第七章 悔恨の果てに

注意書き


・この作品はBL作品になります。


・今のところBL要素は少ないです。


・書いてる人がかなりのオタクなので何かに似てるなんて箇所が多々あるかもしれませんが温かい目で見ていただけたらと思います。


・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。


・主人公がかなり不憫ですので苦手な方は読むのをお控え下さい。


・実在する建物、歴史とはなんの関係もございません。


・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。





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「響っ!」


 シキの叫び声が響いた。

 見えた光はシキの張った結界だった。


「ゔッ、ぁ、はぁっ、は、シキ…」


 シキが駆けつけた頃には瀕死の響が横たわっていた。

 周りの有様で激しい戦いがあったのは一目瞭然だった。

 それも、人と人の。遠くに見えるのは九導ら一派。シキが広範囲に張った結界に弾き出されている。

 シキの頭はある予想を掠める。

 でも、それを事実だと認めたくない自分がいた。

 それはアイツらを信用しているからとかではなくて、だって、こんなの、あまりにも、響が報われなさすぎるから。

 シキの変な所で冷静な頭は考える。

 昔、本当に大昔、人々がいがみ合うようになり、武器を手に取ったのはこう言った感情が始まりだったんだろうか。

 シキの頭を埋め尽くすのは、憎しみと業火の様な怒り。

 やはりどうやったって人間アイツらとは分かり合えない。


「…何があったの?」


 シキは出来るだけ優しく穏やかにそう聞きながら響の身体を起こす。


「ゲホッ!」


 何か喋ろうと開けた口からは大量の血が流れてきた。

 響はそれに激しく咳き込み、シキは回復の術を施しながら背中を摩る。

 自分で回復もできないほどに満身創痍。こんなに強い響が。そんなこと出来るのはアイツらしかいない。

 途端にシキの周りの空気が冷たく、鋭くなる。それを宥めるようにシキの胸の方の服を弱々しく掴みながら響は言葉を紡ごうとする。


「はぁっ……だい、じょぶ、だよ…、ぼ、くが、しくじっちゃった…だけ、だから……」


 響の視界は既にぼやけ始めていて体の限界が近かった。もし自分が駆けつけるのが後少しでも遅れて、回復の術を施しても手遅れな事態になっていたらと考えたシキは息を飲んだ。

 もう一度よく周りを見ると、結界の中に入ってこようとする九導らと、響のそばには鞘に納められたままの刀と、攻撃に特化してる札。

 これが意味するのは、響はアイツらに攻撃されても攻撃をしなかったと言うこと。

 アイツらからしたら忌子かもしれない。敵かもしれない。憎いかもしれない。それでも何故、こんなにも非道な行いができる?大人が数人がかりでたった1人の敵意のない子供を痛めつけられるんだ。

