第四章 少年の命の価値

注意書き


・この作品はBL作品になります。


・書いてる人がかなりのオタクなので何かに似てるなんて箇所が多々あるかもしれませんが温かい目で見ていただけたらと思います。


・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。


・主人公がかなり不憫ですので苦手な方は読むのをお控え下さい。


・実在する建物、歴史とはなんの関係もございません。


・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。





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「っ、はぁっ、はぁっ、はぁ、」


 深夜こうやって目覚めるなんてザラにある。家で寝れない日がほとんどだし、こうやってしっかり家のベッドで寝れれば贅沢な方なのに、いつもどこで寝ようが悪夢に邪魔をされる。

 もう何年、ぐっすり眠れてないっけ。


「…響? 大丈夫? ねれない?」


 扉を開く音にも気づかなかった。入ってきたのはシキだ。

 いつも僕の僅かな変化を見逃さない。

 そしてこの部屋はシキと2人で使っている部屋。


「あぁ、うん。大丈夫だよ。ごめんね、起こしちゃったよね」


 そう言うとシキは顔を顰めてベッドまでやってきた。


「あーあーいっつも響は隠し事ばっかだよね! そんな顔面蒼白で無理があるよ。どーせ悪い夢でも見たんでしょ?」


 全くもってシキには敵わない。これで結局いつも一緒に寝てくれるのだ。

 今日もその様で無言で布団に入ってくる。


「シキ…」

「んー?」

「ありがと」

「いーよ。僕たちは夢とか見ないから分かんないけど、響が苦しんでるなら許せないね。響が怒るのも喜ぶのも苦しむのも全部僕たちだけがいい」


 シキ達は時より凄まじい執着心を見せる。本来なら異常なのかもしれないそれに、安堵してしまっている自分がいるのだからしょうがない。


「うん。僕もそうだったらいいなって思うよ」


 そう言いながらシキは僕を後ろから抱きしめて瞼を大きな手のひらで覆った。


「おやすみ、響。僕がいるよ」

「おやすみ、シキ」


 こうやればいつだって安心して寝られたのだ。






 こうすればいつだって響は安心して夢の中へ行った。僕たちに寝ると言う概念は無いし、だからこそ夢なんてのも一生わからない。


「響は、僕たちに、何を重ねてるのかな」


 僕の方が年下だと思っている響。あながち間違いでもない。ただ何回も生まれ落ちているからざっと数えたら3桁か、4桁か、そのくらいの年齢だ。

 僕から見たら響は可哀想で愛らしい子供。

 神子の完璧な純度100%を保って生まれた真の唯一の存在。

 それでも、この人の子が幸せになれるなら何もしないでおこうと思った。

 だが人間どもは、彼にいくつもの理不尽を与えた。

 普通と違うから迫害され、慈愛に満ちた性格故に本人は全く知らない故人と重ねられる。仲間からもちゃんと見てもらえず、彼の神子としての器の魂は弱り果てていた。

 見ていられなかった。

 最初は僕たちに敵対心を抱くことも考えたが、彼はどこまでも慈愛と慈悲に溢れていた。

そんか彼を苦しめて追い詰めた人間が許せない。

 彼の慈愛と慈悲の上に胡座をかき、甘えて、言い訳とごたくばかり並べる人間が憎い。






_____________________






 結局響は次の日から2週間、帰ってこなかった。

今年は繁忙期とやらが長いらしく、なかなか家で寝れてない日が続く響。最高幹部の奴らは響をとことん使って、搾取する気らしい。

 ポーカーフェイスの響が分かりやすく日に日に憔悴していった。


「…ただいま」


 玄関のドアが開く音と共に響の生気の感じられない声が聞こえた。シキは勢いよく立ち上がって玄関まで向かう。


「っ、響…」


 響のあまりに憔悴した姿を見て思わず息を呑んだ。驚きと、その次に芽生えてくるのは、人間達に対する怒りと殺意。

 響は靴も脱がないで玄関にそのまま荷物を置き座り込んでしまった。


「あぁ、ごめん、シキ…ちょっと、休んでい?」


 神とやらは何をしているのだろうか。万物を知り、全てを司る神とやらはどうして響を助けてくれない?


