12. イノシシ

 朝日が昇り、集落に戻ってきた。


「あの干物を干す仕事、誰か手伝ってくれませんか。1回1時間かからないくらいで5000ルアです」

「あ、はい、やりますやります。いいよね?」

「はい」

「お姉ちゃんがやるなら、やる!」


 えっと前回やったのでやり方は覚えている。


 このクエストはレベル1つ分くらいの経験値が貰えるので、けっこう美味しいのだ。

 でも周りの反応の様子からすると、そんな面倒なバイトはしたくないと顔に書いてあるようで、ちょっと笑ってしまう。


 とにかくアルバイトを開始だ。

 箱に入った魚を取り出して干物棚に並べていく。


 頭と尻尾の向きは揃えて、なるべく隙間がないように、しかし重ならないように。


 アルバイトを終えて経験値と干物1枚、それから5000ルアをゲットした。


「さて、astecさんとべんべんさんいるかな、あ、いたいた」


 ちなみにastecさんは猫獣人、ウェアキャットのおじさん。

 べんべんさんはジャイアントの農家の青年みたいな風貌の人だ。


「先にastecさんたちの魚を処理しちゃいましょう」

「助かるよ」

「ありがとう」


 私は料理道具を出して、木の板の上で魚をさばいていく。

 みんなそれを眺めている。


 あれ、みんな私に調理させる気なのかな。


「あ、私もやる」


 妹だ。魚の下処理を手伝ってくれた。

 ゲームなので鱗の処理とか細かいことまでしなくていい。

 内臓とかも一応あるけど結構適当だったりする。


「わんわんっ」


 お、イヌが1匹やってきた。

 この島には灰色のハスキー犬でオスのメビウスと、茶トラのメス猫のミミックがいる。

 誰のうちの子なのかは知らない。

 島の家のあちこちを行ったり来たりしているので、よく分からない。


 魚の処理を妹に任せて、私は油を入れた鍋でフライにしていく。


 じゅわぁあ。


 この瞬間はとても美味しそうだ。

 みんな固唾を呑んで見守っている。


 パンは雑貨屋のマックスさんがすでに開店しているので、そこで購入する。


「マックスさんパンください」

「はいよ」


 小麦と水を自分で練って焼くみたいなのは現状ではちょっと無理そうだ。

 ただこのゲームのNPC商店、在庫数があるのだ。

 無限に出てくるわけではなく、きちんと実数が存在していて、それが在庫になっているので、たくさん買いすぎるとなくなってしまうらしい。


 たまに昔のゲームとかでNPCから無限に買い入れて、転売したり料理や錬金術とかの生産で大量に作成するという人もいたんだけど、このゲームではそういう無茶は無理っぽいのだ。

 もちろん島じゃなくて街の立派な商店で大量購入することは可能かもしれない。



「お、今日も魚フライサンドかい?」

「はいっ」


 ビートルさんだ。

 最初に見た人の一人で、この人は普通のヒューマンだ。

 見た目は女の子だけど中身はおじさんらしい。


 ちなみにみんな布の服の上に皮鎧の胸当てみたいなものを装備している。

 これが初期装備だ。


 島の防具屋さんでは初心者ローブ、初心者マント、初心者金属鎧なんかも売っているけど結構高いし、まだスライムしかいないので、誰も着替えていない。


 料理がだいたい完成した。

 後ろでは妹がまだちょっと作業しているけど、販売を開始する。


「魚フライサンド、販売始まるぞ」

「おおぉ、助かる」

「効率が違うからな、うんうん」

「ずっと使っていたいがそうもいかんのよな」


 みんな集中して狩るときに使っているらしい。

 例えば15分1個で3時間だと12個も必要になる。

 そんなに配布はできない。


 というかみんな自分で作ればいいのでは?

