第十四章 溶けてなくなる氷の中で

注意書き


・この作品はBL作品になります。


・書いてる人がかなりのオタクなので何かに似てるなんて箇所が多々あるかもしれませんが温かい目で見ていただけたらと思います。


・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。


・主人公がかなり不憫ですので苦手な方は読むのをお控え下さい。


・実在する建物、歴史とはなんの関係もございません。


・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。





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 あの日から三ヶ月。


 冬はとうに過ぎ去り、春もそろそろ終わろうとしていた。吹いている風は段々と暖かくなっている。日中は半袖でも過ごせるほどに。

 そんな今日、響は九導達に呼ばれ、新しく改装した拠点とされる建物に呼ばれていた。

 そこに足を運ぶと、入ってすぐの広間で九導達は待っていた。響は未だに癖で顔を伏せてしまった。その様子に九導達は胸が痛んだ。眉間に皺を寄せて申し訳なさそうな顔をした。

 でも、目を逸らすわけには行かない。これは自分達が犯した罪なのだから、と。響を見つめて九導は喋り出した。


「本当に今まですまなかった。謝って許してもらえるなんて思っていない。ただ、これだけ、言いたかった。お前の父親が俺じゃなくても、俺の息子はお前だけだ。都合がいいのは分かってる。受け入れてくれとも言わない。すまなかった」


 九導はそう言って響へ頭を深々と下げた。雅達はその様子を見守っていた。

 響は黙って九導を見つめる。その沈黙が長いように感じて、雅達の頭の中に不安が募る。雅達だって謝らなければならない事を沢山重ねた。でも今は、この親子の終着点を、その見送り人をするべきだと、誰もが黙って見ている。


「…お父さん、僕の家族はシキとダイラとミョウとチョウ、4人だけだ。彼らが人間じゃなくても、何者だったとしても、僕の家族はシキ達4人」


 九導はその言葉を聞きながら頭を上げる。響の表情は慈愛に満ち溢れていた。雅達はもういない響の4人の家族を思い出していた。

 そして響も家族である4人。もう会えない、触れることも、話すことも出来ない。死んだってあの世でも会えない4人を想う。世界でたった4人だけの響の味方だった家族を。


「お父さん達のことは、やっぱりまだよく分からない。多分、まだ赦せてないんだと思う。でもね、これは僕の親みたいな存在の人が言ってたんだけどさ、

『どんなに正しく生きていたって、苦しい事や逃げ出したいことは沢山ある。しんどかったら逃げても良い。でもいつか、ちゃんと向き合わないといけない時が必ず来る。その時どうするかを、人間は探しながら生きていくんじゃないのか』って」


 これはダイラの言葉だ。

 いつでも響の味方で見守ってくれていたダイラの言葉。

 シキは僕に『赦せなくていい』と言った。だから僕は2人の言葉を聞いて、無理してどちらかにする必要はないと思った。


「それにね、僕、別に辛くも苦しくもなかったよ。それはシキ達の存在があったのもそうだけど、お父さん達が笑っててくれたら安心するくらいには、僕はちゃんとお父さん達も大事だったんだよ」


 その言葉に九導ら4人は呆気に取られる。自分達はこの子に愛を注いでない。拒絶して、避けて、この子から離れていったのに安堵していたのも確かだった。

 それなのにこの子は、響は自分達の平穏を守り、それを安心すると言った。どうしてこんなにも慈愛に満ち溢れた子になったのだろうか。




———愛はね誰かに与えないと、与えられない。逆もまた然り。誰かに与えられないと、与えられない。———




 これは実千流の言葉だった。嗚呼、そうか。この子に愛を与えたのは他でもない、この子を見守り続け、ずっとそばにいたあの4人の式神達。

 だからこの子は今此処に立っていられるのか。そう理解して九導はシキ達に感謝した。ありがとうなんて言えた立場じゃないから、ただただ心の中で感謝をした。

 雅達は複雑な思いに駆られる。過ちは取り消せないし、どうやったって罪は消えない。冷たく固く凍ってしまったこの2人の溝は、もう溶けることも縮まることもないのだろうか。

