今宵、何処かの病室で
木沢 真流
招かれざる訪問者
ふと杉浦が視線を上げると、病室の窓際に1人の男が座っていた。風に揺れるカーテンが時折男の顔を撫でる。それを見て杉浦が一つため息をついた。
「おい、面会は出来ないはずだが」
杉浦の声にも全く動じず、男は杉浦をじっと見つめていた。男の目尻は鋭く、黒のスーツを着込んでいた。詳しい表情までは横たわる杉浦からはよく見えなかったが、まるで写真のように男はじっと固まっていた。男は胸からタバコを取り出すと、一本くわえた。ライターでかちゃっと火をつけると、窓から煙を吐き出した。
「おいおい、怒られるぞ。『この病院は敷地内禁煙です』って俺だって怒鳴られたんだから」
入院したての頃はな、と杉浦は付け足した。
男は杉浦の声が届いているのかさえわからない様子で、ひたすら自分の行動をし続けた。
「参ったなおい。聞く耳もたず、か」
男はもう一つ、ぷはー、と気持ちよさそうに煙を吐いた。それを見た杉浦は少しうらやましくさえあった。元気だった頃は自分もあーしていたものだ。杉浦は一つ咳払いをした。
「ところであんた——誰だ?」
余命半年以内、家族なし。付き合いも特にしてこなかった杉浦を訪れる人など思いつかなかった。当然目の前の風貌の男にも見覚えはない。ぼんやりと男を見ていると、杉浦は何となくその意味がわかり始めた。
「そうか、俺もついに見えるようになっちまったか」
男はタバコを窓からぽい、と捨てると立ち上がり、杉浦に近づいてきた。そして上から見下ろす。
目が鋭く、色白の顔。その色はまるで生気がない。ホームベースのような平たい顔が杉浦の前に浮かんだ。そしてゆっくり口が開いた。
「まあそんなところだ。私のことを幻覚と人間は言うようだが、中には本物も混じっている。あんたみたいにな」
杉浦は目を閉じると、鼻で笑った。
「そうかい、じゃあ早く連れてってくれ。あんた側の世界ってやつにな」
男もふっ、と鼻で笑い返した。
「なんで私が。それくらい自分でやりな」
予想外の返答に杉浦は口をへの字に曲げた。じゃあなんでこいつはここにいる? その質問をする前に、杉浦はどうしても聞きたい事があった。
「おい、あんたどうせ死神かなんかなんだろ? 一個だけ頼みたい事があるんだ。いいだろ? 一生のお願いってやつだ」
男は馬鹿にするような表情を浮かべ、肩をすくめた。
「だーかーらー、そういうのはやってねーっての」
「頼む、たいした事じゃない。一つだけ謝りたい人がいるんだ、な? いいだろ?」
男が聞いていてもいなくても構わない。どうせ残された命は後わずか、杉浦は遠い過去の思い出をゆっくりと思い返していた。
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