「ねぇ、なにか、あったんでしょ?」


 休ませてあげたいのは山々だ。でも、今は何故彼がこんなにも焦燥しているのか知る必要がある。シキといつの間にか壁にもたれてこちらを見ていたダイラは同じ気持ちだった。


「はぁ、とりあえず中に入ろう。シキ、響を連れてきてやれ」

「ん、分かった」


 2人はそう短く会話をして、ダイラはため息を吐きながらリビングに向かった。シキは響を抱き上げて歩きソファーに寝かせてから靴を脱がせた。


「さて、何があったんじゃ?」


 努めて優しく暖かいお茶を渡しながらダイラは響に聞く。シキも伺うように響の目を見つめている。




「…………バレたんだ」




 しばしの沈黙の後に聞こえたのは疲れ切った声だった。何が?と聞き返すまでも無く、シキ達にはそれだけでわかった。

 要するに、シキ達の存在がバレたのだ。


「どこまで、バレた?」

「あちらも全部は言わないから憶測だけど、一緒に住んでる、とかまではバレてると思う。責任の所在を父に被せるか、恩師に押し付けるかで話してたけど、どちらにしても成約に引っかかるだろって少し脅したんだ」


 駒にしたいからと九導らとの過剰な接触禁止令を出し、いつもは響のことを悉く使うくせに、こういう時は気に食わない九導達一派に責任を押し付けようとする。響を見ていることもあって血の繋がりなんて信じてはいないけれど、こんな使い方、誠実に生きようとしている響に対して、あんまりじゃないか。

 どこまで行っても腐ってる連中だ。反吐が出る。そうシキとダイラは感じた。


「どうするかのう」


 深刻な顔でダイラは呟いた。シキも険しい表情をしており、その顔には焦りよりも間違いなく怒りが湧いていた。


「…大丈夫だよ」


 そう言いながら少し回復したのか、ゆっくり体を起こしてソファーの背にもたれるように座り直す。

 そんな響の様子にシキは慌てて支えようと隣に腰を下ろしながら支えた。


「なんとか、うまくやるから」

「でも、もうバレてるなら引っ越すなりした方が良いんじゃないの?」


 響の覇気のない言葉にシキは感情的になりそうなのを抑え込みながらゆっくり聞いた。


「その方が怪しまれるじゃろうな。完全に黒の“ナニカ”を匿っていると思われる方が面倒じゃ」


 ダイラが冷静に答えた。響はそれに頷く。

 何より響に引っ越しをする時間などない。

 要するに、


「八方塞がり…」


 そうシキが呟くと響はシキを見てヘラッと笑って見せた。


「シキは難しい言葉知ってるね」


 そんなこと言ってる場合じゃないだろ、と言いたい気持ちと、そんな風にしてないと崩れてしまうんじゃないか、という気持ちが相対していて、シキもダイラもかける言葉が見つけられなかった。


「……なんて、言われたの」


 シキのその質問が指すのは、バレた際に何を言われたのか。でも本当に聞きたいのは誰に言われたのか。


「……安溟倍浄あぐらべじょう九導くとう。…僕の父親に『堕ちたな』って、後は圧をかけられたくらいかな。他の部下さんとか使って言いに来て欲しかったな…」


 それは多分、最高幹部との、九導一派との過度な接触を禁ずるという成約に反するからだろう。

 あんな扱いをされても憎みもせずに、ずっと一人で守ってきた実の父に脅されても、響は怒りもしない。まだ成約すらも律儀に守り続けている。それに響の感情は伴っているのか。生きる事は響にとっては仕事の様に決められた事をこなすだけのものにシキ達には見えてしまう。