 シキには理解できない。



 “ナニカ”には血も涙もないと人は言うが、人でなしで血も涙もないのは人の方じゃないか。



 たとえそこにどんな道理が存在しようとも、シキには九導らにも、上の奴らにも、響以外の人間にかける情けなど、もう無い。

 シキは響の周りに自分と響以外の侵入を阻む結界を貼り、響の体を本がほとんど床に散らばり落ちた本棚に預け、立ちあがろうとする。

 その瞳は地獄の業火そのもの。激しく燃え、怒っていた。響はそんなシキの服の裾をなおも掴む。


「だめだッ…! シキ、人に危害を加えちゃ、」


 先程よりは回復したようで、響は少しだけ強い力でシキを掴む。

 シキが人間に危害を加えたら完全な除霊対象にされてしまう。そしてそれを阻止出来るだけの力を響は持ち合わせていない。

 だから今、こうして倒れている。

 それは響自身が1番に理解していて、だからこそシキを止める。


「なんで? 僕もう響がこんな目に遭ってるの我慢出来ないよ」


 声には明らかに怒気が含まれていて、それが自分に向けたものじゃないと分かっていながらも、いつも笑っていて飄々としているシキだから響でも少し肩がビクついてしまう。

 それでも響は掴む力を緩めない。


「シキ、お願いっ、おねが、い、だからっ」


 懇願する様に、縋る様にシキの服を掴み、行くなと言う。

 でもシキには我慢ならなかった。

 どうせしばらくしたらダイラ達も来て大激怒の果てに乱闘があるのは目に見えているから。

 シキは響の顔を見る。何を言われたのか、何をされたのか、どれだけ尊厳を傷つけられ、存在を否定されたのか、響の目は迷子の子供の様に濁って寂しそうだった。

 シキの服を掴んでいる響の手を掴んで握りながら、またしゃがみ込む。

 目をやって見たところ、九導らにはまだこの結界は破れない。


「……2ヶ月しかまたないって、言った…」


 響はシキの声に目をまん丸に見開く。

 だって、場にそぐわないほどに拗ねてる子供の様な声色だったから。

 それでも、優しく微笑む。


「うん。ごめんね、遅くなっちゃって」


 そう言いながらもう片方の手でシキの手を撫でる。


「探しに来たら血塗れなんて、性格悪いよ、響」


 そっぽを向いて、それでも手は離さずにシキは響を咎める。響はこれが懐かしくて、温もりが懐かしくて、自分も本当にずっとずっと会いたかったのだと実感させられた。


「ごめん。来てくれてありがとう」


 そう言えば、シキは怒った様な、泣きだしそうな顔をして、響をやっと抱きしめた。


「っ、ずるいよ、響はずるい。そんなって言われたら僕もう怒れないよ」


 迷子だったのはお互いだった。

 響の居ない2ヶ月は本当につまらなくて、何をしていても楽しくなくて仕方なかった。

 響は弱い力でも抱きしめ返しながらシキの頭を撫でた。たった2ヶ月、されど2ヶ月。お互いの存在を確かめる様に。


「…お願い、響。僕の知らないところで、居なくならないで…」


 耳元で聞こえた声は本当に小さくて、響は少し驚いてしまう。でもそれをシキに悟られない様に抱きしめる力を強くする。


「うん、分かった」


 そうしているうちに結界内に人影が3つ。

 ダイラ達が来たようだった。

 ダイラ達の姿を確認したシキは響の周りの結界を静かに解いた。


「響っ! どうしたんじゃその血は!?」


 ダイラが慌てて響に駆け寄り周りの血の海を見るなり絶句した。


「大丈夫だよ。シキのお陰でもう傷も塞がってる」


 響は未だにシキを抱きしめながらそう返す。


「痛かっただろうに」


 ダイラは眉を顰めて九導らの方を向いた。

 考える事はシキと同じ、憎しみだ。


「待ちましょう、ダイラ。今は響ちゃんの回復が先よ」


 ミョウの言葉にチョウも頷く。

 でもチョウは抑えきれない激情に唇を噛み締めていた。

 ダイラもミョウの言葉にひとまずは冷静になり、響の傷に触れないように抱きしめる。


「肝が冷えたぞ」

「うん、ごめん」


 響の肩を掴むダイラの手は震えていた。


「みんな心配、してくれてたの?」

「当たり前でしょ! …響?」


 4人は響の発言に怒って響を見た。

 シキも身体を離して大きな声を出してしまったが、響の顔を見て4人とも固まる。

 響はそんな4人を不思議そうに見ている。


「響ちゃんどうしたの?」

「…そんなに痛い?」

「具合でも悪くなったのか?」


 ミョウ達も質問攻めをする。


「え、…あ、れ、おかしいね、僕」


 響は静かに涙をポロポロ流していた。

 声を上げるでもなく、一つの作品の様に静かに。

 シキは響の手を握って響の顔色を伺った。

 ダイラは涙を拭ってやり、ミョウとチョウは快復の術の引き継ぎをした。

 その優しさにまた、涙が止まらない。


「どうしたの? 響」


 みんな、名前を呼んでくれるんだ、シキ達は僕を名前で呼んでくれる。アンタでも君でもお前でもない。響って名前で呼んで、ちゃんと僕を見る。その響きが僕は好きだった。


「うぅっ、…ぼくね、?」


 とうとう嗚咽を抑えられなくなりながらも、響は言葉を紡ぐ。

 それは泣きじゃくる子供の様にも見えた。

 それでもシキ達は優しい目をして響の言葉を待っている。


「うん、ゆっくりでいいよ」


 シキの言葉に頷きながら口を開く。

 この光景はまるでそこだけ空間が抜き取られたように神聖で、映画の中のように彼らだけの世界に見えた。


「僕の、家族はっシキ達だけ、だからっ、うれしくって、みんな、僕のことっ、しんぱい、してくれたのが、っ」


