第13話 離宮にて

 さぁ!

 いざ!

 ロレンス様の魔法授業〜ッ!!


 と、言うことでやってきましたのは王城の敷地の端にあります離宮でございます! 離宮と言っても王族の方々のお住まいですからそれはもう豪華絢爛で……

 と言うわけもなく。

 もちろん広々としてるんだけど、こちらも絢爛と言うより堅牢と言うか…もう、ほんと戦いになっても簡単に吹き飛ばされないわよと言う気概の感じられる石造りの館なのよね……。

 いや、何代か前までは普通に戦時だったと思えばね、名残はあるわよね……。いやぁ、よく知らないけどこう言うのって平和な統治になってから豪華に作り替えられたりするものじゃないのかな。よく知らないけど。

 魔法の訓練は広い場所も必要という事で、いくつかある離宮の中でも端の方の、広い芝生の広場付きの建物と言われたんだけど……。

 それよりもっと気になるものが館の横に建っている。

 蔦の生い茂った、塔だ。

 館に勝手に入っていいと言われてきた私達だったけど、入るより気になってじっと観察しちゃったよね。何だろうあれ……使われてるのかな? 見張り台として使っていたとか……? とあれやこれや考察していると、館の方から誰か出てきてしまった。


「姿は見えたのになかなか来ないと思ったら、こんなところで塔の観察かい?」


 穏やかで落ち着いた低い声。やってきたのはシャツの上にガウンを羽織った男性だった。

 オリーブ色の髪は長く、毛先に近い位置を緩く結えて前に流している。少しアンニュイな雰囲気によく似合ってる……この方がロレンス王弟殿下なのね……。

 スピンオフ小説では痩せこけて錯乱した挿絵しかなかったけど、こうして見るととってもステキだわ。既に若干頰がこけている気がするのが気になるけど……。


「叔父上! お久しぶりです!」

「トール、大きくなったねえ」


 トラヴィス様がロレンス様に駆け寄る。ロレンス様は嬉しそうに目を細め、トラヴィス様の頭を撫でた。深緑と陽光とイケメンとイケショタ……何というシチュエーション……最高か? これを新スチルとする!! 録画機能を早く実装してほしい。


「魔法の訓練、受けてくださってありがとうございます」

「なに、兄上の頼みなら断る道理もないよ。可愛い甥っ子に会えるとあっては尚更ね」


 ロレンス様が軽くウインクする。ウワッ、イケメンだ……ロレンス様ってこの暗殺事件の時以外出てこないけど、独身でいらっしゃるのよね……? こんなイケメン、絶対同年代の令嬢たちが放っておかなかったでしょうに……もしかして本当に、愛する国王陛下を支えるために独身を貫いて……?!(※妄想の可能性があります) えっ、ヤダ健気……!! ほんとどこまで一途なの……!(※妄想のry)

 脳内妄想が爆発しそうになっていたところで、急にトラヴィス様がこっちに振り返った。ロレンス様の視線もついてきたので一瞬ドキッとする。大丈夫よアルスリーナ、多分顔には出てなかったと思うわ、多分ね。


「叔父上、サイラス・ノックノットとアルスリーナ・ロッテンバーグです」


 トラヴィス様に紹介していただいて、サイラスと一緒に深く礼をする。すぐにロレンス様から「楽にしていいよ」と声が掛かったので顔を上げると、ニコニコ笑顔のナイスミドルがトラヴィス様と一緒に目の前までやってきていた。


「やぁ、ザックス騎士団長のご子息と、ブレンダン宰相の自慢のお嬢さんだね。会えて嬉しいよ」

「光栄です、ロレンス閣下。ノックノット公爵が三男、サイラスと申します」

「ロッテンバーグ公爵が長女、アルスリーナです。この度は、私のような騎士職に所縁のない者まで勉学の席に加えていただきありがとうございます」


 サイラスと2人、改めて挨拶をする。ロレンス様の言ってた「自慢のお嬢さん」ってところちょっと気になったけど、聞かなかったことにした。お父さま、ロレンス様にまで私の話してる……?


