第二章 家族

注意書き


・この作品はBL作品になります。


・書いてる人がかなりのオタクなので何かに似てるなんて箇所が多々あるかもしれませんが温かい目で見ていただけたらと思います。


・この先暴力表現が入ってくる場合もございます。


・主人公がかなり不憫ですので苦手な方は読むのをお控え下さい。


・実在する建物、歴史とはなんの関係もございません。


・少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


・この話はゆっくりと進んでいきます。





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 14歳になったって日常は変わらない。

 朝起きて、支度をして、案件を確認、ナニカを殴って、蹴って、斬って、その繰り返し。


 辛くないの?とチョウは聞く、

 大丈夫。と答える

 しんどくならない?とミョウは聞く、

 大丈夫だよ。と頭を撫でる

 休まんのか?とダイラは聞く、

 まだ大丈夫。と笑う

 全部投げ出しなよ。とシキは言う、

 だいじょうぶ。と口を動かす。



「…大丈夫ってなんだろう」


 響は一人、帰り道の夜空の下でぼやいた。もう何週間も家に帰っていない。シキ達はどうしてるんだろう、と一人帰路を歩きながら響は考える。

 生きていること?誰の助けもいらないこと?だとしたら自分はずっと大丈夫だった。一人で生きてきたから。でもシキ達は大丈夫?とよく聞いてくる。


 響にはいくら考えたって分からない。

 いつもと同じ帰路なのにいつもより長く感じてしまうのは何故なのか、体が鉛のような怠さなのは何故なのか、こんな日は決まって本を読みたくなる。


「……そういえば、もう何年もゆっくり読書出来てないな……」


 この仕事を辞められる日は来ないと思う。成約のこともあるし、きっと辞められるとしたらそれこそ永遠の休暇、殉職だろう。でも、もしこの仕事を生きて辞める日が来たら、本を書いてみたいと響は昔から思っていた。


「でも…、もう、書けないや……」


 人の心情を文字にするものなのに響には人の感情がよく分からないから。人の人生を書くものなのに響は沢山殺したから。きっとハッピーエンドは書けない。

 でも、もし書けたなら、陰陽師じゃない自分で、母も生きてて、父も笑ってるような、いや、自分がそもそも居なかった話の方が楽だ。そんなもしもの世界の話を書いて遺していきたいな。


(あ、父さんは、本、読まないんだった)


 家まで意識が持つようにどうでもいいことを考える。そうしないとあまりの疲れに倒れてしまいそうだから。

 もしもの世界があったら、きっとそこでは父さんと母さんが恩師や友人達に囲まれて幸せそうに笑っているのだろう。

 友人の人たちは響の事を実千流に重ねなくていい。なんで幸せそうなんだろう。響はそう考える。


 響の幸せな話に響本人はいつだって出てこない。自分がいるとみんなが不幸になるとか、そんな自惚れた考えはなくて、幸せというものを外からしか見た事がないから。


「…あぁ…、でも、もし、そこに、僕もいるなら……名前を、呼んでもらいたい…な…。」


 もう、眠いな。そう思うと響の身体はもう限界だった。丁度路地裏に入り、壁に背をつけズルズル膝から崩れていく。持っていた刀を支えながら、誰か来たら気づくように薄い結界を周りに貼って意識が落ちた。






_____________________






「ん…」

「あ、響おきた?」


 目を覚ますと、いつもの見慣れた天井と、横にはシキが寝ていて、反対の横にはミョウとチョウが寝ていた。いくらダブルベッドでもぎゅうぎゅうだ。

 よく見るとベッドサイドの椅子にはダイラが座ったまま寝ていた。


「あ、れ…? みんなで寝たの…?」


 響は問いかけるが、シキは黙ったままだ。ダイラたち3人も起きる気配はない。


「響、僕怒ってるよ」


 シキはやっと声を出して怒りを露わにした。響は一瞬考えてすぐに思い至った。やっぱりバレたか、というのが半分、心配かけて探しに来させてたなら申し訳ないな、が半分。


「…ごめん。わざわざ探しに来たんだよね…? 迷惑かけた」

「はっ? 違うよ! そこじゃない! 心配かけてごめんでしょ! あと、外で寝ないでよ…、危ないんだから」


 シキは最初こそ勢いに任せて怒り、でも後半は本当に心配したというのが伝わるほど小さい弱々しい声だった。いつものシキからは考えられない態度に響は本気で申し訳なくなった。


