9. 大上司①

 大きく深呼吸してから、俺は広場へと飛び出した。


 突然の来訪者に驚くゴブリン。緑色の一団は、俺を苦しめた人々へ変わり、中心に居座る大きな上司の間抜け面に、俺は火球を放った。


 大上司の顔面に火球が直撃する。大上司はよろけるも、踏みとどまった。黒煙が晴れ、怒りに満ちた目で俺を睨む。さすがにヌシともなると、一撃で倒せるような簡単な相手ではないらしい。


 大上司が雄叫びを上げ、周りの雑魚どもが顔色を変えて、俺に襲い掛かってきた。


 その数はおよそ100。まともに相手をしても、多勢に無勢なので、俺は来た道を戻り、奴らを狭い通路に誘い込む。案の定、雑魚どもが追いかけてきた。狭い通路なら、どれだけいようが、戦う数を制限できる。俺は振り返り、先頭を走る上司の足元に、火球を放った。


「ギィァッ」


 と上司は跳んで火球を避けるも、着地した際に、後ろの高校時代の担任に押され、倒れた。後ろにいた担任は上司を踏んで体勢を崩す。そこから後ろにいた連中が折り重なるように倒れ、陣形が崩れた。


(うまくいったな)


 しかし、喜んでいる時間はない。上司たちが倒れた仲間を踏んづけて、追いかけてくるからだ。熱心すぎる仕事ぶりに、俺は思わず笑ってしまった。彼ららしい行動と言えば、彼ららしいが。


 俺は走って、彼らとの距離をとる。


(でも、まぁ、それほど恐れる必要はないかな)


 猪突猛進的に迫ってくるなら、同じ方法で片づけることができる。


 もう一度転倒させようと思ったとき、空気が震えるほどの咆哮が通路の奥から聞こえた。


 嫌な予感がした。


 そして、その予感は的中する。


 大上司が、棍棒で雑魚どもをなぎ払い、あるいは踏み潰して、追いかけてきた。率先して仕事をする姿は上司の鑑だが、部下を邪魔者扱いする様は、見ていて気持ちの良いものではなかった。


 大上司に向かって、試しに火球を撃ってみた。胸に直撃し、苦悶の表情を浮かべるも、大上司は止まらない。歩幅の長い走りで、距離が徐々に詰まる。


 そのとき、前方に明かりが見えた。新たなゴブリンか――と思ったが、最初にあったヤンチャな集団だった。


 俺はすぐさま声を上げる。


「ヌシです! 逃げてください!」


 しかし、ヤンチャな集団は不敵な笑みを浮かべると、剣を抜いて構えた。


「今回のターゲットだ! 行くぞ、お前ら!」


「おぉう!」


 ヤンチャな集団は俺の隣を過ぎ、大上司へ駆け寄った。


(強いのか!)


 振り返って確認する。斧を持った小太りの坊主が、大上司に向かって、斧を振った。しかし斧が当たる前に、大上司に薙ぎ払われ、壁にぶつかる。


 黒髪のリーゼントが槍で刺そうとしたが、大上司はその槍を掴む。


「なっ」


 驚くリーゼント。大上司は棍棒を振り上げ、リーゼントを叩き潰そうとする。がら空きとなったわき腹に、金髪が剣を振るう。が、皮膚が固いのか浅い傷しかつけることができなかった。


「かっちゃん、逃げろ!」


 金髪が吠えると、リーゼントは槍から手を放し、後方に飛ぶ。大上司の一撃は空を切る。しかし大上司は、槍を持ち替え、投擲した。槍がリーゼントの右肩を貫き、「ぎゃっ」と悶絶する。


 大上司は、金髪に向かって、棍棒を振るう。金髪は軽い身のこなしで大上司の攻撃を避けるも、時間の問題な気がした。


「うおおおおお!」


 と剃り込みの入った長身の男が、鉄のグローブをはめた拳で大上司に殴りかかった。左のわき腹に一発。よろけたボディにもう一発。さらに、もう一発叩き込もうとしたところで、大上司の蹴りが男を襲い、吹き飛ばされて、壁に激突した。


「おい、あんた!」と俺の隣にいたソフトモヒカンが言う。


「私ですか?」


「そうだ。あんたのそれ、炎の杖か?」


「そうです」


「よし、なら」と言って、男はバックから黒い粉の入った瓶を取り出す。「俺がこいつをぶつける。そこを狙って、火球を撃ってくれ!」


「え、あ、はい」


 その粉の正体について気になったが、聞いている余裕もなかったので、すぐに杖を構える。


 男が瓶を投げた。


 その瞬間、世界がスローモーションに見え、瓶の軌道を冷静に分析することができた。俺は杖に魔力を流し、火球を放つ。瓶が大上司の背中に当たって、跳ねる。俺の放った火球が瓶を飲み込み――ひときわ大きな爆発が起きた。


「よし!」と男はガッツポーズ。


「今のは?」


「火薬だ。べつのダンジョンで見つけたやつがあったんだ!」


「なるほど」


 黒煙をまとった大上司が膝をついた。


「やったか!」


 男は嬉々とした表情で語る。しかし、大上司は立ち上がった。背中は黒く煤け、肉が見えて惨たらしい。それでも大上司は生きていて、筋が浮かぶほどの形相で俺たちを睨んだ。

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