第4話 クズ、姫の秘密を見る

それから、俺はルーネリアのパシリになった。


あ?姫って言わなくて良いのか?


人をパシリにする女は呼び捨てで良いだろ。


デートの度にあれ買って来い、これ持って来いと命じるし、城ですれ違う時も「これ、図書室に戻しといて」と一方的にポンと預けられる。


使用人にやらせろよ!


そんなわけで、現在俺は心の療養中。


「酷い女ね、いくらお姫様だからってやって良い事と悪い事があるわ」


「心配してくれてありがとう、きっと彼女も、どう対応して良いか解らなくて困ってるんだと思うんだけど……」


「私なら、姫様みたいな事は絶対しないわ。

あなたの事、大切にしたいもの」


「ありがとう、ジョセフィーヌ、そう言ってくれるのは君だけだよ」


薄暗い、上品な音楽の流れるバーにて。


俺と彼女……ジョセフィーヌは手を重ね合う。


露出の多いドレスからは豊満な胸元が覗き、濃い目の化粧によって作られた顔はなかなかの美人だ。


ルーネリアとは180°違う。


ちなみに、彼女との出会いは1時間前。


まぁ、美男と美女が心を通わせるのに時間なんていらないだろ。


「クーゼ……私、あなたの事が……」


「ジョゼ……」


互いに見つめ合い、そのままキスでもするか、という距離になると



「お待たせしました、オーロラとニューヨークです」



空気を読まない店員がドンッとビールジョッキのようにグラスを置いてきた。


思わず顔を顰め、店員を見ると……


「へ?」


バーテンダー服に身を包んだルーネリアがいた。


「どうぞ、良い夜を」


と、さっさと裏方へ下がってしまう。


いやいやいやいやいやいやいや……!


俺はバッと立ち上がった。


「俺、用事を思い出したから!」


ジョセフィーヌを残し、バーを出た。




店の裏手へ回ると、暇そうに壁へ背を預けるルーネリアの姿があった。


「姫?なぜこんなところに?」


「姫?失礼ですがどなたとお間違えで?

私はしがないバーテンダーのルネというものですが」


結んだ黒髪をもて遊ぶルーネリアの姿は……非常に様になっていた。


無愛想だと思っていた、口元を引き締めた表情もこの格好だとクールで凛々しく見える。


背は低いものの、スレンダーな体型にバーテンダーの格好はマッチしていて、何も知らない人間が見れば男と勘違いしてしまうだろう。


「……とぼけないでください、知り合った女性の顔と声を間違える俺じゃありません」


「ふぅん、あっそ、自慢にならない特技ね」


アッサリとバーテンダーの顔を脱ぎ捨て、性悪姫の降臨だ。


「それで、なんでこんな事を?」


「社会勉強よ」


「国王陛下が許すとは思えないんですが」


「そんな事もないんじゃないの?

どうせ、王族としても女としても落ちこぼれな私だもの。

いっその事、適当に死んでくれた方が楽だとすら思ってるかもね」


サラリと言ってのける。


そんな事はない、とは言えなかった。


子供であっても利用価値がなければ道具のように捨てる。


貴族とは、王族とは、そういうものだ。



「クーゼ!」



ジョセフィーヌがやって来た。


「ビックリしたわ、いきなり出て行くんですもの」


「あぁ、ごめんね、バーテンダーの子が知り合いでさ。

でも、用事も終わったから」


「そう、なら、飲み直しましょう?

あなたさえ良ければ、だけど」


「あぁ、もちろんさ」


ジョセフィーヌはルーネリアの姿なんて見えていない、とばかりに腕を絡めて来た。


……まぁ、ルーネリアも今はバーテンダー姿だし、表立って俺を責める事は出来ないはずだ。


適当に飲み直したら他の店に渡って、落とすのはそこからでも遅くないか。


と、思っているとジョセフィーヌが突如顔を近付けて来た。


ちょ、ま、いくらなんでも婚約者の前でキスは不味い……!


内心慌てていると、ドンッと後から突き飛ばされた。


「ぶへっ!?」


結果俺は、美人ではなく冷たい地べたとキスをする事になる。


身体を起こした俺は、その光景に目を見開いた。


「ぐっ、何を……!」



ルーネリアがジョセフィーヌを壁へ押し付け、「動かないで」と喉元に短剣を突き付けていた。



「ルーネリア!?何を!?」


思わず呼び捨てにしてしまうほど、俺は動揺していた。


しかしルーネリアは俺の言葉なんて聞かず


「口を開けなさい、余計な真似はしない事ね」


と、有無を言わさずポケットから綿棒を取り出し、容赦なくジョセフィーヌの口へ突っ込んだ。


「んんっ!」


「大人しくしなさい、こっちはここであなたの首を斬っても構わないのよ」


恐ろしい事を言いながらルーネリアは綿棒を取り出した。


「これ、鑑識に回しとくから。

あと、いるんでしょ?こいつ拘束しといて」


ルーネリアが虚空へ呼びかけると、上空から全身を黒マントで包んだ人間が降りてくる。


屋根の上にでも潜んでいたのか。


黒マントはジョセフィーヌの鳩尾へ一発入れて昏倒させると、その身体を難なく持ち上げて上空へ消えていった。


「さて、仕事も終わったし帰りましょう」


ルーネリアは綿棒をビニール材の小袋へ入れるとポケットへ詰めた。


「ちょ、おい!?

これってどういう事だよ!?」


理解が追い付かず、声を張り上げるしかなかった。


「何?分からないの?

あなた、今殺されかけたのよ?」


「……は?」


「毒蠍ジョゼット……裏界隈の殺し屋よ。

かつて男に捨てられた恨みから、女をもて遊ぶクズ男を中心に殺しているわ。

武器は無毒化体質で、それを利用して口の中に毒を塗り、キスして毒殺する」


「殺し屋?

何かの冗談……だろ?」


「なら良いわね、答えは鑑識の結果が出た時にでも判明するわ。

……その時に、説明してあげる。

間抜けなあなたが、今置かれている状況ってのもね」


ルーネリアはそう言って、短剣も鞘に収めて上着の裏へ隠すのだった。


その行為が手慣れていて、似合いすぎていて、不覚にもドキッとしたのは……おそらく気の所為だろう。

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