第4話「世界を股にかける馬鹿」

 俺の妹は熱中しやすい性格だ。幼少期から好奇心旺盛おうせいで、とにかく趣味がコロコロと変わるやつだった。

 先々月は大学のサークルを色々と見学して回っていたらしい。そこで軽音楽や吹奏楽を見て感動したのだそうだ。そしてなにか楽器をやりたいと言い出し、何故なぜかタンバリンを練習し始めた。妹は時間さえあれば演奏動画を見ながらずっとタンタン・シャンシャンやっていた。俺が帰宅すると妹はタンバリンをたたきながらむかえていたが、もうほとんどアフリカ先住民の歓迎かんげいの仕方だった。それが二週間ほど続いたが、結局どのサークルにも入らなかったらしい。次第に練習もしなくなって、タンバリンは部屋の飾りに成り下がってしまった。

 だからもうしばらほおっおけば、タロット占いも自然ときてくれるだろうと俺は考えている。


 今日きょうは休日。しかし俺も妹も家で過ごすことをいられている。俺はカーテンを開いて屋外の様子をながめた。バケツをひっくり返したような雨だ。俺はため息をひといて、リビングのカーテンを閉じた。

「こう雨ばかり降ると、なにをする気もせるなぁ」

 スウェット姿の妹は「うっわ。お兄ちゃん、発言までジメジメしてきてるよ」と言った後「ジョギングでもしてきたら? 気分がスカッとするかもよ」と提案した。

「しねぇよ。ずぶれになるわ」

 俺は妹と向かい合うようにダイニングの椅子いすに腰掛けた。

「私が炒飯チャーハン作っといてあげるよ、あのビショビショのやつ」

「なんで全身ビショビショになってビショビショの炒飯チャーハン食わなきゃならねぇんだよ」

 最近、ずっと雨が続いている。ベランダが使えないため、洗濯物はハンガーラックに掛けて部屋干しするほかない。このままではリビングはいずれなまがわきの洗濯物であふれかえってしまうだろう。

「はぁ、次はいつ晴れるんだ。もう干す場所が無くなるぞ」

「確かにねぇ、じゃあ私が占ってあげるよ」

 妹はそう言って立ち上がり、自身の部屋へと消えた。すぐ戻ってくるかと思われたが、妹はしばらっても姿を現さなかった。物音だけがリビングに隣接する妹の部屋から聞こえてくる。

 そして、妹は部屋の扉から顔だけを出し「お兄ちゃん、私のパーカーは?」とたずねた。

かわいてないよ」

 俺はリビングの洗濯物を指差す。黒いパーカーは他の衣類にはさまれてハンガーラックにるされていた。

「……じゃ、いっか」

 妹はスウェット姿のままでレザーケースを持って戻ってきた。元々大したコスプレではないのだからそんなにこだわりもないのだろう。

「それじゃあ始めるわね。迷えるたみを救うために、今後の天災てんさいについて占っていきます」

卑弥呼ひみこか、お前は」

 妹はカードをシャッフル&カットし、カードの山から二枚引いてテーブルに裏向きで置いた。

「ツーオラクルには色んな占い方があるのだけど、今回は現状と対策でやってみるわ。こっちが現状のカードよ」

 妹はそう言いながら向かって右側のカードをめくった。そこには、派手ながらの服を着た旅人がえがかれていた。その男は片手に白い花を持ち、がけの上を歩いている。今にも転落しそうだが、空を見上げながら歩く男ががけに気づくことはなさそうだ。カードのたんには「THE FOOL」と書かれていた。

しゃのカード、正位置ね。あら? おかしいわ。天気を占ったはずなのに貴方あなたの事が出ちゃったみたい」

「誰がおろものだ」

 妹はカードに手をかざしてまぶたを閉じた。

「タロットの神はこう言ってるわ。空ばかり気にしていると足をすくわれるぞおろものってね」

「足をすくわれるって、具体的になにが起きるんだ」

「そんなこと知らないわ。少しは自分で考えなさい」

 いつものようにちゃちゃな予言をしてくるのかと思ったら、母親みたいな台詞せりふで冷たくあしらわれてしまった。妹は占いを続けた。

「そしてこっちが対策のカード。がけっぷちに立たされたおろかな貴方あなたの今すべき事が示されているわ」

 妹が残っていたカードをめくる。そこには、ばくに立つ一人の男性がえがかれていた。男は黄色い長袖の服に黄色いマントという出で立ちで、自身の背丈ほどある長い棒を両手で持っている。そしてその棒を品定めでもするかのように見つめていた。