「……ごめん、シキ、ありがと」


 そう言うとシキはやっと、ぎこちないけれど笑った顔を見せてくれた。


「ん」






父親ちちおやが大事なの?」


 お互いに落ち着いた頃、シキが聞いてきた。


「一応親だからね」


 世の中の子供なんてみんなそうだ。例えどんな親でも、子供は親を愛してしまう。根っこから嫌いになるなんて出来ない。

 でも、だからこそ、


「だから響は苦しいんだね」


 ハッとしてシキの顔を見た。


「そう、だね。…全く憎くないと言ったら嘘になる、けど…、愛してしまうから憎いって言うのも、あるのかもしれないね」


 好きと好きの間に愛が宿る事があるなら、きっと嫌いや憎いの中にだって愛は宿ってしまうんだろう。

 逆もまた然り。

 愛してしまえば、人間は愛を最大の感情として表し、使う。だったら、そこに憎悪なんかが芽生えてしまうこともあるだろう。

 でもそれはきっと愛が無くなるとか、そんなんじゃない。そんな生半可なものじゃない。

 もっと歪で汚くて、ぐちゃぐちゃな、でもそれは多分、人間のどうしようもない部分で、でもだからこそ、本来なら尊ぶ事なんだろう。


「ははは、僕も人間臭くなったなぁ」


 人間味が溢れる人間になったらシキたちは僕に飽きて、殺すのだろうか、捨てるのだろうか。そしたら彼たちは次は何に興味を持つのだろう。


「それでも響はやっぱり響だね」


 穏やかな声に顔を向けて見たのは、人間なんかよりよっぽど綺麗に見えたシキの顔だった。


「でもやっぱり人間は理解できないわ」

 隅で話を聞いていたミョウがそう言って拗ねた子供のような顔をした。

「うん」

 僕は否定も肯定もなしに頷いた。

「人間の生への執着と死への恐怖は人を狂わすらしいからな」

 いつの間にか会話に入ってきていたダイラが心底理解できないと言うように顔を顰めていた。

「そうかな? 僕はやっぱり興味があるけどなあ。愛を育むとか、切ないとか、独特な感性を人間は持ってるから」

 ワクワクするよね。とシキが言ってその言葉にダイラはさらに顔を顰めた。

「ワシには理解できぬ」

 そう言ってダイラは首を振った。


「…理解できなくていいよ。シキが思ってるより人間は汚い。我が身可愛さに平気で同志を貶めたり、友人を裏切ったり、そんなのはまだ序の口で、本当に取り返しのつかないことをしてしまう時もある」


 僕が話し出すとみんな決まって僕の声に耳を傾けるように僕の顔を見て話を聞く。


「そして人間は、やってしまってから初めて気がつくんだよ。自分の過ちに」


 なんでこんな話をしたのかは分からない。強いて言うならば、シキが人間に興味を持つのが嫌だった。

 だって、シキ達がどんなに寄り添おうとしたとしても、自分達と違うものを人は攻撃する。無条理に傷つけられるシキ達なんて見たくないのかもしれない。そんなにシキ達が弱くないのも知っているし、人間を敵対視していて、いつか害を及ぼす可能性だって知っているのに。


「人間はどこまで行っても愚か者じゃな」


 溜息混じりにダイラはそう言った。その言葉にシキは吹き出しながら揶揄うように返す。


「あはは、出たよダイラの口癖〜! 賢者は先人に学び、愚者は後悔に学ぶ。だっけ? ダイラってば人間みた〜い」


 シキがケラケラ笑う。

 それにつられて僕も少し笑ってしまった。するとシキがじっとこちらを見てくる。


「シキ?」

「響は美人さんだから笑ってた方がいいよ」


 突然のタラシ文句に一瞬固まってしまう。シキ達の言葉はいつもどストレートすぎるのだ。


「し、き、達はみんなこうなの? 」


 こんなの人間でいたら天然タラシだ。タチが悪い。シキ達が人間じゃなくて良かったと心底思った。


「あはは、人間はストレートな言葉に弱いよね」


 シキは面白そうに笑った。

 なんだか自分がおかしいような気がしてきて居た堪れない空気になる。


「人間は嘘つきだからストレートな言葉に弱いのよ。正直者は好かれるんだから」


 ミョウが軽蔑するような声で言った。

 人間は確かに嘘つきだ。保身のための嘘、人を陥れる嘘、悲しませる嘘、優しいうそ。誰も傷つかない嘘なんてやっぱりこの世には存在しない。いつか、誰かは傷つく。そんな事を思っていながらも、響は口には出さない。だってシキ達は人間じゃないから。

