どうしても謝りたかった人

——あれは俺が昔、子ども向けサッカー教室のコーチをしていたときだった。1人ぽっちゃりしてるやつがいてさ、名前を源田って言ったな。めちゃめちゃサッカーが好きだったんだろうな、いつも楽しそうにやってたよ。だけどさ、動きも鈍いし、よく転んでた。それでも楽しそうにやってたよ。そいつがさ、ある時俺に言ってきたんだよ。僕W杯で優勝したい、って。そんな奴に俺なんて言ったと思う? 「お前にサッカーは無理だ、出来てゴールキーパーくらいだろ」って。その時の源田の顔、忘れねーよ、はっと目を丸くしてさ、初めて悲しそうな顔してたよ。

 それからあいつはクラブに来なくなった。俺のせいかどうかは分からねえ、でもあれ以来、源田を見ることはなかった。

 俺ずっと後悔してたんだ、なんであんなこと言っちまったんだろう、って。あいつにとってサッカーは生き甲斐だったんだ、楽しくやってただけだったのに。俺はあいつのサッカー人生を潰してしまったのかと思うと、胸が張り裂けそうになった。もしあの頃に戻れるなら絶対あんなことは言わない、いや戻れなくてもいい、一言謝りたいんだ、ごめんな、って。それで何か変わる事はねえかもしれないけど——


 言い切ってから、杉浦の閉じたまぶたから涙がこぼれ落ちた。歯を食いしばり、手が震えていた。

 男は杉浦の言葉が聞こえているのかいないのかわからない様子で、病室のテレビをつけた。それから見たいチャンネルを探し始めた。

「そうだよな、あんたには興味の無い話だよな、どうせ俺はもうすぐ死ぬんだから」

 男がいくつかリモコンを押し、最後に選んだチャンネルではサッカーがやっていた。解説の興奮した声が杉浦の元へ届いてきた。


——ついにこの瞬間がやってきました。日本サッカー界が長年待ち望んでいた瞬間、ワールドカップの決勝戦! あと一つ、あと一つPKを止めれば日本、悲願の優勝です——


 めっきりテレビなど見ることのなくなった杉浦でさえ、その意味はよくわかった。まさかそこまで日本が進んでいたなんて。カメラがふとゴールキーパーのアップを映し出した。


——この歴史的瞬間を託されたゴールキーパーは……

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