「大丈夫だよ、シキ、ダイラ。何とかなるさ」


 そう言って響は笑う。いつもいつも、響は笑う。何があっても笑っている。

 笑う門には福来るとは戯言か。だって響はいつも笑っているのに福など来た試しがないじゃないか。

 その“笑う”という行為に“心の底から”なんて条件がつけられるならば、最初からそれを定義してほしいものだ。

 人間の考える言葉はいつも綺麗に取り繕う事ばかりを優先して、肝心な中身を明確にしない。

 嘘吐きな人間らしいと、シキは思う。

 ダイラは思う。愛し子を守れるだけの力が欲しいと。我が子を守る親のように。何人たりともこの子を傷つけられぬ様に。楽園という名の箱庭の中での永遠の安寧を切に願うのだ。


「響は、自分のことをどう思ってる?」


 シキのそれは場の空気にそぐわない、突拍子もない質問だった。

 それでも響はしっかり考える。シキ達が自分に誠実である限り、自分も出来るだけはそうでありたいから。


「シキに聞かれると、人間、としか答えようがないよ。もしくは陰陽師、とか」


 分類する名称でしか響は自分を示せない。

 やっぱりな、としか思えなかった。人間じゃないシキ達にはあまりないが、人は命の価値とやらを追求する生き物だとよく聞く。実際響以外の人間はみんなそんなふうに生きているように見える。

 でも響は少し違う。自分に興味がないとかそんな話じゃない。しっかり自分を認識しているし、客観的な評価もできている。

 そう。言うならば、響の事を大事に思っている存在がいると言うことを想像もしない様な、そんな話だ。悪魔の証明みたいな話だが、してない事を証明出来ないように、元々そこに響という価値が存在しないから分からない。それはそこの無いコップに水を注ぐのと同じで、シキ達がどんなに大事にしようと愛を伝えようと、そもそも器がない響にはそれを受け止められないのだ。


 いや、かつてはあったんだろう、その器も。

 でもそれは、何度も落として、壊されて、きっともうボロボロで、それを拾い、包もうとするから、そこから裂けて血が出て、ボロが出る。


 ___嗚呼、救えない。

 少年は誰にも救われようとしてくれない。それならシキ達に出来るのは一つだけ。堕ちるなら一緒に最後まで堕ちるし、茨の道だって走ってみせるし、地獄に落ちることになったとしても、そばにいる事。

 そしていつか、最後でもいい。自分達が響をこんなにも大事で大切で、愛していると、少しでもいいから伝わってくれたら嬉しいと思う。

 言葉で言ったところで、伝わらないのは明白だから。

 だから何も言わない。

 言葉を尽くすと言う行為は自分のためでしかなくて、相手のためにはならないと知っているから。



「そう…。でもさ、やっぱり響は響だよ」



 この言葉の意味がいつかちゃんと伝わりますようにと、シキもダイラも強く願うだけだった。






 愚かでいじらしい、寂しい玉座の王。




 離れないと危険に晒して失うかもしれないのに、離れることすら許されない。

 欠落者の烙印を刻まれても尚、無意識に強欲に欲してしまう、生きている人間としての性。守られることを知らず、守ることも出来ずに、堕ちて行くしか道を用意されていない。最初からないのだ。

 ここは勇敢な主人公がいるコミックの世界じゃないのだから。神様が助けてくれるような世界じゃないから。神が与えるのは御加護でもなければ試練なんて生やさしいものじゃない。失望と喪失。神は彼にこの二つしか与えなかった。


 どうすればいいかと悩み、頭を抱える時間も与えられず、立ち止まって休憩する事も許されず、歩き続けて、走り続けて、その先にある玉座に座る頃、きっと響は、周りにシキ達がいようが、彼は、本当の意味で、“独り”だ。

 ジクジクとゆっくりゆっくり、奪われて、心を抉られて、最後には———失う。

 でもまた暖かみを与えられて、そしてまた、失おうとしている。


 拷問されては回復させられ、痛ぶられて、また回復させられる。その繰り返しのような彼の人生。上下左右何もわからないまま、何も教えられないまま育って、少年は“人でなし”になった。






