第九章 断罪

注意書き


・この作品はBL作品になります。


・今のところBL要素は少ないです。


・書いてる人がかなりのオタクなので何かに似てるなんて箇所が多々あるかもしれませんが温かい目で見ていただけたらと思います。


・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。


・主人公がかなり不憫ですので苦手な方は読むのをお控え下さい。


・実在する建物、歴史とはなんの関係もございません。


・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。





___________________________________________
















 響は深い眠りについた。


 いつ目覚めるかは分からない。目覚めたとしても、何百年後かもしれない。

 男性にしては高く、澄んでいる真の通った、けれども色濃く憎悪と嫌悪を滲ませた声が響いた。


「———人間、少し、話をしよう。」


 それは、自分達の敵であるはずの“ナニカ”で、響の味方で守りたかった家族だった。

 今も目の前で大事そうに響を抱えて立っている。


「僕らはお前ら人間が嫌いだ。人間でいうところの生理的に受け付けないってやつだね。でもね、響は違う」


 そこで一度区切って、眠りについた響を愛おしそうに片手で抱き直し、その顔を見つめる。


「響はな、僕らだからって差別も怯えもしないんだ。生まれたばかりの自我のある生き物って判断した。それがお前らの響に対する冷遇な態度のせいだとしても、僕らはだからこそ響に惹かれた。なんだか皮肉な話だね」


 本当に全く皮肉な話だった。

 もう眠ってしまった響にその想いが伝わらないのも。


 九導らは何を見せられて聞かされているのか分からなかった。

 こいつらは人間を無差別に痛ぶって殺す化け物のはずだ。それが今、自分の息子を愛しむ様に大事そうに抱えて、あまつさえ慈愛の言葉を並べたのだ。

 あまりにも理解ができない歪さに思わず何かを確かめるように響に手を伸ばした。

 でもその手が触れることはなかった。

 シキの結界で守られていて、まるで響は自分達のだ、と見せつける様に“ナニカ”は空いている手で響の頬を撫でた。

 本来ならその手は人間を傷つける手だ。

 それなのに、その手で触れたら響の体の擦り傷やらは全て治っていった。先ほどの戦闘で自分達が付けた傷が。


「っ、……響を返せ」

「返せ? 違うよね? 先に捨てたのはお前らだろ。人間」


 冷たい目だった。

 ゴミを見る様な軽蔑を含んだ目を今、九導らは向けられている。


「響にはあまり嫌われたくないから言わないでおこうと思ってたんだけど、あまりにも響が報われなくて不憫で、響の優しさと犠牲の上に甘えて胡座をかいているのに腹が立つから教えてあげるよ」


 シキは得意気に話を続ける。

 だってこれは響のためでもあるけれど、何より九導らの懺悔のためだから。そして自分の憂さ晴らしでもあった。


「はッ、響の優しさ? 何を言ってるんだお前。お前たちからしたら仲間でも俺たちからしたら響は裏切り者だぞ」


 九導は語尾を強くした。

 雅達も同じ意見な様で、それでも何か違和感に気付き始めているのに、黙ってその様子を見ている。


「だからさあ、その認識がそもそも間違ってんだよね。現代陰陽連の最高幹部と響は成約を交わしてるんだよ。お前らに命の危険が及ぶ案件を回さない代わりに、お前らと必要以上に関わらない、という内容の成約だ。才能もセンスもあって秀才と天才を掛け合わせた響だ。ただ近年の黄金期とも呼ばれたお前らのバッグは強すぎて最高幹部の奴らからしたら響は扱いにくい。だからお前らと離したのさ。それをあたかも、母親の死のせいで、とか思っちゃってたわけ? 脳内ハッピーすぎるよ、笑えないね。救えないほどに愚かだね」