 嗚咽に邪魔されながらも、響は伝えた。


「当たり前でしょ。響ちゃんは家族なんだから」

「そうじゃよ。こんなの今更じゃ」

「…自覚するの遅い」

「響は弟で兄で親で子で先生で生徒で、この中には家族も含まれてるんだから、当たり前だよ」


 4人の言葉が響にはうれしくて仕方なかった。

 4人も自分のことを家族と思ってくれていることが本当に嬉しかった。


「ありがと」


 響がお礼を言ったその刹那、膨大な力によって結界が破られ、九導らが攻めてきた。

 その九導らを4人は鋭く睨みつける。


「忌々しい人間共め」


 ダイラは悪態をつく。


「これはっ、コイツらは、まさかッ!」


 九導は響を囲む4体の“ナニカ”を視認して絶句する。

 だってこれは本当に馴れ合っている、心を許してしまっているから。


「これが、例の…」


 かろうじて躊躇いながらも干灯がそう呟き、雅と豹夏は顔面蒼白で立ち尽くして、言葉を失う。


「ありえん、理解ができない。ソイツらは人間に害を及ぼすんだぞ!? 仮にも陰陽師が! 正気か!?」


 九導は捲し立てる。

 近づかないのは残った理性で警戒しているから。


「この4人が、僕のこの世で一番大切な家族です」


 響は断言する。

 その言葉にも異常者を見るような目を九導達は向ける。


「上級の“ナニカ”だな。本来なら即除霊だ。こんな強すぎるのをどうやって従えたって言うんだ…」


 干灯は困惑しながらも響に聞いた。ほぼ独り言のような呟きに響はきょとんとする。


「従えた? 従えてませんよ。セイヤクの類も結んでいません」

「あり得ない…」


 雅の呟きもごもっともだった。

 本来なら“ナニカ”は人を嫌い、人を苦しめ、嬲る事だけにその知能を使う。8割は知能もないが。

 その“ナニカ”が、人間と馴れ合っているなど、非現実的すぎるのだ。

 この職業を生業としているからこそ言える事でもある。


「ソイツらを誑かし、使い、人を殺したのか」


 九導のその言葉にシキが立ち上がる。


「人間、良い加減にしろ。響を侮辱する事は許さない」


 その威嚇する殺気に九導も戦闘準備をした。


「…ダイラ」


 目は九導らを見据えたままでシキはダイラの名前を呼ぶ。


「わかった」


 ダイラはそう言うと響の目元に手を持っていった。


「ごめん、響。しばらく眠ってて」


 シキは振り返って少しだけ微笑んで、そのシキの顔を最後に響の意識は途切れた。ダイラが眠らせたのだ。


「何をした」

「お前らには関係ない」


 九導の問いかけにシキは答えない。


「さて、お主ら、———響に何をした?」


 ダイラは普段閉じている目を開け圧をかけた。声はいつもより何倍も低く、九導らは神の逆鱗にでも触れたような気持ちだった。いや、これはまるで地獄の底の閻魔様のお怒りを買ったようだった。


「お前らにとっては家族でも俺達にとってソイツは裏切り者で敵だ」


 九導のその言葉に分かりやすくシキは怒りを露わにした。

 響が裏切った?コイツらを?ありえない。

 身も心もボロボロにしてコイツらを守ってきたんだ。

 天変地異がひっくり返っても絶対にありえない。


「へぇ? 証拠はあったの?」

「あぁ。上から全て報告された」

「君たち仲悪いんだよね? ちゃんと書類、報告書って言うんだっけ、読んだの?」


 シキは響から教えてもらったことがまさかこんなところで役に立つとは思わず内心少しびっくりしている。


「…雅」

「わかった」


 九導が雅の名前を呼べば、雅は返事をしてポケットから小さめの端末を取り出した。そこにデータや資料、書類、報告書、全てがまとめられている。

 それは幹部達が用意したものではなく、九導らの活動の一環である陰陽師一人一人のこなした案件などを自動で調べるものだった。

 現代陰陽連本部も知らない、九導らのみの裏ルートで知る事ができるもの。

 言わずもがな響の分に誰一人として目を通した事は無かったが。


「響が殺してきた人たち、こなしてきた案件、ちゃんと見てみなよ」


 シキがそう言えば、干灯もその端末を覗き込む。

 そして何度目かわからない絶句した。

 絶句というより、もう信じられないという感じだ。


「は…? なに、この数、ありえない。これじゃあ、どんなに多く見積もっても1日15分くらいしか寝られない」

「こんな案件の詰め方、滅茶苦茶だ」


 干灯も雅も驚きが隠せない。

 こんなの14歳がこなす量じゃないし、例え大人でも不可能に近い。というか完全に殺しにかかってきているようなものだ。難しい案件と命に関わるようなのばかり。

 今、大満足で生きているのが奇跡と言ってもいい。いや、何度も失いかけたのだろう。切れ落ちてしまったこともあったのかもしれない。

 そこまで想像して初めて九導らは自分達が頼ってきた陰陽術の恐ろしさを知った。

 何度失いかけて、死にそうになったとしても術を用いればすぐに治り、そうすればまた戦場へ戻るのだ。

 2人の驚きように、九導と豹夏も端末を覗き込む。

 そして九導はあるリストに目がいった。


「これ、」


 そう言って指をさせば、そのリストがアップされた状態で表示される。それは、響が殺してきた人のリストで、8割が安溟倍浄、もしくは九導に恨みがあり、今次世代の陰陽師達を引っ張っている存在である九導らの独立した組織に対して明らかな敵意がある者達、黄金期を嫌う者が占めていて、あと2割は賞金の金目的のやつら。


