第八章 少年の感謝

注意書き


・この作品はBL作品になります。


・今のところBL要素は少ないです。


・書いてる人がかなりのオタクなので何かに似てるなんて箇所が多々あるかもしれませんが温かい目で見ていただけたらと思います。


・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。


・主人公がかなり不憫ですので苦手な方は読むのをお控え下さい。


・実在する建物、歴史とはなんの関係もございません。


・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。





___________________________________________













「初めまして。安溟倍浄響さん。私は枦味はしみです。今は神代理なので名前はないんですが。これは私の生前の名前です」


 暖かく、心地いいそよ風が吹き、別世界の様な雰囲気のある綺麗な箱庭。

 そこにある屋敷の縁側で一人の少女は寂しそうに座っていた。

 シキ達と会った後眠らされて気づいたらこの箱庭にいた。


「はじめ、まして。ご存知かと思いますが、安溟倍浄響です」


 最初は困惑しながらも挨拶をされたので挨拶を返す。

 それに対して枦味紅蓮亜と名乗った彼女は優しく微笑んだ。


「あの…神とか、代理って…? というかここはどこですか?」


 矢継ぎ早に聞く彼に彼女は頭を下げる。


「急に此方にお連れして申し訳ありません。響さんのお身体はあちらの方に残っております。今は精神だけ呼んでいる状態なので。幽体離脱みたいな感じと言えば分かりやすいでしょうか」


 そう言いながらそろそろと顔を上げ響の顔色を伺う。

 その仕草は見た目の年相応の女の子の様に見えた。


「あ、そうですか」


 さっぱりした響の返事に彼女は目を見開く。


「お話に聞いていた通り、クールなお方なんですね」


 そう言ってニコニコと笑う。


「そうですかね。と言うか、お話って誰に…?」

「あぁ、敬語じゃなくて構いませんよ。きっと私の方が歳も地位も下なので」


 “地位も下”という言葉に響は疑問を覚える。神代理であると名乗った彼女と、ただの陰陽師の自分。言うならば普通の人間の自分の方が地位が上と言ったのだ。


「分からないですよね、今から全て説明しますね。どうぞ座ってください」


 そう言われ響も縁側に腰を下ろす。

 見える景色は異世界のような綺麗さでなんとなく戻れなくなるんじゃないかという不安すらも感じる。


「まず、私は神ではありません。今世界の神が堕ちたので次世界の神が決まるまでの間の代理です。そして私は普通の人でした。枦味紅蓮亜という普通の。枦味奏、響さんと出会う頃には、鈴雨すずうに名字が変わってますが。彼は私の兄です」


