第6話「勉強しろ」

 俺の妹は熱中しやすい性格だ。幼少期から好奇心旺盛おうせいで、とにかく趣味がコロコロと変わるやつだった。

 四ヶ月前は高校を卒業したこともあり、友人達と大型テーマパークに行ったり、両親と温泉旅館に行ったりしていたらしい。妹達は前もって行先や旅程りょていを話し合い綿密な計画を立てていたそうだが、あまり予定通りには進まなかったという。というのも妹が持ち前の好奇心を発揮してしまい、旅先の様々な場面で目移りして予定を狂わせてしまったからだ。地元での最後の思い出作りのはずが、かえって色んな人間関係に少し傷をつけて妹はこのアパートに引っ越してきた。俺の妹は立つ時に跡をにごすタイプの鳥である。

 そんな妹がタロット占いにハマってから約二ヶ月が過ぎた。これまでの趣味変遷へんせんの周期からして今回のブームはかなり長く持ちこたえている。だがそろそろ次の趣味を見つける頃だろう。妹の新しい趣味が俺を巻き込まなくて済むものであることを切に願っている。


 七月の中旬。仕事を終えて帰宅した俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、夕飯を作るまでのあいだ小休憩をとることにした。すると妹が自身の部屋から出てくるやいなや「お兄ちゃん、来月どうする?」とたずねてきた。

 なんの事だかさっぱり分からなかった俺は「なにが?」とき返した。

「だからぁ、再来週から夏休みでしょ? どっか遊び行こうよって話。あれ? 言ってなかったっけ」

「一切聞いてないけど」

「あれ? でも車出してくれるって言ってなかったっけ」

「言ってねぇよ。都合のいように記憶を改竄かいざんするな」

 俺はあきれつつもさとすように「大体なぁ、社会人に、夏休みなんて無いんだよ」と言った。妹は不審者に向けるような目で俺を見て「な、夏休みが、無い? ……じゃあ、お兄ちゃんはなんのために生きてるの?」とおちょくってくる。

「うーん、強く反論できないなぁ」

 そりゃ俺だって夏休みがもらえるなら欲しい。

「じゃあ有給とってよ」

なんで一日お前に振り回されるために有給とらなきゃならねぇんだよ」

「えぇ〜、いいじゃん。どっか連れてってよ〜」

 妹は上半身を左右に振りながらそう言った。これ以上ねばられると面倒だと思った俺は早々そうそうに話をらすことにした。

「つーかお前夏休みの前に期末試験あるだろ。全然勉強してないようだし、ヤバいんじゃないのか?」

 妹は俺の言葉に眉をひそめた。

「ハァ? 勉強なんて今更いまさらしないでしょ。私、大学生だよ?」

「学生を名乗るなら勉強しろよ」

「大丈夫大丈夫。受験の時だって大して勉強してないし、これまで通りなんとかなるって」

 妹はヘラヘラ笑った。事実、妹は受験期に勉強そっちのけで深夜ラジオにハマっていた人間だ。

「あのなぁ、高校と大学は全然違うから言ってんだよ。いたよ、俺が学生の時もお前みたいなヤツ。そんなヤツらはなぁ、全員落第らくだいしたぞ」

「全員!?」

 勿論もちろん全員というのはちょう表現である。

「お前も同じ道を辿だどりたいのか。嫌だろ? 清々すがすがしい気持ちで夏休みむかえたいよな?」

「それは――」

 俺は妹の言葉をさえぎって続けた。

「それでも勉強しないって言うなら別にいいよ、俺には関係ないし。でも忠告はしたからな。そうか、勉強しないか。あ〜あ、単位が足りなくて泣くお前の未来が目に見えるようだよ」

「そんなたたけるように嫌味言わないでよ!」

 どうやら今の口撃こうげきいたようだ。妹はしかめっつらで「分かったよ!」と叫んだ。

「おぉ分かってくれたか」

 俺は安心した。妹がテスト勉強に専念してくれるなら、この二週間は静かに暮らせそうだ。

「そこまで、言うならけてやろうじゃん!」

 妹は仮面ライダーが変身する時のようなポーズでこんのレザーケースを握っている。そして「私のタロットと、お兄ちゃんの未来、どっかが正しいか勝負だ!」と叫んだ。

なんでそうなるんだよ!」

 話をらすという当初の目的は達成したが、余計面倒なゾーンに突入していないか、コレ。

「つーか俺の未来視ってなんだよ」

 未来視とは未来を予知する超能力のことである。

「さっき自分で言ってたじゃん。私が泣く未来が見えるって」

「いやそんなちゅう病的な意味で言ってねぇよ!」

 妹は俺と向かい合うように腰掛け、テーブルにタロットカードを広げ始めた。

「じゃあ今日はカード三枚でしゃ択一たくいつをやろうかな。質問は『私はテスト勉強をすべきか、そうではでないか』でいこう」

「いや普通に勉強しろよ」

 妹はカードをシャッフル&カットし、カードの山から三枚引いて裏向きで置いた。カードは妹から見てVの字になるように並べられている。

「まずは現状のカードね」

 妹はそう言いながら中央のカードをめくった。そこには腕を組んで胡座あぐらをかき、木に寄りかかる青年がえがかれていた。青年は不満げな様子で目の前に並べられた三つのさかずきを見つめている。低く浮かぶ灰色の雲から四つ目のさかずきを持った手が伸びているが、青年はそのさかずきには興味を示さないようである。