「ワシが断言しよう。もし響が誰も殺さなかったら、この中の2人は死んでいたろうな」


 明確な根拠の説明はない。

 でも、4人とも納得してしまった。それほどまでに界隈では名を馳せていた殺し屋ばかりが名を連ねていた。

 これを、14歳の子供が全て殺したなんて、記録に残っているだけで初めては7歳だ。上の連中のことだから記録に残してないだけでもっと小さい頃からあってもおかしくないが。


「黄金期とやらはみんな揃って無能な天狗だな」


 シキは馬鹿にするように吐き捨てた。


「箱庭育ちの坊ちゃんに、友達だからと甘やかすしか能がない阿呆。関係ないからと高を括るクズ以下2人に、我が子を置いて死ぬ元凶」

「っ! テメェ! 黙って聞いてりゃ! 実千流を冒涜するんじゃねぇ!」


 豹夏が怒鳴りながらシキの胸ぐらを掴む。ほか3人も怒りを隠す様子はない。


「どうして? お前達は響の前で僕たちを冒涜にして、僕達の前で響を冒涜にした。何が違う? そもそも君達の大事なダイジな仲間の死を元凶にしたのは、他でもないお前らじゃないのか?」


 シキは胸ぐらを掴まれ抵抗もしないで、ただただ軽蔑の目を向ける。


「なぁ。お主らは神か何かなのか」


 ダイラの言葉に九導らは疑問符を浮かべる。その様を見てミョウは笑い出した。


「あははっ、シキ、コイツら駄目よ。無意識なのね。クズで愚かな人間のくせに、———傲慢がすぎる」


 ミョウは首を振りかぶって笑い、真顔に戻っていく。


「いつまで死者に縋り続けるの?」


 チョウのその言葉に九導ら4人は固まった。

 九導らは未だに状況が掴めないでいた。

 なぜコイツらは響を守るのか。

 そして自分たちが響にしてきたことは何だったのか。

 何か大きな過ちがあって、それを目の前にしても気づけない自分達がいたという事。

 4人がそれぞれ状況を掴めずに考え込んでいる中、シキは豹夏の手を振り解き、首に手をかけた。


「ぅぐッ!」


 豹夏が苦しそうな声を漏らしてもお構いなしに手の力を強めていく。


「豹夏っ!」


 雅が叫び、干灯も一緒に駆け寄るもシキにも豹夏にも触れることさえ出来ない。

 薄く結界が貼られていた。いつもなら気づけるはずの結界。

 動揺し過ぎているのは一目瞭然だった。


「まずはお前から」


 豹夏にそう言うとシキは九導を睨む。


「響から全てを奪ったお前には全て失ってもらう」


 九導はその声と冷たい目にゾッとする。

 彼は本気だと、嫌でも分かった。


「やめろっ!」


 手に力をこめてシキに触れる。そのまま豹夏と引き離し、床に崩れた豹夏は激しく咳き込む。それに心配そうに雅と干灯が駆け寄るも全員、警戒は解かない。




「流石響の肉親なだけはあるね。ねぇ、聞きたいなぁ。———これが響だったら助けた?」




 シキは笑みを浮かべている。

 その笑みは恐ろしく、シキ達の方が自分らより格上だと思わせる恐怖があった。


「そっ、んなの」


 九導は答えられない。

 さっきまで殺そうとしていた我が子ならきっと助けていないから。いや、その前であっても、もしかしたら助けていなかったかもしれないから。


「助けてないよね。だって殺そうとしたもんね」

「お主らは確か、平和とか言うのを目指しているんじゃなかったか? 短命な陰陽師が多いからと、独立組織を立ち上げたと聞いたんじゃがのう……。空耳だったか」


 シキの言葉にダイラは追い討ちをかける。


「…感謝しなよ。このまま響を殺してたら、俺たちはお前らを殺してたよ」


 チョウも怒りを露わにして怒りをぶつける。

 殺していた、その言葉が重く、重くのしかかる。リアルな死のイメージついてしまうほどに、その言葉は重たい。


「まぁ、もう生かしてもおかないけどね」


 ミョウはニッコリと少女のように笑った。


「響は仲間はずれ? どうして? あぁそっか、確か母親と似てるんだっけ」


 シキはわざとらしくそう言った。

 そう、全ての発端はそれだったのだ。それがなぜここまで拗れるのか、九導らに誤算があるとすれば、響が憎しみや怒りなんて感情を知る前に諦めを知ってしまった事だろう。

 要するに、響から歩み寄るのを待っていたに過ぎない。


「なんとか言ったらどうじゃ? ろくでなしの“人でなし”風情が」


 ダイラは呆れたようにため息を吐く。

