第三章 勝利の女神と天秤

注意書き


・この作品はBL作品になります。


・書いてる人がかなりのオタクなので何かに似てるなんて箇所が多々あるかもしれませんが温かい目で見ていただけたらと思います。


・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。 


・流血表現があります。


・実在する建物、歴史とはなんの関係もございません。


・主人公がかなり不憫ですので苦手な方は読むのをお控え下さい。


・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。





___________________________________________

















「響は本当に面白いよね〜」


 毎日毎時間毎分毎秒だって響を見ていて飽きないし、考えているだけでワクワクする。


 この国を担う中枢である現代陰陽道協会〈陰陽連〉。そこの最年少幹部で、資金区分けの最高責任者であり、納税最高額者。こんなにも肩書きもすごく、慈善活動をして数多の一般人を救ってきたと言うのに、彼はまったくもって身内以外には興味を示さない。罵倒されようが誉められようが殺意を向けられようが、



 “だってどうせ誰も自分に勝てないから”。



 自分が負けないと分かってはいるくせに、無意識下で興味を示さない。

 否、だからこそ興味がないのだろう。

 それがさぞ当たり前のように、傲慢である。

 僕達に対しても、当然のように安否を心配して、そのくせ、九導とかいう人間共の身内の安否も心配する。


(本当にどう言う神経をしているのか計りかねるね。)


 それなのに、僕の力を使って見た彼の精神はこれ程にないまでに真っ白。純粋に潔白。

 誰も自分に勝てないと自覚していることも、

陰陽師でありながら僕たちと生活を共にしていることも、人間の身内の安否確認にも、響は全く嫌味も悪意もないのだ。罪悪感を感じていないのだから。

 歪すぎる、あまりにもアンバランスで不安定な存在。

 まるで理を知らないような、この世界とは次元が違う。もしかしたらヒトですらないのかもしれない。




「僕たちと響の相性って良いと思う?」


 ニヤニヤしている僕を気持ち悪そうに見ていたダイラに口角をあげたまま尋ねる。


「その質問にワシがイエスと答えてもノーと答えても、お主のやることは変わらんのじゃろ」


 呆れを滲ませた顔でそう言った。でもその目は確かに期待も抱いている。


「そうだね。真っ白だからね、響は。僕たちぐらいが混じったって不純物にもならない。順応するさ」


 ワクワクしすぎて笑いが止まらない。

 いつか、いつの日か自分たちの悲願を叶えたかった。

 それがもう時期、叶うのだ。

 ドロドロと溶け合って、ぐちゃぐちゃに混ざり合って、最後はきっと呑まれて、染められる。

 それはきっと何より心地よく、どれだけの幸福感を感じられるだろうか。


「初めて名前を聞いたときにはどうなるじゃろうかと、肝を冷やしたのう……」


 ダイラが思い出したように言った。



「あぁ…、“キョウ”でしょ。本人が自分に執着していれば、まだ良かったけどね。本人は自分に全くの興味なし。“響である自分”じゃなくて、“キョウが自分の呼び名”って言う認識だからね。本人が先か、名が先かで人間は大きく違ってくる」



 特に、陰陽の力を使う人間は。



 名は体を表すとは真のことで、名前というのは生まれて1番最初の外部ヒトからの贈り物であり、時にそれは人を呪う時もある。人間とは思い込み次第で感情を増幅させ、その感情から底知れない負のエネルギーすら生み出せてしまうのだから、“キョウ”なんて名前、本当に僕たちは幸運だ。

 響、狂、興、凶、その他も色々。本当にいい名前だよ。

 いや、名は体を表す、じゃない。名は体を造る。

 響の肉親の身内は、響という人間を100%の善人と認識したらしい。

 そうでなければこんないつ溢れ出すかも分からぬ少年に、あんな扱いはできない。

 決してその牙を数多な人達に向ける事はないと、過信しているにすぎない。


(もしかしたら、ただ単に能天気の阿呆なだけかもしれないけど。)


 でも僕らは違う。

 だって響は平気で幾万人を殺す。それにメリットがあるなら、罪悪感も感じないだろう。だってそれに見合うメリットがあるのだから。

 だけど一つ、問題点を挙げるとするならば、その中に自分の命が含まれていたってきっと関係ない。

 響はよく言えばどんな時でも冷静。悪く言えば冷たい。

 本人は自分が何にも執着をしないと思っている。実際周りにもそう見えるだろう。だけど響は実千流ははおやの死に執着している。と、言うよりはそれを乗り越えられない周りに、執着している。