 最後の言葉に響は目を見開いて彼女、紅蓮亜を見る。

 言われてみればその人好きしそうな顔は奏と似ている柔らかさがあった。

 それと同時に酷く申し訳ない気持ちが押し寄せる。


「ごめんなさい。僕は奏を見殺しにした」


 そう言って響は手をつき、深く深く頭を下げる。


「どうしてですか? 貴方の目の前で兄さんは死んだんですか?」

「違います。でも僕ならきっと防げた」

「でも貴方が防ぐことも考慮して上の方々は貴方に伏せたままにしたのでしょう。顔を上げてください」


 その言葉に響はゆっくり顔を上げる。

 正座は崩さず、紅蓮亜の目を見る。紅蓮亜もまた響を真っ直ぐに見据えていた。


「貴方は悪くありません。兄さんと友達でいてくれてありがとうございます。義兄もきっと感謝していますよ」


 今度は紅蓮亜が短く頭を下げて、上げるとにっこり笑った。やっぱりその顔は奏の笑った顔とにていた。

 そしてその感謝は那珂が言ったものと同じだった。


「兄は、兄さんは、響さんと居た時どんなでしたか? 自分は早くに兄さんを置いて逝ってしまったので」


 気まずそうに笑いながら、それでも兄のことを知りたいという風に聞いてくる紅蓮亜を見て、これが本物の兄妹間の家族愛なのかと、響も少しだけ暖かい気持ちになる。


「奏は、あんな場所でも染まらずに自分の芯と意志をしっかりと持っている、眩しすぎるぐらいに真っ直ぐだったよ。こっちがいつも置いていかれそうになっちゃうくらい」


 奏の話をする響の顔は穏やかで、思い出の海の中に浸っている。

 多忙に多忙を重ねた様な響の生活に、こんなにゆっくりと過去を振り返る時間などなかったから。


「僕は奏といる時だけ、安溟倍浄としてでもなく陰陽師としてでもなく、彼の友人として、笑っていた気がするんだ」


 ___今思えば、奏にすごく救われていた。


 その表情はここじゃないどこかを見ていて、その表情をみて紅蓮亜は俯いた。


「最期はどうだったんですか」


 控えめで聞きにくそうに紅蓮亜は響に聞いた。

 その質問に響は気を悪くすることもなく、口を開く。だって彼女には知る権利があると思うから。


「25分の戦闘の果てにほぼ相打ちという形で終わったらしいと、書類には書かれていた。多分喰われて生き絶える直前に何か術をかけたんだろうね。僕が来た時にもその“ナニカ”は生きていたけど瀕死だった。放っておいても死んでいたと思う」


 響は淡々と事実を述べる。

 自分がその“ナニカ”をグチャグチャにした事は伏せて。

 でもきっと紅蓮亜が聞きたいのはもう一つある、そう確信している響はゆっくり続きを話す。


「骨すら残らなかったよ。僕は気づいたら何も入っていない骨壷を持っていた」


 無惨にも奏は遺体すら、残らなかった。

 だって喰われたのだから。


「っ、」


 響の言葉に紅蓮亜は分かりやすく息を呑んだ。

 そういう仕事だと分かっていた。遺体が残らないこともあると、分かっていた。ただ、たった一人の友人の死を目の前に何も入っていない骨壷を持たされた響の心情を思い、胸が締め付けられた。


「君は優しいんだね。奏には会えた?」


 響は紅蓮亜の顔を見ながらそう聞く。


「会えていません。ここにいる限りは会えません。ここはあの世でもこの世でもないですから」

「そ、っか」


 寂しそうに言った紅蓮亜に響も切なくなる。


「響さん、貴方は神子です。神の子。次世界は次の神に貴方を選びました。でも貴方の場合はもう何百年前から決まっていたことです。だから多分貴方で最後です」


 紅蓮亜は険しい表情で響に事実を伝える。

 そして、意を決したように、また口を開く。


「でも、拒否してもいいんです」


 そう言った紅蓮亜に響は間髪入れずに聞き返す。


「そうしたら、紅蓮亜ちゃんはずっとここにいるの?」


 響のその問いに紅蓮亜は眉を下げて表情を曇らせる。


「そうですね。次の神子が現れるまで」

「それはいつ現れるの?」

「…ここまでの純度な適応性を持って生まれたのは響さんだけです。ですから、いつになるかは」


 分からないです、と紅蓮亜は小さく言った。

 きっとこれから来るであろう混沌の時代の為に響は神に据えられるのだ。

 それは未来永劫変わることのない神であり続ける事を指す。世界は完成しようとしている。そしてその核に、響を選んだ。


「そう。神になったら、死んだ人も生き返らせることって出来る?」


 その質問に紅蓮亜は言い淀む。

 言うべきか、否か。でも響の真っ直ぐな目を見て、嘘はつけないと思い、決意する。


「はい、出来ますよ。ですがおすすめはしません。それは本来禁忌です。場合によっては死者を冒涜した事になる、大罪です。いくら神でもなんの代償も無しに出来るとは考え難いです」


 紅蓮亜はどうか響がそれだけはやらないことを願うしかない。

 死者を蘇らせるなんて、本当にどんな犠牲があるのか分からないから。

 そんな紅蓮亜とは裏腹に響は一人決意する。


「僕は神になるよ」

「でもっ、」

「今までシキ達がどうして僕に良くしてくれるのか分からなかったけれど、彼らはそもそも“ナニカ”じゃないんだね」


 聞きなれない呼び名に一瞬戸惑うも紅蓮亜はすぐに見当がついた。


「シキって、式守兎神シキトガミのことですか」


 その言葉に響はまるで子供のようにクスクス笑った。


「へぇ、シキは本当はそういう名なんだね」


 響は知っている、式守兎神の事を。だってそれは十二天将にも並ぶ式神だと書物で読んだから。人間を守る式神達。四天神の一人だ。ならきっと他の3人もそうなのだろう。ただの偶然には思えない。

