第7話「ヤツの正体は……」

 俺の妹はとにかく趣味がコロコロと変わるやつだった。

 半年前は受験本番前だというのに、お笑い芸人の深夜ラジオにハマっていたらしい。初めは眠気覚ましとして勉強のお供に流していたそうだが、いつの間にかラジオの方に心を奪われていたという。最終的には、勉強そっちのけでコーナーへ送るメールを――

「お兄ちゃん!」

 突然、妹が俺の部屋に姿をあらわした。

 俺は少しめんらってしまった。しかしそれはオープニングのさいちゅうだったからではなく、妹がここ数週間比較的大人おとなしくしていたからだ。

 というのも妹は先月のなかばにおこなった占い結果にしたがい、試験期間中はテスト勉強に専念していたのである。その問題なく夏休みをむかえたようだが、特に外出する訳でもなく自分の部屋にこもっていることが多かった。以前のように俺がタロット占いに巻き込まれることもなかったから、ここしばらくは平和な日々を過ごせていたのだが、今日きょうは一体どうしたというのだろう。

「ちょっとこっち来て!」

 妹はそう言って俺の腕をつかみ、ダイニングまで引っ張った。

なんだよ急に」

「いいから、これ見て!」

 妹はダイニングテーブルに置かれたノートパソコンを指さした。画面には動画投稿サイトのアカウントが表示されている。

「登録者数が300人も増えたの! これ私のチャンネルだよ? 撮影も編集も一人ひとりでやってるんだよ、すごくない!?」

 正直、どれほどすごいのかよく分からなかったが、妹の勢いに押されて「す、すごいな……」と話を合わせてしまった。

 なるほど、最近自室にこもってたのは編集作業をやっていたからか。つまりタロットへの熱が冷め、新しい趣味を見つけたということなのだろう。

 しかし、動画投稿か。俺はあまり見る方ではないし詳しいことは分からないが、全ての作業を一人ひとりでするのが大変だということは容易に想像できる。特に動画編集は非常に時間のかかる作業だと聞いたことがある。

 ここで俺は一つ不安に思った。妹がその大変な作業を俺に押し付けてくるのではないかという不安である。……普通にるな。これは危ないぞ。動画編集なんて勝手の分からない作業を押し付けられたら、俺の休日が「妹がった訳の分からない動画を切りりする日」に変わってしまう。そんなの絶対に嫌だ!

 いや待て、もし妹に頼まれても、「編集なんて分からない」の一点張りで逃げ続ければいいじゃないか。よしこれだ、これでいこう。

 落ち着きを取り戻した俺は妹のノートパソコンを改めてのぞき込んた。まず目にまったのは、こんの背景に金色の魔法陣のようなものが描かれたアイコン。次に「占いの館 〜はちゃめちゃリーディング〜」というアカウント名である。

「おい、これは……なんの動画をアップしてるんだ?」

なにって、タロット占いに決まってんじゃん」

 嘘だろ!? こいつ、占いをキープしたまま別の趣味を始めやがった! 次の趣味を見つけたらタロット占いは卒業してくれると思っていたのに。これは初めてのパターンだ。とにかくこれ以上巻き込まれないようにしなくては。

 逃げ道を探る俺とは対照的に、妹は無邪気な様子で投稿した動画の一覧をスクロールしていた。動画のサムネイルは黒いパーカーを羽織はおった妹の画像ばかりである。

「こないだ上げたのが軽くバズったんだよね〜。人生相談のメールとかも来ててさ、忙しいよホント。ほら見て、この動画が結構再生されたの」

 妹が自慢してきた動画のサムネイルを見た時、俺は目を疑った。そこには俺が写っていたのだ。しかもご丁寧に「兄」という字幕がえられていた。

なんで俺が出てんだよ! つーか、いつってたんだ!」

今更いまさらなに言ってんの? もうお兄ちゃん三回くらい出てるよ」

「だからいつってたんだよ! 隠しりのプロか、お前は!」

 マジか! 逃げるにはどうしたらいいとかそういう次元じゃなかった! もうすでに巻き込まれてんじゃねぇか!!