 きっと幼少期の色濃く残る記憶が原点なのだろう。

 人でなしでも人は人。

 幼少期の環境は人格形成の8割を補う。

 要するに響のこの歪な価値観と思想、性格は、響の守っている奴らからの扱いで産まれた“副産物”にすぎない。



「本当に、この世はままならないねぇ…」



 僕は人間じゃないから知識としてしか知り得ないけれど、この世界に平等や理解、助け合いなんて真の意味で存在しない。存在しないことだけが万人に平等にある事実だ。

 この世に人間として生を受けてしまえば、終わりのないチキンレースの始まりだ。それは一重に人に感情があるからだろう。


「嗚呼…ワシらの愛し子。神子ミコ。大切な箱庭の安寧はワシらが守ろう。その子を弾いた者には神罰を。傷つけた者には鉄槌を」


 ダイラが楽しそうに妖しく光る目を閉じてそう言った。


「あーあ! 本当に楽しくなりそうだよねぇ。人間アイツらとの全面戦争さ。響にとってはメリットなんて一つもない事なのに、僕たちが居るって言うだけで強制参加からの封印を解いて独壇場!」


 もう楽しみで楽しみで仕方がない、声が弾むのを抑えられない。

 そして封印を解いた響を早くこの目で拝みたい。本気の響にはきっと誰も勝てないだろう。響の肉親の親とその一派である黄金期の陰陽師達がかかってこようと。

 だって彼は“特別”な子だから。


「ははっ、趣味が悪いな。勝利の女神がどちらに微笑むかはまだわからんだろう」


 そう言いながらシキを見たダイラはゾッとした。

 楽しそうに、疎ましそうに、憎悪と愛情、愛憎。重く、黒い、濁った墨のような瞳で、口角はニヤリと上げて、微笑んでいた。



「…勝利の女神? そんなものは奪い取ればいい。もしくは響がとっくに殺したよ。きっと響なら神をも殺せる。…いや、神にだってなれるんだから」



 ___そのために、生まれおちた存在なのだから。



 シキは当たり前のように言った。その様子をダイラは後に『響とシキは同じ歪さを抱えている』と思った。


 ダイラは面白い事でも思い付いたようにシキに尋ねる。

「じゃあ、もしもあの人間共とワシらが天秤にかけられたら響はどっちを取ると思う?」

 シキはその質問に悩む事なく答えた。

「きっとどっちも取るよ」


 一見、答えになってないようでしっかり答えになっていると認識したダイラは自分も染まってきたなと呑気なことを思った。


 響は歪で残酷で平等だ。目の前で嫌いな奴が死にそうでも助けるだろう。でも、そこに自分の大切な人が居たならきっと迷いもせず大切な人を取る。そこまでは普通の感性。

 ただ響はそこに罪悪感すら感じないのだろう。彼の中の優先順位とは曖昧なようでハッキリしているのだ。その優先順位は残酷に平等である。


 そして、もし大切なもの二つなら、その天秤を持っている神の手をへし折るだろう。

 そうであると思いきって、確信してしまっているシキはやっぱり響の一番の理解者だった。


「なら、最高幹部の奴らと母だとどうだろう」


 嫌いなものと興味のないもの。今の世界の均衡に必要なものか、守りたい奴等の大切なもの。この2つなら響はどちらを選ぶのだろう。


 その質問をダイラがシキに投げた時、ドアの開く音がした。


「あ、響おかえり」


 シキが振り向くと帰ってきたばかりで疲れ切っている響が玄関に立っていた。


「あぁ…、シキ、ダイラも。ただいま。まだ起きてたの?」


 靴を脱ぎながら響は聞いた。その背中には隠しながらだが刀を背負っている。

 珍しい、とダイラとシキは思った。国内で持ち歩くには色々不便だし、よほど上級向けかデカい案件でもない限り持ち歩かない、と響が以前言っていたからだ。


「今日のはそんなに難しい案件じゃったのか?」


 ダイラが少しの心配を声色に乗せて聞いた。

 響は荷物を下ろし手を洗っている。


「んーいや、言っても5件中2件しかこれは使わなかったよ」