 九導達の目の前でシキはおかしそうに馬鹿にする様に嘲笑った。

 雅と干灯は顔面蒼白で絶句していた。

 聡明で賢い2人にはシキの言っていることの信憑性が高いことに気づいてしまった。思い当たる節はいくつもあったのだから。

 豹夏も言葉を失い、3人は取り返しのつかないことをしてしまっていた事に、今、気づく。

 九導は理解が追いつかなかった。

 でも、シキの言ったことが本当なら辻褄があってしまう事にも気づいていた。母親の死。そう己の愛する妻である実千流の死、それが全ての始まりだと思っていたのだ。

 数多の人から愛された彼女の死と引き換えに遺した響。それは俺達にとっては受け入れるには時間を要する存在だった。

 何も悪くない。響は何も悪くないのに、それでも冷たくしてしまい、響を通して彼女を見てしまい、忘れ様にも思い出して忘れられない。

 聡明な響はそれを察して自分達から距離を置いてしまったと思っていたのだ。出来てしまった溝はまだ埋まると思っていたのだ。例え裏切ってしまっていたとしても、まだ完全に響の心はあちら側ではないと思っていたのだ。


 まだ、その方が良かっと、この期に及んでそんなことを考えてしまう俺は、どうしたらいい。

 本当に響が裏切り者だったならこんな自責の念に駆られることもなかったと、思ってしまう俺は、どうしたらいい。


「だからさ、わかる? お前らの顔を見なかったのも、言葉を交わさなかったのも、全部成約とお前らのためだ。14歳の誕生日にね、響言ってたよ。『成約のおかげで父たちは危険に晒されないし、元々顔を合わせたら母の事を思い出して苦しそうだったから、一石二鳥みたいなもんだよね』って。自分の生まれた日に、こんな事を言わせてしまうお前らが、本当に正しかったか? 人間って僕らよりよっぽど意地汚くてタチが悪い」


 シキは心の底から九導らを、特に響の実の父である九導を蔑んだ。


「ちっ、ちがうんだ、響! 俺たちはっ、」


 そう言おうとすると、ダイラは眠っていて聞こえないはずの響の耳を塞いだ。


「ワシ等の大切な愛し子に汚らしい言い訳など聞かせるでないぞ、見苦しく穢らわしい」


 そう言って閉じられていた目が開かれる。

 あの目の紋様は大羅魏韻ダイラギインの特徴であり証。何千年も前から目撃情報が上がっている日本最古の“ナニカ”とも呼ばれ、彼なら多分“ナニカ”の正体も知っているのだろうと言われていた。


「そうよ。私たちの家族を傷つけた罪、なんとしても償ってもらうわよ」

「…万死に値する」


 見た目は子供でもこの双子も強く、名前自体は界隈で有名な“ナニカ”に近い存在として認知されていた。圧があり、その発言が本気なのだと、九導らは理解した。


「…違うッ、違うんだ…」


 九導の情けない声が響く。

 ___なにが、何が違うんだ。


「本当はさ、お前らに少し会いに行くだけでも身体的負荷はあったんだよ。それなのに律儀に会いに行っちゃってさ、いつもお前らの話をしていた。でもどの話も全部、外から見てるだけの話なんだよ、そこに自分が入っている話は一度だって聞いたことがない」


 響はいつだって一線を引いていた。

 それは、成約を設ける前からだ。その一線に気づいていながら誰も踏み込もうとはせず、結果、あの子はいつも孤独だった。自分が孤独である事を分からないほどに。


「それにこの子は自分の魂にも無意識下の誓約をしている。本当に壊れる直前、無意識下だったために弱いはずだったが代償がデカくてのお。それ故にその誓約も強く果たされてしまったんじゃ」


 そこでダイラは言葉を切って慈愛と慈悲を込めた眼差しで響を見つめる。


「“アンタら人間の幸せ”ですって。流石子供よねぇ。精神が未発達とはいえ、壊れる寸前に願ったのが酷い扱いを受けて冷遇された元凶とも言えるアンタらの幸せ。それと引き換えたのが寿命と魂と人格。人格の方はそもそも未発達の上に無意識下ということもあって全てとはいかなかったみたいだけど」


