29. 冒険者
翌朝。朝食を食べてから、初瀬さんとダンジョンに向かう。
「昨日は眠れた?」
「え、まぁ、はい」
「そうか。あのコンテナだと、眠れない人とかいるからさ。俺も最初はそうだったし」
「なるほど」
確かに雑魚寝ということもあって、人を選ぶ睡眠環境ではあった。しかし、俺はとくに気にせず眠ることができた。
(むしろ、俺が眠れなかった理由は、考え事が原因だ)
ダンジョンの入口を見据える。自分がもったいないことをしているかどうか、見極めたいところだ。
軽井沢ダンジョンでやることと言えば、地下10階のドラゴンを倒す方法を探すか、とにかくモンスターを倒すかだ。アマゾンに出現したときは、モンスターがあふれ出したせいで、災害が起きた。だから、できるだけモンスターを倒し、数を減らそうとしている。
「意味のない対策だけどな」と初瀬さんは言う。「現場にいた冒険者の話とか読むと、急に増えだして、手が回らなくなったらしい。だから、どっかのタイミングで増えるんじゃないかと俺は睨んでいる」
「ちなみに、そのタイミングっていつくらいになると思いますか?」
「アマゾンのときは、2か月だったらしいし、ここもそろそろだろ」
「へぇ」
初瀬さんの聞いた話が本当なら、確かに意味のない対策だ。でも、モンスターを倒せば倒すほど、消費アイテムが手に入るので、無意味とは言い切れない気もした。
「まぁ、俺はモンスターと戦えれば、それで十分なんだけど」
「それは私も同感です」
「よし、なら、『ファンタジー』を楽しもうぜ!」
俺たちはダンジョンに入った。
装備は昨日と同じだ。氷の杖の使い方がわかり始めたので、今日でマスターしたい。
地下2階へ向かう道中で、早速モンスターが現れる。スライムドラゴンだ。形は跳竜に似ているが、体は粘着質な緑色の液体でできていた。コアと思しき赤い球体が2つ、目玉の位置にあって、ぎょろぎょろ動いている。
スライムドラゴンがスライム上司に変化していく。そこで俺は、大きく息を吐き、スライムドラゴンを見据えた。俺が対峙している相手は上司じゃない。モンスターだ。その意識付けで、スライムドラゴンが上司になるのを拒む。
スライムドラゴンは前に突き出た口を大きく開いた。スライムドラゴンの体がぶるぶると震える。あれが、スライムドラゴンの威嚇なのだろう。
(へぇ、面白いじゃん)
俺には余裕があった。初めてゴブリンと対峙した時、怖くて動けなかった。しかし今の俺は違う。上司を殴り続けた成果か。モンスターが怖くない。むしろ、相手は上司ではないはずなのに、倒したい衝動に駆られる。今なら、いつもの調子でモンスターと戦える。
「初瀬さん」
「何だ?」
「あいつは俺が倒していいですか?」
初瀬さんは何かを察したのか、にやりと笑う。
「もちろんだ」
その言葉を合図に、俺は駆け出す。
スライムドラゴンが俺に向かって、球形の液体を放った。やつの体液。当たったら溶けるやつ。俺は杖をバットのように持ち替え、魔力を注入する。杖先で氷の風が渦巻いた。液体に狙いを定め、魔法を発動しながら、バットを振る。このとき、氷の風を意識した。一局に集めるのではなく、杖先の周囲を凍らせる感じ。そのイメージと液体にぶつかるタイミングが重なった時、液体が一瞬で凍る。そして、塊となった球体をスライムドラゴンに向かって、打ち返した。
俺の打球はスライムドラゴンの顔面の左側に当たって、コアを体外へ押し出した。
悶えるスライムドラゴン。左側のコアを失ったことで、顔の左半分が溶け始める。スライムドラゴンは慌てて、こぼれる左半分を抑えた。
(そんなことしている場合かよ)
スライムドラゴンが俺に気づいたときにはもう遅い。俺はスライムドラゴンの残ったコアを狙って、杖を振り下ろした。当たる瞬間に魔法を発動し、周囲の液体ごと氷漬けにする。そして氷の塊を地面に叩きつけ、砕いた。
粉々になるスライムドラゴンのコア。コアを失った体はドロドロに溶け、黒い霧になった。
残ったポーションを拾い、倒したことを実感する。
そして、わかった。
俺は、嫌いな奴を重ねなくとも、モンスターと戦えるし、モンスターを倒した達成感には、上司を殴ったときにはない爽やかさがある。
「やるじゃん。昨日より、気合が入っているように見えたぜ」
「ありがとうございます。あと、昨日、初瀬さんの言葉の意味もわかった気がします。確かに俺は、もったいないことをしていました。うまく言えないんですけど、モンスターとしての『スライムドラゴン』を倒したことで、俺は何というか、『冒険者』になれた気がします」
「その通りだ」と初瀬さんは笑う。「今までの宿須君は、『冒険者』というよりも、『殺人鬼』とか『暗殺者』とか、そういった類の顔つきになっていた。でも、今の宿須君の顔つきは、『冒険者』のそれだよ」
初瀬さんは右手を差し出した。
「ようこそ、『ファンタジーの世界』へ」
俺は初瀬さんに微笑み返し、その右手を握った。
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