 1日に5件と言うのはなかなかにハードである。

 何度か隠れてついて行ったことのあるシキ達だが、正直な話、人間の体力では、1日多くても2、3件が限界だなと思ったのが感想だった。


「お疲れ様。響もここにきて話そう? 丁度響の話をしてたんだよ」

 シキがそう言うと響はこちらに歩いてきた。

「僕の話かぁ」

「まぁまぁ。丁度響に質問があるんだ」

 シキがそう言うとシキの横に響は腰を下ろして聞く体制を取る。

「ん。なに?」

「最高幹部の奴らと母親が目の前で危険に晒されたらどっち取る?」


 さっきの話に少し補足を加えて響に聞く。

 響は少し悩んだ素振りを見せた後に口を開いた。


「んー、そもそも最高幹部の人達って好きじゃないし、母さんは会ったことも喋ったこともないからわかんないけど、多分どっちも取らないんじゃないかな」


 それは少し、ダイラ達にとって意外な回答だった。だからこの後理由を聞いたのも仕方のない話だ。


「へぇ、なんで?」

「最高幹部のような実力をもってしても敵わないなら、そもそも僕には太刀打ち出来ないだろうし、お母さんを取らなくても現状からのマイナスはないからね。一旦撤退して応援を呼ぶ方が現実的かなって」

「もし、どちらかは必ず助かるとなったら?」


 シキの意地悪な質問にも響は答える。



「だったらどっちもまとめて潰れてほしい。どちらかだけが残るのは後味が悪すぎる」



 やはり響が執着しているのは、過去を乗り越えられない父親含むその周りの人間にだ。明確な答えが出た瞬間だった。


 シキは一瞬目を見開くも、嬉しかった。やっぱり自分達の愛し子はすごく歪だ。でもだからこそどうしても惹かれた。それが、愛し子だからなのか、響だからなのかはもう問題じゃない。だってもう響を気に入ったから。


「響は本当にすごいね」


 響が別の人間ならば、きっとシキ達は好きにならない。なんて傲慢な人間なんだ、と嫌っていた可能性だってあり得る。

 響だからこそ、いいのだ。全てのバランスが取れているように見えてアンバランスで歪で危なっかしい。よく言えば儚いという事。触ったら消えてしまいそうだし、汚い人間なんかが干渉しすぎると壊れてしまいそう。それなのに誰よりも強いのだ。彼の考えは誰にも曲げられない、彼には絶対意志というのが存在する。この年で周りに染まらないというのはなかなかに出来た事じゃない。


 結局のところ結論は、シキ達は響が愛おしくて仕方がないという事だった。


「響、ワシらは家族じゃぞ」

「大好きだよ、響」


 シキはいつもこの調子なので慣れたもんだが、ダイラのこういうのは心臓に悪かったりする響は少し照れた顔で、でもちゃんと年齢相応に嬉しそうな顔でお礼を言った。


「うん、ありがとね、二人とも」


 ここまでの境遇で心が全く死んでないんだから、やっぱり人間じゃないみたい、とシキは響を抱きしめた。

 シキは抱きしめながらある提案を口にする。


「響が人間の家族が欲しいなら僕たち人間になるよ。そしたら書類上でも家族になれる」


 響はすぐに嫌だなと思った。

 やっぱりシキ達には人間にはなって欲しくない。響自身が父達に向けている感情が、親愛や家族愛の類のものなのか本人も分からない。シキ達みたいに一緒にいたいとも思わなければ、何も望んでいないから。

 でも、死んだら悲しいかもしれないし、末永く健康で幸せに生きて欲しいと願ってしまったから最高幹部との成約だってしたし、その中でも上り詰めていった。


 でも、シキ達にはこのままでいて欲しい。それが響の本音だった。

 人の穢れを知っても、それには染まらないでほしい。


「ううん。シキ達はこのままでいて」


 響がそう言えば、シキは響の体を離し顔を見る。顔には色濃く疲れが出ていた。身体はまだ14の子供。どうしたって限界はあるし、そのうち過労やストレスで倒れるんじゃないかとダイラ達と心配するほどには今の響は憔悴している。