 魂も寿命も、神子ならば神になった時に世界に捧げられる。それはたかだか人間の誓約なんてものでは止められない。


「…響は俺らの家族だけど、俺らの味方ってわけじゃない。…でもお前らの味方でもない。響にとって知性と人格がある生命体は等しいんだ。でも、お前らは響を弾いて、響は俺らを受け入れて、俺らも受け入れた。…それだけだよ」


「だからね? この眠りだって成約の代償でもあるんだよ。何も知らずにお前らは響を呼びつけたからね。響は成約もあって、お前らに攻撃はできないんだよ。[[rb:本来 > ・・]]なら400年は目覚めないんじゃないかな。でも僕らなら助けてあげられるのさ。恩は返さないとね。人間とは違って。お前らはあろうことか、響の慈愛も慈悲も善意も全ての上に胡座をかいて、甘さや優しさを響に与えなかったのに、響からはもらって愚かにもそれに気づかなかったんだもんね」


 シキがそう言い終わると、雅が口を開いた。


「でもそんなの気付きようがないじゃないか! そんな成約をもうけてたなんて! 知る術がない!!」


 それにミョウは信じられないと目を丸くした。


「は? アンタら馬鹿じゃないの? その成約がなくたって、響はアンタらのために一線を引いたのよ。思い出して苦しめない様に、響を響として見てあげられないもどかしさに悩まぬようにってね。すっごく優しい子なのよ」


 見ている自分たちが泣きたくなるくらい、優しい子なのよ。


「…響はお前達のことを悪い人じゃないって言ってた。…自分を自分として見てあげられない事に悩んでいる優しい人達だよって。でも俺らはお前たちを軽蔑する」




「知る術がない? ハハッ、笑わせるなよ。お前らは知ろうともしなかったんだ。最初に努力を怠ったのはどちらだ? それは響だったか?」


 違うだろう。最初に努力を怠ったのはお前達だ。




 九導達はもう取り付く島もなかった。

 響が優しいのはきっと、実千流に似たのだと4人全員が思ってしまって、結局はこうなっても実千流と重ねてしまうのが何よりの証拠で。



 ああ、本来なら俺たち大人に、守られるべき子供を、響を守って愛してあげるべきだったのに。

それらが出来なかったのだ。

そして響はアイツらといる事を選んだ。

よく考えたら当たり前の事。

アイツらは響を響として見ているから。



「僕たちはお前らを許さない。大事に出来ないなら響は渡さないよ。じゃあね」


 そう言って去っていく四体の後ろ姿をただぼーっと眺めていた。思い出した様に響を抱えたシキが振り返った。


「あ、そうそう。『世界が家族と九導さん達にとって優しくあったらいいな』響がよく言ってたよ。あと、知ってるかも知れないけど、僕の名前はシキだよ。式守兎神シキトガミ。響と永遠に共に居続ける名だよ」


 最後に呪詛を吐き、今度こそ結界の中に異空間を作り消えて行った。

 