_____________________






 響は拠点を目指して歩いていた。

 自分が所属している現代陰陽連の拠点じゃない。九導らの独立した陰陽連の拠点へと収集要請がかかった。いくら敵対している組織だとしても本当なら同業者。響には行かない理由はあっても、権利はなく、連絡をもらってすぐに向かう。


 胸糞悪い自分達の組織の拠点とは違い、太陽の光が届く建物。空気が幾らか澄んで感じる。

 そして遠くの稽古場らしき所には、かつての自分の友人が見えた。きっと彼は響のことを覚えていないし、九導らの元にいるなら良く思って居ないだろうというのはすぐに想像できて、響は再会も果たさずに、指定された場所に向かう。

 きっと友人だった彼に会ってしまえば、芋蔓式に思い出したくないもう一人の親友を思い出してしまうから。




「響です。収集要請の連絡があり参りました。入ってもいいですか」


 扉に向かってそう言えば、横から出てきた九導の仲間で、黄金期である雅 みやびさんと干灯 えとうさんに武器を渡し、ボディーチェックをされる。


「OK。入っていいよ」


 干灯はそう言いながら雅と扉を開けた。

 部屋の奥ではソファーに腰掛けた九導が険しい表情で響の方を睨んでいた。


「失礼します。早速ですが、僕も中々に忙しい身なので話は手短にお願いしたいです。本題を話しましょう」


 響はこの後、相変わらず案件が立て込んでいる。

 九導はその言葉を聞いて気を悪くしたのか、眉間に皺が寄って、わかりやすく嫌そうな顔をした。


「子供のくせに案件なんてたかが知れてるだろ。むしろ俺の方が忙しい」


 イライラを隠す気もない声で嘲笑うように圧をかけるように九導は響に言った。


「そうですか。なら尚更早めに済ませましょう」


 だが響は何でもないように流す。

 それに九導はやはり気分を悪くしたようだが、流石にこれ以上不毛なやり取りで時間を押すのはお互いに避けたい為、話を進める事にした。


「はぁ、そもそもね、お前が厄介事を持ち込んだから、こちらとて対処しないといけなくなったんだろう。 そこら辺をちゃんと理解しているのか?」


 流石は若くても一つの組織のトップと言うか、言葉一つ一つにしっかり重みがある。

 響はそれに純粋な疑問をぶつける。


「それはおかしいですよ。僕はこの組織に属して居ません。僕に何かあっても責任対象は貴方方では無いですし、その件に関しての証拠も提示されてません」


 響が言ってる事はもっともで、真っ当な意見だ。ただこの業界で真っ当な意見が通じる事などほぼない。

 そうであると、だからこそ自分は呼ばれたのかと、言った後に響は気づいてハッとした。その響の変化に九導も気づき、今後の対応を考える。

 父としてではなく、この独立組織のトップとして。


「申し訳ありません」


 そう言って響は立ったままだったのをしゃがみ込んで膝と手を地面につけ、頭を下げた。


「いや、別にそこまでしてほしいわけじゃ」


 これには九導の方が戸惑ってしまった。


「いえ。この責任は僕が負います。上には僕が話をつけますし、ご迷惑をおかけした今回の件に関しては何かお詫びをします」


 お詫び、とは陰陽師間では基本的に案件を代わってもらったり、何か情報を差し出したり、そう言った仕事に関係する事を指す。


「一人で話をつけられると申すのか。ならばやってみればいい。後日また呼ぶ」


 九導にはとてもじゃないが、子供一人で上と話がつけられるなど思っていなかった。偏にそれは響を見下しているとも言える。


「分かりました。ご厚意に感謝します」


 響はまた頭を下げると出ていった。

 部屋にはずっと黙っていた雅と干灯、それから九導だけが残ることになる。


「はぁ、これが久しぶりに会った親子の会話なの? 信じられない」


 干灯は呆れたと、溜息を吐いた。


「仕方ないだろ、あれは響が悪いとしか言えないんだから。もし本当だったらそれなりの処分か罰が下る」


 九導は未だ眉間に皺を寄せたままで伝えた。そこで初めて雅が口を開く。


「本当、みたいだったよね」


 その言葉に2人とも黙り込む。

 言わずもがな、この言葉が指すのは響が“ナニカ”と繋がりがあって匿っている可能性は非常に高い、というかそれを本人が認めたという事だ。これは非常に不味い状況。


「人でなしにはお似合いだろ」


 九導は馬鹿にするようにそう言った。

 でも表情は全く楽しくなさそうで、相変わらず険しい顔のままだった。その様子を見てた干灯はまた呆れたような溜息をこぼした。

 どうしてこんなに拗れるかね、と事態を軽く捉えていた。






 その翌日、響は最高幹部の集会に出向いていた。無論、響とシキ達の件である。


「安溟倍浄響、貴様何をしたのか分かっているのか? これは立派な違反。相応の罰は逃れられんぞ」


 響を睨みつけ言い放ったのは最高幹部の特別要員の指揮官である。やむ終えない時や緊急事態の際に、隊の編成が出来て、その隊の指揮官になる事を許される者。現代陰陽道の風紀委員のような立ち位置。厳格者な彼がこの件を何の罰も無しに終わらせるのはあり得ない。