 ダイラは大の人間嫌いだ。こうやって都合が悪くなったらすぐ黙るところなんかが嫌いだ。響と同じ人間でありながらどうして響とここまで違うのか、不思議で仕方ない。

 響はあんなにも真っ直ぐで綺麗なのに。


「処理しきれてないみたいだから分かりやすく言ってあげよっか?」


 ミョウが煽ったって、4人はまだ棒立ちだ。


「響ちゃんはアンタ達を守るために人を殺してたんだよ。アンタ達を命の危険に晒さないために案件も詰め込まれてんだよ。でも、君たちは今さっき響ちゃんを殺そうとしてたんだよ。…あれ? 可笑しな話だねぇ」


 そう言ってミョウはウフフとクスクス笑う。

 ダイラはもう呆れを通り越して哀れんでいた。安倍晴明様の子孫と聞いたが、ここまで落ちぶれたのか、と。響には確かに面影を感じるのに。



「響は迫害され続けても君たちを守ったのに、君たちは響は殺そうとするんだね」



 4人の瞳が揺れた。顔は真っ青だ。

 やはり否定したい事実だったんだろう。

 でも今更後悔したってもう遅い。


 時間は迫っているのだから。


「…なぜ、何故だ…? どうして俺たちを守った?」


 九導は藁にも縋る思いでシキ達に尋ねる。




「さぁ? それをお前らが考え続けるんだよ。懺悔に身を焦がしながら。」




 シキは冷たく言い捨てる。

 理由なんて知らない。多分本人ももうよく分かっていない。それでも九導らが思考を投げ出そうとして自分達に聞いてきたのに苛ついた。

 でも、ただそばで見てきて言えるのは。



「…優しいんだよ、響は」



 それは自分自身に言い聞かせているように見えた。

 どうしようもなく優しい。優しい人は損をする世界だと誰よりも理解しているのに響は救えないほど優しいのだ。

 いっそ愚かな程に、その優しさは底を知らない。


 シキが何度も味わったやるせなさ。

 底無しに慈愛と慈悲に溢れ優しい響に、この世界は優しくない。内でも外でも苦しむ響は一体何処でなら平穏を手に入れられるのだろう。

 身を削り、命を削り、本来享受するはずだった愛情も与えられず、知らぬのだから欲することも出来ない。まるで生きているだけで罪だと言うように、理不尽な罰を甘受する。

 年相応の笑顔と青春を捨て、札と刀を握ったその手は誰にも差し伸べない。使い古されて、何も残らないような最期を迎えてもきっと響は何も思わないのだろう。

 あの小さかった少年はそう言うものだと受け入れ、割り切り諦める事しか知らないから。


「嗚呼、どうしてお前らが笑って響が苦しむんだろうね。……あんなに慈愛に溢れている、優しい子なのに」


 シキは悲しいのだ。

 だってあんまりじゃないか、こんなの。


「ねぇ、今どんな気分?」


 ミョウは小首を傾げながら九導達に聞いた。

 九導達はミョウを見ない。


「後悔してる?」


 シキが4人を追い詰める。


「でも遅いよね」


 外の大雨の音が壊れたテレビの砂嵐の音のように大きくなっていく。


「響に何をしたか、何を言ったか」


 たたでさえ冷えている体が芯まで冷えていく。




「ちゃんと見てよ———」


 シキのその声はまるで響の心の叫びのようだった。


———懺悔の時間だ。




 シキの言葉は、九導達に罪の輪郭をハッキリさせた。


 それでも人間とはどこまでも愚かで、己の善として取った行動が悪であった事を拒む。


「お前らの言う事を信じると思うか?」


 誰もが響を被害者と認識し始めた頃、声を上げたのは豹夏だった。シキ達を見据えながら言う豹夏に九導達は目を向けた。


「確かにそうだ。お前らの言う事を信用はできない」


 雅も豹夏に同調して冷静な頭で伝える。

 干灯はどちらが正しいのかまだ混乱している。


「自分の都合が悪くなったら、そうやって向き合いもせずに逃避する。人間の汚く愚かな部分だね」


 シキは心の底から呆れた。

 今ならまだ、赦してやろうと思っていたのだ。時期起きるであろう響に心の底から謝り、懺悔し、自分の罪と向き合うのなら。

 シキは本来人を守る者、式神だから。赦してやろうと思っていたのだ。

 だがこれらは救いようがないほどに愚か者。

 九導に関しては本当に響と肉親なのか疑うほどだ。

 シキの身体の周りに気が集まる。禍々しく感じるそれはシキの九導達に対する怒りと、響に対する哀れみを混ぜていた。ダイラ達もシキに続き気を纏う。それに遅れて九導達4人は距離を取り体制を整えた。