「立ち話も何だし、まずはお茶でも飲みながら授業の流れの話でもしようか。着いておいで」


 ロレンス様の後について、私たちは館に足を踏み入れた。

 広い玄関ホールには正面に彫刻が置かれていて、左右を囲むように二階へと続く階段がカーブを描いている。通常、貴族の館では玄関ポーチやこういうホールに侍女や執事が待機してお客様を出迎えたらするんだけど……誰もいない。


「おいで、こっちだ」


 ロレンス様は気にも留めず、ホールの右手の部屋に入っていった。



 ロレンス様について部屋に入ると、そこは応接室のようだった。壁際に並んでいるのは可愛らしいティーセットが陳列された飾り用の食器棚、中央のローテーブルは大理石に金の縁取り。恐らく深緑のソファとセットで作られたんでしょうね、どちらも金の猫脚でとっても可愛い。

 天井からは大きなシャンデリアが釣り下がっているけれど、今はお庭に面したテラスに出るガラス戸が大きく開放されていて、そこから降り注ぐ陽光が部屋の中を十分照らしているから灯りは点いていない。

 奥の壁には絵画がいくつも掛かっているし、絨毯もふかふか。絵画のほかにも調度品が壁に沿って沢山並んでいて、広いお部屋なのにそこはかとなく荷物が多くてごっちゃりした感がある。

 こんなに一部屋に詰め込まなくてもいいのでは……?

 それよりなにより気になったのは大理石のローテーブルの上に所狭しと置かれたお菓子とティーポットだわ……ティーセットも4つ出てるけど、お茶ははまだカップに注がれていない。


「さ、好きなところに掛けて」


 ロレンス様が奥の窓辺側へ。お隣にトラヴィス様が回られる。サイラスがロレンス様のお向かいで、私がトラヴィス様のお向かいね。きれいなお庭とイケメンたちを同時に見られるなんて特等席貰っちゃっていいのかしら。


「まずはお茶にしよう。天気がいいから喉が渇いただろう」


 ロレンス様がにこにこ笑いながらティーポットに手を伸ばすので、私とサイラスが慌てて立ち上がった。


「殿下、私が!」

「いいえサイラス、ここは私が!」


 この中で一番偉い殿下にお茶を淹れてもらうなんて無礼どころの話じゃないわ! 私とサイラスは同じ序列の公爵家だけど、男女って考えるとこの中で一番の下っ端は私だ。

 お紅茶なんて前世でも正しい淹れ方知らないけど、それでも最近はユマや王宮の侍女さんたちが紅茶を淹れてくれるのをガン見したりしてたのよね! たぶんわかるはず!

 けど、ロレンス様は立ち上がった私たちを手を挙げて制し、


「いい、いい、気にしないで。せっかく来てくれたんだからこれくらいのこと自分でするさ」

「しかし……」

「いい子たちだね。大丈夫、二人の父君には、礼儀作法のしっかりした子達だと伝えておくから、ここは私に任せてくれ。仕事以外何もできない大人だと思われたくないからね」

「し……承知しました」


 私とサイラスは一瞬目を見合わせたけど、すごすご引き下がった。多分これ以上食い下がっても心象が悪くなるだけの気がするし……。というか貴族の大人って基本衣食に関して自分でしなくない? 出来なくても普通なのでは……?

 ロレンス様は本当に気にも留めてないみたいで、ご機嫌で一つ一つのカップに紅茶を注いでいく。綺麗な赤色……。それにとってもいい匂いだわ。


「叔父上、僕が覚えたら淹れてもいいですか?」

「ははっ、トール、君は小さいときティーポットが重くて中身を全部ぶちまけたろう。絶対やらないと誓ったんじゃなかったか?」


 えっ、トラヴィス様可愛い~! 小さいときそんなことしてたの?! 絶対可愛いやん……絶対やらないとか完全に拗ねちゃった子供やん……何歳くらいの時ですか、詳しく聞きたいんですけど。


「今はあの時より力が付きましたよ! 叔父上をなぎ倒せるくらいに!」

「そんなに力つくことある? 君8歳だよね?」


 トラヴィス様が力こぶを作る仕草を見て、ロレンス様が困惑の表情を浮かべる。いや、わかる。この人の場合冗談なのか誇張なのかガチなのかちょっと判別つかない。サイラスもなんか半笑いだし。

 そうこうしている間に淹れたての紅茶が目の前に置かれる。「遠慮せずどうぞ」と勧められるまま、お礼を言ってカップを手にした。いい香り……それに温度もちょうどいいかも。

 そっと口をつけてみると……うん、ちょっと……渋いかも。私はまぁ、これはこれで好きだけど……。前世で淹れ方もよくわからないままティーパックをマグに入れっぱなしにして濃く出しすぎた時みたいで。

 何というべきか……と思っていると、同じように紅茶を飲んだロレンス様が難しい顔をした。


「うーん、子供にはちょっと苦かったかな……。お湯足す? お砂糖か、ミルクもあるよ、たぶん」


 たぶん……。お湯足すの、アリなんだ? この人王族だよね……?