 妹はマウスのホイールをコロコロしながら「なんかねぇ、私一人ひとりの時よりお兄ちゃんとしゃべってる方が評判いいみたいなんだよね」とブツブツ言っている。この流れは非常にマズいぞ。俺は一歩後退あとずさりした。

 妹は「だからさ」と言った後、俺の方に満面の笑みを向けて「お兄ちゃん、一緒にやろ?」と提案した。予想通りの展開である。

「だ、駄目だ。ウチの会社は、副業禁止だし」

 妹はまねきのように片手をパタパタさせて「大丈夫大丈夫、まだ収益化できてないから。それに広告料入ったとしても私が全額もらえばいいだけの話じゃん」とヘラヘラ笑った。

「それ俺になんとくがあるんだよ!」

「え〜、いいじゃん一緒にやろうよ〜。お兄ちゃんのツッコミがって人気なんだよ?」

 面白い、だと?

「ほら見てこのコメント。『お兄さんのノリツッコミが面白い!』だってさ」

「俺、ノリツッコミなんてしてたか?」

 妹はニコニコしながら俺に色んなコメントを見せてくる。

 それにしても、面白い、か。……マズいな、その響きが俺をまどわせている。俺達兄妹きょうだいには同じ血が流れているんだ。面白いと言われると調子に乗っちゃう血が。でも妹のさそいに乗っては駄目だ。きっと取り返しのつかないことになる。調子にもさそいにも乗ってはいけないんだ!


「はーい! 今日は私のお兄ちゃんが来てくれてまーす」

 乗ってしまったーーーー!!!

「ど、どうもー」

 俺は引きつった笑顔で三脚に取り付けられたカメラを見た。毎日使っているダイニングだというのに一つカメラが置かれるだけで緊張感のある空間に変わってしまうから不思議だ。妹はまたもや黒いパーカーを羽織はおって、台本の紙を手に持ちつつ進行を続けた。

「それじゃあ、今回はお悩み相談に答えていきます。えーと、こちらは二十代女性、『ハンドソープ石井』さんからの相談ですね」

 誰だよそれ。俺は心の中でそうツッコんだ。

あささん、こんにちは。職場の人間関係について相談したいことがあります。私は今年ことしから働き始めた新入社員です。初めは特に問題なく働いていたのですが、入社して一ヶ月が過ぎた頃に直属の上司が二人ふたりきりでの夕食にさそってきました。私には恋人もいますし、上司とは二回りほども歳が離れているので、その場ではっきりとお断りしました。しかしそれ以降、上司が時々嫌がらせをしてくるようになりました。内容は露骨に私を無視したり、定時ぎわに仕事を押し付けてきて残業をいるなどです。耐えられないほどの事ではないですが、この状態がずっと続くのも考え物なので少し困っています。私はどうしたら良いでしょうか、占っていただけると嬉しいです」

「いや、ちゃんとした相談だな」

 なんとなくもっとどうでもいい内容の相談が来るんだろうと想像していた。というか、この相談は妹が答えるには荷が重くないか? しかし撮影を止める訳にもいかないよな、事実ハンドソープ石井さんは朝日に占ってほしくて相談してる訳だし……。つーか、ハンドソープ石井って誰だよ。

「なるほどね〜、分かる分かる」

「適当言うなよ。お前分かんないだろ、働いたことないんだから」

「では早速さっそく占っていくわね。今回は原因と対策のツーオラクルよ」

 急に占い師キャラになった妹はカードをシャッフル&カットし、カードの山から二枚引いてテーブルに裏向きで置いた。

「こちらが原因を表す方のカードになるわ」

 妹はそう言いながら左側のカードをめくった。そこには、翼と角の生えた裸の大男がえがかれていた。下半身は毛におおわれており、その先には鳥のような足がついている。カードの下端には「THE DEVIL」と書かれていた。