「ダイラ、ミョウ、チョウ」


 シキが凛とした声で名前を呼んだ。


「分かっとる」

「分かってるよ」

「…うん」


 それぞれそう返事をすると、シキは3人に向かって困ったような笑みを浮かべた。


「付き合わせてごめん」


 シキは少し申し訳なさそうにそう言った。

 その様子を見ていた九導達はやはり信じられないものを見るような目で見ている。

 “ナニカ”は善性など持ち合わせていないはずなのだから。


「ワシも体が鈍ってきたからのう、それに響はワシらの愛し子じゃろう」


 ダイラはそう言うと珍しく開眼させている片方の瞳を細めてシキを見て、強固な結界に守られている響を見た。


「そうよ。なんなら遅すぎるぐらいだわ」


 ミョウがそう言えばチョウもそれに頷く。

 シキはそれにまた微笑んで、九導達に目を向けた。

 シキが右腕を天に向かって上げる。



「———裁きの時間だ。」



 シキがそう言うと天井は吹き飛び、見えた空が一気に曇る。雷も鳴り響き、大嵐だ。

 シキが勢いよく、腕を振り下ろすと同時に雷が落ちる。風でシキの長い青い髪は靡いて、燃えるように赤い瞳がギラついた。

 九導らは雷が直撃する直前に結界を張っており、なんとか耐えた。その周りは円形に抉れている。


「天候を操るなんて、上級が四体ってだけでも骨が折れるのに…ッ」


 咄嗟に結界を張った干灯が苦し紛れにこぼした。

 ダイラの見えている片目が鋭く光り、黄色い光を放つ。そうすれば地面は揺れ、ひび割れが連動して行く。それは一瞬で九導らの足元も崩した。


「九導!! どうする!?」


 雅は上に飛びながら九導に叫ぶ。

 豹夏と干灯も九導の指示を仰ごうと九導を見遣る。幼少期の時はいつも九導が司令塔だった。意外にも頭のキレる九導の完璧な作戦と完璧な指示で勝ち残ってきたのだ。


「危険すぎる。確実にここで除霊する。干灯はこの辺り一体に強力な結界を張れ。雅は札を一気に使えるように。豹夏は武器の使用を許可する!」


 その指示を聞き、それぞれの役目を果たす。

 干灯が半径500メートルに結界を張り、雅は手印を結ぶのと同時に詠唱も行い、複数枚同時に使えるようにする。豹夏は普段、武器の使用を許可されていない。豹夏ほどの実力者となれば、ただのカッターですら殺戮兵器になりかねないからだ。使用する場合は、自分と同じ階級の陰陽師か、より立場が上の者からの許可が必要になる。

 九導も気を一箇所に集中させる。上級四体の相手となれば長期戦は自分らが不利だと考え、短期決戦に持ち込む計算で全員で畳かかろうという作戦。


 ミョウとチョウはもうすでに仕掛けていた。

 ミョウは有機物を、チョウは無機物を操り、性質を変え混ぜ合わせ、毒すらも作れる。それをほんの少しでいい、結界の中に入れられさえすればそこから増やすも減らすも自由なのだから。

