親友の魔法使いが何故か女装してデートしようと言ってくるのだが?

@tukamoto0402

短編

「──パーティを追放された……これからどうすればいいんだよ俺たち…」


 冒険者ギルドの酒場にて、俺は頭を抱えながら正面に座っている相棒に声をかける。


「……」

「俺たちを最強の冒険者に育ててやるぞって誘い文句だったのに……」

「…………」

「最近は雑用ばかりで、冒険にも連れて行ってくれなったし…」

「………………」

「こんな急に追放だなんて……俺たちをなんだと思って──」

「………………」

「──なあ聞いているのかアルフォンス? おいアルってば」


 先ほどから黙っている相棒……アルフォンスに強めに呼びかける。

 無駄にイケメンな面で思案している様子だが、俺の方を不機嫌そうに見ると……


「うるさい。お前が……いや、オレたちが弱いのが原因だろうが」

「うっ……。そ、それはそうだけどさ……」

「少し黙ってろ。お気楽なお前と違って、オレは今忙しいんだ」

「へいへい……っけ。追放されたばかりだってのに。相変わらずいけ好かない奴だな」


 アルフォンスは不機嫌そうに俺を一瞥すると再び目を閉じて思索にふける。


 アルフォンスは俺と同じ年の冒険者で同期だ。

 背は俺より高くて、サラサラな長い藍色の髪を尻尾のように後ろに束ねている。

 色白で整った容姿のため女性受けがいい……イケメンって奴だ。


 そんな俺達の出会いは2年前……15歳の時。

 成人してすぐに冒険者ギルドの戸を叩いた時だった。


 俺は最強の剣士として。

 こいつは最強の魔法使いとして。

 

 己が名前を轟かせるためにと冒険者になった俺たちは、同世代ということもありすぐにコンビを組んだ。


 最初、まさに水と油って感じでソリが合わなかった俺たちはいつも衝突していた。

 俺が剣士で、アルフォンスが魔法使い。

 戦い方も、性格も、育ちだって違う二人。


 俺は田舎の農家に生まれ、アルフォンスは貴族の生まれ。

 本来だったら決して交じり合うことが無い程に俺達は正反対だった。


 だが、死線を潜り、寝食を共にして、夢を語り合ったことで。

 お互いに口に出したことはないが……内心、友達だと思っている。


 そんな俺達は、数か月前に大規模パーティに誘われた。

 雌伏の時を超え、ついに俺達も一級戦の冒険者の仲間入りになった……と喜んでいたのだが……


「なあアル。俺達ってやっぱり弱いのかな」

「……」


 パーティ追放の理由は単純だった。

 弱い。実力不足。そんな単純明快な理由。


 俺もアルフォンスも、パーティが望む剣士・魔法使いとして力量を満たせなかったのが追放の原因だった。

 決して大規模パーティに入って安心したらといって、胡坐を掻いていた訳ではない。


 俺もアルも、みんなに追いつけるように、毎日死に物狂いで努力をしてきた。

 

「……畜生。悔しくて目から鼻水が出やがる…ぐすっ」

「…………なあ、イツキ」

「あん?」


 先ほどから口を貝の如く閉ざしていたアルフォンスが重々しく口を開ける。


「悔しいと思うか?」

「……そんなの当たり前だろ?」

「オレ達を馬鹿にしたあいつらを見返したいと思うか?」

「おう!」

「そうか……なら──」


 アルフォンスはもったいぶるように立ち上がると、いつもに増して鋭い眼光で俺をまっすぐ見て……。


「──オレ達の実力を分からせてやろう。追放したことを後悔させてやるんだ。だからイツキ、オレと……オレと一緒に──」


 一瞬だけ、アルは目を閉じ逡巡する。

 何かを悲痛な決断を迫られているかのように。


 そして──


「【魔女狩り】をするぞ、イツキ」

「おう! ……おう?」


 その場の雰囲気で俺も立ち上がり、アルフォンスと拳を合わせる。

 だが、魔女狩りとは何だろうか?


 その答えは後日、若干の後悔と共に分からされる羽目になった。



 ▼



「な、なあアルフォンス。本当にやるのか?」

「うるさい。何度も同じことを言わせるな、馬鹿者が」

「いや、でもさぁ……かなりオドオドロしい雰囲気だぞ、ここ……」


 俺たちは今、街から離れた遺跡を前にしている。

 遺跡はかなり古く、建物の壁には苔がびっしりと覆われ、遺跡自体が森の成長に巻き込まれ木々に吞み込まれているかのようだ。


 そんな場所に俺たちはとある魔物の討伐をしにやってきていた。


「こんな場所に本当にいるのか? 魔女(ウィッチ)の群れが」

「ギルドの情報網は確かだ。ここには計13体の魔女がグループを形成して住み着いている。目撃情報や被害届もちゃんと出ている。間違いない」


 アルフォンスは自前の手帳を広げながら、淡々と話す。

 そんなアルを尻目に俺は未だ信じられない思いで、目の前の遺跡を見た。


「でもウィッチってさ。ボインボインの綺麗な姉ちゃんみたいな見た目の魔物なんだろ? こんな寂れた場所に住み着くのか? 大分ボロっちいぞ、ここ」

「ウィッチは人型の魔物ではあるが基本的に知性の無いタイプだ。あいつらは魅了の魔法で男を誘惑し、精気を吸い取る。ここは街はずれではあるが、近くに街道や果物が豊富になる森もある。奴らにとってはいい狩り場なんだろう」

「ふーん。でもさあ、本当に俺達だけでやれるのか?」


 魔物の中でも、人型の魔物は基本的に危険なモノが多い。

 気迫は十分とは言え、低級冒険者に過ぎない俺達で本当に討伐できるのか不安だ。


「うるさい鳥頭。何度もウィッチの注意点は説明しただろうが」

「覚えているよ、失礼な。魔法は低級の攻撃魔法しか使わない。うふふ、と笑うだけで知性は無い。んで、男を見ると、誘惑してきて──」

「魅了の魔法を使ってくる。これをくらえばレジストしない限り、まともに動くことはできなくなる。念のため、レジスト用の護符はあるが……」

「知っているよ。使い捨てで、しかも高い。簡単に使えないって話だろ?」

「ふん。ちゃんと覚えているじゃないか。なら、始めるぞ」


 アルフォンスはニヒルな笑みを浮かべると、魔物を呼び寄せる香を焚き始めた。

 周囲に魔物が好む独特な匂いが充満する。


「さて…1,2体程度で釣れてほしいが……いい感じだな」


 素早く香を消し、アルフォンスは杖を構える。

 見れば、建物の影から箒に乗って、ふよふよと宙を浮かびながら女性が姿を現した。


【うふふ。うふふふ】


 やけに木霊する笑い声をあげながら、とんがり帽子をかぶり、魅惑的な身体を強調させる薄い布のドレスを纏った女性。

 人間であれば、是非ともお近づきになりたい美女であるが、その禍々しい雰囲気から目の前の女性が人間ではないのは一目瞭然だった。


「来たぞ、ウィッチだ。どうやら釣れたのは1体だけのようだな。……好都合だ。準備はいいか、イツキ

「おう! いつでもいけるぜ!」


 アルフォンスは杖と魔導書を構える。

 それに合わせて、俺も盾を構え、腰の直剣を引き抜く。


「よっしゃあ! いくぜー!!」


 気合十分。

 俺達はウィッチに戦いを挑んだ。



 ▼



「──ふう、手ごわい相手だったぜ!」


 全身に痛みが走る。正に満身創痍といった状態だ。

 しかし、俺とアルフォンスのコンビは無敵だ。


 剣を鞘に納めると、ウィッチはバタリと地面に伏して装飾品だけを残して粒子となって霧散した。

 同時にウィッチの魔石が形成され地面にコロンと落ちた。


「でもアルの言った通り案外楽な相手だったな。この調子なら群れの全滅も案外簡……単……に」

「────」

「あの、アルフォンスさん?」


 振り向くとそこには般若と化したアルフォンスが仁王立ちしていた。

 俺は反射的にその場で正座をした。


「……5回だ」

「は、はい?」

「お前が魅力魔法に掛かった回数だよ、このエロ猿が! オレは言ったよなぁ? ウィッチの魅了魔法には注意しろって。 散々、口を酸っぱくして言ったよなぁ!?」

「い、いやだってさ。あれはしょうがないだろ! すんごい乳なんだぞ! それを寄せて! 上げて! 大山脈が現れて! 見ない方が無理だろうが!」


 そう。すごかった。

 男を魅了する。それだけの魔物、ウィッチ。


 動きはとろいし、撃ってくる魔法も簡単にガードできる。

 確かにアルフォンスの言う通り、戦闘力は最弱クラスの魔物だろう。


 しかし、しかしだ。

 アレは……強敵だ。


 男の性を捉えて離さないあの体。

男のロマンを体現した化身と言っても過言じゃない。

 