 シキはもう後ろを振り返らない。

 これからずっと。

 動き出した運命を、刻々と迫るその瞬間を迎える時までは。


 優しい響に優しくないこの世界を、響を弾いたこの世界を、響は自ら作り替える。

 新しい世界を。











「400年かぁ、長いなぁ」


 腕の中で眠り続ける響を見ながら態とらしく呟く。

 目の下には隈、頬は少しこけて、体も細い。

でもやっぱり、


「綺麗だね、響は。精神も体も顔も。存在そのものが世界の異端でありながらも、全てが綺麗だ」


 響が眠りについて半年が経とうとしていた。

 あちらの世界、奏の妹、クレアのいる箱庭では響が去ってから、1時間ぐらいだろうか。あちらの世界とは時間の流れ方が違うから。

 そんな風に考えことに耽っていると、ふと気配に気づいた。

 あまり感じたことのない気配が近づいてくる。思ったより遅かったな、とシキは思った。

 扉が開く音がして、そこには大嫌いな人間の姿。


「半年ぶりだねぇ、人間」

「あぁ。話を聞かせてくれないか、響のことを」


 響の実の父と、その知人兼同業者達。

 シキにとって九導らの認識はその程度だった。


「正直お前らには何も話したくないし、響と同じ御膳にも居させたくない。…響はね、神になれるほど、神聖な存在なんだよ。流石神子だ」


 シキがそう言いながらうっとりする様に目を細めて響の頬を撫でると、響の実の父、九導が顔を顰める。


「その子は、響はなんだ」


 何者なのか。

 神になれると式神達は言った。

 でも、なぜ?確かにかの有名な安倍晴明の血筋ではあるが、それだけで神にもなれるなんて、あるわけがない。九導は自分の息子であるからこそ、そう疑うしかない。

 九導の問いにシキは呆れた様に言う。


「お前の“元”息子だろ。今は僕らの愛し子だけど。もうお前らには触らせないし返さない」


 意地悪くそう言い、心底呆れると思い、シキはため息を吐いた。

 そしてなにも言えずに俯く九導らを一瞥して口を開く。


「でも全てを話そう。この話が終わる時、お前らは後悔するのか、絶望するのか、どちらにしても懺悔の機会を与えるんだ」


 シキはまるで道化師の様に愉快だと笑う。

 極上の娯楽を満喫する様にただただ楽しいと。


「じゃあ、まずは響について。お前らは知らなかったんだろうけど。あの、お前らの恩師とか言う奴は薄々知ってたと思うよ。響は、

 歴史上最年少で陰陽道の資金区分けの最高責任者で、

 歴史上最年少の政府管轄下陰陽師の幹部で、

 歴史上最年少の匿名納税最高額者。

……その実、裏では現代陰陽連幹部連中のただの駒。あるか、ないかなら、あった方は良いけど無くても構わない存在。同業者なら意味、わかるだろ?」


 響の肩書きに驚きつつも、九導以外の3人はやはり安溟倍浄家の息子だと思わざるを得なかった。

 だが、あまりにもこれは異例と特例が奇跡的に重なりでもしない限り、まだ14、当時はもっと幼かったであろう子供に任せる責務じゃないという事も重々分かっていた。

 だからこそ感じる不穏さ。

 この話の続きを聞きたくない気持ちがほとんどを占める中、聞かなければならないという罪悪感も確かに存在していた。

 でもそれは、自分達が楽になりたいが為だという事には、まだ気付けない。

 その気持ちに引っ張られて聞きたくなくても耳を傾ける。


「お前ら、最近仕事しやすかっただろう? それは響がした成約のおかげもあるけど、資金がしっかり分配されていたのもあるんだよ。お前らへの配給、事前立て積みの資金。それら全ての最高責任者だったからね。これはすこし血筋のコネも使ったみたいだけど、肩書きに興味がない響がそこまでしてこの権利を欲したのはお前らのためだよ」


 そこでシキは区切った。

 九導らの顔を見て哀れだなと思う。今更気づいたのか。少し考えれば違和感に気づくし、それから調べればすぐにわかることなのに。

 興味がなかったのか、薄々気付いていて調べなかったのか、そこは定かではないがその時の罪の皺寄せが今来ているのだと。

 響がこの小さな身体で、まだ庇護対象である子供なのにも関わらず、命を削り、身を挺してまで、自分を蔑み、酷い扱いをしてきた人間のためにその僅かにしか残っていなくても強い灯火を消してもいいと思っていたのだ。