 準備が整った九導は声をかける。


「行くぞ!!」


 九導のその叫びを合図に先ほどの指示通りに仕掛ける。

 その衝撃にシキ達の周りは砂埃が舞い、視界が悪い。やっと晴れてきた砂埃に目を細めながら、九導らはシキ達の方を見ていた。


「や、ったか?」


 豹夏のその声を聞いて雅もその姿を確認できないかと、砂埃の中で目を細める。

 が、そこに居たのは傷ひとつなく、結界に守られたシキ達4人だった。


「ッ…、あり得ない。いくら結界でもあんな強固なものを一瞬で貼るのは不可能だ」


 絶句して目を見開きながら干灯は言った。

 雅も驚きのあまり目を見開き、口を開いたり閉じたりしている。


「いや、ありゃ、次元に干渉できる結界だ」


 豹夏は野性の感というやつなのかなんなのか、その結界の仕組みを言い当てた。

 それにさらに信じられないと干灯は弱々しく首を振る。


「うそ、だってそれは、全盛期の蘆屋家の術でしょ。今まで観測もされず、最近生まれた“ナニカ”に使えるわけない」


 干灯は動揺は隠しきれていないが冷静に解析し、そう言った。

 それでも事実、あの結界の周りは次元が歪んでいるのが視認できている。


「確かに。あれは、蘆屋あしやの術だ」


 黙っていた九導が口を開いた。

 安倍晴明の末裔であり、安溟倍浄と改名し今やその頭である九導が、認めたのだ。


「実家の伝書で見た事がある」


 安倍と蘆屋は元より敵対していながらも、お互い唯一の理解者だったのでは?なんて言う説もある。どちらにしても、倒すための伝書が残っていてもなんら不思議はない。

 シキ達を見て青ざめていた4人を無視し、シキは口元に弧を描いた。そしてその口がゆっくりと開かれる。


「神の鉄槌か、地獄の業火か、どちらがいい?」


 不気味なほど綺麗な笑顔で4人にそう問う。

 ミョウも横でクスクスと笑い、チョウも心なしか笑っているようだった。ダイラは「性格が悪いぞシキ」と言いつつもその口元は笑っていた。


 4人は何を聞かれているのか、状況を理解できないでいる。ただわかるのは、どちらを選んだとて、何も変わらないだろうと言うことだけだ。


 そして圧倒的な違和感。


 “ナニカ”なはずなのに、響を慈愛溢れた瞳で見つめ愛を注いでいた。そしてお互いを想い合う善性を持ち合わせている。生まれて間もないはずなのに遥か古代の術を知っている、しかもそれを使えている。

 一番違和感なのは、神々しいのだ。

 普通“ナニカ”は人への憎悪などで満ち溢れ、禍々しく濁っている。それなのに目の前にいる四体の“ナニカ”は先ほど禍々しく感じはしたものの、気は明らかに澄み切って、洗礼されていた。まるで“別次元の生き物”のように。


 雅と干灯はそこまで考え、冷や汗が伝う。

 豹夏も五感と野性の感でそれを感じ取り得体の知れない恐怖を感じている。九導だけが顔色も変えずにそこに立っていた。流石と言うべきか、その身体は一切震えもせず、動揺もない。