 そんな存在に、ちっぽけな俺が敵う道理はないのだ。


「傍から見たお前の無様な姿を言ってやろうか? 鼻の下伸ばした顔で無意味に近づいて、魅了魔法を喰らってダウンだ。しかも、それを5回……5回だぞ? 発情期の猿でももう少し理性的だとオレは思うんだがな?」

「…………はい、すみませんでした」


 アルフォンスの顔があまりにも恐ろしいので、ふざけるのは辞めて一先ず土下座をする。


「……いやでもさ。魅了魔法に掛かった俺が言うのはなんだけど……解除の度に俺を攻撃するのはやり過ぎじゃないですかね?」

「黙れエロ猿。1度目はしょうがないと諦め護符を使ったが。まさかすぐにまた魔法をかけられるとは思わなかったんだぞ。この護符1枚に幾らかかっていると思っているんだ」

「でもさぁ……何度も魔法や杖で攻撃されたせいで、全身が痛いんですけど」


 現在の俺の満身創痍なのは他でもないアルフォンスが原因だ。

 護符の節約のために、魅了魔法を解除するためのもう一つの条件である強い衝撃を与える、それを実行した結果だった。


 身体の痛みから、大分威力を絞ってくれたようだが、それでも痛いのは痛い。

 そのことを追求すると……


「まあ、悪かったとは思っている。それに、魔女狩りに誘ったのはオレだ。埋め合わせはするさ」

「お、マジか? へへ、ラッキー」


 普段のアルフォンスなら絶対譲歩しないのに。

流石にやり過ぎたのかと思ったのかアルフォンスは少し神妙そうな顔をしていた。


 今日の晩飯でも奢ってくれるのかなー……


そんなことを思いながら俺たちはウィッチの討伐報告をしにギルドへの帰路についた。

 


 ▼



「ほら、これがお前の取り分だ。受け取れエロ猿」

「……え、これが俺の取り分?」


 ギルドでウィッチの討伐報告して、魔石や拾ったウィッチの装飾品を売り払う。

 今回の討伐依頼はウィッチの群れの討伐だ。


 アルフォンスが見つけてきた、大分前からギルドの方で討伐依頼が出されているが、旨味が無いという理由で放置されていた依頼。


 そのためか、群れの討伐依頼であるにも関わらず、途中経過の報告とともに討伐報酬の一部を支払われる形となっていた。


 そのため、報酬額はウィッチ一体の討伐報酬分に色を付けたもの……になる筈なのだが


「なんか報酬が多くないか? 山分けでこんなになるのか?」

「……当たり前だろう。これは今回の報酬額丸々なんだからな」

「え?」

「どうした? 埋め合わせはすると言っただろうが。それとも何だ? まだ足りなって言うのか?」

「いや……そうじゃなくて……」


 困惑して言葉が続かない。


 埋め合わせって聞いて、俺は晩飯を奢ってもらう程度だと思っていた。

 だが、これは明らかに過剰だ。


 パーティで魔物を討伐したら、山分けが冒険者の鉄則だ。

 アルと一緒にやってきて2年経つが、こんな事初めてだった。


「受け取れないって顔だな。エロ猿のくせに、ずいぶんと謙虚じゃないか」

「いや、お前。これはいくら何でもおかしいだろうが! どうしたんだよ、一体……」

「……受け取るのが心苦しいか? …………なら、少し頼まれてくれないか?」

 

 そう言ってアルフォンスはこの2年間で見たことのない顔をした。

 少し緊張している様子でもある。


 何を頼むつもりなのかと俺が訝しんでいると……


「明日……朝から少し付き合ってもらう。集合場所はいつもの場所で。……いいか?」

「え、それだけか?」

「いいか、と聞いているんだが?」

「まあ、いいけど。貰いっぱなしは流石に嫌だし」

「そうか。なら、今日は解散だ」


 アルフォンスは踵を返す。

 やけにソワソワしているようで、その足取りはやけに早い。


「あ、おいアル! 晩飯は──行っちまった」


 俺の制止を無視して……いや、聞こえてなかったのか?

 アルフォンスはギルドから去っていった。


「あいつも、今回は流石に参っているってことなのかね?」


 アルフォンスの考えが理解できないのはいつものことだが、今回は特にそうだ。

 もしかしたら、追放の件で疲れているのかもしれないな。


「なら、明日は久しぶりに羽目を外すか」


 俺は少しばかり明日のことを楽しみにすることにしよう。

 そう思って、俺は明日に思いを馳せた。



 ▼



「──すまない、待たせたな」

「…………え? お前、アルフォンス……か?」

  

 早朝、俺は依頼の打ち合わせによく使う酒場の近くでアルフォンスを待っていた。

 普段と違うアルフォンスの様子から、今日は少し羽目を外して遊ぶかなと思っていたのだが。


「……どうしかしたイツキ?」

「い、いやどうかしたかって……お前。それ女のモノの服、だよな?」

「……そうだが?」


 澄まし顔で、さも当然の様にアルフォンスは答える。

 

「いや、なに俺の方がおかしいみたいな雰囲気で言ってるんだよ!? 明らかにおかしいのはお前だろ!? いや、俺も今日は羽目を外そうかなって思っていたけど…そのレベルで羽目を外そうとは思ってなかったよ!」


 普段のアルフォンスの服装は、長い髪を後ろに束ね、レザー製の鎧を着こんで上からローブを纏う……冒険者稼業をしている魔法使いが好む格好だった。


 だが、今のアルフォンスは長い髪を解いて腰まで流し、白いワンピースを着て頭にはとんがり帽子をかぶっている。

 よく見ると、顔には化粧が施されているのが分かる。


「お前、それ……女装って奴か?」

「まあ、一般的にはそう言えるな」


 澄まし顔でそう言うアルフォンス。

 服装以外は普段と変わらない様子のせいで、変なのは俺の方なのかと錯覚してくる。


「ちなみにだが、イツキ。……その、どうだ?」

「あ? どうだって……何が?」

「オレの格好だ……その、似合っているか?」


 そう言われ、改めてアルフォンスの姿を見る。

 確かに、恰好はどこかのご令嬢に見えなくもない。


 悔しいが、アルフォンスは面も体型もカッコいいかな。

 

 だが、多少化粧しているとはいえ、腕を組みながら堂々としている姿はいつものアルフォンスのそれで……


「そう……だな。似合って……るんじゃ、ないか? 顔がいいってのも……得だよな……ぶふっ」


 段々とおかしくなった俺は、笑いをこらえるようにそう言った。

 一応今日はこいつの気分転換に付き合ってやるつもりだったんだ。


 下手なことを言って機嫌を悪くするのは本意ではない。


「……そうか。なら、悪いが今日は付き合ってもらうかなら。早速行く……っく!?」


 アルフォンスは踵を返そうとして躓きそうになる。

 見ると、アルはヒールを履いていた。


慣れないヒールのせいで転びそうになっていた。


「おま……だい…ぶふっ……大丈夫か? その……くくっ……生まれたばかりの小鹿みたいだぜ?」

「う。うるさい! すぐに慣れる。……ほら、さっそと行くぞ」

「ぷくくっ。へいへい。……ところでさ、アル。一応聞いてもいいか?」

「なん、だ…イツキ……何が、聞きたい?」


 ヒールに四苦八苦している様子のアルフォンスの様子をみながら、俺は取り合えず疑問に思っていることを口にした。


「なんでおまえ、女装しているんだ?」

「──強くなるために必要なことだ」

「強く?」


 予想外の答え俺はアルの言葉をオウム返しする。

 詳しい理由を聞こうとすると、アルは不機嫌そうにさっさと行くぞと先を促してくる。


「まあ、いっか」


 大分精神が参っているだけかもしれない。

 そう思った俺は、奴の奇行を内心笑いながらも、普段通りにアルと街に繰り出して一日を終えた。


 こんなことは今日限りだろうと、そう思って。



 ▼



「ほら、今回の報酬だ。そして、明日もまた頼むぞイツキ」

「あ、ああ。……まあ、お前が良いって言うなら良いけどさ」


 何度目かのウィッチの討伐。

 それを終えた後、アルフォンスは当然のように報酬を俺に全額手渡した。


 そして、明日また朝から街の散策に付き合えと言う。


 翌朝。

 待ち合わせの場所には、ここ最近同様にアルフォンスが女装した姿で待っていた。


「えっと……ごめん、アル。待たせた」

「イツキ……! いや、私も今来たところだよ」

「──」


 俺の方を振り向いたアルは、笑顔で俺を出向かる。

 少しぎこちないが、その笑顔を見るとドキッとしてしまう自分がいた。


「……ふむ。どうだ、イツキ。さっきのは?」

「…………へ? さっきって……?」

「挨拶のことだ。どうにもオレの分析では、女性らしさというのは肉体ではなく、振る舞いに宿るものだと分かってきた。さっきは巷で有名な少女本の内容を真似したんだが、どうだった?」