「悪魔のカード。正位置よ。つまり、原因=イコール悪魔という図式が成り立つわね。この問題を引き起こしているのは悪魔だと、タロットは言っているわ」

 なんだかさん臭い話になってきたな。目に見えない邪悪な存在が石井さん達の関係を悪化させているとでも言うのだろうか。

 妹は力強い口調で言葉を続けた。

「そう、つまり、その上司の正体は人間界にひそむ悪魔だったということよ!」

「そんな訳ねぇだろ!」

 また妹が安直でふざけたこと言ってやがる。

「お前なぁ、割とちゃんとした相談なんだから真面目まじめに答えろよ!」

「確かにそうよね。敵の正体はなにかということより、どうやって敵を倒すのかの方が重要よね。貴方あなたの言う通りだわ」

「言ってねぇよそんな事」

「でも大丈夫よ。その答えは、対策のカードが教えてくれるわ」

 妹はそう言って残ったカードをめくった。そこには、巨大な手とその手がにぎる巨大な棒がえがかれていた。カードのたんには「ACE of WANDS」と書かれていた。

「これはワンドのエース。正位置」

 妹は一呼吸置いた後、次のように発言した。

「つまり、その上司を棍棒こんぼうで殴れば解決よ」

「ただの暴力じゃねぇか!!」

 妹は急に情報番組の占いコーナーのような口調になった。

「そんな貴女あなたの〜、今日きょうのラッキーアイテムは〜、木製鈍器!」

「そんなラッキーアイテムがあってたまるか!!」

「鈍器には野球バットがオススメ! 無ければで代用してね♪」

「『してね♪』じゃねぇよ! お前、これ聞いた石井さんがバット持って出勤したらどうするんだよ!」

 そりゃ鈍器を持ってたら上司も大人おとなしくなるだろうが、そんなの人として駄目だろ。

「つーか、真っ先に暴力すすめんなよ! そんなの人生相談でもなんでもねぇだろ!」

「暴力だなんて、そんな人聞きの悪い言い方してはいけないわ。これはね、世界を正しい状態へとみちびく行為なの。悪魔は棒で殴って経験値とゴールドに変えるのが自然な流れなのよ」

なんでRPGみてぇな話になってんだよ!」

 妹はカメラへ手を伸ばして相談者に語りかけた。

「さぁハンドソープ石井さん、その男は人間ではないのだから遠慮なく殴ってしまいなさい。大丈夫よ、貴女あなたはタロットがお選びになったエクソシストなのだから! 悪魔をめっするのが貴女あなたの使命なのよ!」

「もう怖いよ。俺にはお前の方が悪魔に見えるよ」

「では、今回の結果をまとめましょう」

 妹は一度深呼吸をした後「セクハラ・パワハラ、ゆるすまじ」と言った。

 俺はカメラの方に顔を向けて「えーと、石井さんはちゃんとした窓口に相談するか、転職を検討してください」と伝えた。動画は、この言葉でエンディングをむかえた。


 つづく?


宮瀧みやたきトモきんのタロット豆知識!』

 どうもこんにちは。今回は本編が少し長かったのでこのコーナーは短めにします。テーマは「悪魔」と「ワンドのエース」の二つです。

 ず悪魔のカードは、欲望に負けるぜいじゃくな心を表しています。正位置では「よくに溺れる、甘え、依存」などを意味します。また、逆位置では「自立、克服」などを意味しますが、時に「悪縁を断ち切れない」などとネガティブに解釈することもあります。

 次にワンドのエースは、生命の持つエネルギーを表しています。正位置では「情熱、本能、野心」などを意味します。また、逆位置では「無気力、衰退」などを意味しますが、情熱が空回りしたと解釈すると「暴走、方向の間違った努力」などを示す場合もあります。

 では今回はここまで。さようなら、次回をお楽しみに。(次回の更新は未定です)

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占いの館 〜はちゃめちゃリーディング〜 宮瀧トモ菌 @Tomkin2525

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