 半ば諦めたような気持ちで見守っていた時、響の凛とした芯のある声が響く。



「僕、九導さん達を、赦すよ」



「ッ、」


 その言葉にまた俯きかけていた顔を上げた九導は目を見開く。目の前にいるのは自分達を見ている、響だった。

 そのひどく穏やかな顔に雅達は何処か安堵した。彼らの終着点は此処なのだと。


 氷は今、溶ける。


 優しい少年の暖かい心が、少年を暖めてくれた優しさと同じ温度の暖かさが、氷を溶かす。

 その様子に自分達も言わねばと口を開く。


「響くん、すまなかった。何もしてやれなくて、本当にすまなかった。奏君のことも」


 雅はそう言って頭を下げる。それに続けて豹夏と干灯も「すまなかった」と言って頭を下げた。


「いいよ。顔を上げて。それより、憐はそっちに行ってからも元気にしていた?」


 憐、それはかつて短い間だったが、響の友達だった少年の名前。九導らに囲ってもらうように雅に話を通したのが懐かしいな、と響は考えていた。

 そしてあの日から、憐とは会っていない。ただどんな顔をして会ったらいいのか響には分からない。

 開いてしまった時間は大きいから。


「あぁ。元気にしている。とても優秀だよ」

「そう」


 響の顔は穏やかだった。憐は響が貰うはずだったものを無条件に貰っているのに、それを知っていても、響の心は凪いでいた。

 本当の意味でもう取り戻せないものがこの世界には沢山あるということを誰よりも理解しているから。

 それはかつての友人だったり、その人からの信頼であったり、九導との親子としての関係だったり、シキ達だったり。沢山奪われて、壊されて、与えられなかったものが多すぎた人生だったけれど、今響の中にはシキ達と過ごした時間があった。月並みの表現だし、他人から見たら何の価値もないかも知れないけれど、確かにそこに存在していたと言う事実が響を今、此処に立たせている。

 だから響の心は穏やかで凪いでいるのだ。

 過去を振り返ったってしょうがない。今を生きているのだから、今を見て生きていくしかない。でも、振り返ったっていい。きっと振り返った先には今までの軌跡があって、そこにシキ達と共に生きた証が刻まれていると、響は思うから。

 響の後ろから風が吹いた。

 それはドアが開いた事を示していて、響は振り返って目を見開いた。


「れ、ん……」



———でも、もし、もしもそれを拾い集めながらまた歩めるとするのならば———



 そこには先程どんな顔をして会ったらいいか分からないと思っていたかつての友、憐が立っていた。

 前の再会の時はゆっくり話す時間も無くて分からなかったけど、元々背が高かったからか、今は平均よりも高くなっていた。でも、どこかクールなのに明るそうな雰囲気は変わらない。


「久しぶり、響。会いに来るのが遅くなってごめん」


 こんなにしっかりと見るのはあの日を除いて、奏が死んだ日以来だった。2年と数ヶ月、約3年ぶり。

 響はなんて言ったらいいか分からずに黙ってしまう。でも嫌いだとか、恨んでるとかじゃない。響の心にあるのは安堵と安心。

 元気で良かった。何より、生きていてくれて良かった。命の危険に晒されなくて良かった。色々な安堵が溢れていた。

 その様子を見て憐は困ったように眉を下げた。


「そう…だよな。今更だよな…」


 その言葉に響は焦ったように口を開いた。


「えっ、いや、そんな風に、思ってるわけじゃ…」

「うん。響ならそう言うんだろうって思ってたよ」

「え、っと、」


 響は目を泳がせてとうとう顔を俯かせてしまった。


「あはは。ごめん、困らせたいわけじゃないんだ」


 笑った憐とは反対に次は響が困った顔をした。

 2人の間にまた沈黙が流れる。

 先に口を開いたのは憐だった。


「響、ありがとう」

「え…?」


 急に言われたお礼に響は勢いで顔を上げる。そして目を見開いた。憐の表情がシキと重なってしまったから。優しく、慈愛を感じさせるような表情。


「あの時、俺を雅さん達に頼んだのは響だったんだろう? 俺には身寄りも無いし、上の奴らに狙われやすかったから」

「いや、確かに話をしたのは僕だけど、それは憐に実力があったからだよ」


 全然変わってないな、憐はそんな事を思った。やっぱり響は本当にどこまでも優しい。優しすぎる。でも、だからこそたまには感情をもっと表に出してほしいし、あわよくばその相手が自分ならいいと思った。