 精神を司る式神兎神、五感を司る大羅魏韻ダイラギイン、二人で一つ良悪心のミョウチョウ

 彼ら四人は十二天将とすら良好的で、従えてるとさえ言われている。


「…本当に神になるおつもりですか」


 紅蓮亜は未だ神妙な面持ちで尋ねる。

 それに響はすぐ頷いた。


「うん。僕が神になれば全て丸く収まるし、僕の大切な者達に平和と安寧が訪れるなら安いもんだよ」


 響は本気でそう思っている。

 誰よりも他者を想い、尊重する響だから。

 紅蓮亜は響と出会ってまだ数十分だけれど思う。

 こんなに心優しくて慈悲深く、慈愛に溢れているから、彼は神子に選ばれたのかと。良い人ばかりが損をするとは真だったらしい。

 それでも言わずにはいられない。こんなに優しい人が、贔屓目で言うならば兄の友人が、どうして理不尽な目にばかり遭わないといけないのか、悪果てには、彼は永遠に一人という寂しく孤独な存在に。


「…ずっと、永遠にいつ来るかも分からない世界の終わりまで、……ひとりきりなんですよ」

「うん」

「神という概念や意志になって、堕ちることも許されないのだから干渉も出来ず、もう誰も貴方を感じられず、分からないんですよ」

「うん」

「時が経って、世界の再構築が完全に完了すれば、人間の記憶からは貴方は消えてしまうんですよ」

「そりゃあいいや。きっとその方がいい。願ったり叶ったりだよ」


 笑顔でそう言った響に紅蓮亜は下唇を噛み締める。

 目の前の心優しい自分より少しだけ歳を重ねた少年は、世界に優しくしてもらえなかった。

 それなのに世界の供物になる事を厭わない。

 そこに自分の望みと言うには優しすぎる、願いが叶うという保証があるなら。


「……っ、ごめんなさいっ、私が、私がちゃんと神だったら、貴方にそんな悲しい事っ言わせないのに…っ!」


 まだ数十分の付き合いでも涙が止まらないのだ。

 彼の父、安溟倍浄九導さんらは彼を人でなしと言ったそうだが、彼は兄の死を悼み、心を痛め、一人でそれを背負ってしまった。自分に理不尽ばかり強いて来た大人達を、世界を守ってきたのだ、ずっと、たった一人で。

 自分に神の力さえあれば、こんな世界糞食らえだと、もっと彼に優しい世界を、兄と彼が笑っていた未来を作ってあげられたのにと、後悔せずにはいられない。


「いいんだよ、君は人だ。他社のことでこんなに心を痛めて涙を流す。僕なんかよりよっぽど良心的な人なんだよ。だから君は帰りな。奏もすぐに君のもとへ返すから。だから、あと少しだけ、待っていてくれるかな」


 優しい顔で微笑みながら紅蓮亜に伺う。

 いくら100%の適性者でも、神になるには通過儀礼が存在する。その過程を通って、晴れて神だ。

 響はここへ来て本能的にそれを感じ取った。

 神に成るというのは、そういう事だと。


「…嫌です…っ、だって貴方はここにずっと一人で、取り残されるっ! 兄さんだって、戻って来ても貴方がいなきゃ、きっと悲しむ…っ!」


 紅蓮亜は苦しくて仕方がない。

 どうして選ばれたのがこの人なのかと。


「世界の再構築が終われば、奏も僕の事を忘れるよ。君もね。だから悲しむ必要なんてないんだよ。もう何も、背負わなくていい。その重い荷を、もう下ろしていい」


 まるで全てを赦すような、優しく包み込んでくれるような、そんな温かいものがあった。


「…そんなっ、そんなのって…っ…、」


 あんまりじゃないか。

 その言葉は声になる事はなかった。

 響が優しく、握りしめられていた紅蓮亜の拳を包み込んだから。


「もう一人で耐える必要はないよ」


 その言葉はまるで優しいトドメだった。

 優しくされたら、もう何も言えない。

 彼が誰より優しいのを知った。だからこんなにも胸が痛むのに、だからこそ、彼の言う事も否定はできない。


「シキ達にもお別れを言いにいかなきゃ。黙って行ったらきっと怒っちゃうから」


 あはは、と響は照れくさそうに笑った。

 その時初めて紅蓮亜は響の歪さを見た気がした。大事にされている自覚はあって、式神達が自分を心配してくれるのも分かっている。それでも彼は他者の幸せのために簡単に自分の身も命も、存在すらも差し出せてしまう。

