここへ来る事はなかった。シキ達が戻って来てからはたまに訪れるようになったが。

 響が一人でここへ来る時まだ緊張したり、震えたりすることがあるのも知っていた。それでも和解したのだから、やはり会いたいのだ。

 同じ仕事をしている仲間として。親子としても。時は戻せないのだから、もう1からやり直せなどしないけれど、気が向いたらでいいから会いにきて欲しいと言うのが、九導達の本音だった。


「うん。実千流みちるさんにも会いに行くるね」


 響はしばらくの間、九導と実千流をどう呼ぶか迷っていたみたいだが、名前呼びが一番呼びやすいと言ったので、2人も本人が呼びやすいのならなんでもいいという事で名前で呼ぶようになった。


「気が向いたらでいい」


 響が無理をしないようにと九導はそう言った。


「ま、一人では行かせないけどね」


 シキがそう付け加えて響は笑った。

 そして2人は自然な流れで手を繋いで出て行った。

 残された3人はやはり口に出さずにはいられない。


「…仲、良すぎじゃないか?」


 干灯はそう言った。

 そして九導と雅も頷いた。


「ま、まさか付き合っている、とか」


 九導がそう言うと雅は九導を見た。


「あのさ、すごく言いにくいし、でも気づいてると思うから言うけどさ、那珂と奏と憐も怪しいと思ってるんだけど……」


 雅の呟きに2人は頷いた。


「いやまぁ、あんなにさ? 命かけて守ってくれてたら好きになるのはわからなくはないが…」


 干灯は誰へかも分からない言い訳じみたものを並べる。


「……響くんはモテモテだねぇ…」


 雅はもはや苦笑いだ。


「まてまてまて。響にそう言うのはまだ早いだろう」


 九導が突っ込んだ。


「は? 響くんもう成人済みだよ。見た目は15歳くらいだけど」


 何言ってんだと言った顔で干灯は返した。


「まぁ、まぁでもまだ情緒や感情を覚えたばかりだしさ、まだ早いのはわかる」


 雅も謎のフォローをした。

 大人達は酷い扱いをした分、まだ子供として可愛がりたいのだ。


「いや、まだ早い」


 九導は頑なだった。

 3人の疑問は憶測のままである。






_____________________






「響、今日から一緒に寝るの強引にしちゃったけど、本当に大丈夫?」


 先ほどは強引だったのに、帰り道で伺うようにシキは響に聞いた。


「さっきも言ったけど、僕も前みたいにシキと寝たかったんだよ」


 響は少し笑いながらそう返した。


「ならなんで拒んでたのさ。最初から甘えてればいいのに」


 シキの疑問は最もである。


「だってそれは、僕見た目こんなんだけどもう大人だし、まだ一緒に寝るのは変かなって思ったから」


 響の感覚は間違っていない。なんなら子供でも一緒に寝るのは世間一般では中々に珍しい。でもシキには関係なかった。


「僕たちは僕たちで家族を作ってくんだよ。普通とかはどうでもいいよ」


 シキはまだ少しだけむすっとしていた。自分から振った話題なのにと思いながら響は笑った。


「シキはそんなに一緒に寝たかったの?」

「当たり前じゃん! 僕はもう少しも響と離れたくない」


 シキは真剣だった。

 響と離れた時間は本当に生き地獄のように感じられたのだ。それは響も同じ。


「僕もだよ。今日のご飯何にする?」


 前よりずっと素直に気持ちを伝えてくれるようになった響にシキは嬉しかった。


「響はいつも案件の仕事とかで疲れてるでしょ? 今日はゆっくりしよう。ご飯はダイラが作って待ってるって言ってたよ」

「え、ほんとに? 嬉しいなぁ。ダイラのご飯美味しいよね」

「ゆっくり帰ろう」


 2人は散歩しているような感覚でゆっくり家まで帰った。




 家の玄関を開ければ、ダイラとミョウとチョウは気配で帰ってくるのに気付いていた為、玄関で2人を出迎えてくれた。