「恨んでないの?」

「どうして?」

「どうしてって…、俺は響を、身代わりにしたようなものなのに……っ」


 憐は苦々しい表情を浮かべて俯いた。やるせない思いは昇華しきれずに、思い出したあの日から憐の中をぐるぐると回っていた。


「憐は僕を身代わりにしようと思ってたの?」

「違う! そんなわけ、ないだろ…」


 憐が顔を上げれば響はとても穏やかな表情をしていた。その表情に憐は息を飲んだ。


「うん。憐はそんな事思わないよね。あの時だって憐は僕よりも傷ついた顔をしてたね」


 憐は優しいね。そう言ってのけた響に憐は悲しそうな顔をした。どっちがだよ、とは言わなかった。

 悔しかった。時はどうやったって進み続けて、戻すことは出来ない。人生は当然ながらやり直すことが効かない。

 九導達は2人の少年をただ見守る。


「…響だって、優しすぎる……」


 明るく優しい、真っ直ぐな彼だからこそ、罪悪感を抱いてしまう。そう分かっていたから響は憐が忘れるようにした。

 でも今なら分かる。思い出とは、決して奪っていいものではないのだ。例えそれが優しさや、相手を思いやる気持ちから来ていたとしても、それはいつかきっと後悔して、相手を傷付けてしまうから。


「ごめん」


 響はそう言って憐に頭を下げた。


「えっ、なんで、響が謝るんだよ」

「憐の記憶を勝手に奪ってごめん。あの頃の僕は自分と関わった人を守るのに必死だったんだ」


 言いながら頭を上げて憐を真っ直ぐに見つめる。真っ直ぐな彼だから、彼には誠実で居ようと思えるのだ。


「ほんとだよ。俺たちダチだったんだからさ、俺は守られるよりも、もっと頼ってほしかったよ」

「うん。憐にも頼ればよかった」

「まぁあの頃の俺は響よりずっと弱かったけどさ」


 憐は笑っていた。

 氷が、また一つ、溶けた。

 憐の師匠でたまには親のように鍛えていた雅はその様子に安堵した。

 2人はきっと、大丈夫だと。


「なぁ、響、また俺と、友達になってくれるか?」


 その言葉に響は驚いた顔をして、でもすぐに笑った。それは憐が初めて見た、響の心からの笑みだった。


「当たり前じゃないか。僕も憐と友達になりたい」


 離れ過ぎていた時間は決して戻らない。でも、それならまた一から歩んでみたらいい。共に。


「ありがとう」


 2人の笑顔は澄み切っていた。

 思わず九導達は笑いながらも、少しだけ瞳を潤ませた。






 それから憐とは近いうち食事に行こうと話をして、響は帰路に着いた。家に帰ってきてどっと疲れが押し寄せた。

 本人が思っていたよりも緊張し、疲れていたらしい。

 しばらく家で休み、日が傾いてきた頃、インターフォンが鳴った。

 九導達か憐だと思い、響は玄関を開けた。

 そこには、奏が立っていた。


「奏…」

「ごめん、いきなり来て」


 奏は俯き気味に申し訳なさそうな声色で言った。


「いいよ。中入って」


 頷いた奏を見てから中に案内し、リビングで向かい合って座る。

 奏は少しだけ周りを見渡して、寂しそうに呟いた。


「家、変わってないんだね」

「あぁ、うん、そうだね」


 奏は気まずそうにしている。死んだはずの自分が生きていることに響はどう思うだろうかと。

 一方で響は少しばかりまだ信じられない気持ちだった。

 奏が生きていることに。ここにいることに。昔より大きくなった姿の奏は、それでも顔は全く変わらず、響はあの頃の思い出に駆られながら、奏が死んだ日を思い出して苦い顔をした。