 その歪さを見て、拍子抜けした。

 これのどこが人でなしなのだろう。

 むしろ、こんな綺麗で優しく温かい歪さには触れたことがない。


 人はこれを、真心と呼ぶんじゃないだろうか。

 決して人でなしなんて、言ってはいけないんじゃないだろうか。


「君はもう十分頑張った。もう頑張らなくてもいいんだよ」


 そう言って響は紅蓮亜の頭を撫でる。

 シキやミョウ、チョウにする様に。

 それに兄と似た懐かしさを感じた紅蓮亜は更に泣き出す。

 流れ続ける涙にもう役目を終えつつあるのだと、実感した。

 『頑張った』、それは貴方もでしょう。貴方だって頑張りすぎなぐらい頑張ったじゃない、そう言いたいのに嗚咽に邪魔された口からは言葉にできなくて、久しぶりに感じた人の温もりに、その優しさに、本音を溢してしまう。


「ゔぅ、兄っさんにっ、ぅっ、会いたいよ…っ!」


 義兄の存在は知らなかったのでずっとずっと兄さんと二人で生きてきた。ずっと、兄さんを置いて逝ってしまったことが気がかりだった。もう一度、兄さんと会えたなら、過ごせたなら、どんなに幸せだろうかと思わなかった日はない。お墓に私の魂は眠っていないけれど、忙しいのによく喋りに来てくれる兄さんの話が好きだった。その話によく出てきていたのが響だった。


 兄さんの話の通り、すごく良い人だと思えば、『だろ? 自慢の親友なんだ』と誇らしげに笑う兄さんが思い浮かんだ。


「君はもう神の代理なんてやらなくて良い。普通の女の子として、奏の妹として生きてほしい」


 私もずっとここで一人ぼっち。孤独だった。

 人も生き物もいない。ただモニターのように世界を見るだけ。

 大切な人が傷ついていても、死にそうになっていても、眺めるだけしか出来ない。その苦痛を、私は誰よりも理解している。兄が死ぬ様を見ていた時は何かの拷問かとすら思った。いつの間にか爪が食い込むほど握られていた手からは血が出ているのに此処箱庭じゃあ、痛みすらも感じない。血もすぐに消えてなくなった。涙すら、出てこなかった。自分はもう誰かを思い涙を流すことも出来ぬ化け物になってしまったのかと酷く絶望した。

 でもすぐに持ち直さなければならない。堕ちた神は真逆の悪魔という概念になるのだから。

兄の死を悼む事も許されず、長い長い時間、世界を見続ける。

 だからこそ、彼が、響さんがこの苦痛に耐えられるわけがない。永遠に縛られ続け、大切な者達が散っていくのを見続ける、世界が終わるまで、ずっと。

 何百年、何千年、もしかしたら何億年かもしれない。


 世界の終わりっていつ来るんだろうか。こんな誰かを犠牲にして、一定数が苦しまなきゃ存在できない世界は本当に必要なのだろうか。


「——ダメだよ」


 そう言って手を握られる。

 顔を上げると優しく微笑んだ響さんの顔があった。握られている手を見れば先から黒くなり始めていた。


「まだ完全に役目を終えていないから。ごめんね、あと少しだけ待っててほしい」


 響さんがそう言ったのと同時に手を強く握られる。

 私はそれに返事ができない。楽になりたい。でも、代わりに響さんがもっと暗く冷たくて、孤独な場所にずっと縛られるなんて。


「大丈夫。僕は大丈夫だよ。今まで、僕が来るまで待っていてくれてありがとう」


 その言葉を最後に響さんは光に包まれて消えて行った。きっと[[rb:彼方 > あちら]]に帰ったのだろう。

 まだ温もりが残る手を握りしめる。


「“こんな、世界でも、大切な人が居るから”、かぁ」


 今世界の本来の神は堕ちた。

 堕ちる直前にそう、言い残した。




『こんな世界でも大切な人が居るから、俺には終わらせられないよ』




 荒れに荒れ、黄金時代と呼ばれた時代の見る影も無く、人々は仲間同士でさえ歪み合い、殺し合った。

 響達の言う、上の連中がやっている様に。

 それに耐えられなくなった彼は堕ちた。

 堕ちた神がどうなるかは定かじゃない。悪魔になるというが、悪魔という存在がどんなものなのか誰も知らない。管理する事も終わらせる事も出来ず、役目を放棄した彼に代わってただの人にしては適性のあった私が代理についた。