「ああ、うん。まあ、いいんじゃない。女装も随分と板についてきたしな」


 そうか、とアルフォンスは少し満足そうに笑みを浮かべた。

 その顔は俺の知るアルの知るソレだ。


 だが、今の奴の女装は初日と比べ、かなりクオリティが上がっていた。


 一目で男性とわかる肉体的特徴を髪や服、化粧で巧妙に隠している。

 パッと見て、今のアルフォンスを男性だと見破るのは至難の業だと思う。


 加えて、今は女性を連想させる口調や立ち振る舞いを加え、より女装の完成度が上がっているように見えた。


「なあ、アル。これ、いつまで続けるんだ?」

「うん? ……そうだな」


 既にヒールで歩くのもすっかり慣れたアルはカツカツと俺の前を歩く。

 その立ち振る舞いは、最早俺の知るアルフォンスのモノとはかけ離れて、見知らぬ女性だと錯覚させる。


「ウィッチの討伐が終わる。その時まで……かな」


 そういって笑みを浮かべるアルの姿に、俺は少しばかりの違和感を覚えた。



 ▼



 ウィッチの討伐とアルフォンスの奇行は続く。

 

 今までのアルフォンスの女装は俺とウィッチの討伐後の街の散策の時にしかしなかった。

 しかし、ウィッチの数が残り半数を切ると、アルフォンスは女装する頻度を増やすようになった。


 周りの連中から馬鹿にされるからやめろ、と俺は言った。


 しかし、俺の予想と反し、アルフォンスの女装は完璧だった。

 元々冒険者ギルド内でもただのガキとしか見られてなかったアルは、あたかも最初からそうであったかのように、魔法使いの少女として周囲に溶け込んでいた。


「──なあ、イツキ。どの角度からの笑顔が可愛いと思う?」


 可愛いを作ると言って、アルはひたすらに俺に実演しながら、可愛らしい言動について研究を続けた。


「──なあ、イツキ。どれが似合うと思う?」


 魔法を補助するためでない。ただ装飾のためのアクセサリーを身に着け、どれが似合うか俺に嬉しそうに尋ねてきた。


「なあ、イツキ! 今日はあそこに行ってみないか!?」

「おい待てよアル! 危ないって!」

「あはは! もうヒールで走るのも慣れたから大丈夫だ!」


 ウィッチの討伐の翌日。

 俺とアルは街を散策する。

 女装……いや、すっかりと少女に成り切ったアルに連れられ、俺はアルと1日を過ごす。



 不思議な気分だった。

 最初は。アルの乱心を温かく見守るだけのつもりだったのに。


 いまじゃすっかり女装姿に慣れて、今では回を増すごとに綺麗に可愛くなるアルの姿を見るのが密かな楽しみになるほどだった。


「これで本当に女の子だったら、ただのデートになるんだけどな」


 だが、アルはやはり男だ。

 不意に見る仕草は、やはり昔からのあいつで、今の姿はあくまで演技なのだと分かる。


 その事に俺は少なからず安心するのだ。


 俺の知るアルがいなくなった訳ではない、そう思えて。


 

 ▼



「──餓鬼ども、久しぶりじゃねえか!」

「あ……ど、どうも」


 この日もウィッチの討伐をした帰り路だった。

 既にウィッチは計10体の討伐を成功しており、もう少しでウィッチの群れを全滅させられる。


 そんな晴れやかな気分での帰路で出会ったのは、俺達を追放したパーティのリーダーだった男だった。


「聞いたぜ。お前ら、ウィッチっていう雑魚魔物の群れを討伐する依頼を請けているんだってな! ははは! よかったな、ギルドの連中からは感謝されているだろう? あんな旨味のない依頼を請ける冒険者なんていねえぇもんな!」


 何がおかしいのか、男はゲラゲラと笑いながら俺の肩を叩く。

 その言動にイラっと来た俺は男の元リーダーの手を払いのけた。


「ありがとうございます。ええ。今じゃ俺達、ギルドの人たちにも覚えがいいんですよ? これも元リーダーのおかげです」

「ああ? おいイツキ。てめえ、少し調子乗ってねえか?」


 元リーダーがそういうと、突如俺の鳩尾に向けて拳が埋め込まれた。


「が、ぁ……」

「イツキ! お前、何を……!」


 俺は立っていられなくなり、膝から地面に崩れ落ちる。


「はん! おい、イツキ。てめえ、何も成長してねぇな。多少ギルドの連中から感謝されて浮かれているようだが。てめえは何も変わってねえよ。昔のまま、弱いままだ」

「弱い……俺が? 変わっていない?」

「そうさ。てめえ、俺の攻撃見えなかっただろう? 少しは手加減してやったんだぜ? だっていうのに。あまりがっかりさせんなよ。なあ、イツキよぉ」

「いい加減にしろ! これ以上危害を加えるようならオレが相手だ!」

「あん? てめえ……アルフォンスか?」


 元リーダーが追撃を加えようとした瞬間、アルフォンスが俺達の間に割って入る。

 しかし、アルの姿を見た元リーダーは怪訝な表情になった。


「てめえ、本当にアル坊か? 随分と雰囲気が……いや、そもそも──」

「オレのパーティーメンバーに喧嘩を売るってことは、オレに喧嘩を売るってことだぜ、熊男。……覚悟はできているんだろうな?」


 そういって、アルは魔力を練り上げる。

 それを見て、俺は今更気が付いた。


 アルフォンスの魔力量が増加していることを。


「……ほう。そこで転がっている奴と比べて、てめえは随分と仕上げてきたじゃねえかアル坊。まあ、まともな方法じゃないみたいだが?」

「それで? 引くのか? それともオレと闘うか?」


 アルの言葉を受けて、リーダーの身体が圧を発した。

 アルの魔力とリーダーの闘気がぶつかり、地面に亀裂が走る。


「……いや。今のお前は面倒だ。この場は引いてやるよ」


 リーダーは闘気を引っこめると、その場で踵を返していった。

 あっさりとした決着に俺は茫然とするしかできなかった。


「……ふう。災難だったなイツキ。ほら、立てるか?」

「あ、ああ」


 そういって、アルが手を指し伸ばす。

 俺はアルの手を取って、立ち上がった。


「きついのを貰ったな、イツキ。まだ痛むか? 痛むなら多少ポーションは残っていて──」


 傷ついた俺に献身的な姿勢を見せるアル。

 今のアルは女装をしてない、俺が知る魔法使いの少年アルフォンスの姿そのものだ。


 だというのに、今のアルの姿は女装の時に見せる女性らしさを感じてしまった。


 それに先ほどのリーダーの言葉に引っかかる。

 雰囲気が変わったというが、女装していないときのアルは昔のまま──


「あ、れ?」


 そして気が付いた。

 明らかにおかしな点に。


「な、なあアル」

「どうしたイツキ。やっぱりどこか痛んで──」

「お前、背……縮んだか?」

「…………」


 俺の指摘に、アルは言葉を詰まらせる。

 