 人間は脆いから、すぐに壊れて、死んでしまう。


「本当にいいの? 僕たちが人間になって響が笑ってくれるならそれでもいいんだよ?」

「人間は嘘ばっかりで、怖いよ。シキ達は今のままでいい。シキ達といる時が1番笑えてると思うから」


 シキ達は嘘は吐かない。だからこそ響もシキ達に正直で、誠実でいようと思える。


「響にそう言ってもらえるとワシらも嬉しいのう」


 ダイラが温かみのある声でそう言って響の頭を撫でた。一時いっときの優しく暖かい時間が響達を包む。


 するとリビングの端で布団を敷いて寝ていたミョウとチョウが起きてきて響に抱きついた。


「わっ…、起きてたの?」

 急に抱きつかれた驚きの声と一緒に2人を抱き止める。

「うん。響ちゃん、本当に辛くなったら絶対絶対言うのよ?」

 ミョウが懇願するように響に言った。

「…絶対だからね」

 チョウもそれに釣られて小さいが芯のある声で言った。

「うん。出来るだけ言うようにするね」

 響がそう返しても二人はまだ不安そうな顔をしていた。その様子をシキは黙って見ている。


 シキは思う。響は不誠実だ。

 誠実であろうとするが故の不誠実さ。

 きっとこの約束だって守らない。響にとっては約束にすらなっていない。自分を案じる存在を響には理解ができないから。やっぱり響はいつか自分達の知らぬ間に、知らぬ場所で死んでしまうんじゃないかと思ってしまう。

 そうはさせないために自分達がいるのだから、と密かにシキは心の中で己を鼓舞した。



 目の前の小さくて青くて儚すぎる命。



 人間たちの底知れぬ悪意に今にも押しつぶされそうで、それでも確かに立っている。きっと響が自分を理解した時、響は一人では立てなくなるだろう。

 永遠に持ち直せなくなってしまうのかも知れない。

 理解する日が来ない方がいいのか、それでもやっぱり人間に復讐はしたい。ここまで愛し子を追い詰めたのだ。何もしないなんて出来るわけがない。

 もっともっとどん底に堕ちるような絶望を与えたい。

 シキは今後どうしようかを密かに悩む。


「僕そろそろお風呂入ってくるよ。みんな先に寝てていいよ」


 そう言って響はソファーから立ち上がって浴室に向かう。


「うん。僕とダイラは多分起きてるかな。何か夜食作っとくよ」


 その背中にシキがそう言うと振り向いて驚いた顔をしている。


「え、いいのに。…寝ててもいいよ?」

「僕とダイラは寝るって言う概念がないもん。ミョウとチョウは回復が睡眠になってるからあるけど」

「そっか。ありがとう、楽しみにしてるね」


 そう言って嬉しそうに笑って響は今度こそ浴室に消えて行った。

 後から怪我してないかもちゃんと見ないとな、とダイラとシキは思う。

 ミョウとチョウの二人は先ほどと違い、しっかり2人の寝室へ姿を消した。






「どうしたもんかなぁ…、ダイラどう思う?」


 シキはソファーから立ち上がり、カウンターキッチンに立ちながらダイラに話しかける。

 ダイラは背を向けたまま目線は本を見ているがシキの言葉に耳を傾ける。


「そうじゃのう…。感情の振り幅が薄い。思ったより深刻かもしれんな」


 それどころか、もう手遅れなのかもしれないとすら、ダイラは思う。


 響と出会って一年ちょっと。それでも生まれた時から見守っていたのだ。本当はこんなにこの次元で生きている人間に干渉してはいけない。

 でも自分達と出会う前の響があまりにも心身共にボロボロでまだ小さい身体では抱えきれないほどのものを背負っていて、見ていられなかった。


 シキは手際良く冷蔵庫から卵とベーコンを取り出していっぺんにフライパンで焼く。

 人間皆、なんやかんや言ったって朝食メニューが好きなのだ。焼いている間にご飯を入れ、インスタントの味噌汁を用意する。

 美味しそうな匂いが部屋に漂う。


「響、出てこないね」


 湯船に入らない響はお風呂が早い。昔からゆっくりお風呂に入る暇もなかったのだろう。


「僕ちょっと見てくるから、これお皿に移しといてほしい」


 シキはそうダイラに言い残して響のいる浴室に向かう。後ろでダイラが動く気配がした。


 浴室からは相変わらずシャワーの音が響いている。


「響? 大丈夫?」


 シャワーの音にかき消されないように声を少し張って扉に問いかける。聞こえてくるのはシャワー音だけ。物音一つしない。


 「響? 開けるよ?」


 そう言って扉を開ければ、頭からシャワーを被る響がいた。床には水で薄くなった赤い血が広がっている。よく見ると脇腹と肩を切っていた。おそらく服を着替えて帰ってきたから気づかなかったのだ。