「あっ、お気遣いいただきありがとうございます! ですがお菓子と一緒に頂いたら、丁度良いお味になりそうです!」


 あるかどうか怪しいミルクを所望するとこの人自分で探しに行きそうだし、この返答が無難かなぁ……。ちょうどテーブルの上には種類問わず大量のお菓子が置いてあるし。

 いや本当にこれ、テーブルが見えないくらい所狭しと置いてあるの。隙間埋めるん好きなんか? クッキーはもちろん、スコーンにマカロン、カヌレ、色んな種類のプチケーキ、マドレーヌ、フィナンシェ、チョコレート……ティーパーティのビュッフェかな?


「おっ、そうかな?! そうだ、君たちは何が好きかわからなかったからとりあえず王都で流行っている菓子を片っ端から作ってもらったんだ。どれもおいしいと思うから、遠慮なく食べなさい」


 ロレンス様は「これは○○のクッキーで、これは□□で~」と菓子の簡単な説明を始める。手を付けていいものかと思案しているとトラヴィス様がクッキーを両手で一枚ずつ取って、そのまま私とサイラスに手渡してきた。


「頂きます、叔父上。食べながら魔法の訓練の話もしましょう」


 そう言ってトラヴィス様は、自身もまた別の焼き菓子を手にする。これは……「王子殿下から直々に頂いたら食べないわけにはいけない」作戦!! 私とサイラスが手を出しにくいことを察して渡してくださったのねトラヴィス様……! 優しいの権化。優しいが服着て高貴な身分に生れ落ちてきたんか? まさにURキャラ……いや通り越してもはやLR,レジェンドレア……!!!


「そうだね。遠慮なく食べながら聞いてくれ。残ったら持って帰っていいからね」

 

 ロレンス様がそう言って、こほんと咳払いをする。そしてようやく本題に入り、魔法の座学の勉強の予定をざっくりと、実技の流れを説明しつつご自身もまったりとクッキーや紅茶を口に運んでいらっしゃる……なんてお優雅なの……。

 こんなにおっとりとして穏やかな人が、本当にあのスピンオフ小説みたいに痩せこけて病的に攻撃的になってトラヴィス様を、国王陛下を呪いながら自害されるのかしら。想像もできないけど……。

 で、肝心の魔法の特訓は、座学が一時間、実技は二時間、隔日で。まだ小さいから、12歳以下の子は毎日長時間の訓練はやめた方がいい、って。本当は毎日やりたいけど……こればかりは仕方ないよね。

 今日はとりあえずこの説明と、あとはちょっとした案内をってことだったから、館の中を案内してもらった。広い館で手入れも行き届いてるけど……全然、人に合わない……!


「あの、閣下……。こちらには、閣下お1人で……?」


 一通りぐるっと回ってから、私は恐る恐るそう尋ねた。だってこの館、侍女も執事も……とにかくロレンス様に本来付くであろう使用人的な人が誰一人いない! キッチンなんてきちんと使いこまれた感じはあるのに、茶葉とか簡単なお菓子しか置いてない。食材は……? 食事はどうしてるの……?

 するとロレンス様は、ついに突っ込まれたか……と苦笑いを浮かべた。


「ああ、実はここを使うようになってからまだ日が浅いのもあるし、ここにいる間は基本ほとんどあの塔に篭っていてね。そもそもこの館にはほとんど足を踏み入れていないんだよ。使わないのに常駐してもらうのも、人員配置としてどうかと思っていてねぇ……。朝来て掃除と一日分の食事だけ置いたら引き上げてもらうようにしたんだ」

「あ、朝来て……ですか」


 なるほど、だから掃除はきちんと手が行き届いていたのね。


「と言うことは叔父上は、食事やお茶は用意されたものをご自分で配膳されるのですか」

「まあ、そうなるね。お茶なんてお湯を入れてカップに注ぐだけだし、食事は摘まめるものを中心に作ってもらっているからね、フルコースを配膳するわけではないんだし好きな時に食べてるよ。食器類はキッチンに引き上げておけば、翌日朝掃除に来た料理人が片付けてくれる」


 片づけてくれるのかあ。そっか~、それくらいなら王族の方でも出来なくもないのか……普通ではないけど……まあもともとゲームの世界だし……? うん、階級制度はあるけど実際緩い感じではあるし……?

 いやいやいや、やっぱ普通じゃないな? でもこの人の弟は王家を飛び出して冒険者になるような人だしそもそも王家の血筋、ちょっと変わってるのかも……?

 ……って、それで片付けられない事情があるんだよね!!!

 一人でなんでもやるってことは私たちがいる間の食事とかお茶とかもロレンス様が用意するってことだよね?! それじゃマズいのよ、例えばロレンス様が私たちにお茶を淹れてくださったとして、もしそのカップやティーに細工がされて毒が仕込まれたりしたら? ご本人には身に覚えがなくても、ほかにできる人がいないなら必然的にロレンス様に疑いの目が向く。

 いや待てよ、でも原作では黒幕はロレンス様を担ぎ上げようとしていたんだから、ロレンス様を味方に引き入れてからじゃないとトラヴィス様に毒を盛ることはできない……ならまだ安全なの……?