「気のせいじゃないか?」

「いや、だって……ほら! 前までお前の方が背が大きくて……俺、追い越そうとして毎日牛乳を……」


 いつも少しだけ見上げていたアルの顔。

 だというの、今の俺はアルの顔を見下ろしているのだ。


「……お前の背が伸びたからだろう? よかったじゃない、牛乳の効果が出て」

「え、あ……そう、なのか? でも、やっぱりお前が縮んで──」

「ほら。もう帰るぞ。残りのウィッチは残り3体だ。もう少し。もう少しで終わるんだからな」


 アルは明らかにわざとらしく話題を打ち切った。

 ずんずんと前に進むアルの背中を見ながら、俺は先ほど握ったアルの手の感触を思い出す。


「……あいつの手、すごく柔らかかった」


 口に出すと変態っぽいので言わないが、あいつが近づいた時、すこしいい匂いもした。

 女装時につける香水とは違う。


 甘いミルクのような匂いだった。


「なあ、アル。お前は……」



 ▼



 11体目のウィッチを討伐した後、いつも通りに翌日に街を一緒に遊び歩く。

 更にその翌日は、女装をしていないアルフォンスと共に、装備の点検や、今度の予定を立てているのだが……


「──なあ、イツキ。さっきからチラチラとこっちを見ているけど、どうかしたのか?」

「……へ? あ、ああごめん。その……昨日の夕飯はなんだっけなーと考えていて」

「はあ、全く。少しは真剣にしろ、この鳥頭」


 アルの叱咤にごめんと返事しつつ、俺はやはりアルの事を自然と目で追ってしまう。


 その理由は単純で。

 いつぞやの違和感と同様に、女装をしていない筈なのに、今のアルはやけに女性的に感じてしまうのだ。


 仕草や言動。

どれもとっても、今のアルの姿は女性を演じている時のソレだ。


 いや、違う。

 演じているのではない。


 あまりにもそれが自然なのだ。


 普段から女性の演技をしている影響……という訳ではない。

 本当に、生身の女性がそこにいるかのような錯覚を覚えるほどに。


俺は、アルフォンスの姿を女性として認識しだしている。


「なあ、アル」

「ん~なんだ? 今少し手を離せないんだが……」

「ああ、お前ってさ結構──」


 続きの言葉を言おうとして、急いで口を噤んだ。

 おい、俺さっき何を言おうとした?


「……おい。オレがなんだって?」

「あ、ええっと……お前が……その」


 可愛いよな? とさっき言いかけた。

 いや、何言っているの俺? 男友達に可愛いとか、変態か?


「なんだ? さっきからオレの何をどうしたいんだ?」

「えっと……いや、ごめん。何でもないんだ。うん。何でも」

「……? よくわからないが、お前もさっさと点検を済ませろよ」


 会話が終わり、再び俺は自分のさっきの衝動的な言葉の真意を考えてみる。


 どうして俺はあんな事を口走りそうになったんだ?


 ちらりとアルフォンスを見る。

 

 その横顔は俺が見知ったアルの姿の筈だ。

 だが、その目つきや、口元を見ていると何故か胸がドキドキする。


 その感覚を俺はよく知っている。


「魔女……」


 そう。既に11体殺した魔物、ウィッチ。

 未だ慣れない奴らの魅惑的な身体を見た時の感覚。


 なぜか、ソレを俺は目の前の友達に感じてしまうのだ。



 ▼



 ウィッチ討伐12体目。

 

 いつもなら、呆気ないほど簡単に終わる魔女討伐。

 だが、今回は違った。


【うふふ!】


「イツキ! 避けろ! デカいのが来るぞ!」


 ウィッチが箒を振ると、天から流星の如く魔力の塊が降り注ぐ。

 魔力の流星群は地面を抉り、大穴を作っていく。


「避けろって……どこに逃げればいいんだよ!?」


 アルフォンスに言わるまでもなく、俺は魔力弾当たらないように必死に逃げる。

 だが、魔力弾の数は際限なく増え続け、周囲一帯に降り注ぐ。

 

 だめだ、もう逃げ場がない。


「やらせるかぁ!」


 直撃すると思った瞬間、アルフォンスの身体から魔力が迸る。

 その魔力の勢いは、かつてリーダーと対峙した時に感じた以上だ。


「吹きとべぇ!」


 アルフォンスは杖の先端に魔力を集中させると、巨大な魔力の刃を形成させてその場で薙ぎ払う。


「イツキ、今だ! この隙にウィッチを!」

「あ、ああ。任せろ!」

 

 見たことにないアルフォンスの出力を魔法に度肝を抜かされる。

 だが、今のならウィッチに攻撃する絶好の機会だ。


 俺は急いでウィッチに近づき、そのまま剣を振り下ろした。


【うふ、うふふ】


「な!? こいつ、受け止めやがった!?」


 今までのウィッチは接近して切り捨てるだけで終わっていた。

 だが、今回のウィッチは箒の毛先から魔力の刃を形成させて俺の剣を防いだ。


「この……舐めるなぁ!」


 再び剣を振る。

 だが、ウィッチは余裕な態度で箒を振り俺の攻撃をいなして見せた。


「くそ、くそくそくそ! なんで、どうして……」


 悪態をついても、実力が急に上がるわけじゃない。

 ただ苛立ちを募らせながら、剣を振る。

 

 リーダーは言った、俺は成長していないと。


 アルフォンスは変わっている。

それがどのような変化であれ、アルフォンスは確実に強くなっている。


 なら俺はどうだ?

 何が変わった? どう変わった?


「なんで、俺だけ……」


 何も変わっていない。

 何も成長してない。


 ウィッチは弱い魔物だって言われているのに。


 俺は得意の剣で、ウィッチにさえ軽くあしらわれてる始末で。


【うふふ】


「な、しまっ!?」


 魔力の剣によって、俺は直剣を弾き飛ばされてしまう。

 動揺して隙ができる。


 それをウィッチは見逃さず、箒を振るう……訳ではなく、ゆっくりと俺の身体を抱きしめた。


【ウフフフ】


「この……っ 離せ! はな……」


 魔女に抱き着かれ、濃厚な女性の香りが鼻孔を刺激する。

 それを感じた瞬間手足が痺れるような感覚。


 この感覚は覚えがある。魅了の魔法だ。


【うふふ】


 至近距離から魔女の笑い声が聞こえる。

 男を誘惑し、堕落させる甘い囁き。


 身体の力が抜け、魔女の肉の身体に全てを委ねたくなる。


【うふh──】


「イツキから離れろ! この豚女が!!」

   

  微睡に落ちそうになる俺の意識を覚醒させるほどの怒気と共に、魔力の奔流がウィッチの身体を貫いていた。

 見ると、般若のごとき顔をしたアルが魔力弾を放っていた。


「このエロ猿! いつまで鼻の下を伸ばしてる! さっさととどめを刺せ!」

「あ、ああ! サンキュー、アル!」


 拘束を解き、投擲用のナイフを取り出してウィッチの豊満な胸の上に深々と突き立てた。


【あぁあああ──】


 ウィッチは嬌声とも言える断末魔を上げて、その場に倒れいつものように装飾品と魔石を残して消えていった。


「はあ、はあ、はあ、はあ」

「おいイツキ。大丈夫か?」


 肩で息をしていると、般若の顔を解除したアルが心配そうに俺に声をかけてきた。


「あ、ああ。まあ。なんとか。はは、久しぶりにウィッチの魅了魔法に掛かっちまったよ」

「全く。どうせ、またスケベなことを考えていたんだろ? 魔女の魅了魔法は魔女の色香にやられた奴がかかるんだ。また鼻の下を伸ばして……本当にお前は成長しないな」

「あ、あはは。ごめん」


 成長していない。

 その言葉にチクリと胸が痛むが、下手したのは俺だし、言い返せなかった。


「ん? 本当にどうしたんだ? いつもの調子じゃないぞ? やっぱりどこか痛むのか?」


 俺の少しの変化を目聡く察知したアルは、心配そうに俺の顔を覗き込む。

 

 ふわりとアルの匂いがした。

何故か先ほど魔女から嗅いだのと同じ匂いで…


「──ッ! い、いや。本当に何でもないって」

「むう。ならいいが」


 心臓の鼓動がやけにうるさい

 さっきの連想はなんだ? どうしてそう思ったのだろうか?

