第1話 ハイル配信世界に入る


 目を開けるとそこは配信部屋だった。

 いつも配信をしているマンションの部屋という意味ではなく、配信ソフトO B Sに背景として置いている視聴者から見える方の配信部屋という意味で。

「はぁっ!?」

 わたしは飛び起きた。

 雰囲気を出すためだけに配信背景の端に書かれていた素材としてのベッドで起き上がり周りを見渡した。

「どういうこと?? まだVR中とか??」

 VRヘッドセットをしたまま寝てしまったかと思って頭を触っても、自分の髪の毛に触れるだけ。ヘッドセットはしていない生身の感触……いや待って、わたしの髪の毛こんなにサラサラじゃないんだけど……?

 違和感を感じて身体を見下ろせば、着ている服はロング丈のフレアスカートに短めのフーデッドワンピースを重ねた格好――わたしのアバターが着てた服だ!

 実生活では一度もこんな格好をしたことはないし、買ったこともない。なぜなら自分が男だと知っていたから。それなりに悩みはあったものの一応言われるままに普通に合わせて男として過ごしていたため、スカートは履いたことがなかった。

 配信で女声を出していたので誰も性別に気付いていなかったみたいだし、良いかって思ってたけど……いざその格好になってみると違和感がある。

 なぜ、この格好を……?

 配信部屋に設定上存在するワードローブを開けてみると、ワードローブを開けることが出来たことよりも、ワードローブ内の鏡に映る自分に驚いてしまった。

 癖のないサラサラな髪質の茶髪ショートボブ、整ったフェイスラインに眠たげなダークグレーの瞳、瞳の真ん中にはファンマークにもしている簡略された麦穂のシルエットが浮かんでいる。

「わたしだ……」

 ここで言うわたしとはV体の方の意味。それはつまり絵画放浪系Vtuber絵中えのなかハイルのアバターとしての意味で……違和感があると言いながらもしっかり自分と認識してる不思議。

 いや、大抵の専用アバター持ちのVさんはそうだと思う。現実世界の鏡に映った自分だけでなく、自分のアバターを見た時に「これは自分だ」って感じると思う。ただ、モニタ越しではなく鏡に映った自分がアバターだった場合も自分だと思えるとは……

 となると違和感は、したことない格好だから、服が肌に触れる感触とかがいつもと違うからってところかな? やはり肌同士の触れている部分や服の擦れる部分がいつもと異なるし、かかる重みが変わって重心がズレたことの違和感が多少あるっぽい。

 良くある表現として、あるはずのものが無くて無いはずのものがあるという感じかな。

 健全で一般的な人間なら、自分の性別が変わったらどんな感じだろう?と、深く深く自分の身体に違和感を感じるぐらい妄想したことも1度や2度はあるだろう。その時の感覚で自分の性を自認すれば――うん、違和感はすぐに消えてなくなるね。

 はい、この問題は終了。


 となると、ここまでの状況から察するに、どうやらわたしは自分の配信画面の世界に入り込んでアバターの身体を手に入れてしまったらしい。

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