「これはカップの4、逆位置」

 妹はカードを人差し指でトントンしながら説明した。

「このカードから読み取れるのは、悩み事とか考え事とか、そんな感じかなぁ」

 そして一呼吸置いたあと「つまり私は今、勉強するかしないか思い悩んでいる状態だと言えるわね」と解釈した。

「そのまんまじゃねぇか。占う前から分かってただろ、それは。いいから勉強しろよ」

 妹は俺を無視し、向かって右にあるカードを「次は勉強した場合の未来を占いましょう」と言いながらめくった。そこには、右手に剣を持ち、左手に天秤てんびんを持った男がえがかれていた。真っ赤な衣服を身にまとったその男は頭にかんむりせて、真っぐこちらを見つめたまま椅子いすに腰掛けている。カードのたんには「JUSTICE」と書かれていた。

「正義のカード、正位置。……これは、どう解釈したらいいかしら、えーと」

「『勉強することが正義だ』って言ってんだろ」

「へ?」

 妹は一瞬固まった。

「『勉強こそが正義だ』って言ってんだよ」

「ちょっと私より先に解釈しないでよ! なんかもう、そうとしか見えなくなってきちゃったじゃん!」

「お前の信頼するタロットは『勉強するのが正しい道だ』って言ってんだ。するかどうか悩んでねぇでさっさと勉強始めろよ」

「そんなはずないわ! 私が苦しむのが正義だなんてタロットは言わない! タロットは私の味方だもん!」

 妹は我儘わがままを言う子供のように俺の提案を退しりぞけた。妹は勉強しなかった場合の未来を示すカードに手を伸ばした。

「まあ、でも? 次にどんなカードが出ようと、勉強しなくていいと解釈してやればいいだけよ。簡単な話よ」

「あっ、お前きょうだぞ!」

「来い! 皇帝のカード! 私は勉強せずに権力者になる!」

 妹は気合いを入れて最後のカードをめくった。現れたのは、見知った大アルカナ、愚者のカードである。

「うぎゃあああああ!!」

 妹はだんまつの叫びを上げた。俺は嬉しくなって思わず「ほら! タロットは『勉強しろ馬鹿』って言ってるぞ!」と追撃した。

「いや、私はまだあきらめない!」

 妹はタロットの本をすごい勢いでめくりながらわる足掻あがきを始めた。妹が本に書かれている愚者の項目を読み上げる。

「えー、逆位置で出た愚者の意味は……前進しない、可能性がない」

「おう、単位のもらえる可能性なし! お前にピッタリだな」

「……他には、無鉄砲」

「当たってるよ! まさに無鉄砲! 今回限りは当たってる!」

「うるさいなぁ! やめてよ! 今頭の中整理してるから!」

 妹はしばらくウンウンうめいた後「では結果をまとめます!」と言って小さく息を吸った。

「私……勉強するわ」

 妹はどこか悟ったような表情だった。

「そうだな。それが普通なんだけどな」

 妹はそそくさとタロットを片付けて、小声で「なんかゴメンね。お騒がせしたね、ゴメンね」とブツブツ謝りながら自分の部屋へ帰っていった。

「これにりてタロット占いから遠ざかってくれるかな?」


 つづく


宮瀧みやたきトモきんのタロット豆知識!』

 どうもこんにちは。今回のテーマは「カップの4」と「正義」の二つです。

 ず、カップの4は、不満があるが動き出せないことを表しています。特に、客観的には恵まれているのに現状に物足りなさを感じてしまうことを示唆しさします。正位置では「現状を喜べない、ないものを求める、怠惰、閉じこもる」などを意味します。また、逆位置では「動き出す、心が開き始める、興味が湧く」などを意味します。基本的にはポジティブな意味になりますが、「動かざるを得なくなる、動くのが遅い」など少しネガティブに解釈することもあります。

 次に正義のカードは、公平で厳格な判断がくだることを表しています。正位置では「公正、正当な結果、正しい言動、均衡きんこう」などを意味します。また、逆位置では「判断をあやまる、どっちつかず、不公平」などを意味します。また反対に「受けた冷徹れいてつ制裁せいさいに納得できない」ことを示す場合もあります。

 正義のカードは人の感情に左右されず物事があるべき状態で進むことを示します。よって今回のスプレッドで出た正位置の正義は「勉強すればその努力に見合った成果が得られる」と読むのが理解しやすいリーディングの一つだと思います。まあ、占うまでもない普遍的なことを言ってますよね。しかし細かく解釈すると「棚牡丹ぼた的に成績は上がらない」ということや「努力が無駄になるような事態にはならない」というニュアンスをふくんでいることが分かります。

 では今回はここまで。さようなら、次回をお楽しみに。

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