 なんで私たちばっかり作ってるんだろう。

 あ、専売特許というか勝手に作っちゃダメだと思ってるのかな。


「あの、みなさん自分で作ってもいいんですよ?」

「そうか、そうだな……」

「しかし料理なんてできないしなぁ」

「おじさんに料理スキルを求められても困る。狩り専門さぁ」


 そんなもんか、ふむ。


「ささ販売だ。並んだ並んだ」


 この前もいたおじさんが声掛けをして並べてくれる。


「ありがとうございます」

「助かります。これがないと、不便で」

「販売、ありがたいです」


 みんな声を掛けてくれる。

 まあ、なんだか役に立ってるっていいよね。




 一通り販売が済んだら私たちもスライム狩りにいきますか。

 狩りするのが一番儲かるし、レベルも上がりやすいのは事実だろう。


「さて狩りに行きますか」

「おいすう」

「はいはーい」


「大変。大変。なんでも山のほうでイノシシが出たらしい」


 来訪者のお兄さんがひとり走って戻ってきた。


「イノシシ?」


 イノシシくらいならあんま強くないようなイメージだけど。


「なんでも、素早いし攻撃力がスライムなんて目じゃないほど高いし、HPも多いらしい」

「それで?」

「ボス、という可能性が。それでドロップがいいかもしれない」

「あぁボスドロップねぇ」

「そうそう、それで死にかかって、みんなでわるわる相手してるんだが、人が足りねぇ。なんせチャンネルに分かれてるから」

「あぁこのチャンネル人あんまりいませんもんね」

「そういうこった。数人でもいいんで来てくれ」


「よし、行こう!」

「おぉお!」

「いぇい!」


 私たちも駆けつけていく。


「うおぃやぁ」

「とりゃああ」

「ぶはぁ」


「ぐぅぐぅ」


 これはイノシシの声なのかな。

 さらに近づくと戦闘しているのが見えてきた。


 剣、いやナイフなのか、攻撃力が高いイノシシ相手にナイフは辛そうだ。


「みんな、石、石拾って!」


 私は柄ではないが大きい声を出して、みんなに知らせる。


「投石だよ投石。ナイフなんてやられちゃうよ」


「あぁ投石な、そうか!」

「分かった」


 みんながその辺の石を拾い始める。

 その間に私が一投する。


 石はびゅーんと飛んでイノシシの頭に命中、ダメージ67+50。


「ぶぅぶぅ」


 痛そうにイノシシが鳴いて頭を振る。

 よし、スライムとダメージは同じだけど、攻撃は通ってる。

 防御力が高くて効かないんだったら、詰むかもしれないところだった。


「よし、石は効くぞ。というかナイフよりダメ高いな、おい」


「おりゃぁ」

「とーう」

「ていやぁ」


 みんなが次々投石を開始する。


「ぶひ、ぶひぶひぶひぃ」


 集中砲火を食らうイノシシは誰を攻撃したらいいか判断がつかないようで、苦しそうに動き回る。

 石ころはその間も命中して、HPをじわじわ削っていく。


「よし、いけるぞ。みんな、やれ」


 投石続投だ。どんどん石を投げていく。

 私はかなりの数をストックしているので、どんどん出しては投げる。

 私の攻撃はバフで+50だ。他の人はすでに魚フライサンドが切れているのか、素のダメージだけになっている。

 他の人も私よりペースが遅いものの、拾いつつ投げていた。

 dps時間当たりのダメージ差が4倍以上あるけれど、こればかりはしかたがない。


 周りにいる人はさらに増えて、集中砲火を食らったイノシシ君。


「ぶぅぶうううう」


 ひときわ大きく鳴いて、ついにイノシシは倒れた。

 イノシシが半透明になって消えていく。


 ドロップは地面に落ちず、個々人のところに分配されたようだ。

 私のアイテムボックスには豚肉が10個、鉄剣が1本、ドラスティア旧金貨が1枚、直接ドロップした。


「経験値は入ってる。敵にレイド指定みたいのがあってパーティーじゃなくても経験値が分配されるのかもしれないな」

「ドロップは個人ごとか。豚肉10個にドラスティア旧金貨が1枚だったが」

「俺も」

「俺も同じ」

「右に同じ」

「おぉ、これが噂の金貨、一枚だけどやったじゃん」


「あの、私のアイテムボックスのところに鉄剣がドロップしたんだけど」

「総ダメが一番高かったんじゃないか? アイテムボックスから石を投げまくってたろ」

「そういえば、そうですね」


 私が一番ダメージを与えたから、ボーナスドロップの優先権があるのかな。


 アイテムボックスから出して実体化し、装備してみる。

 青白い刀身の鉄剣は、なんだか少し神秘的だ。


 ▼ベルムンクソード+10


 んむ。+10とか初めて見たからよく分からない。

 とりあえず現時点では強そうだ。


「おぉかっこいいじゃん、よかったな」

「いいなぁ、俺も武器欲しいわ」

「また出るかな、イノシシちゃん」

「俺は勘弁してほしいわ。ポーションすっからかんだぜ、とほほ」

「魚フライサンド取っておけばなぁ。俺が総ダメ1位だったかもしれんのに」

「いや、俺だね、これでもちゃんと剣装備してんだぜ。あれ、俺だけなの? 剣持ち?」

「ああ、そうみたいだな、みんなナイフか。実はヤバかったんじゃね」

「投石の戦術はよかった。多人数で接近するのは難しいからな」

「あぁ、さずが嬢ちゃんだぜ」


 なんだか褒められたり、うらやましがられたり、ちょっと恥ずかしい。


 とにかくイノシシの討伐戦はこうして幕を閉じた。


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