「はい。分かっております。罰でも処分でも何なりとお受けいたします」


 響のその言葉に他の幹部達は話始める。


「“ナニカ”を匿っているのは事実って事か?」

「はい」


 どうせここでは証拠も上がっているのでここで変に言い訳をした方が罪が重くなるのだ。

 その上で聞いてくるのだから性格が悪い。


「しかもその“ナニカ”は人格がしっかりしている上級モノだと聞いておるが、謀叛でも企てたか?」

「まさか。その様な事は一切ありません。ただ研究のために共に生活をしていただけです。この組織への忠誠は切っても切れないように出来ているのは招致の事実でしょう」


 だから、そんな事は不可能だ。と暗に響は伝えた。


「生意気だぞ。自分の立場も分からぬのか」


 追撃は止まない。あの安溟倍浄家の者であり、最高幹部の奴らが嫌っている九導の息子。ここぞと言うばかりに追求をやめない。

 そう、響は今かっこうの餌。サンドバッグ、鬱憤晴らしの道具なのだ。


「すみません。その責任の所在は僕だけにあります。安溟倍浄九導らは関係ありません」


 響がそう言えば最高幹部の人達はまっていたと言わんばかりの楽しそうな声を上げた。


「ほう? したらそれなりの罰をお前1人で受けると?」

「はい」

「お前に寄越す案件を倍に増やす。3ヶ月は家に帰れると思うな。それと、私らが呼んだらすぐ来るように。これを呑むなら今回の件はしばし目を瞑ろう」


 要するに、今までより都合のいいコマになれと。人形の様に従順なコマになれと。そう、言っていた。

 その為に九導らをダシに使ったのだ。

 それには響も気付いていた。

 だから九導らの前で啖呵を切ったのだ。


「分かりました」

「よかろう」


 そこでその日は解散を言い渡された。

 そして、今日集会があった事を聞きつけた九導から明日来る事を人伝に言い渡された。






_____________________






 翌日。


 つい2日前と同じ様に九導と向かい合う。


「話はつきました。もう問題ありません。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」


 そう言って90度に頭を下げる。九導は驚きを隠せない。子供に出来るわけなどないと思っていたのだ。頑固で堅物な上と話をつけるなど。

 でもそれはこれから彼に何かしらの仕打ちがある事、そして絶対的な強さがある事を示す。弱い者は自分の意見を通すことなど、この世界ではできないから。

 弱者に己の意見は通せないし、愚者は思うままには生きられない。世界とはそう言う仕組みで出来ているのだ。

 だからこの状況は響はどちらでもない事を指している。


「そうか。帰って問題ない」

「はい」


 響は顔を上げて歩き出す。扉の所に相変わらず雅と干灯が居たけれど目線すら寄越さなかった。

響が部屋を出ていき、またもや3人の反省会の様なものが始まる。


「もうダメだね。これが親子なんて涙が出てくるよ」


 揶揄う様に呆れた様に干灯は言った。


「こればっかりはね、本当にどうしようもないね」


 雅も取り付く島がないという風に溜息をこぼした。

 九導は何でもないように2人の言葉を聞いていた。

 我が子ではあるけれど、もう取り返しのつかないほどの溝を埋められない。その上本来なら敵であるはずの“ナニカ”と共に生活をしているなんて、もう理解ができない。


「俺にはアイツが分からないよ」