 

 それを悟られたくなくて、俺は顔を背ける。


「それよりもさ。さっきのすごいな。お前、いつの間にあんな魔法を覚えたんだよ」

「……新しい魔法じゃないよ。アレは【魔力刃】と【魔力弾】。いつも使っている基礎魔法さ」

「え、あれが? でも普段よりも威力も規模も桁違いのような」

「ああ。大分強くなったらな。オレは」


 強くなった。


 アルフォンスはそう言い切った。

 そう。アルは確実に変化している。


 アルに女装の理由を聞いた時に言っていた、強くなるために必要なことだと。


 あの女装を機に、こいつは変わった。

 そうだ。今なら断言できる。


「なあ、アル。いい加減教えてほしいんだけどさ」

「……何をだ?」

「お前は一体何をしているんだ? ……正直なことを言うと。今のお前、変だよな。なんだか、まるで……」

「まるで?」


 アルの目つきが鋭くなる。

 そして期待しているようでもあった。


 なぜか、俺はアルに試されているかのような緊張感を覚える。


「……魔女」

「──」

「そうだ……魔女。お前最近変わったよ。雰囲気がじゃない。言動も肉体も……なあ、アル」

「……なんだ、イツキ?」

「お前は何になろうしているんだ?」

「……ふう。そうだな。うん、まあ、そろそろ言うべきだとは思っていたんだ」


 アルフォンスは顔にはある種の覚悟が見とれた。

 ようやく教えてくれるという訳か。


「──それじゃあ、明日。またいつものように朝から集合としようじゃないか。その時、お前に見せてやるよ。オレの研究の成果をな」


 そういったアルフォンスの顔は、久方ぶりに見る俺の知る少年アルフォンスのモノだった。



 ▼



「──やばい。速く来すぎたな。アルはまだだよな?」

 

 早朝。

待ち合わせの場所で、俺はソワソワとした心持でアルを待つ。


 普段は時間ぴったりで来ているからアルに出迎えてもらうことが多いせいで、アルの事を待つなんて初めての体験だ。


「……ふう。深呼吸。すーはーすーはーす……」

「待たせたな。イツキ」

「ぶぅは!? ゲホゲホ……あ、ああアル。俺も今来たばか……り……で……え?」


 アルフォンスの声を聴いて俺は振り向く。

 そこにはいつものように、女装したアルがいる筈だと思っていが……違った。


「どうだイツキ? この格好をお前に見せるのは初めてだったな? どうだ……似合うか?」

「お前その恰好……それにその胸……え、本物?」


 アルフォンスの恰好は初めて見る格好だった。

 それは普段女装している時の、額や首元や体のラインを隠すような恰好ではない。


 逆に女性らしさを全面的に押し出すような挑発的な格好だ。


 というか一番目にひくのはその胸だ。

 乳が実っているのだ。


男の堅い胸元には存在しない、柔らかな果実が。


「ああ。本物だ。……触ってみるか?」

「え! あ、え……いや、いい」

「なんだ。いいのか? ん?」


 アルは何故か挑発的に胸を上げて谷間を作って見せる。

 ごくりと固唾の飲み、手を伸ばしたい衝動に駆られるが一先ず自制する。


「うぐ……い、いいんだ。それより、アル。お前、その体一体どうしたんだ。理由……教えてもらえるんだよな?」

「ああ。オレは今やっているのはある種の儀式だ。オレのオリジナルでね。名付けて【魔女化】の儀式だ」


 ドヤ顔でアルフォンスはそう言った。

 俺は内心安直だなっていう感想を覚えたが口に出さずにおく。


 そしていつものように街を歩きながら、アルの説明の続きを待つ。


「お前には前言ったよな? オレの生家について」

「ああ。確か歴史のある名家、なんだよな。俺は知らないけど、魔法使いの世界じゃ有名なんだよな?」


 以前教えてもらったアルの生まれた家。

 代々優秀な魔法使いを輩出した名家。そしてアルはその家では……


「その家の中で、オレは馬鹿にされていた。父や母、兄弟たちと比べて……オレに魔法使いとしての才能はなく、いわゆる落ちこぼれだった」


 落ちこぼれ。その事実をかみしめる様に、自分に言い聞かせるようにアルはそう言う。


「その事実を受け入れたくなくて、家を出て、冒険者になって。……その間、ずっとオレは魔法使いとして努力を続けてきた」


 その姿を俺は知っている。

 俺が剣を振る傍らで、アルは魔法を必死に練習していた。


 俺たちは二人で目指していた。お互いが夢見る最強の剣士と魔法使いを。


「そして理解してしまった。自分の才能の頭打ちに。これ以上オレは魔法使いとして強くなれないことに。……だが、それでもオレは夢を…強さを諦めたくなかった。だから必死に方法を探して、一つの答えを見つけた」

「答え?」

「ああ。それが【性別と魔力について】という大昔の論文だった」


 アルが言うには、大昔に発表されたモノで、男よりも女の方が魔法を扱うのに適しているという論文らしい。

 

「そしてその論文の結びには、最強の魔法使いとは誰かという話で占められていた。それが…」

「魔女だってことか?」

「ああ、そうだ」


 魔女。魔物としては弱い部類の存在。しかし、アルは違うという。

 

「魔法とは知性を依代に出力される奇跡だ。悲しいかな魔女はその優れた資質に反して、男を落とす以外に思考をしないただの獣だった。だが、仮に人並みの知性を持つ魔女が誕生すれば、それはすなわち最強と魔法使いということになる。……そして、その本には魔女化へのプロセスも書いてあった」


 アルはその方法を馬鹿でもわかるようにと、態々前置きして説明してくれた。


「1魔女を倒し、その魔石を加工したアクセサリーを身に着け、魔女のように自らの意識を近づける。それは13回。繰り返すことで、その体は完全に魔女へと至るんだ。そして今儀式は12回行われ、こうして身体が女性化したって訳だ。…この時点でオレはあの論文の理論は正しいと分かった。お前も見ただろう? オレの魔力の向上を。もし仮にこのまま魔女化すれば、オレは本当に至れるかもしれないんだ」


 最強の魔法使い。

 誰も寄せ付けない。確固たる力を持つ存在へ。

 それは、いらない存在だと揶揄され続けて育ったアルが、力を執着する理由の大本。


「……つまり今のオレは魔女の卵言う訳だ。そして次の討伐。それが最後になる。13体目の魔女を倒して、その魔力を身に着けた時、オレは……私は完全な魔女になる。そして、夢を叶えられるんだ」


 夢を語るアルはその場でくるりと周り、空へ両腕を広げる。

 その表情は狂気で満ちているように俺には思えた。


「そういう訳だ、イツキ。ここまで説明したからには最後まで手伝ってもらうからな」 

 

 そういって俺にほほ笑むアルの姿には、以前の面影が感じられなかった。

 一緒に考えた、如何に男を誘惑するか、その角度、間取り…それらをすべて自然にこなす魔性の女…いや、魔女が目の前にいる。


「……なあ、アル。一つだけ聞いていいか?」

「なんだ、イツキ?」

「……お前はそれで本当にいいのか? あえて言ってないけれど……ようはお前は強さのために……魔物に堕ちるってことだよな?」

「ああ、そうだ。オレがオレとして強くなれるのなら、この身が魔物になるのだって……怖くはない」

「──そうかよ」


 魔物になる。

 強さのためなら、何にでもする覚悟があるとアルは言う。


 俺はどうすればいいのだろうか?


 何も変わらず強くない俺。

 強さを求めて外法を選択したアル。


 強さを求めた幼い俺達はどちらの道を選択しなければならないのだろうか?