「ワンドのペイジ、正位置、か……。ちょっとかいしゃくが難しいわね」

 ワンドとペイジ、どちらも聞いた事のない単語である。妹は腕を組んでカードをぎょうした。

「私がおろかな貴方あなたに助言するとするなら……道に落ちてる『いい感じの棒』がなにか役に立つかも知れないってことかしら」

「いやこれ、帰り道ににぎりやすい棒ひろったシーンじゃないだろ。馬鹿な小学生か。あんな物なんの役にも立たねぇよ」

「それならアレよ。おろかな貴方あなたが――」

「おい待て、一々いちいちおろかな』って付けなきゃしゃべられないのかお前は。枕詞まくらことばみたいになってるだろうが」

 妹は目をらして失笑した後、仕切り直した。

「じゃああの、干すのに丁度いい棒が見つかるとか、そんなんじゃないかしら」

「つまりりゅうぼくでオシャレな物干し竿ざお作っちゃう、的なことだろ? それが今すべきことのトップにおどり出ることあるか?」

「やっぱりこじつけ感がいなめないわよね。うーん、棒がどうも雨や洗濯と上手うまく結びつかないみたい。棒以外でこのカードの要素と言ったら……すな?」

 妹は指をパチンと鳴らした。

「なるほど。サハラばくへ行ってかわかしてこいってことね!」

「洗濯物干すためだけにアフリカまで飛ぶ馬鹿いねぇよ!」

 現代のマリー・アントワネットは梅雨つゆが嫌ならばくに行けばいいじゃないと発言した。

「自信を持ちなさい。貴方あなたこそがその馬鹿一号よ!」

「嫌だよ俺、税関になんて説明すればいいんだよ。仕事ですか旅行ですかって聞かれて『いや洗濯物です』って、訳分かんないだろ!」

 妹は面倒臭そうにきょう案を出した。

「じゃあ鳥取でいいわよ、鳥取きゅうに行きなさい」

「洗濯物を干しに鳥取に行くのも意味分かんねぇよ! 結局遠いし。つーか、鳥取も雨降ってるだろ!」

「はいはい、じゃあ今回の結果をまとめましょうね」

 妹は大きく息を吸った後「おろものよ落ち着きなさい、この世にまない雨など無いわ」と言った。

「その台詞せりふ、本当の雨に対して使うヤツ初めて見たわ」

 窓の外は一層いっそう勢いを増しているようだ。六月の雨はまだまだ終わらない。


 つづく


宮瀧みやたきトモきんのタロット豆知識!』

 どうもこんにちは。今回のテーマは「ワンドのペイジ」と「愚者」の二つです。

 ず、ワンドとは棒やつえの事です。タロットにおいてワンドは情熱や生命のエネルギーを象徴しょうちょうしています。またペイジはコートカード(人物カード)の一つで、未熟であるものののちに大成する可能性を秘めた若者を象徴しょうちょうします。コートカードは問題に関わってくる人物を表すこともあります。ペイジの場合は子供や若者などが対象です。

 ワンドのペイジは、強い意志で挑戦することを表しています。正位置では「信念や自信をもつ、挑戦する、誠実」などを意味します。しかし不安定さもかさね持っており、時には真面目さゆえの葛藤かっとうに苦しむかも知れません。また、逆位置では「消極的、不誠実、衝動的」などを意味します。加えて、目標を見失い思い悩む可能性があります。周りからの評価も得られず成功を収めるのは厳しいでしょう。

 次に愚者のカードは、自由と冒険を求める無邪気な精神を表しています。愚者という名前のカードですが、正位置では「始まり、可能性、自由、個性的」などを意味します。つまり前に進もうとする勇気や情熱をポジティブにとらえるのです。ただ未熟であることも示すので、その勇気が裏目に出る可能性も否定できません。理想ばかり追って現実から目をそむけてしまうと、がいへ転落するような未来が待っているでしょう。また、逆位置では「勇気がない、前進しない、可能性がない、不自由」などを意味します。加えて「無鉄砲、奇抜、不安定」などを意味することもあります。これらは正位置の性質をネガティブにとらえた場合の解釈です。

 今回あつかった二枚のカードはどちらも「行動力があるが未熟な面も持っている」という共通点があります。逆位置の場合でもワンドのペイジの「消極的」と愚者の「勇気がない」は似ています。このように、タロットにはニュアンスの異なる似た意味のカードが沢山たくさんあります。私個人としては、似たカードはいくつかはぶいても良いのではないかと思っています。やはり78枚のカードを理解するのは初心者にとって大きな壁でもありますから。カードが多くて困った時は、大アルカナだけを使って占っても良いとされています。大アルカナだけなら22枚です。22枚なら少しがんれば覚えられそうですよね。そこに学習した小アルカナのカードを少しずつ足していけば、ハードルを随分ずいぶん下げることができます。バンザーイ、これでせつせずにみますね! コツコツ努力すれば、誰でもフルデッキでタロット占いができるようになります! まあ、タロット占いってそこまでがんってやる物でもないんですけど……。

 では今回はここまで。さようなら、次回をお楽しみに。

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