 その表情を見て奏は眉を下げた。


「やっぱり、困るよね、俺、死んだのに」

「ちがうっ!!」


 響は奏の言葉に勢いよく机を叩いて立ち上がり大声を出した。突然の出来事に奏の響を見つめる目はまん丸に見開かれている。

 奏の顔を見て響はハッとして静かに席に座り直した。


「ごめん…。急に大声出して」


 次は響の方がバツが悪そうに下を向いていた。


「ううん。不謹慎な事を言った俺が悪かったよ」


 響は顔を上げて奏の顔をじっと見る。奏は何を言うでもなく、それを親身に受け止めていた。

 しばらく2人には静かな時間が流れていた。


「手…、握っても、いい?」


 遠慮気味に響はお伺いを立てるように奏を見つめながら聞いた。


「いいよ」


 そう言いながら奏は机の上に両手を出した。

恐る恐るといったように響はゆっくりその手を上から被せるように優しく握った。

 響は少しだけ目を見開かせてから、ゆっくり息を吐いた。


「……あったかい…」


 生きているんだ。奏は今こうして、自分の目の前で暖かく鼓動が全身に脈を打ちながら生きている。その実感が湧き、響は静かに一筋の涙を流した。

 奏はそれを驚くでもなく優しく見つめている。


「あのさ響、俺ね、不謹慎だけど嬉しかったんだ」


 奏は響を優しい瞳で見つめながら、言葉を紡ぐ。

 響はその言葉の意図が分からずに奏の手から目線を顔にあげた。


「響は淡白だろう? だから俺が死んでも悲しんだりはしないんじゃないかなって、思ってたんだ」

「そんなわけっ、」

「うん。そうだよね。俺知ってたはずだったんだよ、響は淡白である前に誰よりも優しいって……、知ってっ、たのにっ…俺っ、」


 それまで穏やかに喋り続けていた奏は堪えきれないといったように涙を流していた。でもその手は響の手を握っている。

 拭う事もせずにボロボロ涙を流しながら奏は握ったまま手を少し引っ張って、響からも優しく握られたその手を、ゆっくりと自分の額に当てた。


「かなで、奏、どうしたの? 何か悲しいことでもあった?」


 響は泣き出した奏にもしかしたら紅蓮亜か那珂さん絡みで何かあったのかもしれないと、奏を心配する。


「ちがっ、違うんだ……。13歳だったお前が、あんなに色んな物を一人で背負っていて、友人を亡くして、悲しむ時間も、休む時間も与えられないままに、死地に足を運んでいた事が、俺は悔しい」


 過去はどうやっても消えずに、やり直す事も出来ない。やりきれない思いを素直に奏は伝えた。


「でも何より、そんなお前を置いて逝ってしまったのがっ…俺はっ、一番悲しいんだっ…」


 死とは理不尽で不平等。普段は素知らぬ顔をして遠くからこちらを見つめているのに、急にやってきては、虚しさだけを残して、全てを奪っていってしまう。

 子供だった少年の、たった一人の友の悲しみに、苦労に、背負った物に、何一つとして自分は寄り添う事もできず、半分持ってやる事も出来なかったのが、奏は悲しくて悔しかった。

 その事に今更気づいてしまった事にも。


「奏。奏がそばに居てくれるだけで僕は普通の子供になれた気がしていた。だからこそ、奏が居なくなったら、僕は悲しいよ」


 響はあの時確かに悲しかった。許せなかった。自分を置いていった奏も、奏を死なせた陰陽道の上の連中も、何もしてくれなかった九導らも。

 でも響は許すのだ。心優しくこれまで奪われるだけだった少年は、数多くの想いを拾いながら、憐と、奏と共にゆっくりと、大人になっていく。


「だからさ、今度は一緒に大きくなろうよ。憐も一緒にさ、きっと仲良くなれるから」


 そう言って響は笑った。その笑顔に奏は救われた。友達とは、大切な人とはこう言う事なのだと、奏は思った。紅蓮亜や那珂は奏の大切な人だ。それは家族だから。響は友人としてこの上なく大切なのだ。

 そして特別な意味でも。


「うんっ、うん、響はまだ、俺と友達で居てくれる?」

「当たり前だよ。昔も今も奏は僕の大切な友達だよ」


 そう言って2人は笑いながら話をする。離れていた時の話を、その時間を埋めるように。その空間は優しさに包まれている。

 でも奏はやはり、響の横に、あの優しい眼差しを向けていた4人の式神達が居ないのに寂しさを覚えて、少しだけ、また泣きたくなった。


 この部屋にもう、あの4人の声が響き渡る事はないのだと。

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