②
「失礼します」
私は、職員室に入った。担任の先生との面談。流石に少し、手に汗をかく。でも、この先生なら大丈夫だとも思っていた。
「はい、どうぞ」
指示に従って先生の隣に座った。先生の机には私の前回の模試の結果が載っていた。
その先生は、
言葉遣いからかなり優しく、一音一音が丁寧だ。
しかも東大を首席で合格したとか言う逸話がある。
「
「は、はい」
どうなのだろうか。多分この前の模試の結果を言われるだろうし、あぁ、あいつに教えてもらってもまだまだ私馬鹿かな……。
「頑張りましたね」
その一言に救われた気がした。
「少しですが、数学、物理、化学が伸びてます。この調子で頑張りましょう」
「はい」
よ、良かった〜。でも英語はまだなのか……。あいつすごいな〜。全教科満点、一位。身に染みてわかるよ。すごいな〜。すごいな〜。
「英語に関してはすぐには伸びないと思いますので、根気強く頑張りましょう。それとですが、どうですか、
「あっ、上手くいってます」
「そうですか、なら良かったです。で、一応志望校なのですが、これで良いですか?」
「……」
馬鹿馬鹿しいかもしれない、笑い物かもしれない、高望みかもしれない、おふざけに見えるかもしれない。それでも、それでも。
「間違ってません。私は、私は」
「……」
「東大に行きます!」
職員室中に響いた。
チラッと他の先生も見てきたのがわかった。
耳が熱くなった。涙が滲んできた。馬鹿なんだ私は。無理なんだ私には。
でもなんというか、彼の、
「そうですか」
でも判定の紙を、髪を、くしゃくしゃにしたくなった。
「良いですね。頑張りましょう」
「……、えっ?」
先生を見た。先生は、悪感情を何も持ち合わせていないようだった。ただそのまま、『頑張りましょう』と言っていた。
「ただ今のままじゃダメですね」
「あっ」
やっぱり私じゃ。
「東大の二次試験は現代文も古典もありますので、今度からは筆記の模試でも国語を受けてみますか?」
「……、えっ?」
「あっ、東大はですね、二次試験に国語もありまして」
「……、えええええええええ!」
う、う、嘘でしょ⁈ はっ、そういえばあいつと私、模試の帰る時間とか違ったじゃん! えっ、嘘、ということは私はスタートラインすら立ってなかったの⁈
「え〜と、はい、あります」
「うわぁあぁぁぁぁあ!」
は、は、は、は、恥ずかしいいいいいいいいいい! 私、こんな私、何て言ったのさっき、とぅ、とぅ、東大受けますだぁ? ば、ば、馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!
「ごめんなさい!」
判定表をしっかり見た。東大の欄にはGと書いてあった。A〜Eじゃない〜。
「だ、大丈夫ですか⁈」
「ダメです……、無理です……、うぅ……」
「だ、大丈夫ですよ。そんな卑下しなくても」
「ダメなんですぅ……、無理なんですぅ……」
「……、
「はい……」
先生を置き去りにして、このまま走りたかった。このまま誰も知らないとこに行けたなら……。
「
「はい……」
自分が小さく思えた。なんて世間知らずなんだろう。
「でも、悪いことじゃありません」
「……」
「今回の成績を見てください。上がってます。これがもし東大を目指したから上がったと言うなら、目指した方がいいじゃないですか、デメリットなんてどこにもありません。きっと次は今回以上の点数を取ります」
「そんなこと……、ありません……」
私は馬鹿なんだ、私は無能なんだ、私は無知なんだ、私は愚者なんだ……、このまま海に沈みたい。
「いえ、大丈夫。自分を信じてください。これからも東大を目指してください。実験室はいくらでも貸します」
「……、無理です。私には無理です」
「知らなかっただけです、次は知っているのだから、判定が出ます」
「……、判定が出ても、悪い判定なら、ゲベなら意味ないじゃないですか」
「昨日今日ゲベでも、何一つ問題ありません。大事なのは、本番、あなたが合格できるかです」
「取れませんよ! 馬鹿なんだから!」
職員室が、静かになった。
逃げ出そうとした。
でも、先生が掴んだ。
「座ってください」
「いや!」
「大丈夫です、一呼吸おいて」
「いや、いや! 離して!」
「
その時だった。一つ稲妻が走った。振り返ると、
「な、な、何してるんだ⁈」
「ちょ、ちょ、ちょ」
えっ、な、な、な、な、何してるのぉぉぉぉぉぉ!
「いたたたたた」
「この、エロ教師だったのか!」
「ち、ち、違うの!」
私は
「本当に違うの。私のせいなの。私が悪かったからなの」
「そんなはずないよ!」
「違うの!」
私は
「グハァ⁈」
男二人が顔を押さえて倒れていた。
「ご、ご、ごめぇぇぇぇぇん!」
私は大泣きした。
■
「そんなわけで、
あれから二人とも鼻血を出したので、手当てをし、面談を再開した。
「次も、目指してください」
「……、はい……」
「
「……、はい……」
「大丈夫ですね?」
「……、はい……」
「じゃあ、応援してますから」
「……、はい……。ありがとうございます……」
「では、質問はありませんか?」
正直、消えてなくなりたかった、でも一応、聞いてみたいことが二つあった。
「……、先生は東大に合格するために何が必要だと思いますか?」
面談の前に聞いてみても良いかなと思ってたけど、聞かないことにした質問だった。でも、もう一度だけ聞いてみる気になった。
先生は安心したように笑った。
「そうですね、時々勉強会を見てて少し足りないと思うことが。理解はあれで問題ありません。ですが、入試です。時間が決まっています。理解だけで解こうとしても時間が足りません。なので時間を気にすること。それだけです。そうすればきっと、点数を取れるようになります」
「……、わかりました。それともう一つ。どうして実験室を貸してくれるんですか?」
一度だけ聞いてみたかった。あんな危ない場所普通貸したらダメだと思う。だからなんで貸してくれるのか不思議だった。
「そうですね……。先生が言っては行けないと思いますが、校則とか法律とかある程度は破って良いんです」
「……、えっ?」
「校則も法律も、あくまで誰かを守ったりするためにあるだけです。誰かを縛ることは結果です。だからあなたたちが良いことのために何かをすると言うなら、好きなだけ破って良いと思います。ただし、良いことであること、他人への影響も考えておくことです。だから身嗜みとかツーブロックとか破っても良いですけど、破ってどうなるのかも吟味してください」
「……」
先生の言葉ではなかった。先生の言って良い台詞でもなかった。これは先生の世界観にも近い言葉のような気がした。
「……、ありがとう……、ございます」
「はい、頑張ってください」
先生の笑顔は柔らかかった。
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