「おかえりー、響ちゃん、シキ」


 ミョウはいつものように笑顔で出迎えてくれる。響の手から流れるように荷物を取った。


「ただいま。ミョウは戻ってきてからお姉さんみたいになったね」


 響は率直な感想をミョウに言った。


「シキが兄で弟なら、私は姉で妹でもいいでしょう?」


 ミョウの笑顔はこちらも笑顔になれるほど、明るい。


「はは、そうだね」


 響は笑った。


「…おかえり、体、大丈夫だった?」


 チョウは表情こそそんなに変わらないものの、少し心配そうにしている。


「ん、チョウもただいま。大丈夫だったよ」


 響はチョウの頭を撫で仲間ら言う。


「…そう、よかった」

「おかえり、ご飯はできてるぞ」


 ダイラがそう言って響の頭を撫でた。

 ダイラは戻ってきてから前よりも親のようになった。響はもう大人なんだけどなと思いつつも、嫌じゃないので何も言わない。


「本当だ。いい匂いする」


 響はそう言って手を洗いに行った。

 ミョウとチョウもそれについていく。


「シキ、どうじゃった?」

「うん。体質の方は問題ない。内臓も全て人としてちゃんと機能してる。ただ精神的には問題ありまくりだね」


 体質は問題ないと言う言葉に少し安心する。一度は死よりも遠くに行ってしまった体、何かあっても不思議じゃない。でもその後に続いた精神の方に問題があると聞いてダイラは顔を曇らせる。


「どう言う事じゃ?」

「うん、夜ねよく眠れてないみたい。悪夢を見てるみたいなんだ。それも酷い悪夢」

「…どういった夢なんじゃ?」


 ダイラは少しだけ聞きたくないような気もした。自分たちの愛し子を苦しめる存在など。


「響が話してくれないから、術を使って映像で見たんだけどね。拷問、奏の死、拷問、僕達と離れてしまった時、拷問って感じで、地獄みたいに胸糞悪い映像だった」


 ダイラはゾッとした。あんなに小さかった少年がそれに耐えていた事に、ゾッとした。


「それは記憶なのか?」

「そうみたい」

「拷問とはどのくらい?」

「もう数え切れないほど。十分な麻酔もなしに、身体にメスを入れて、中を弄って治して、眼球を抉って治して、内臓を取っては治して、それの繰り返し。最初は特別に強い響の研究のためだったみたいだけど、後々や麻酔をあまりしないのはやった男の趣味だろうね」


 ダイラからは密かに殺気が出ていた。


「…人間の考えることは、つくづく分からんのう。———もちろん、その男は殺していいんだな?」


 一段とダイラの声は低くなった。


「もちろん。ちゃんと九導らにも許可はとったし、死体も残さなくていい」


 その言葉にダイラは頷いて、しばし黙った。


「…響が今笑ってられるのは奇跡か?」


 平穏に見えた生活はハリボテだ。前より環境がよくなっていても状況はさほど変わらない。起きてしまった不幸は無かったことには出来ない。例え死者が生き返ったとしても、失った悲しみは深く、そして生き返ったからこそ、また失うのではないかと怯える。


「そうだね。アイツらも言ってたよ。幸か不幸か、あの時の響はまだ情緒が発達していなかった。だからあまり重く受け止めなかった、というよりは、その記憶と感覚に蓋をしたんだ」


 ダイラは黙ってシキに続きを諭す。


「それが今となって仇になった。感情や情緒が分かってきてら、今までの経験がどれだけ辛いものだったのか分かってしまう。それでも正しい感情を知らないから、何が間違っているのか分からない。善も悪も知ってるのに、その残酷さを知らない。相変わらず歪だ」


 なんとなく、響の異変にはシキの他の3人も勘付いていた。前より素直に気持ちを口にするようになった。それはとてと喜ばしいことだ。でも自分からは言わないのだ。特にシキ達が関わってくると、些細な一緒に寝たいと言う願いも、響には正しいのか分からなかったほどなのだから。