「それじゃあ今日はここまでだ。次が最後だから……待ってるよ、イツキ」


 アルはそういうと、空気に溶けるようにして姿を消した。

 以前のアルにあんな高度な魔法は扱えない。


 アルの言葉には偽りはなく、今のアルは確かな強さを得ていた。


「どうすれば……いや、どうしたいんだよ、俺は」


 誰かが答えてくれるわけでもなく、俺の問いは宙に霧散していった。





『……なあイツキ。辛いと思ったことはないか?』


 夢を見ていた。

 冒険者になって2年目の春。俺とアルフォンスはいつものように修行に明け暮れていた。


 そんな折、ふとアルがそんな事を聞いてきた。


『なんだよ急に?』

『……お前、この前先輩たちから言われたんだろ? 実家に帰れって』

『ああ、その話か』


 ──お前、才能ないよ。


 先輩冒険者たちから色々と言われはしたが、端的に言えばそういう話だ。

 冒険者になって2年が経ち、未だ低級に甘んじている俺。


 それは純粋に、冒険者として、剣士として才能がないから。

 だから、速いうちに田舎に帰った方がいいと、嘲笑半分、忠告半分で言われた。


『どうするんだ? ……田舎に帰るのか?』


 普段ツンケンしている癖に、今日のアルはやけに優しかった。


『──んな訳ねえだろ!』


 己に募るモヤっとした感情振り払うように、剣を振る。

 何度も何度も何度も。


『才能がないって言われたら! そしたら努力をするだけ! 努力してダメなら経験を積むだけ! ……経験積んでもだめなら……そん時は……』

『その時は?』

『……まあ、何とかなるんじゃない?』

『…………この馬鹿。締まらないこと言うなよ』

『うるせぇ! お前いつも言っているだろうが! 俺は馬鹿なんだよ!』


 そうだ。

 俺は馬鹿だから。


 いくら本当のことを言われても、論理だったことを言われても。

 俺は諦めたくない。

 夢を諦めるつもりはないのだ。


『……お前は強いなイツキ』

『あん? それって、お得意の嫌味か』

『違う。こんな時だけ頭を使うな馬鹿が』


 怒られてしまった。


『……仮にオレがそう言われたら、そんな風には立ちなれないと思ったからな』

『そんな馬鹿な。お前がそんなタマかよ』


 アルの突然の弱気に、俺はその時笑い飛ばすだけだった。


『……まあ、そうではあるがな。オレは絶対に最強の魔法使いにある。それは揺るぎない事実だ』

『言うねえ』

『……だが、もしもだ。もしオレが折れて……道を踏み外しそうになった時は』

『あん?』

『お前の強さに頼りにさせてもうらさ』

『……おう! 任せろよ、相棒!』

『……ふん』


 もしかしたら、この時からアルフォンスは悩んでいたのかもしれない。

 力を求めるために、外法を使うかどうかを。


 きっかけは多分。パーティからの追放だ。

 だが、それ以前からアルフォンスは魔女化の準備をしていた。

 

 アルは俺以上に悩んでいたんだ。

 自分の弱さに、自分の才能の無さに。

 

 今のアルは折れてしまった。


 そしてアルは強さを手に入れようとしている。

 絶対的な強さを。


 間違った方法で。


 なら、俺にできることは決まっている。


 アルフォンスの相棒として…友達として、親友として。


 



「──遅かったじゃないか、イツキ。……正直、来てくれないかもと思っていた」


 街の郊外になる朽ちた遺跡。

 野暮用を済ませた後に、そこに向かうといつものようにアルフォンスがフル装備で待っていた。


 俺の姿を見たアルフォンスはほっと胸を撫でおろす。


「……それにしてもイツキ、今日は随分とボロボロじゃないか。どうしたんだ?」

「ちょっと野暮用を済ませた後だからな」

「そうか。まあ、いいさ。それじゃ行こう。今日が最後だ」


 そう、今日が最後。

 アルの言葉が真実であるならば、13体目のウィッチを狩ることでアルは魔女へと至る。

 アルフォンスは人間ではなくなる。


「なあ、アル。お前はこの儀式が終わったらどうするんだ?」

「……正直考えてはいない。でも……そうだな──」


 アルは顎先に指をあて、うーんと悩んでいると


「オレの我儘に付き合ってもらった礼だ。今度はお前が強くなるための冒険に付き合うさ」

「……俺は女になるつもりはないぞ?」

「はは。同じことをやるつもりはない。お前は剣士だろ? 今のオレの強さならもっと上のランクのダンジョンだって潜れる。一緒に潜って、強い武器を見つけてらお前にやるよ。……そしたら、今度こそ見返してやろうぜ。あの熊男を初めてとした連中に、オレ達の強さを」

「……いいな。ソレ」


 アルフォンスは上機嫌だ。

 もうすぐアルが求めていた全てが手に入る。

 そう思っているからだろうか?


「よし。着いたな。最後の1匹だが、手順はいつも通り。まずは香を焚いて──」

「いや、その必要はないぞ」

「……イツキ、どういう意味だ?」


 アルフォンスは訝しげに俺を見る。

 

「おいアル。これなーんだ?」


 そんなアルに向かって、俺は懐からあるものを取り出し見せつける。


「なんだ一体? 何を…………おい、イツキ。まさか、お前……ッ」


 俺が取り出したものを見て、アルの顔が徐々に険しいモノへと変わっていく。


「そうだよ。これは13体目のウィッチの魔石だ」

「──ッ!? どういうつもりだ、イツキ!」

「なあアル。勝負しないか?」

「何を言っている?」

「お前は強くなるために魔物になるんだろ? だけどさ、もしここで俺に負けるようなら……魔物化する意味がなくなるんじゃないのか?」


 そうだ。

 アルが道を踏み外す理由は強さゆえだ。

 

 だけど、ここでアルの強さが俺に負ける程度のモノならば……


「……やはりお前はオレの魔女化に反対なんだな」

「当たり前だろが! 正直、昨日までは俺もどうしたいかと分かっていなかったけどさ。でも、思い出したんだ」


 もしオレが折れたら……


 そういったアル言葉を。


「…………そうかよ。なら──」


 フードを脱ぎ捨て、アルは杖と魔導書を構える。

 さらに、アルフォンスの身体から魔力が迸る。

 正面にいるだけで息が苦しくなるほどの絶対的な力。


「教えてやるよ。今のオレの……」


 盾を構え、剣を鞘から抜く。

 腹をくくれイツキ。今のアルは俺が今まで戦った誰よりも……


「──強さを!」


 ──強い!



 アルフォンスとの戦い方は知っている。

 アルは手数で攻めるタイプだ。


 魔法使いが使う基本魔法である、魔力の塊を射出する【魔力弾】と魔力で形成された近接用魔術の【魔術刃】。

 それに加えて、魔導書に予め入力していた魔法による自動攻撃。

 

 出力が低いが連射できるタイプの魔法を巧みに操り、魔法使いには珍しい近距離・中距離での魔法合戦を得意としている。


 だからこそ、アルフォンスとの戦いはいかにアルの弾幕を搔い潜り、近接戦を仕掛けるかが肝要であったのだが……


「おい……おいおいおい! それは反則──」

「問答……無用だ!」


 アルが杖を振るうと、巨大な魔力刃が形成される。

 そのリーチは人間の身の丈を悠に超え、竜種さえ切り捨てられるほどに大きい。


 アルは超巨大な魔力刃を振るう。


 俺は間髪入れずに地面に屈めて避ける。


 高濃度の魔力刃が髪の毛の先端に触れ、きれいに真っ二つになっていた。


「まだだ、イツキ。オレの力はこんなものじゃない!」


 アルが吠えると。今度は魔力刃を消して杖の先端を俺に向ける。

 一瞬の溜めが入るのと同時に、凝縮された魔力の塊が奔流となって俺に向かってきた。


「うそだろ!?」


 回避できればいいと思い、地面に飛び込むようにして、魔力の奔流から逃げる。


「うふふ……どうだ、イツキ。さっきのは全部基本魔法に過ぎない。魔力刃に魔力弾。魔法使いならば誰もが扱える魔法だ。それを……今のオレが扱えば、それだけで大規模魔法の威力になる」

「……ま、まあ少しは強くなっているみたいだな。ちょ、ちょっとびっくりしたよ…ちょっとだけ」

「強がりを。だがこれで分かったはずだ。お前じゃオレには勝てないってことが」


 アルフォンスは鋭い目つきで俺に言った。

 事実、今のアルの魔法の威力は今までの比ではない。


「だが……距離を詰められれば」

「──ならお望み通り……」


 瞬間、アルフォンスが目の前にいた。

 反射的に俺が剣を振り上げるのと同時に、アルも杖に大剣ほどに縮小した魔力刃で迎撃する。


「近接戦をしてやる。少しはもってみせろよ、イツキ」

「後悔……するなよ!」


 近接戦では俺の方に分がある。

 魔力刃を切り払い、アルに向かって剣を振る。


 今までの模擬戦とは違う。

 何としてでもあいつを止めるために、全力を込める。


 直撃コース。

 決まればアルを気絶させる程度はできるだろう。


 勝った。

 そう思った矢先……


「その程度かイツキ?」

「──な!?」

 

 確実に決まったと思った瞬間、アルの動きが加速して俺の剣劇を防いで見せた。


「それ……肉体強化魔法か?」

「ご明察だ。今までのオレでは多少身体能力が増す程度だったが……」


 鍔迫り合いの形になる。

 剣士と魔法使い。加えて、今のアルは身体が女になっているせいで、筋力差だって以前よりもある筈なのに。


「近接戦においても……オレはお前よりも──」


 押し返せない……!?