 皮肉な話だ。

 シキの瞳が僅かに光り、口を開いて出した声はシキとは違う、最近聞き知った声だった。


「『僕は透明人間みたいなものだって、九導さんの実家の人達が言ってた。でもさ、僕を通してお母さんを見ている人がいる限り僕の姿は誰かの視界に入る。正しく僕とは認識されなくても。それなら透明人間の方が良かったのかも』」


 シキは声も全て響に似せて話した。

 似せるなんてものじゃない。模倣に近い。


「そう言って響は笑ってたよ」


 シキはそこで言葉を一度区切った。


「お前らが胡座をかいている今の安寧の暮らしは、響の死ぬ方が幸せだとも言える努力の上に保証されていたんだよ。」


 九導らはそう言われても、笑ってる響を想像も出来ない。

 そりゃあそうだ。彼の顔をもうずっとちゃんと見ていないのだから。彼の声をもうずっとしっかり聞いていないのだから。だからさっきの式神の声だって似ていると言われれば確かに程度にしか認識できていない。

 九導は隣を見る。その隣には雅、豹夏、干灯が座っている。みんな自分と同じ歳で同志で親友。苦楽を共にし、長年一緒にいる。

 自分の最愛の妻、実千流のことを愛していた人たちでもある。信頼、友愛、そう言ったものを共に感じていた仲間だ。

 雅と九導は特に仲が良かった。響が生まれた時なんて雅は誰よりも泣いていた。

 その涙は、響が生まれたからと言うよりは実千流と九導の愛の結晶だからという気持ちと、それと引き換えに実千流を失ってしまった悲しみからくるという事をみんな分かっていた。新たな愛すべき生命の誕生を喜ぶには、失ったものが大きかった。九導らにとって仕方のない話ではあるが。


「……想像も、出来ないな…。小さい頃のこちらを気遣うような笑いしか見たことないから」


 誰もが口をつぐんだ中、雅がやっとの思いで言葉を紡いだ。

 九導はそれに黙って頷くしか出来なかった。


「人間はかつて“ナニカ”に人の心を説いて、僕たちにもそれを求めたけどさ、僕達はそもそも人間じゃないし、人間なのに人の心がない君達の方がよっぽど汚くて醜くて腐ってるとは、思わない? 響よりずっと“人でなし”だよ」


 そう言われて四人は黙るしかなかった。

 響を避けた者。響を響として見なかった者。向き合えなかった者。

 響と向き合えないのは長年の仲間を失ったからだと、実千流の死に甘えた。それは他人から見れば死者を冒涜するのと同等のものだった。

 そして九導は自分が言ってしまった言葉を思い出していた。

 その言葉は月日を得て、自分に重くのしかかる。

 それが、何より重い罪だから。


「ま、もうどうでもいいけどさ。どのみち、次響が目覚める時にお前らはもう死んでるかもしれないし」


 前の対峙の時から薄々危惧していた残酷な宣告。

 九導らはもう、響とやり直すことも叶わない。本来なら謝ることも許されないのだ。


「…響はいつ、目を覚ますんだ」


 豹夏の問いにシキはニッコリ笑って答えた。


「本来なら大体400年後さ」


 400年。

 どう考えても、人が生きられる年月じゃない。その年月どうやって響を生かすと言うのだ、と四人は思う。その疑問を感じ取った様にシキは話を続けた。


「言っただろう? 響は神にもなれる存在だ。そしてその響に仕えている僕達式神。成長を止めるのも不老不死にするのも容易いんだよ」

「なんで400年? それに眠り続ける理由は?」


 冷静を取り繕いながら干灯はシキに尋ねる。

 いつでも冷静な干灯の緊張した顔はなかなか見れたものじゃない。


「400年後、陰陽道の全盛期であった平安と同じ混沌の時代が来ると予測されている。まぁそんなのは関係なくて、響の目覚めと共にその鬼門が開くのさ。その時、響は神と同等の力を手に入れる。いや、神になる。歴代最強の。前世界の神下ろしだって出来るだろうね。かの有名な安倍晴明をも超える力だ」


