腐ったミカンの下剋上

20. 霞ヶ浦ダンジョン➂

　集合場所に戻った俺は、斎藤という男のパーティーに入れられ、ダンジョン攻略することになった。

　ダンジョンに入った瞬間、ボロボロだった黒衣の厚みが増し、風の杖の杖先にある宝石に輝きが戻る。萎えていた俺の気持ちも蘇り、自然と楽しくなってきた。

（さて、今日は何人の上司を殴れるかな？）

　水の洞窟には水が満ちていて、足首ほどまで水に浸ったが、黒魔導士のブーツには、防水性があるらしく、足が濡れることはなかった。

　しばらく進んでいると、大きなカエルが2体ほど現れた。よく見ると、太った上司だった。だから、風の杖で殴りかかろうとしたら、斎藤に留められる。

「おい、黒魔導士が前に出たら、ダメだろ！」

「でも、試したいことがあるんで」

「試したいこと？　そんなの知らん。お前は1類なんだから、黙って俺の言うことを聞け！」

「……わかりました」

　俺は斎藤の言葉に従って、渋々引き下がる。目の前に嫌いな上司がいるのに、殴れないもどかしさに唇を噛む。

「よし！　なら、まずは前衛で攻撃しよう。後衛はサポートをよろしく」

「はい！」と弓使いの男が答える。

「……はい」と俺も一応答える。

「行くぞ、うおおお！」

　槍使いの斎藤と、2人の剣士が小太り上司に戦いを挑む。

　この時点で、俺のやる気は失われつつあった。しかし、一応杖を構えて、サポートできるようにはした。が、戦い始めて気づいた。

（邪魔すぎだろ、あいつら）

　前衛が好き勝手に動くから、魔法を撃ったら、巻き込んでしまいそうだった。だから、迂闊に魔法を発動できない。

「ああ！」

　と剣士の一人が情けない声を上げる。見ると、彼の剣が上司の長い舌に巻かれ、彼の手から放れた。

（あの人、死ぬかも）

　他の2人はもう一体の上司と交戦している。だから、助けるなら俺か弓使いのどちらかだが、剣士が俺と上司の間に立っているから、俺は魔法を発動できない。

　弓使いに視線を走らせる。彼は、弓道でもやっていたのか、きれいなフォームで矢を引いていた。しかしその顔は強張っていて、不安になる。

（早く撃てよ）

　と思った瞬間、弓使いは上司に向かって矢を放った。が、上司の頭をかすめ、命中しない。

「何をやっているんだ！」

　剣士が怒声を飛ばす。助けてもらう側の反応とは思えない態度だ。上司は舌に巻いた剣を投げ捨てると、剣士に狙いを定めた。

（しゃーない）

　俺は駆け出し、剣士に向かって叫んだ。

「しゃがんで！」

「あ、え」

　しかし剣士は困惑し、反応が遅い。

　俺は舌打ちして、剣士に左手を伸ばす。剣士の鎧の首元を掴んで、引き倒した。同じタイミングで上司が長い舌を伸ばす。一瞬で舌が伸びるが、俺には伸びる様がスローモーションで見えた。俺はあえて風の杖を突き出し、舌を絡ませた。瞬間、魔法を発動する。杖先で鎌鼬が発生し、上司の舌を切り裂いた。

　ぎゃっ、とのけ反る上司。俺はその横顔を、風の杖で殴り飛ばした。皮膚が薄い頬の部分。ぶつかる寸前に、魔法を発動し、打撃と斬撃の合わせコンボで上司の顔の半分を削る。顔を抑えて、悶える上司の首に落ちていた剣を突き刺して、止めを刺す。

　もう一体の上司に目を向ける。2人は上司に苦戦していた。しかし、上司の背中ががら空きだったので、そこに向かって、鎌鼬を放つ。背中を斬られ、反り返る上司。その隙を逃さず、斎藤たちが止めを刺した。

　上司が大きなカエルになり、黒い霧となって消えた。

　訪れる静寂。

　自分で言うことはないかもしれないが、俺がいなかったら、ヤバかったかもしれない。

　しかし斎藤は、俺を見て言った。

「黒魔導士が動き回るのは好きじゃない」

　その言葉を聞き、俺は完全にやる気を失った。

　それから5時間ほど攻略を行い、今日の攻略は終了することになった。疲労なんてポーションを飲めば回復できると思ったが、2類冒険者様の言うことなので従うしかない。

　俺はダンジョンから出ると、武器や防具を返却し、そのまま受付に向かった。

　歩きながら、男の言葉を思い返す。

『俺には嫌いな奴とは仕事をしないというモットーがある』

　本当にその通りだと思う。嫌いな奴とは仕事をしない方がいい。

　俺は雀の涙ほどの報酬とスキルカードを提示したことによる前回分の報酬を受け取って、さっさと家に帰った。