 彼も100%の適性は持っていなかった。

 だからこそ響さんがどれだけ奇跡みたいな存在なのかがわかる。


「先代、私はどうしたらいいですか」


 もう今はどこにいるかも分からず、ご存命かも分からない彼に問いかけるも、勿論返ってきたのは静けさだけだった。この綺麗すぎる箱庭が恐ろしいものに思えてしまって、立ち上がり、屋敷の中へと足をすすめた。


 でも心のどこかで、長い長い間苦しんだ彼が、輪廻の理に戻り、新たな生を幸せに生きていてほしいとも思った。






 奏の妹さん。紅蓮亜から話を聞いて、頭の中でまとめる。

 おそらく僕は神になるために生まれたのだろう。人間よりも上に立つ存在を何故人として世に落としたのかはわからないが。

 そしてきっと神になればシキ達にはもう会えないこともなんとなく察していた。シキ達は僕に同化するつもりらしいけれど、それじゃあ姿さえ見れなくなってしまう。モニター越しでも良い。会えなくても良い。シキ達の姿を見ていたい。

 昔の書物に記されていた四天神の話は、人間好きの式神という話だった。シキ達の事だと知って妙に納得した。それと同時に、良かったとも思った。人間を愛していたなら、きっと僕が居なくても上手くやっていけるだろうから。四人で。


 箱庭に行った事で、僕の封印は完全に解かれてしまった。まだ生まれて間もなかった頃にシキ達が施してくれたものだった。


「あの頃にもう会っていたんだね」


 目を閉じながらこの世界に身を任せて、呟く。ここには僕しかいないから誰に聞かれることもない。

 膨大すぎる力を幼子の身体に留めておくのは危険で、うまく抑制出来ず暴走の可能性もあるし、肉体が保たない可能性もあった。だからシキ達は封印したんだ。そして僕と二度目の再会を果たした頃はそれが原因で弱っていた。そこまでしてくれた優しさが嬉しい。例え神子だったから優しくしてくれていたとしても、僕はシキ達にちゃんと救われていたから。


「もう、会えなくなっちゃうのかあ…」


 かつて人間を愛し、人と共存してきた四体の式神を僕は心から愛して、その生涯に幸溢れる事を心から願っている。



 だから、一緒には連れて行けない。



 シキ達が笑ってどこかで存在しているだけで、僕は何億年の孤独にも耐えられるから。



 シキ達が存在する世界を守り続けよう。

 壊れない様に。

 その世界が終わるまで、永遠でも守り続けよう。そう思える者に出会えて、遺していきたい存在と愛を知れた事を僕は自分の人生で誇りに思う。






 ねぇ、シキ。一年とちょっとかな?あんまり長くはなかったけどさ、僕、本当に楽しかったんだよ。シキは兄弟みたいで家族みたいで師弟みたいで、そんな全ての存在だった。例え偶然じゃなくて出会うべくして出会って、それが僕が神子だからって理由だとしても、本当に本当に嬉しかった。歪で人でなしな僕をそこも含めて好きって言ってくれてありがとう。

 もし何億年の時を得てお互い人間に生まれ変われたなら、その時はシキの本当の家族になりたい。






 シキ、ダイラ、ミョウ、チョウ、本当はどんな存在でもどんな姿でもどんな名前でも、僕の家族。

 そして、生まれ変われたならまた出会いたい。

 きっと探し出すから。どこに居ても。


 誓う神とやらは居ないし、こんな曖昧で月並みの言葉なんだけど、本当に、ほんとうに、愛してるんだ。ずっとずっと、世界で一番大切な存在。人より鈍感な僕は気づくのが遅くなっちゃったけど、僕はシキ達が支えだったんだよ。ありがとう。






