第9話 配信の壺3



 データ体になったのに、リアルの名残なのかハンマーを振り回していると息が上がってくる。

 岩の出っ張りにハンマーを引っ掛け、渾身の力を込めて身体を引き上げる。当然、現実ならこんなこと繰り返してたら息も上がるし腕も熱を持つ。

 そもそも、10キログラムはありそうな大型ハンマーだし、更にそこに自分の体重と壺と水の重量を引っ張りあげてるんだから、むしろリアルだったら引きこもりのわたしがここまで上がってこれる訳ないんだけど。

 リアルがある程度再現されているような、わたしの精神状態に左右されて引き起こされている現象なのか。息が上がるだけで済んでるってことは、やっぱりゲームなんだなって思う。


「ふぅっ!!」


 掛け声とともにそびえていた尖塔を超え、平坦な屋根に降り立つ。頂上はまだまだ先だけど、ひとつの関門を越えた達成感が感じられる。

 振り返ってみれば、わたしの主観視点からは登ってきた山を見下ろすことが出来る。

 データとしては自分のいる前景と山を表すための背景の2つの層しかないし、ゲーム画面的には見えないけれど、わたしは立体的に山を感じることが出来ている。

 五合目は超えたかな? ここまで来ただけでも、火照った身体が達成感を伝えてくる。


「楽しい……眺めも良いし、火照った身体に風が気持ちいいし」


 そう、楽しい。自分の主観であたかも自分を動かしているかのように、現実に出来ないことをやっているのは楽しい。

 言い換えるなら、自分がすごい能力を得たかのように感じて楽しい。スーパーマンになったみたいってやつ。


 掲げられた三色旗「落ちるのが楽しいの?」

 耳を塞ぎたくなる橋「ドMなの?」

 希望の向日葵「他の配信者さんはこのゲーム大体イライラしてるよ?」

 拾われたい落穂「さすハイル」

 撒かれたい種「さすハイル」

 響き渡る鐘「感性が違うねー」


 ゲーム的には全然上手く進められていないから、リスナーからすると意味が違うんだろうね。自分で言うのもなんだけど、普段から独自の感性で配信してたから、慣れてる人はこんなもんかなって思ってくれてる。


「落ちるのは怖いけど登るのはホント楽しいよ。段々上手くなっていってるのが実感できるし」


 この単純なゲームでここまで面白いと思えるんだから、他のゲームも楽しいんだろうな。このゲームが終わったら次のゲームもやりたいな! と言っても、今はこのゲームに集中しないとね。

 わたしはハンマーを握り直し、目の前の山を見上げた。少し先に雪が積もっているのが見える。雪が見えてくると、かなりゴールは近付いているはず。そう思うと自然と口角が上がる。自分の力でゲームをクリアするのって楽しいね。

 雪山を駆け上がるべく、わたしは岩肌にハンマーを振り下ろした。

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