 九導の小さな声で溢された本音に2人とも黙り込むだけだった。だれも分からない。空白が大きすぎて、何も分からないのだ。

 何を考えているのか、何をしているのか。

 ただ何か、良くない事が始まりそうな気がしてならない。もしくはもう、始まっているのかもしれない。


 分からないを、理解できないで済ませた時、人間は思考を止める。

 それは物事を思考するのを投げ出すことと同じだと、愚か者には気付けない。






 一方、響は少なくても3ヶ月は帰れないであろう事をシキ達に話す最中だった。


「3ヶ月って、流石におかしいよ、そんなの」


 シキは響の言葉に抗議した。


「ワシもそう思う。もしあれならワシらが除霊されたと偽装して、それからは別行動という手もある」

「私もそれが良いと思うけど」


 シキの言葉に続いたのはダイラとミョウ。チョウは心配そうな顔で響を見つめていた。


「うん。でもそんな偽装したところですぐにバレる。隠そうとする方がやっぱり怪しくなる。それにみんなにはこの家にいて欲しいんだ」


 響は落ち着いた声で言って微笑んだ。頼み事をする様な顔で。

 そんな風に言われるとシキ達は何も言えなくなる。でも今回は事が事だからと、そんなことも言ってられない状況なのだ。


「なんで? 別行動したって会えるし、この家に隠れてない分響の事を手伝えるかもしれない」


 シキの言葉に他の3人は頷く。でも響は困った様に笑うだけで首を縦には振らない。


「この家が僕の帰る場所であって欲しいから。それに人間はどんな卑怯な手だって使う。シキ達が危険な目に遭うのは嫌だよ」


 縋る様な声を滲ませながらも芯のあるしっかりとした声。それがまた新たに歪さを生む。取り繕っているのか、素なのか。おそらく後者なんだろうとシキ達は思う。


 可哀想な子供だ。こんな理不尽を受けているのに助けを求められる大人もいない。あろう事か、その大人は追い込んでいる原因の一つである。

 でもなんだか、自分達を帰る場所と言ってくれる少年をやっぱり愛おしく思った。


「分かった。でも3ヶ月は流石に目を瞑れない。2ヶ月だ。2ヶ月経って響が帰ってこなかったら強行突破で探しに行くからね」


 シキが不満そうな顔でそう言うと響はまさか折れてくれるとは思っていなかったのか、一瞬びっくりした顔をしてまた顔を破顔させた。


「うん。分かった、ありがとう、シキ」


 そう言って響はシキを抱きしめた。


「絶対帰ってきてよ。待ってるから。大きな怪我もしないで」


 シキも抱きしめ返しながら言う。その様子をダイラは見守り、ミョウとチョウはとりあえずは、という形で安心した顔をしていた。

 響は帰ってくると約束したから。


「絶対帰ってくるよ」


 響はシキから体を離し、準備をするからと部屋に入った。明日の夜から出るらしい。


「響ちゃん、大丈夫かな。疲労と過労で倒れそうだよ」


 ミョウは不安そうに呟いた。

 その表情にはひどく心配が滲んでいる。


「…俺も、そう思う」


 チョウも心配を口からこぼす。


「でも今のワシらには何も出来んからのう」

「信じて帰りを待つしかないね」


 ダイラとシキはそう言ってミョウとチョウの頭を撫でた。響の癖が移ったかなと2人のとも少しだけ笑みをこぼした。






 何か、大きな事のカウトダウンが始まった。残りは2ヶ月。






 果たして勝利の女神とやらは、どちらに群杯を挙げるのか。

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