第5話「頭上注意」

 俺の妹は熱中しやすい性格だ。幼少期から好奇心旺盛おうせいで、とにかく趣味がコロコロと変わるやつだった。

 三ヶ月前は引っ越しの荷造りの延長でだんしゃをしていたらしい。その際妹は「思い出のしな容赦ようしゃなく捨てる。私は過去を振り返らない女だ」と意気込んだ。しかし実際には、道具箱の中から出てきた過去のコレクションを「うわ〜懐かし〜!」と言いながら床に並べていたそうだ。特に大量にしゅつしたのは、未就学児の時に集めていたすべすべの石や、小学生の時に集めていた香り付きボールペンと香り付き消しゴムである。更に友達と共有していた交換日記が三冊も発掘されたことで、断捨離の手は完全に止まってしまった。妹は日記をペラペラめくって、「うっわ、この頃から私めっちゃちょけてるわ」だとか「ていうかぜん日記私が止めてるじゃん!」だとか言いながら読みふけった。そして気づけば一日が終わっていたのだ。

 そんな妹が現在ハマっているのはタロット占いだが、もうそろそろ占いにも飽きてくる頃ではなかろうかと俺は踏んでいる。


 ある日の昼下がり。俺はダイニングの椅子いすに座り、海外出張中の彼女とテレビ電話をしていた。時差の関係で話す機会を失うことが多く、実際、前回の電話から一ヶ月以上いてしまっている。俺達は今、一通り近況を報告し合ったところだ。

「そうか、じゃあそっちはまだまだ忙しそうだな」

『うん。でもわたしなんてまだ気楽なほうだよ、責任を負うような立場じゃないから。それに私、今回の出張を半分旅行だと思ってるしね』

「楽しそうだな」

 俺は少し笑った。

『楽しいよ。海外での生活は夢の一つだったし。文化の違いに、毎日驚いてる』

 彼女は出張先でカルチャーショックを受けた出来事を嬉々ききとしていくつか教えてくれた。しかし街を散策した話の途中で、彼女は『でも、この前行った日本人街は失敗だったなぁ』と言って表情を少し曇らせた。

 アパートの屋根に、雨粒が当たった。その音は勢いを増し、すぐさま本降りに変わった。彼女が言葉を続ける。

なんだか、日本に帰りたくなっちゃった』

 俺はリサがよわを吐くなんて珍しいなと思いながら「そっか。慣れない土地に一人ひとりは心細いよな。分かるよ」と言った。

『うん。それにね、どうせなら二人ふたりで観光したかったなぁとか思っちゃって……』

「リサ……。俺も――」

 その時、玄関の方から叫び声が飛んできた。

「ただいまぁああ!! も〜最悪ぅうう!!」

 この声をスマホのマイクが中途半端に拾ってしまったらしく、彼女は不思議そうに『え、今なんか言った?』とたずねた。

「いや、妹が帰ってきたみたいだ」

 妹は「ホントいい加減にしてよ! 雨ってなんなの!? なんでアパートが見えてきた瞬間に降ってくんの!?」と文句を言いながら廊下を進み、勢い良く居間の扉を開けた。ずぶ濡れで帰ってきたのかと思いきや、見たところ髪に水滴が少し付いている程度だ。俺は特になだめる訳でもなく「随分ずいぶんおこってるな」と率直な感想を口にした。

「ああそうさわたしおこってる。五番手くらいのいっちょうがちょっと濡れちまったからね!」

「五番手はもういっちょうじゃねぇけどな」

 妹は持っていたタオルで髪を丁寧に拭きながら「あとちょっとでノーダメ帰宅できたのに、ったく」とブツブツ言っていた。すると俺達のやり取りを聞いていた彼女がくすくす笑い始めた。俺は再びスマホに顔を向けた。

「あまり笑わないでくれ。ウケると調子乗るからコイツ」

『ふふふふ、でもおかしくって』

「? お兄ちゃん誰としゃべってんの?」

 状況をつかめない妹は使い終わったタオルを肩にかけて、スマホをのぞきにやってきた。彼女と妹が画面越しに対面する。彼女はニコニコしながら『こんにちわ〜』と挨拶あいさつした。

「あ、こんにちわー。……ん? あれ、この人ってまさか、お兄ちゃんの彼女さん!?」

 妹は驚いた様子で俺の顔を見た。

「そうだけど」

「えぇっ実在したの!? わたしてっきりくるまぎれの嘘だと思ってた!」

「どういう意味だ、それ」

 妹は一礼しながら「ぃやー、いつも兄がすいません。わたし兄の妹やらせてもらってます、妹のあさです」と挨拶あいさつした。これを受けて彼女もしゃくする。

『あっ、これはご丁寧にどうも』

「いや、丁寧ではなかっただろ。二度手間でまなこと言ってただろ」

 彼女は『じゃあ、わたしあきら君の彼女をさせていただいてます、リサです。よろしくね』と自己紹介した。

「うぉ、ノってくれた! あきら君の彼女さんめっちゃい人じゃん!」

あきら君って呼ぶな」

 彼女はまたくすくす笑った。妹が展開の読める質問する。

「あのー、リサさんは占いとか好きですか?」

 俺は「おまっ、リサを巻き込むな」と制止をこころみたが、妹と彼女の会話は進んでいった。

『結構好きだよ』

「私、タロット占いできるんですけどぉ――」

「できてねぇよ」

 妹は「なにか占ってみますか?」と俺の横槍を無視して続けた。

『へ〜、楽しそうだね』

「じゃあ悩み事とか言ってください、なんでも解決するんで」

「よくつよに出られるな。ばくおうか、お前は」

 妹は自分の席に移動して、こんのレザーケースをダイニングテーブルに置いた。彼女は少し考えた後、『じゃあさっき話してた海外でさびしくなった時の対処法を教えてもらいたいかな』と答えた。