 しばしの沈黙の後、次は口元をへの字にしたシキがため息をついた。


「はぁ、遅いんだけど? もう僕が決めちゃうよ? ……よかったね、神の化身のお出ましだ」


 シキがそう言うと大嵐の空に雷と共に巨大な青い龍が現れ、動物というには大きすぎる白い虎が現れた。

 その白い虎をシキは慣れた手つきで撫でた。龍も頭の部分だけをシキ達に向けて、シキはその頭を撫でる。


「ごめんね、二人とも。急に呼んじゃって」


 シキがそう言って申し訳なさそうな顔をすれば、龍と虎は目を瞑り首を振る。


「いいえ。愛し子のためならなんでもしますとも。久しぶりに貴方に会えたのも嬉しいですよ」


 女性とも男性ともつかないその声は龍から発せられていて、でも口は開きもしていない。


「あの子がそうなのか、お可哀想に。愛し子の楽園を作り、その安寧を築く手伝いをしましょう」


 高めの男性の声に近いこの声は虎から発せられていて、二匹は響に近づき、龍は涙を流し、虎は響に優しく擦り寄った。


「この子を苦しめたのはあの者達ですか」


 龍の問いにシキは頷く。

 虎は威嚇を露わにしてグルルッと首を振りながら九導達に近づく。


「あれは、まさか」


 雅は目を見開く。だって、あれは。


「青竜と白虎だ。でも、まさか、本当に今も実在しているなんて」


 九導ですらまだ信じきれていないその存在。

 陰陽師全盛期、あの陰陽師最強と呼ばれた安倍晴明が使役したと言われる十二の式神、十二天将。

 それぞれが神にも等しいと呼ばれていた。

 白虎と青竜は九導らに飛びかかる、この二体に任せれば人間の結界なんて簡単に破れるだろう。もしかしたらそのまま四肢は弾け飛ぶかもしれない。

 そこまで分かっていても、あまりの速さに身体が動かない。

 だが衝突する寸前、動きが止まった。


「な、んだ」


 雅が声を漏らす。


「どうして突然止まった」


 豹夏もそう声を漏らすも、二体はピクリとも動かない。かと思えばシキ達4人が勢いよく後ろを振り返った。

 そこには目を覚ました響が苦しそうな表情で手を白虎と青竜にかざしていた。


「響…ッ!」


 突然の目覚めと、どう見ても二体の動きを制したのは響だと言うことに気づいてシキは声を上げた。


「はぁ、ぅっ、まって、二人とも、っ」


 その声に青竜は目を見開き、白虎は首だけを響の方へ向けた。

 先ほどは閉ざされていたその目を見て、確信した。

 彼が本当に“そう”なのだと。

 自分達を止められている事が何よりの事実なのだが、響の眼に刻まれている紋様が証拠だった。

 青竜はまたもや涙を流した。

 彼は、この心優しい少年は自分達を『二人』と呼んだのだ。その事がこの子が優しいことを物語っているような気がして、それなのにこの理不尽を与えられ続けている事が何より悲しくて、響を思って、涙を流した。

 人間で自分達を同じように呼んでくれるのは安倍晴明様だけだった。

 いつの世でも『化け物』と呼ばれ『怪物』と恐れられていた。

 だから響に安倍晴明の面影を感じた。


「ッ、響、お前が、やったのか?」


 九導は響に尋ねる。

 その問いに雅達は目を見開いた。

 あの、十二天将を手をかざしただけで、止めた…?と。


「そうです。だって彼は神子なのですから」


 青竜の言葉にも4人は呆然とする。


「そ、んなの、あるわけないだろう。響は俺の子だ。神子なわけがない」


 神子ミコ、それ即ち、神の子。神になりうる存在。

 そう聞いた時、なんだか響が得体の知れない、どこか遠くの存在なような気がして、咄嗟に九導は否定した。


「それを決めるのは貴方達ではありません」


 それを青竜はバッサリと切り捨てた。


「順番が逆なんだよ。お前の子供が神子なんじゃない。神子である響がお前の元に生まれた。そっちが後付けだ」


 先ほどのシキ達に対する言葉遣いとは打って変わって、白虎は冷たく言い放った。


「響! どうして止めるのさ!?」


 シキが響に声を荒げた。


「ダメだ。本来式神は人を守るもの。人を攻撃、それも安倍の血が入っている者をなんて、どんな罰があるか分からない」


 響はだいぶ楽になったのか、もう傷も塞がり流暢に喋る。

 そんな響の近くまで二体は行き、跪いた。


「お初にお目にかかります。現代の神子よ。お言葉ですが、私達のご心配など無用で御座います」


 青竜のその言葉に白虎も口を開く。


「初めまして、神子よ。青竜の言う通りで御座いますよ。あんな奴らは生かしてはおけませぬ」


 響はその二人の言葉に悲しそうな顔をした。

 その瞳にもう紋様はない。


「ダメだよ。そんなこと言わないで。憎しみから来る殺戮は破滅しか生まない。それじゃあダメだ。何か別の方法を探そう?」


 そう言いながら二人の頭を撫でる。

 その様子を見ていたシキはある事に気づく。


「…響、会ってきたんだね」


 シキの言葉に響はゆっくりシキに目を向けて、優しく微笑んだ。


「うん、会ったよ」

「そっか」


 いつものシキの様子に響は内心ほっとする。

 青竜と白虎は驚いていた。

 こんな心優しく慈愛に溢れた子が神子なんて歴代に居なかったのだから。

 青竜は少し笑みをこぼした。これからを思って。


「貴方様が次世界の神ならきっとこの世界は豊かで美しい世界になりますでしょう」

「またいつでもお呼び下さい。貴方の理想郷楽園を作る手伝いをいつでもしますとも」


 青竜と白虎はそれだけ言い残し、静かに消えていった。

 きっと、この子なら大丈夫だと信じて。

 手から消えた温もりを少しだけ名残惜しく感じながら響はシキに向き直る。


「どうだった? 今世界こんせかいの神は」


 シキは微笑みながら響に聞いた。いつの間にか嵐は去り、暖かい日差しが雲の間を覗いている。


「知ってたの?」


 響は少しだけ咎めるように、でも優しく笑いながら聞き返した。それにシキは「はは、ごめん」と困ったように笑った。

 響が起きたのと同時に張った結界に押し出された九導らは状況が掴めないでいる。

 そんな九導らを響は一瞬だけ目に入れ、またシキに視線を戻す。


「彼女は、紅蓮亜くれあは奏にそっくりだった。そして彼女は———神子じゃあ、なかったんだね」


 響が意識を落としている間、やっと出来た長時間の睡眠というチャンスを紅蓮亜は見逃さなかった。

 すぐさま意識だけを己の意識に呼び、話をした。

 今世界の神“代理”として、次世界の神へ。

奏の妹として、兄の友達へ。





 

 響は語る。

 何を話し、何を見たのか。

 そしてその果ての己の決意を。

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