 でももし今の時点ですでにロレンス様が相手方に取り込まれていたとしたら? ことが起きるより何年も前だけど、相手だって一朝一夕でロレンス様の懐に入り込んだわけじゃない、じわじわと距離を詰めていたはずだし、それならもうすでに彼に接触している可能性だってある。しまった――お父さまにでも情勢をこっそり確認してくればよかったわ……!

 こうなったら逆にロレンス様の周囲に人が大勢いるほうが安心だわ。アリバイと、敵と容易に一人で接触させない状況を作らなくては……!


「まあ、閣下……それでしたらわたくしたちがお邪魔している間は閣下のお手間が増えてしまいますわ。次回からわたくしの侍女を同行してもよろしいでしょうか? 閣下がお嫌でなければ、お茶の準備などこちらでさせていただければと思うのですが」

「ええ? そんなに気を遣わなくてもいいんだよ、アルスリーナ嬢。せっかく来てくれているんだから、僕がもてなすのが当然だし……」

「とんでもございません! トラヴィス殿下やサイラス様はいざ知らず、わたくしはお二人について押しかけてきたも同然です。本来ならここにはいられないところを特別に許可をいただいたのですから、何かお役に立てることがあればさせていただきたいのです。いくら用意されたものを出すだけでも、毎回この人数分となるとご面倒でしょう? わたくしは実技の間は自習させていただきますし、お茶の手配ならばわたくしが侍女と済ませますので……」


 せめて、せめてうちの息のかかった人間を入れておきたい! 出来れば周辺を探るのにもう一人くらいはほしいけど急に大勢連れてくると不審がられるだろうし……。


「そうかい? そこまで言うならお願いしようかな」

「はい! ありがとうございます! 先日父が異国の珍しいお茶を買ってくださったのです! 次回は是非それを振る舞わせてください!」

「おお、ブレンダンの目利きなら間違いないね。どの国のものなんだい?」

「イザークです。なんでもこの時期の新茶葉だそうで」

「へえ、いいね。あそこのお茶は果実のような香りがしてとても美味しいんだよ。ああ、でもそうすると僕が二人の実技を見ている間は君が一人になってしまうね……キッチンを貸すのは構わないけれど……」


 王族の住まう館内を、王子の婚約者とはいえ他家の人間が一人で勝手にウロウロするのはちょっとね、よくないよね。そう、わかってる。どれだけ信頼できる相手だとしても表面上は警戒しないといけない。

 あくまで形式上としても、だ。それは私もわかっている。だからこそ、ここで出番よサイラス!

 ちらり、とサイラスの方に視線を向けると、気づいた彼は小さく頷いてくれた。


「閣下、でしたら騎士団から一人護衛に来てもらうのはいかがでしょうか。そもそもこちらには閣下おひとりでいらっしゃるのでしたら、少しの間だけでも護衛が必要かと。我々も滞在させていただくことですし……近衛騎士からしても、近くで魔術に関する話を聞くのは有益かと」


 さすがサイラスー!! よくわかってるぅ! てか、そもそも王族って護衛騎士がついてるのが当然なんだよね。なぜロレンス様はそれすらもいないの……普通あり得ないわよ。こんなの悪党だろうが賊だろうが、この場所さえ知っていれば近寄り放題じゃない。危険すぎるわよ。


「なるほど、それもそうだね……。じゃあロッテンバーグ家から侍女一名、騎士団から護衛一名の同行を許可しよう。次回からよろしくね」

「はい!」


 ふう、ひとまずなんとかなったかしら……。サイラスも私の意図に気付いてくれているみたいだから、騎士団からやってくるのはおそらくノックノット家の信頼が厚い騎士の方だわ……。これが相互監視になってみんなのアリバイになるはず。

 でも念のためお父さまには現状を報告しておかないといけないわね……。あと、次回の御茶請けはどうしようかな。


 そんなこんなで、初日はやたらとお茶をいただいてお菓子を貰って帰ってしまった……。ここからよ、アルスリーナ。まだ座学だけだけど、基礎がわかればきっと上達も早いはず!

 ロレンス様のことにも気を配れるし、あわよくばちょこーっと実技させてもらえないかな……いや、ユマを連れていくなら私が実技しないか監視も兼ねられそうだからそれは難しいか……。

 とにかく頑張らなきゃ! あ、お父さまに今日の報告もしないとね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しを全力で幸せにしたいだけの転生悪役令嬢、何故かヒロインに付け狙われています。 蓮上 @renjo_27

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