8. 狂戦士

 攻略を続けるうちにわかったことがある。俺が今攻略しているダンジョンは、ゴブリンの巣窟らしい。モンスターがゴブリンしかいなかった。


 だからと言って、ガッカリすることはない。上司を筆頭に、俺を苦しめてきた多くの人間を何度も殴れるからだ。俺には、ゴブリンが彼らにしか見えなかった。そして彼らを殴り続けても、飽きることはなく、見つけるたびに殺意が湧いて、何度でも殴ることができた。


 正直、この凶暴な攻撃性には、俺自身驚いている。俺という人間は、虫も殺せない臆病者だった。そんな俺が、躊躇いもなく、どうして殴れるようになったのか。


 少し考えて、答えがわかった。今の俺には、武器があるからだ。ある種の人間は、車のハンドルを握ると人が変わるというが、俺もその類の人間らしい。今は、ムカついたらぶん殴ればいいと思っている。これはもう、『狂戦士』としか言いようがない状態だ。


 狂戦士なんて普通は敬遠されるかもしれないが、俺は狂戦士になって良かったと思う。身体能力や戦闘能力が明らかに上がっているからだ。狂戦士となることで、身も心もリミッターが外れ、俺は強くなれた。だから、ダンジョン初心者でも、攻略を続けることができる。


 途中で宝箱を見つけた。中には『銅の剣』があったので、上司で試し切りした。しかし、『斬る』感覚よりも、『殴る』感覚の方が、上司に対するモヤモヤが一気に晴れる感じがして、気持ちよかった。


 だから俺は『木の棍棒』を握った。


 何も考えず、たまに『炎の杖』を使いながら、ただひたすらに殴り続けた。


 殴り続けていたら、大きな広場に出た。物陰に身を潜め、観察する。そこに身長が2メートルはある筋骨隆々の大きなゴブリンがいた。巨大な棍棒を持ち、睨みを利かせている。周りにいるゴブリンは、彼に恐縮した感じで、警戒に当たっていた。威圧的な態度で周りを従える様は、俺の知る上司に一番近い。


 多分、彼がこのダンジョンの『ヌシ』だ。彼を倒せば、このダンジョンが消える。だからこそ、俺はためらった。嫌いな連中を殴れなくなるからだ。


(もっと気持ちよくなりたいよな)


 だから、棍棒を握って考える。


 狂戦士になった俺がどのように考えるか。


 答えはすぐに出た。


 あいつを殴る。


 ダンジョンなんて他にもあるし、このダンジョンが消えても、新たなダンジョンが出現する。でも、殴りたい相手がこの先のダンジョンにいるとは限らない。だから、殴れるときに思いっきり殴る。それが一番だと思った。


 俺はポケットにあるポーションを取り出して、体力を回復した。また、『魔力ポーション』を飲んで、魔力も回復する。魔力が足りなくなると、頭がぼーとして、渇きのようなものを感じたが、魔力ポーションを飲むと、頭の中がすっきりして、渇きが満たされる。


(視界良好。元気一杯。戦う準備はできた)


 緊張はする。これから戦う敵は、今まで一番の強敵だと思う。もしかしたら、死ぬかもしれない。死ぬつもりでこのダンジョンに来たから、それは覚悟しているはずなのに、いざその状況になると、ビビってしまう。


 だから、棍棒を握った。


 その瞬間、不安や迷いのようなものは無くなって、『上司を殴る』という強い信念が、俺を動かした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る