 楽しみだとシキは言った。

 だがこれは、九導達にとっては先程より残酷な選択肢を突きつけられたのだ。

 響の目覚めがきっかけとなり鬼門が開く。

 なら、響が目覚めなければいい。

 400年と言う猶予。いや、近年の黄金期と呼ばれた九導達が生きている今この時代で、響を殺さなければ、400年後の人類に未来はないのだろう。


「でもね、響は神子であり、純度と適正度が共に100パーセント。この調子だと400年もかからないかもね。そうだな。長くても5年だ。もしかしたら明日には目覚めるかもしれないし、今目覚めるかもしれない。響の力は未知数なんだよ。後5年以内。いや、響ならもう時期に目覚めて、鬼門は開かれるよ」


 5年以内。もう時期。

 400年必要なものを5年改め、もう時期と言って退けた。普通なら無理だと思うがコイツらなら、響なら出来てしまうかもしれないと思ってしまうのだから仕方がない。

 でもこれは同時に、今すぐにでも響を殺さなければならない理由にもなり得る。


「知ってると思うけど、響は政府管轄下の陰陽師だったんだよ。お前らなら分かるだろ? どう言うところなのか。人を人として扱わず、命を何とも思っていない。ただの兵で駒だと本気で思っている。だからお前らは政府管轄下を嫌って自分達だけの陰陽師の組織を立ち上げた。ずっと聞きたかったんだけど、なぜそれに響を入れようとは思わなかったの?」


 政府管轄下の陰陽師は私利私欲のために地位と名誉に執着し、我が身可愛さの化身とも言える汚い人間どもが仕切り、その下で働く者達もまた、その息の根がかかっていると言われる。

 実質単独でやるよりはある程度の実力を持っているならば政府の下でやる人がほとんどだ。だがまぁ、長生きは望めない。人の命をなんとも思っていない奴らが上司じゃ当たり前だが。

 九導らはそれを嫌った。

 人の命は尊ぶものだと、そういう大義名分を抱えて自分達の陰陽道組織を立ち上げた。実千流の死に、かつての仲間達の死に、彼らは命は尊ぶものだと思ったのだろう。

 なんて美談だ。

 だが、なぜそれに実の息子である響を、友人の息子である響を入れない?

 それは響が既に政府の下で働き、彼らは政府の息の根がかかってる者も嫌う。だからか?

 だがもしそうならば、シキは人間は平等に皆愚かしい。と切に思った。

 結局は向き合う事から逃げていただけだ。

 自分が傷付きたくないから。


「そっ、れは、」


 響の父である九導が口を開いた。

 彼は特に政府を嫌っている。


「九導、と言ったか、お前は会ってもいないからな、響が政府の奴らに染まったと思ったのだろうが、その友人、雅。お前は会っていただろう? 会えば気付いたはずだ。響はそんなクソみたいな人間どもと同じじゃないと。そしてその話を聞けば九導も気付いたんじゃないの?」


 そこまで言ってシキは言葉を区切る。

 憎い。憎い。響を弾き、蔑み、何より響に寂しい思いをさせて、理不尽を強いたコイツらが憎い。

 なぜ響がワンマンプレーを好むのか前に聞いたことがある。あの時は自分らにでも頼れば良いのにと思っていたが、違うのだ。響は人と協力する事を知らない。頼る事を知らない。そうさせたのは紛れもない目の前にいるコイツらだ。