 なんとなく気になっていたことを聞く。


「ダイラ達はもし自分が人間だったらとか考えたことある?」


 話題を変えようとあえてダイラの名前を呼んだ。

 そう聞くとシキとダイラは目を丸くして、笑い出した。


「はっはっ、響はやっぱり面白いのう」

「ね? 言ったでしょ、ダイラ。響は本当に変わってる」

 二人とも腹を抱えて笑っていた。

「んん、僕にはシキ達がちょっとよくわからないな」

 僕は苦笑いをするだけだった。


 僕たち人間をシキ達が分からないように、シキ達のことを僕はわからないから。

すると珍しくダイラが軽い口調でシキに言う。


「自分より下の生き物にもしなれてたら、なんて考えないじゃろう? 自分より上の生き物なら考えるかもしれんが」


 類は友を呼ぶ。無自覚に傲慢な響の周りには自覚のある傲慢なやつらが集まっているのだ。


 そして、この質問をしたのが何よりもの証拠。やっぱり似たもの同士で、自分達に少し近い響に嬉しくて笑いが込み上げてしまうのは仕方のない話。

 響はシキ、ダイラ、ミョウ、チョウの愛し子なのだから。

 笑っていたと思ったら急に真剣な顔になったダイラに目を向ける。


「嫌になれば言えばいい。あの人間らよりワシらの方が強い」

 次はシキがうっとりとした顔で言った。

「そうだよ、響。君は僕たちの家族だから」

 シキ達が家族で本当に良かったと思う。自分の職務を裏切る行為だとしても。

「……かぞく…、シキ達が家族で僕はとっても果報者だなあ…」

 僕は思った事をありのままに伝える。するとシキは少しだけ唇を尖らせた。

「それならあんな人間共見限っちゃいなよ」

 シキが不貞腐れたようにそう言った。

「シキ、それは意地悪な言い方じゃよ」

「ううん。確かにシキ達から見たらそう思うよね。自分でもよく分かってないんだ。家族とかそういうの」

 咎めたように言うダイラの言葉に響はシキを肯定した。


 シキが思ってることはおそらくごもっともで、響は自分がおかしいのだとある意味理解している。

 でも何故そうなのかとか、そう言った根本的なことは分からないのだ。どうやったら家族なのかとか、家族になるにはどうしたらいいのだろうとか、書類上の家族を作るのは簡単だ。ただ、映画や本の中みたいに温かい空気の流れる家族っていうのはどうやって作るのだろう。

 シキ達と共にいるこの時間を家族の時間と呼ばないのなら自分には一生家族というものが出来ないだろうな、と響は考えていた。


 たった一人の血のつながった家族、父との時間だって幼すぎてよく覚えていない。

 拒絶されて、母は自分と引き換えに死んだ、ということぐらいしか記憶に残っていないのだ。父と母の知人も皆、『実千流さんの息子さん』という認識で、しっかり響のことを名前で呼んで見てくれる人は居なかった。

 みんなどこかで母と重ねて、響を通して実千流を見ていた。そして、その人たちがなんか違うという顔をするのは決まって母と違う行動をしたり、母のように屈託なく笑ったりしないのを感じ取った時だった。


 仕方ないのだ。響は母親に会った事がないんだから。みんなから聞く話だってどこか遠い誰かのようにしか聞こえないのだから。

 恨んでないし、きっと母親を知らない自分のためにたくさん母の話をしたのだと響はしっかり理解している。でもやっぱりいくら子供でも聡明すぎた響は感じ取ってしまった。

 響より実千流に生きていて欲しかった、とみんな思っているのが。過ごした時間が違う、当たり前のことだと、響は割り切った。

 甘えるよりも、怒るよりも、悲しむよりも、何よりも先に諦め、割り切る事を響は身につけた。

 母のような屈託ない笑顔は無理だが、いつでも笑顔を絶やさないようにニコニコしていた。

 時々家で見る自分の真顔が他人に見えるほどには。


 父のことだってちっとも恨んじゃいない。響にとっては父親は父ではなく、奥さんを失った可哀想な人間という認識なのだから。親子らしいことなんてしたこともないのだから仕方がない。

 世間一般の父親という役割を知ったのはそれこそ映画や本の中の知識だ。後から失ったんじゃなく、最初から無い。最初から無いものにいちいち悲しんだりできるほど響は心が育っていない。

 だから、いつか強くなったら母を蘇らせたい。そしたら父達は喜び、知人らは自分を母の代わりじゃなくて、響として見てくれるんじゃないか、と考えたが、別に見てもらわなくていい気もする。生き返った母と末長く幸せになったらいい。

 人との関わり方をとことん知らない響にはこれが普通の思考回路だった。


「ワシらはもう家族じゃよ。響がワシらの事を家族と言ってくれるなら」


 ダイラのその言葉は崇拝にも近いものを感じさせた。でもシキ達もそれに頷いて、響もその言葉が嬉しかった。愛するも愛されるもやっぱり分からないけれど、今のこんな時間が永遠に続く事を幸せとか平穏とかと言うのだと、人間臭い事を思った。


「ありがとう、みんな」




 響のその言葉には、やはりどんな感情も込められていなかった。


 どこまでも歪な少年だから。

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