「──強いんだ!」


 剣を押し返され、体勢を崩される。

 追撃を仕掛けるアルの攻撃に、俺は何とか盾で防ぐ。


 何度かガードが間に合い、直撃は防げた。

 だが、思った以上の力に押され、俺は身体ごと吹き飛ばされてしまう。


「……がは、ごほッ!?」

「これでもオレの強さを認めないのか?」


 地面に投げ出された俺の眼前に、アルフォンスは杖を突きつける。


「ああ、そうだ。認められないね」

「~~っ! ああ、そうかい!ならその身体に刻み付けやるよ!」


 未だアルの強さを認めない俺に、アルは不機嫌そうに魔力刃を振るう。

 俺は何とか剣を振るってはじき返すが、一撃の威力が重く、刃を受けるたびに腕が重くなる。


 だが、今度は弾き飛ばされないよう足を踏ん張って食い下がる。


「どうして今更邪魔をするんだ! お前に何の得があるんだ!?」


 アルフォンスは吠える。

 それに呼応して、魔力刃の速度が上がる。


「うるせー! 上手く言えないけど……お前が間違っていることだけは分かるんだ! 」


 アルの剣速が上がり最早目で追えない。

 それでも捌け続けられるのは、一重に勘だ。

 相棒として見てきたアルの攻撃の癖を頼りにして、何とか凌ぎ続ける。


「どこか間違っている? 見ろイツキ、この魔力を! つい前のオレじゃ考えられない程の力だ! オレは強くなるんだ……だから邪魔をするな……お前は何様のつもりだぁ!」


 そう言ったアルの攻撃は苛烈を極めた。

 既に剣や盾を握る感覚が無い。このままでは負けてしまう。


 認めるしかない。

アルフォンスの方が強い。


 だが、それは力だけだ。


 強さとは力が全てじゃない。

 あの日、その時は分からなかったけど、大事な相棒から教えてもらったんだ。


 俺の強さって奴を。


「──お前の……友達のつもりだ!!」

「──ッ!?」


 ただ気迫だけは、心だけは負けないと。

 思ったままの言葉を吐く。


 その一瞬にアルの攻撃に隙が出来た。


「隙、有りぃいいいい!!」

「な、だが……」


 アルフォンスの手から杖を弾き飛ばす。

 しかし魔法使いの武器は杖だけじゃない。

 アルは腰に下げている魔導書に手を伸ばそうとした。


「どっせぇいいい!」

「う、うわぁ!?」


 俺はアルにタックルをかまし、腰に手を伸ばしてそのまま地面に押さえつける。


「く、離せ! このイノシシ頭!」

「うっさい! でもこれじゃあ魔法は使えないな」


 俺はアルの身体に馬乗りになり、魔導書や予備の杖を遠くへと放り投げた。

 これで、もうアルは魔法を使うことはできない。


「どうだ。形勢逆転だな」


 悔しそうに見上げるアルの顔を見下ろしながら、俺は勝利宣言を言いのけた。



 ▼



「どうだ、アル。俺の勝ちだな」

「…………」


 馬乗りになったアルは負けを認めたのか自棄に大人しい。

 押さえつけている服越しから、アルの女性化した細く柔らかい体の感触がする。


 あれ? この状況って傍から見ると結構やばいんじゃ?


「と、とにかく俺の勝ちだ、アルフォンス」

「……」

「何ていうか今のお前は力に振り回されているっていうか……普段よりも戦い方が下手だった」

「…………」

「結局ズルして手に入れた力って言うのはダメって事なんだよ。だからさ、もうこんな馬鹿なことはやめて──」

「いい加減なことをいうな!」

「──ッ!?」


 アルの足が俺の腰を掴み、さらに伸びてきた手が俺の首を掴む。

 すると、俺の視線がくるりと回転し、いつの間にかアルの方が俺を馬乗りにする形に逆転してしまった。


「な!? こんな技いつの間に──」

「なら、どうしろっていうんだよ! オレは誰よりも強くなりたいのに……この体はようやく見つけた希望なんだぞ!」


 そういってアルは服をはだけさせ、その柔肌を俺に見せつけた。

 完全に女性化したアルの身体。

 それは魔女のように、男を誘惑し堕落させる肉の芸術のように見えた。


「なのに……どうして、お前はなんで……」


 ぶつぶつとアルは独り言を呟き、その眼は据わっている。

 完全に心あらずといった様子で、マウントを返されてしまっているが、簡単に拘束を抜け出せそうではある。


「──ああ、そうか。【うふふ】。そうだよね、そうだった。ごめんね、イツキ。気が付かなかったよ」

「……? アル?」


 アルフォンスの様子が変わる。

 アルの目付きが熱を帯び、アルの口から妙に色っぽい響きが聞こえた。


 明らかに変だ。

 そう思い、このまま再びマウントを取ろうとして気が付く。


 ──なんだ? 身体がしびれて、動けない?


「ご褒美が欲しかったんだよな。お前、確か童貞だろ? …なら、オレがもらってやるからさ」


 アルフォンスの手が艶めかしく、俺の身体を弄る。

 その様子がひどく煽情的で俺は頭が真っ白になる。

 

「だから…オレを本当の魔女にしてくれよ、イツキ」


 そして気が付く、これは魔女が使う魅了の魔法だ。

 今の俺は魔女の魅了の魔法に掛かって言う状態なのだ。

 

 そして、アルの狙いに見当がついた。

 

 おそらく、アルは俺が隠し持っているウィッチの魔石を探っているのだ。

 完全な魔女へと変化するために


「イツキ……イツキイツキイツキイツキイツキ」


 アルは顔をゆっくりと近づけてくる。

 俺の名を呼ぶその柔らかい唇で俺の唇を塞ごうとする。


 駄目だ。

 このままじゃ、今までの頑張りが無駄になる。

 親友を魔物にさせてしまう。


「イツキ」

 動け

「……イツキ」

 動け

「好きだよ、イツキ」

 動け!

 

 動け──!!


 その時、身体に鉄の棒が突き刺さったかのような痛みが走った。

 想像を絶する出来痛に頭が沸騰しそうになる。


 だが、そのおかげか、身体が動かせるようになる。


「な!? イツキ、お前レジストを……」


 アルは急いで俺から距離を取る。

 幸いにもまだウィッチの魔石は取られていない。

 ならば、この勝負を決する方法はただ一つだ。


「こんなものがあるから……」

「──ッ!? やめろイツキ! それはオレの……」

 

 俺は魔石を地面に投げ捨て、剣を拾い上げ振り下ろす。

 アルが俺のことを制止しようと飛び出してくる。

 だが、俺の方が一手速い。


「やめろぉおおお!!」


 アルフォンスの絶叫と共に、魔石が砕ける音が周囲に響き渡った。


「あ、ああ、ああああ」


 砕け散った魔石を見て、アルフォンスは茫然自失となっていた。


「~~っ……くそくそくそ! この馬鹿、アホ、間抜け、童貞! なんで……どうして、分かってくれないんだよ……」


 アルフォンスは頭を抱えて、絞り出すように声を出す。


「焦る気持ちは分かるさ。俺だって、全然強くなれなくて。最近お前は強くなって、すごく嫌な気持ちだったさ。でも……」


 思い出すのは、二人で約束した将来の夢。


「俺たちが初めてあった時、約束しただろ!? 二人で最強の戦士と魔法使いになるって!」


 思い出すのは、馬鹿な真似を止めてくれといったアルの姿。


「だからお前は魔女にはさせない! ここでお前を止めるんだ!」

「………………やっぱり、お前は強いなイツキ」


 頭を抱え項垂れていたアルが、ゆっくりと顔を上げる。

 その眼は赤く腫れていた。

 

「お前、泣いて」

「お前強いから……だからオレは弱くなったんだ。だから……もう、お前とはサヨナラだ」

「え、何を言って……」


 そういってアルフォンスは懐から宝石を取り出す。

 それを地面に叩きつけると、視界いっぱいを覆うほどの光で溢れた。


「じゃあな、イツキ。もう、オレのことは探すなよ」

「おい、アル! アルフォンス!」


 目が慣れるとそこには誰もいなかった。

 