_____________________






 響は話した。

 シキ達は連れてはいけない事、神とは概念の存在である事、堕ちてしまえば戻れない事、それらを伏せて響はシキ達四人に話した。

 四人は相槌を打ちながら響の話を聞いていた。


「ちゃんと、話したんだね」


 シキは不思議な気持ちだった。

 かつての友の妹に会えた事は喜ばしい。でもこんな形でなんてと思う気持ちもある。思ったよりも落ち着いている響に安心しつつも、何処か危ういのを感じてしまったから。

 シキの言葉に頷くだけの響の頬にシキは手を添えた。


「大丈夫だよ、響。一人にはしないから、どこまでも最期の瞬間までも、永遠でも、ずっと一緒だよ」


 そう言って微笑んだシキに響も微笑む。

 その光景は神聖な儀式の様で何人たりとも踏み込んではいけない雰囲気を纏っていた。


 九導らは黙って見ていた。

 触れたら壊れてしまいそうに歪で、それなのに目を奪われるほどに美しいと思わせるその光景を。

 響の両の手をミョウとチョウが握りしめ、ダイラは頭を撫でた。


「大丈夫よ、響ちゃん。私たちはずっと一緒よ」


 ミョウはそう言って響に笑いかける。

 子供の様に無邪気な笑顔で。


「…響のためならどこだって行くし、何にだってなるよ」


 チョウも珍しく薄くだけれど笑みを浮かべていた。


「そうじゃよ。心配せんでも1人になんてさせない。響の箱庭の安寧はワシらも共に守ろう」


 ダイラは頭を優しく撫でて、まるで親の様な眼差しを向けながら目元を細めている。

 響は思う。四人には本当に敵わない。

 こんなに優しい四人をやはり連れてはいけない。でも、自分が一人で行くと言えば四人は無理にでも止めようとするだろう。

 だから、だからね、初めてシキ達に嘘をつくよ。

 正直で嘘を付かないシキ達は、僕の嘘を付かないところが好きだと言ってくれたね。


「うん、ありがとう。これからも一緒に居よう」


 そう言って響も笑った。



 ___知らなかった。

 嘘をつくのがこんなに辛いなんて、知らなかった。

 大切な者を欺くのがこんなに痛いなんて、全部、知らなかったよ。



 もうすぐで人ではなくなり、今初めて人らしさを知った響は初めて感じた胸の痛みに気づかないふりをした。


 響は九導達を見つめる。

 何を言うべきか、そもそも何か言うべきなのか、そう迷っている間に口を開いたのは九導だった。


「お前は、なんだ…? 人か? “ナニカ”なのか? ……それとも、また別の存在なのか…?」


 その声色は疑心に溢れていて、表情はどこか得体の知れないものを見る眼差しだった。その問いかけに響は困った様に眉を下げた。

 シキ達はそれを今は黙って見ている。


「元は人間だっと思うよ。でも今はなんだろう、みんなが言うには神に成るらしい」


 その言葉に次は九導ら4人が困惑の表情を見せた。

 カミ?かみとはあの神か、と。

 黙ってしまった九導らに響も俯いてしまって、見かねたシキが声をかける。


「響…」

「うん」


 響はそれに短く返事をした。

 分かってる。自分は今きっと得体の知れない化け物か何かに見えているだろうということは。沈黙、それは拒絶を意味していた。


 シキは響の肩を引き寄せてそのままもたれさせる様にして座り込む。響を大事そうに抱える様に。


「眠いよね。きっと“準備”が始まったんだ。寝てていいよ。起きる頃には全てが終わって、新たに始まってるから。おやすみ、響」


 その声に響の意識は心地よく落ちていく。

 次起きたら、もうシキ達とは会えないかも知れない。そう思って響は落ちそうな意識の中口を開く。



「ありがとう、シキ、ダイラ、ミョウとチョウも」



 その声に四人は頷いて、次こそ響の意識は完全に落ちていった。


「この眠りが吉を引くか、凶を引くか」


 シキのその小さい声は響には届いていなかった。















カウントダウンの数字は0。

その数字が意味するのは、孤独か、時間か。









はたまた__破滅か。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る