「思ったより深刻じゃのう」

「大丈夫さ。もう響を一人にはさせないんだから。僕たちが居る」


 シキの力強い言葉にダイラはやっと顔を明るくした。

 そのタイミングで響たちがやってきた。


「2人ともまだそこに居たの? そろそろご飯食べない? 僕お腹すいちゃった」


 今日は案件の仕事が終わってからの診察で碌なものを食べていない。お腹が空くのは当然だ。それでも、それは前の響ならきっと言わなかったであろう事だった。だからやはりそんな些細な変化がたまらなく嬉しい。


「うん。今行くよ」


 シキがそう返事をすればミョウ達に呼ばれた響はご飯を出すのを手伝いに行った。


「それにしても、」


 ダイラが呟くように言った言葉にシキはダイラを見た。片手で額を抑えている。


「少し素直になった響は本当に可愛いのう…」


 シキは絞り出すようにそんな事を言うダイラにポカンとした後笑い出した。


「あは、あはははっ! ダイラってば、親っていうよりそれはもうおじいちゃんだよ!」


 シキはそう笑っているが、同感だった。

 甘えると言う事をまだ覚えている最中の響はちょっとしたことでも少し照れくさそうに言う。響は元々美人で顔がいい。その様子が可愛いのは当たり前だった。


 ひとしきり笑ってからシキも手を洗い、リビングに向かった。

 ダイラもなんとか深呼吸をして、みんなの所に向かう。

 そこにはもうダイラが作ったご飯が並べられていた。


「お、ありがとう」


 ダイラは響とミョウとチョウに礼を言った。


「早く食べようよ。私もう腹ペコよ」


 ミョウがそう言って席に着くのを急かした。

 そして皆んなでテーブルを囲い座って、いただきますをしてから食べる。前の生活ではなかった光景だ。響はいつも忙しくしていたから、休む時間はおろか、ゆっくりご飯を食べる時間なんてなかった。

 そんな事をシキ達が考えていると、テーブルではなく、カウンターに置いていた響のスマホが鳴った。


「わ、ごめん。仕事の件かもしれないし、出てきてもいいかな?」

「そうじゃな。出たほうがいいだろう」

「でも今から仕事はなしだからね?」


 ダイラは了承して、シキは釘を刺した。そもそも響は本当に働きすぎである。


「うん。わかった。ごめん、出てくるね」


 そう言って響はスマホを取ってベランダに出た。ベランダには簡素な椅子とテーブルが置かれている。カーテンも閉められている為、ベランダに出れば声も聞こえないし、姿も見えない。


