配信世界に入り込んだVTuberが非現実を楽しむ話

眠好ヒルネ

いつか起こる未来の出来事

 わたしの目には、煌びやかなアイドル衣装を纏った推しの泣きそうな顔が映っていた。照明も背景も衣装もキラキラ輝いているから、対照的に彼女の表情の暗さが際立っている。そんな姿も美しくキレイだけど、無性に叫び出したくなるような、頭を掻きむしりたくなるような感覚がわたしの脳内を走り抜けた。

 彼女の名前は『あすのうみ』。インターネットの動画投稿サイトで活躍する仮想アイドル――通称VTuberとして活動している。彼女の歌声やダンスは世界を魅了し、今やチャンネル登録者数500万人を目前にした超人気アイドルだ。

 彼女は今、活動5周年記念オンラインライブの本番直前だった。VTuberで5年というキャリアを持ち今なお人気が衰えていない活動者は、彼女を含め片手で数えられるほどしかいない。

 彼女が望んだ、スタッフも望んだ、ファンも望んだ、世界が望んだ彼女の活動の集大成とも言える5周年記念ライブという舞台を前にして、彼女の顔は暗く暗く曇っているのだ。


「ハイルちゃん……今ステージに来てるの?」


 彼女が不安そうにわたしの名前を呼んだ。

 推しがわたしの名前を呼んでいる、普段ならそれだけで昇天してしまいそうなのに、今は抱きしめてしまいたくなるような衝動に駆られていた。

 そのあまりに儚い姿に、逆に怒りがふつふつと沸いてきた。

 こんな状況は誰も望んでいないと。

 しかしわたしは彼女の前に出るわけにはいかない。

 なぜなら、ここにいるけどいないから。


「ごめんね。ステージに居るわけじゃないんだ……」


「そっか……生出演予定のゲストの子がね、体調不良で来れなくなったらしくて……ほら今の今まで機材トラブルだったでしょ? だから、このままだと1人で歌うかトークで繋ぐかしないといけなくって……トークするにしても誰かいてくれたら心強いなって思って……」


 辛そうに残念そうに顔を俯けて弱音を吐く彼女を見て、わたしの中の何かが弾けてしまった。

 ライブ直前だというのに通信障害でTwitterは不穏な空気だったし、わたしが介入するまで機材トラブルで音が出てなかったし、その上ゲストが欠場とか……せっかくの推しの5周年記念ライブだというのに!

 絶対許せない!


「トーク? そんな妥協案なんて! うみちゃんの記念すべきこの日なのに! そんなの……同じVTuberとしてもあなたのファンとしても見過ごせるもんじゃないよ! そんな見殺しにする真似絶対にイヤよ。うみちゃんのそんな弱音は聞きたくないよ……今日は今日しか無いの。本当にしたいことはなに? その想いを聞かせて!」


 絶望的なこの状況で夢を語らせようというわたしのキツい言葉に、うみちゃんは今にも泣きそうになる。

 それでも顔を上げて、天井のスポットライトを睨むように、彼女は思いっきり息を吸い込んだ。


「うみはアイドルVTuberよ! 歌って踊ってみんなを楽しませてこそわたしなのよ!! 歌いたいし踊りたいに決まってるわ!! 必死に積み重ねてきた成果をみんなに見てもらいたい!! 練習を頑張ってきた歌とダンスをみんなに見てもらいたいよ!!!!」


 そう、うみちゃんは誰よりも歌とダンスに情熱を注いでいる。推しなんだからよく知ってる。これまでずっと見てきた。この記念ライブにかける想いも分かってる。妥協なんてしたくないに決まってる。

 だったら、わたしに出来ることを全てしなくちゃ! 後のことなんてどうだって良い。

 今の彼女を救えるのなら。


「その想いに答えなくてはファンが廃るわ。推しの願い叶えてみせるよ! わたしはVtuber絵中えのなかハイル! わたしの配信は、その世界観を再現して細かなとこまでその雰囲気に合わせること。その作り込みは誰にも負けないわ! つまり! 3Dライブはわたしの世界よ? ここにいなくても、うみちゃんのライブを再現して、まるでその場にいるように入り込んでみせるわ! だから、今の予定のまま本番を進めて!! わたしが最高の舞台にしてみせるからわたしを信じて!!」


 わたしが宣言すると、うみちゃんは目を見開いて驚いたけど、すぐに潤んだ瞳で破顔してくれた。


「分かった。ハイルちゃんを信じる!」


 この話は、チャンネル登録者数3桁の底辺VTuberのわたし『絵中ハイル』が、トップアイドル『あすのうみ』と一緒に歌うまでになった話(成り行き的な事実)と、電子の世界で末永く仲良くなる話(俗物的な希望)である。

 今思えば、わたしはうみちゃんを助けるためにこの世界・・・・に来たんじゃないかとさえ思えてくる。

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