 その日以降、アルフォンスは街から姿を消した。



 アルフォンスの失踪から、数日が経った。

 あれから、俺も方々を探したが、結局見つかることはできなかった。


 いつも行っていた狩場にも、道具屋にも、宿にも。

 そもそも街からその姿を消していた。


「……アル、お前は一体どこにいるんだよ」


 冒険者ギルドの酒場にて、俺は食事を摘まみつつ、アルの行方が分からず途方に暮れていた。

 もしかしたらまたウィッチの討伐をやるかもと思ってギルドの掲示板を見張っているが、めぼしい依頼見当たらない。


「完全に手詰まりだ」


 今できることと言ったら、酒場の冒険者の噂話を拾ったり、新聞を見たりして情報を集めるくらいだ。


「新聞なんてアルにいつも読んでもらって読んだことなかったし……字が多い。えーなになに」


 見出しにはいろいろと書いてあるが、俺のほしい情報は皆無だ。

 お偉いさんのスキャンダル。龍の襲撃情報。知らない人間のコラム。ダンジョンの攻略情報について。エトセトラ。


「目が痛い。やっぱりめぼしい情報はないな……ん?」


 流し目で新聞を見ていると、紙面の片隅に小さい記事が載っていた。

 それは、とある貴族の家に、魔女と思われる魔物が襲撃し、返り討ちにされたというものだった。


「…………これって」


 記事をよく見る。

 そして記事に書かれていた襲撃された貴族の名前と、その街の名に俺は覚えがあった。


「これ確かアルの。そこを魔女が襲撃って……」


 不思議と確信があった。

 多分、この貴族を襲撃した魔女っていうのは……


「今なら馬車に乗れば夕暮れ前にはつくな。……行くか」


 俺は逸る鼓動を抑えながら、素早く行動を開始した。

 目指すはアルの生まれ故郷だ。



 ▼



 件の街についた。

 日がもうすぐ沈みそうな時間であり、建物が夕焼けに彩られ始めている。


「さて……あいつを探すのに今日は流石に遅いか?」


 そんな事を思っていると、街から離れた森から一本の巨大な樹木が生えているのに気が付いた。

 世界樹ほどでは無いにしろ、樹齢数千年は経っているであろう立派な樹木だ。


「そういえば……」


 昔アルから聞いたことがある。

 街の外にある老齢の樹木の根元に、秘密基地を作ってよく特訓をしていたと。


「まあ、モノは試しって言うし。行ってみるか」

 

 日が沈むまでまだ時間はある。

 俺は軽い気持ちで遠くに見える樹木の根元へと向かった。



 ▼



 老齢の樹木の根元は不思議な場所だった。

 木漏れ日で照らされた広場があり、そこには誰かが持ち込んだであろう訓練用具がうち捨てられていた。


 秘密基地。 

 そう語ったアルの気持ちが分かる。


 確かにこの光景は、幼い子供が思い描く秘密基地そのものだ。


「でも人の手が入った様子はないし。流石にここには居ない──」


 そう思った矢先、ガサリと何かが動く気配がした。

 その気配が、樹木の根元にある、洞穴から聞こえてきた。


「……行くか」


 剣を引き抜く、俺はゆっくりと近づく。

 魔物や野生動物が隠れているだけかもしれない。


 だが、もしかしたら……


 そう思ってると、洞穴から微かな匂いを感じた。

 それは、ミルクのような甘い匂いで……


「いるのか、アル!」


 何も考えず、俺は洞穴の中に入った。

 中は思ったよりも暖かくて、暗い。

 俺は急いで灯りをつけて掲げると……


「アル、やっぱりここにいたのか」


 奥には、典型的な魔女の姿をした女性……いや、女性化したアルフォンスが横わたっていた。


「……ん? その声、イツキ……か?」


 力のないか細い声だが、まだ生きているみたいだ。

 俺は急いでアルの元へと駆け寄った。


「おいアル。大丈夫か? 随分ボロボロ見たいだけど……」

「…お前のせいだぞ、イツキ。儀式は全で終わって、オレはただ女の身体になっただけで終わっちまった。当初の予定じゃ、魔女の膨大な魔力で最強になっていた筈なのに」


 ボロボロではあるが、憎まれ口をたたかく程度には元気があるようだ、少し安心する、


「どうしてオレがここにいるのが分かったんだ?」

「お前の実家っぽい貴族の家に魔女みたいな魔物が襲撃したっていう記事を見たんだ。もしやって思ったらビンゴだったわけだ」


 アルはそうか、と短く答える。

 以前のような覇気がない。


 どうにも傷のせいという訳ではないように見える。


「なあ、アル。お前今まで何をしていたんだよ?」

「……変わらないさ。強くなる。そのために努力を続けていたよ。…でも分かったんだ。多分、完全に魔女になってもオレはオレが理想とする力を得られなかった。少し強くなって本当の意味で実感したんだ。オレの才能の無さって奴を」

 

 アルフォンスの顔には諦観の二文字が見て取れた。


「……戦ったのか、家族の人たちと」

「ああ。今のオレならあの人たちにも勝てるかもって思ったんだ。……結果は見ての通りだ。……惨敗だ。手も足も……出なかった」


 アルの声が若干震えている。

 もしかして、泣いているのだろうか? 灯りが影になって、アルの目元は見えない。

 

「なんか…折れちまった。どんなに頑張っても。どんな邪法を使っても。オレは……オレの目指す強さを得られないんだ」


 そういって、アルはフラフラと立ち上がる。

 傷のせいか、足取りは不安定だ。


「お、おい。急に立つと危ないって……」


 すると、やはりぐらりとアルの身体が傾く


「危ない!」


 俺は急いでアルの身体を抱きとめる。

 急いでいたせいか、正面から抱きしめる形になる。


「おいアル! お前大丈夫──」

「……女って役得だよな」

 

 アルは体重を預けながら、俺の胸に顔を埋める。

 俺を掴むその腕には若干力が籠る。


「こうして男に体を預ければ、勝手に慰めてくれるんだからさ。…おい、童貞」

「な、ど、童貞じゃ……」

「童貞だろ、どう見ても。そうじゃないって言うなら、もっと強く抱きしめろ」


 埋めている場所が若干湿っている。

 多分泣いているのだろうか?


 ……童貞だから分からないが……


「えっと……こ、こうでしょうか?」


 壊れモノを扱うかのように、優しく、繊細にアルの肩を抱き寄せる。

 思った以上に細くて、軽くて。アルは本当に女の身体になってしまったのだと今更ながら実感する。


「もうちょっと強く」

「はい」

「それで、お前はオレをどうしたいんだよ」

「…………考えていなかった。何としてでも見つけないって思ってはいたけど、それ以上は」

「なら兄さん達がそのうちオレのことを賞金首するから、ほとぼりが冷めるまでオレを匿え」

「えっと、はい」

「もし兄さんたちに見つかったら、お前がオレを守れよ」

「はい……はい!?」

「なんだ、いやなのか?」

「え、いや……はい。わかりました」

「それから──」


 アルフォンスは俺に色んな頼みごとをした。

 それは以前のあいつだったら絶対言わないような、アルの弱い部分で。


 今のアルはそれは恥ずかしげ無く俺に言うのだ。


「……多分、少しの間だけだから」

「え、何だよ急に」


 アルはまだ俺の胸から離れることはない。

 だが、既に涙は渇き、声色に多少覇気が戻ってきかのように思えた。


「……今だけだ、こんな姿を晒すのは。今だけ、お前に甘えさせてほしいんだ。だから、今だけはオレのことちゃんと女の子扱いしろよ」

「……はあ。わかった。わかりましたよ、魔女様」

「魔女じゃない。お姫様、だ」





 数年後、冒険者ギルドにて。


 ギルドの冒険者たちは一つの話題で持ちきりだった。

 曰く、戦士と魔法使いのコンビが竜の襲撃から街を守ったという話題だ。


 その話題を聞き、ベテラン勢の冒険者たちは話題には尾ひれがついただけで、龍は龍でも低級のワイバーンに過ぎず、それほど大したもんじゃないと酒を飲む。


 対して 新米冒険者たちは、その新たな冒険譚に憧れを抱き、自分たちもそうなりたいと言って、依頼書をはぎ取っていく。


「すごい話題だよな。実際は大したことしてないのに」

「そうだな。お前が逃げ回って、オレがとどめを刺しただけだしな」

「うう……はい。いつもお世話になっております。でもさ、俺が肉壁になっているからお前が活躍していると思うんですけど」

「ああ、それは分かっているよ、だから埋め合わせはするさ」

「埋め合わせって?」

「そうだな、晩飯くらいは奢ってやる、だから、ちゃんとエスコートしろよ」

「へいへい。わかりましたよ、お姫様」

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親友の魔法使いが何故か女装してデートしようと言ってくるのだが? @tukamoto0402

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