「響ちゃん今からお仕事かな?」


 ミョウは少し寂しそうに呟いた。


「例えそうだとしても、僕がすぐに九導達に電話して別に回してもらうさ。響は働きすぎなんだよ」


 シキが言った。九導達はシキに弱い。と言うより響に弱いのだが。シキが誰よりも響を心配して思っているのを知っているから、響関連の頼み事はなんでも聞いてしまうのだ。


「…それは流石に、響が怒るんじゃない?」


 チョウのごもっともな意見にダイラは苦笑いだった。


「仕事の電話にしては遅くない?」

「まだ5分も経っていない」


 シキの不満にダイラは呆れたように返した。

 そこでベランダの開く音がして響が帰ってきた。


「仕事だったの?」


 シキが一番に聞いた。


「ううん。奏と那珂さんから」

「なんて要件?」


 シキからの質問は続く。


「今度1日オフにしてもらって3人で遊びに行かないかって」

「はぁ?」


 シキは分かりやすく不機嫌になった。


「行くのか?」


 ダイラも少し不満気に聞く。

 奏や那珂を信用していないわけではないけれど、ずっと不調の響を家族以外の誰かに任せるのが心配なのだ。8割建前だが。


「3人だけはダメ」


 シキが言った。


「ぁ、そ、そうだよね」


 疑問にも思わず、なんだか少し悲しそうに頷いた響に何か誤解があるのではと思った。


「僕が安全ってまだ九導さん達には証明できてないから。何かあったらまずいよね。元々裏切り者側に居たと思われてたし仕方ないのは分かってる…」


 響の言い分にシキ達4人は呆気に取られた。


「え、まって、響ちゃん本気で言ってる?」


 ミョウが食事を中断して聞いた。


「なにが?」

「…あれからもう何年も経ってるけど」


 チョウも信じられないように言う。


「響は今まで九導らと仕事していたんじゃろう?」

「うん」

「まじなの…」

「…まじだね」

「まじかぁ」


 ダイラの質問に対する響の返事の後に、順にミョウ、チョウ、シキは信じられない気持ちだった。


「響、それはないよ。だってもうそれは誤解だったってなってるし、何より命落とそうとしてまで守られてたなんて分かって疑う馬鹿はいないよ」

「そ、そうなの?」


 やはり響はそういった感覚が分からないらしい。


「当たり前じゃよ」


 ダイラが優しくそう言った。


「それは置いといて、3人で遊びに行くの? 3人だけで?」


 3人というのを強調してシキは響に再度聞いた。響は困ったように笑う。


「うーん。ダメ、かな…?」


 伺うようにそう聞く響。横目で見ながら食事を進めるミョウとチョウ。眉間に皺を寄せているシキ。


「話の続きはご飯を食べてからにしたらどうじゃ?」


 気まずい雰囲気の中助け舟を出したのはダイラだった。


「分かった。そうしよう」


 シキがそう言って話題はミョウの話す最近の出来事に切り替わる。

 いつもと同じ風景なのに、響はまだそれを眩しそうに見つめる。まるで自分はその輪の中には居なくて、遠くからそれを眺めているような。だからいつもそれに一番に気づくシキが響に話題を振って輪の中に入れる。

 今日も食事の席は明るい。






 食事が終わって、お風呂も済ませて、ミョウとチョウは2人の部屋へ行った。2人は半分人間になってから睡眠時間が長くなった。

 響が食器を洗い終わってソファーに腰を下ろす。この時、というかどういう時でも響は気配を殺すように行動する。

 隣ではダイラが読んでいた洋書を閉じた。


「あ、ごめん。集中切らしちゃった?」

「いいや。響と話す方が楽しいからいいんじゃよ。これはその間の暇つぶしじゃ」


 そう言ってダイラは笑った。


「そっか」


 響も安心したように笑う。


「洗い物まかせてしまってすまんのう。ありがとう」


 この家族はお礼を大事にする。誰も意識しているわけではないが、響がそうだから、そうなのだろう。

 そこへシキがハンドクリームを持ってやって来る。


「ほら、手出して」


 響の隣へ腰掛けて優しく響の手を掬う。

 クリームの蓋を開けてそれを塗りこんでいく。


「自分で出来るよ?」

「いいの。僕がやりたいから。それに響に塗ってたら僕にも塗れて一石二鳥じゃん?」


 シキがドヤ顔で言うものだから響はまた笑う。


「そっか。ありがと」

「はい。おっけー」


 塗り終わってゆっくり手を離す。クリームに蓋をして、その頃にはもう浸透して乾き始めていた響の手をシキはまた握った。


「ん?」


 響がまたシキの方を向く。


「さっきの話の続きだけどさ、僕も行っちゃダメ?」

「いいと思うけど、シキが嫌じゃない? 人混みに行くと思うよ」


 シキは人混みが嫌いだ。

 式神だった時は姿を消したり気配を完全に消したりなど出来ていたから分からなかったが、人間から見てシキやダイラの容姿はモテる。要するに人が好きじゃないシキにとってそれは嫌な話だった。


「確かにそれは嫌だけど、響だけで行かせる方が嫌だ」


 シキは拗ねた子供のような声を出す。

 響はその理由がわからず困惑する。


「僕だけじゃないよ? 奏と那珂さんもいるよ」

「その2人がいるから1人で行かせたくないの」

「なんで?」


 やっぱりなぁと言う感じでシキは溜息を吐いた。響は鈍感なんじゃない。むしろ人から向けられる感情や態度や変化などには敏感な方だ。だが響のこれはもはやそういう次元の話じゃないのだ。