「そんなちゃんとした相談コイツにしちゃダメだよ。適当な事しか言わないんだから」

『いいのいいの。それよりあきら君、タロットが見えるようにセッティングしてくれる?』

「……まぁリサがいいなら、いいけど」

 妹は黙々とカードをシャッフル&カットしていた。俺はスマホを手に持ち、その様子を彼女に見せる。妹はカードの山から二枚引いてテーブルに裏向きで並べた。

「じゃあ今回は現状と対策のツーオラクルでやっていきますね。まずは、現状から」

 妹はそう言いながら向かって右側のカードをめくった。そこには、快晴の空を飛ぶ八本の大きな棒がえがかれていた。それらの棒は何故なぜか全て平行に整列した状態で空を横切っている。奥には穏やかな丘とそこを流れる川が広がっていた。

「これはワンドの8、逆位置です」

 妹は丁寧口調でそう説明した。どうやら今日きょうはいつもの占い師キャラを完全に忘れているようだ。なんとも雑な役作りである。しかしあのテンションの妹を彼女に見られるのは恥ずかしいのでえて指摘しないでおこう。

『これで私の現状が分かるの?』

 彼女が質問した。

「はい。このカードの場合、複数の丸太がリサさん目掛めがけて飛んできている、という状況ですね」

「どんな状況だよ、それ」

 妹がまた恐ろしいことを言い始めた。

「恐らく自然の怒り、主に丸太の怒りを買っている状態だと思います」

「丸太の怒りってなに?」

「質問なんですけど、リサさんは森をぎ倒したり、山を焼き払ったりした経験はありますか?」

「あるかァ! お前、なにひとの彼女をデストロイヤーあつかいしてんだ!」

 激しくツッコむ俺とは対照的に彼女は『うーん、記憶してる限りそんな経験は無いかなー』と冷静に言った。

「そうですか。でも丸太が襲ってくる可能性があるので、今後木材の集積所には近づかないでくださいね」

『はーい』

「行く機会ねぇだろ、そんなとこ」

 妹は「次は対策を見ていきまーす」と言って残っていたカードをめくった。そこには、巨大な手とその手が持つ巨大な金貨がえがかれていた。その手は空に浮かぶ雲から生えており、金貨には星型の模様が刻まれている。地面にはバラの生垣とアーチが、道と垂直に続いていた。カードのたんには「ACE of PENTACLES」と書かれていた。

「ペンタクルのエース、正位置です。このカードはですね、空から大きな金属のかたまりってくるので、それをけるために――」

「おいっ」

 妹はにらむように俺を見て「なに? お兄ちゃん。今私しゃべってるんだけど」と文句を垂れた。俺は「コレ対策のカードなんだろ? 対策なんだろ!?」と指摘した。

「……あっホントだ。なに言ってんだ私」

「ホントだよ、お前ずっとなに言ってんだよ」

 彼女はくすくす笑っている。妹は俺の忠告を素直に聞き入れてリーディングをやり直した。

「えーと、じゃあ、かねですね。かねが全てを解決します」

「夢のぇ話だなぁ!」

 彼女は声を出して笑った。

「リサさんの心の穴をですね、大金たいきんめてくれます。ビッグマネー」

「ビッグマネーじゃねぇよ。かねで心の穴は埋まらないってなんかのドラマで言ってたぞ!」

「それはテレビにだまされてるよー。お金は万能薬だからね。まんびょうく。がんにも効く」

『あははは、じゃあ今度派手はで散財さんざいしてみようかな?』

「えぇ、リサそれじょうだんだよな?」

『カジノ行ってこようかなー』

「うわぁあ! これでリサが一文いちもんになったらお前の所為せいだからな、あさぃ!」

 妹は俺の言葉に一切反応せず「じゃあ今回の結果をまとめます!」と進行した。

「おい、聞けよ人の話」

 妹は大きく息を吸った後「お金で解決できないことを、私は知らない」と言った。

『妹ちゃん、面白い子ね』

 彼女はニコニコしている。

「まあ、そう言ってくれるなら良かったよ」

 こうして、彼女と妹の顔合わせは無事に終わった。


 つづく


宮瀧みやたきトモきんのタロット豆知識!』

 どうもこんにちは。今回のテーマは「ペンタクルのエース」と「ワンドの8」の二つです。

 ず、ペンタクルとは金貨の事です。タロットにおいてペンタクルは実益じつえきのある物を象徴しょうちょうしています。ペンタクルのエースは、地に足の着いたスタートを表しています。エースカードは物事の始まりを表すことが多く、ペンタクルの場合はその新事業が軌道に乗ることを保証します。よって、正位置では「具体的な成果、経済的安定、現実的な思考」などを意味します。また、逆位置では「不安定、失敗、現実を見ない」などを意味します。正位置の悪い面が出た場合は「金にとらわれる、強欲」などを意味します。

 次に、ワンドの8は、思わぬ急展開を表しています。正位置では「好転、変化、チャンス到来」などを意味します。このカードはライフイベントなどの大きな変化ではなく身近な物事の好転を示している傾向が強いです。急にラッキーなことが単発的に訪れるとイメージしましょう。また、逆位置では「停滞、暗転、変化に取り残される」などを意味します。

 よって今回のツーオラクルで出た逆位置のワンドの8は「現状として、海外出張による大きな環境の変化に心がついていけていない」と読むのが理解しやすいリーディングの一つだと思います。

 では今回はここまで。さようなら、次回をお楽しみに。

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