「…怪我してるじゃん」


 そう言ってもやはり返事はない。


 響のこれはよくある。本人曰く、お風呂場ではどうしても考えことが深くなるらしい。

 よくこうやってぼーっとしてはシキが見にくるという事があった。


「頭とかは洗った? とりあえず出血が酷いから手当てからしよう。一旦上がろう」


 返事はない。

 響の手を引いて脱衣所でその体をバスタオルに包む。肩と脇腹に当たったところから赤黒く染まっていく。

 シキは傷に触れないように響を横抱きにして寝室まで向かう。持ち上げる度に思うが、その体は本当に軽い。確かな重みがあるはずなのに、響はなんだか空っぽみたいだった。

 その途中でダイラは心配そうにまたかという顔をしていた。


「ダイラ、バスタオルできるだけたくさん持ってきて」


 そう言いながら寝室に入り、ダイラが来るのを待つ。ダイラが来たらバスタオルをベッドに敷き、シーツに血がつかないようにして響を寝かせる。


「眠ってていいよ。ご飯は起きたら食べよう」


 シキがそう言って響の目に手をかざせば響の意識は落ちていった。


 寝顔はどうみても年相応に可愛らしい子供なのに、肩と脇腹の深い傷と体のあちこちに残る治しきれなかった傷跡が歪さを際立てる。

 救急箱を取りに行って丁寧に消毒をして、ガーゼを敷いて包帯を巻く。

 脇腹は内臓まで届いていなくてよかったと思う。

 シキ達の力で治すこともできるが、そうすれば響が守りたがっている人間達に自分たちの存在が勘付かれる。


「なんで怪我してるって言わないかなぁ」

「そもそも気づいてないんじゃろう。ワシらと会った時には既に痛みに疎かったからのう」


 “痛みに疎い”とダイラは言ったが、痛覚や感覚がないわけじゃない。人並みにしっかりあるのだ。ただ、響は禁術スレスレのものを使って痛覚を6から7割程度麻痺させている。その方が怪我をしても動けるだとかで。

 消しすぎれば動きが鈍るから6割から7割らしい。

 痛みをあまり感じなくても心臓を潰されれば死ぬし、出血しすぎても死ぬ。だからちゃんと怪我したら言うようにとシキ達は言っていた。

 本人が気付くほどの怪我や仕事に支障をきたす怪我なら響は自分で治したりもする。


 まぁ死んだって生き返らせればいい話なのだけれど。


「うーん、でも最近怪我減ってたよね」

 シキは響を観察するように見遣る。

「そうじゃな。ちと見てみるか」

 そう言ってダイラは色の違う目を覗かせた。


 シキは珍しいと思いながらダイラの独特な模様が刻まれた瞳を見る。

 ダイラがしばらく響を見て目を閉じた。目頭を抑えながら口を開く。


「やっぱり響を見ると眩しくて疲れるのう」

「どうだった?」

「ワシらが施した封印が薄くなってきてる」


 ダイラの言う封印とは、響が生まれた時にシキ、ダイラ、ミョウ、チョウは響に封印を施した。

 人間の体には膨大すぎる力は神子故の仕方のないものだが、それをそのまま持ってしまえば力を制御できないのが目に見えていたから。

 赤子相手への封印だって骨が折れたのだ。お陰でしばらくは4人とも衰弱していた。

 そして最近回復して神子の様子を見に行ったらあの有様だったのだ。元より響の生き様の一部分をダイラの“目”で見てはいたが、直接見に行くとあまりにも酷かった。

 その封印が薄れてきている、近々解けるという事。

 それはダイラが考える限り深刻な問題だった。今もう一度あの時の封印をとなれば、以前より何十倍も膨れ上がっているものを再度押さえつけるなんて不可能に近い。響の肉体だって持つかわからない。


 ダイラが厳しい顔で考えていると、それを見透かしたようにシキが口を開いた。

「今なら、響は制御して使いこなせると思うよ。僕たちのことも」

 その声色はやっぱり楽しそうだった。

「まぁ、今の響なら出来るだろうな。じゃが、その意味をわかっておるのか?」

 ダイラは少し厳しい口調でシキに聞いた。


「もちろん。響は神子で僕らの愛し子。響には神になってもらおう」


 神。

 強い者と強すぎる者は全然違う。隣に誰も並べなくなり、置いていく存在は強すぎる者である。強すぎる者とはそれ故に孤独だ。

 でも響はもう既に孤独なのだ。なんの幸か不幸か、偶然か必然か、響は神になったところできっと変わらない。

 響自身が失うものは何もない。

 だってもう既に孤独だから。神になったってシキ達はそばに居続けるのだから、本当に何も変わりはしない。



「孤高の上に君臨する神。響にピッタリだ。人間共とはサヨナラしてもらおう」



 響を苦しめた人間をシキ達4人は決して許さない。

 シキが性格の悪いことを思いついた時の笑みはダイラですらゾッとする。


「シナリオを考えたよ」


 そう言ってシキは笑った。

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