 自分に好意を向けている誰かが居るという事自体が想像ができない。以前の肉親からの扱いを考えれば当然と言えば当然だが、せめて普通の学校にでも通えていたら状況は少しは変わったのだろう。色恋に触れる場面など響の人生で一度もなかったのだから。

 シキからすればあっても嫌だが。


「シキは心配なんじゃよ」


 ずっと黙って話の成り行きを聞いていたダイラがそう言って響の頭を撫でる。


「心配?」


 響が聞き返した。


「そうじゃ。響は愛らしいからのう。取られるかもと怖いのじゃよ。のう? シキ」


 ダイラは笑いながらシキへ言った。


「そうだよ。僕は響が取られるのが怖いよ。僕より奏達といる方を選ぶかもって怖くなる」


 響が自分達を家族だと言い、大切に思ってくれているのを知っている。でもそれと同じように奏や那珂や憐を大事に思っているのを知っているから。


「そんなのあり得ない。そもそも奏達が僕を欲しがるとは限らないし、もしあったとしても僕はシキ達と家族だから」


 響はシキの手を握って言った。

 前半の言葉はまるで分かっていないが、後半の言葉にシキは少しだけ安心した。


「響は自分の魅力に気づいてなさすぎる。でもそう言ってくれるのは嬉しい。本当に? 本当に僕たちを選んでくれる?」


 シキも響の手を握り返す。

 不安そうに聞くシキに響は明るく笑う。


「選ぶも何も、僕たちもう家族でしょ?」


 違うの?と響は続けて聞いた。

 シキは握っている手を引っ張って響を抱き寄せる。


「違わない。僕たちは家族だよ」

「そうじゃ。わしらはずっと家族じゃ」


 この気持ちを表せる言葉をシキは見つけられない。嬉しいよりももっと上の感情。嬉しくてたまらない。響の口から家族と言ってくれるだけで満ち足りた気持ちになる。

 ずっと響が安心できる居場所でいようと、シキ達は思うのだ。




 話もそこそこに寝る準備をしてシキと響は同じ寝床についた。

 久方ぶりの2人でのベッド。


「響はさ、寝るの怖くなることなかった?」


 暗闇が苦手な響の為につけられた間接照明の明かりに照らされた顔を見ながらシキが言った。


「……あったよ。シキ達が居ない間はとくに」


 シキは想像した。

 この部屋で一人、来る日も来る日も一人きりで飛び起きては頭を抱える響の姿を。きっと自分たちと出会う前もそうだったのだろう。その想像だけで胸が痛む。


「でも、シキ達が戻ってきてくれてからはあんまり怖くなかったよ。全く怖くないわけじゃないけど、朝になれば会えるから」


 昨日までシキは今ダイラが一人で寝ている部屋にはベッドが2つ置かれている。そのうちの一つで寝ていた。

 この部屋のベッドは以前2人で寝るようになってから買ったセミダブルのサイズだった。本来なら男2人で寝るには狭いだろうが、あの頃の響は子供で体も小さい。今も後遺症でこれ以上成長はしないし、退行化する時もあるが、それでも少しだけ狭いだろう。でもその狭さすら2人は心地よかった。


「それならもう安心だね。これからは毎日一緒に寝るし、悪夢を見たら僕が取り除くから」


 そう言ってシキは響を抱きしめる。


「そこまでしなくていいのに。こうやって抱きしめてくれるだけですごく安心する」


 響はシキの匂いが好きだった。同じ洗剤を使って同じシャンプーとボディソープのはずなのに、シキの匂いは響の安心する匂いだった。


「響は本当可愛いね」


 言いながらシキは響の頭をゆっくりと撫でる。

 最初はシキがただ抱きしめるだけだった。いつからか響も腕を回してくれるようになった。悪い夢を見て後ろから抱きしめて寝る時も響はシキの手や腕を握って眠るようになった。

 シキは響の瞼が閉じそうなのに気がついた。


「おやすみ、響」


 どうかこの子が安心して寝られますように。柄にもなくそんな願いをした。

 響は心地よさそうに瞼を閉じた。

 その日、響は悪夢を見なかった。

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