「響は、幹部だったんだろう。なら、それなりに良い扱いをされてたはずだ。響は俺らを避けていた。だから、政府管轄下にいる方が良いと思ったんだ」


 苦し紛れに九導は醜い言い訳を並べた。

 シキは一瞬顔を引き攣らせた。


「は、はははッ、あははははは!」


 シキは腹を抱えて笑った。

 その膝に眠りについている響を抱えているから控えめではあるが、どのみちどんなに大声を出そうと響が目を覚ますことはない。

 良かった。コイツらが正真正銘のクズでゴミで本当によかったと、シキは心の底から思ったのだ。

 ちょっとでも反省しているそぶりを見せ、改心する兆しを覗かせたらどうしようかと思っていたのだ。本当にクズでゴミならもう手加減も必要ない。

 思うままに恨んで憎める。

 シキが笑い出したのを九導らは困惑した様に見ている。


「お前らは本当に馬鹿だねぇ。本気でそう思ったの? お前らと言うバックが邪魔だから離れろと言い、離れたら心置きなく駒として使えると言い、実際響は本当に駒の様に使われた。それはもう、休む暇なんて無かった。比喩じゃない。本当になかったのさ。でも僕達に大丈夫と言い続け、母の仏壇にも律儀に線香を立て、お前らに守りの札を貼り付けたお土産まで持っていっていた。—————なぁ、本気で思った? 響が政府管轄下の方がいいって、本当に? そこまで馬鹿じゃないだろう? どこかで薄々気づいてたんじゃないのか? 頭はいいんだろう。お前らさ」


 まるで響と喋る時の様な喋り方で、九導らに聞いた。違いがあるとすれば口が悪いとこだ。

 人間である九導達よりも人間じゃないシキ達の方が響を尊い存在だと思い、愛情を与え、響を理解していた。




 “どうしてシキ達が悪で、お父さん達が正義なの?”




 九導はそう言った響を思い出した。

 あぁ、あの時、俺はなんて返してただろうか。きっと戯言すぎて思い出したくもない。

 本当に全くそうだ。今この場において、善はアイツらで、悪は俺たちだと、死んだように眠る響を大事に抱えるシキを見ながら九導は思った。


「懺悔をしても遅い。後悔しても遅い。罪悪感なんて今更感じるな、反吐が出る。響をお前らの自己満足の道具にするな。もうお前の子じゃない。僕達の愛し子だ。可哀想な響。こんなに身をボロボロにして自分の命すらもかけてお前らを守ろうとしたのに。お前らが響を母と重ねるから少しでもそうなろうとしたんだ。どうだ? 望みが叶った感想は?」


 シキは完全な悪意を持って九導らを見下ろす。九導は言葉が出ない。

 そして思う。これは全く最悪の気分だな、と。


「あ、そうそう。それとね、奏って知ってる?」


 カナデ、その言葉を聞いた瞬間、九導達は痛みに頭を押さえた。呻き声を上げるものもいる。


「…うっ」


 何かが引っかかる。何かがおかしい。圧倒的な違和感があるのにその輪郭すら掴めない。

 シキはそれをみて感心したように口角を上げた。


「あはは、本当に思い出せないの。すごいね、響は本当にすごいよ」


 何故そこで響が出てくるのか、カナデとは何なのか。分からないことが山ほどあって違和感が拭えない。どうして、なんで、そんな声が脳味噌の中に響く、でも、なにがどうしてで、なにがなんでなのか、それだけが一向にわからない。


「お前らにはさぁ、響の全てを知る義務があるんだよ? どれだけ苦しんだのか、どんなに自分を呪いそうになったのか。でも死ぬこともできなければ呪うことも出来やしない。あーそんな顔しないでよ、勘違いしないでほしいんだけど、知る権利じゃないよ? 義務だからね? 自分達がどれだけ響を追い詰めて苦しめたのか、ちゃんと知りなよ」



——————それが償いの第一歩だよ。



 シキは冷たくそう言い放った。

 するとシキは手をかざして呪文を唱え始めた。

 精神に干渉する事を得意とするシキは九導達に響の全てを追体験として見せることにした。

 意識が薄れる中で九導達はシキの言葉を聞いた。

 

 




「響の人間らしくない人でなしな歪さは、ある意味ギフテッド、天賦の才だよ。」






 今、響の一番深い悲しみを知る。

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