第9話  失敗と距離

 え~~…………皆様。


 この度、わたくしアルスリーナ・ロッテンバーグは、サイラス・ノックノットを保険として火魔法の特訓を行う予定だったんですが……。


 結論から言うと、ダメでした!


 違うんです。聞いてほしい。これは私が悪いというわけではないんです。


 体調もよくなってしばらくしてから。

 定期的に開催されているトラヴィス様とのお茶会のために王城に行き、お茶会の後サイラスにちょっとだけ付き合ってもらって王宮裏の湖畔で魔法の特訓をする予定だったの。

 もちろんサイラス自身がトラヴィス様からそう長い時間離れられないから予定は綿密に詰めて、トラヴィス様が騎士団の訓練視察に行かれる時間帯(つまりサイラス以外の護衛の目が大量にある時間帯)を狙ってお願いしたんです。

 したんですけどぉ。

 いざ、王宮裏の湖畔について、魔法の基礎について簡単に座学的なことを教えてもらって、いざちょっとだけ魔法を出してみようか、最初は指先にちょろっとだけ、ろうそくに火をつける感じでね、ってもう、こういうのってイマジネーションの問題だから。自分の体内に循環している魔力を指先に集めるように想像して、集中して、簡単に言うならばカセットコンロの火の調整みたいなね、ゆっくり、弱火からね、いきなり高火力にしないでいこうね、みたいな。

 そんな感じでやろうと思ってたの。私の魔力は正直、その辺の貴族と比べ物にならないくらい膨大なので、本当に慎重に慎重に慎重~~~~~にやらないと、いきなり業務用の巨大鉄板に火入れるレベルの火力が出ちゃうの。

 だからもう、それはそれは集中して最新の注意を払って、


「出でよ……火球……!」


 って小声で絞り出した瞬間によ、


「アル、サイラス。何してるんだ?」

「?!?!?!」


 突然背後からトラヴィス様が出現したの。


「あっ、トール……ってアッツ?!?!」


 そりゃもう仰天したと同時に調節もクソもないレベルの火球が空に向かって飛び出したわけよ。魔〇光殺法もびっくりの勢いよ。だってそりゃびっくりするじゃない?! いきなり王子はそりゃ口から心臓出るでしょ!


「わああああああ! 火事! 火事になる!」

「アル、下に、湖に指を向けろ!!」

「む、無理ですぅうううう!!!」

「み、水よ! 弾けろ!!」


 バッシャアアアアン!!!


 私の指先から放たれたトンデモ威力の火球は、サイラスが勢い任せに噴き上げた湖の水に飲み込まれて消え去った。


「「…………」」

「……ご……ゴメンナサイ……」


 とにかく夢中だったサイラスが間欠泉のように水を噴き上げたおかげで、事無きを得たものの吹き上がった水は重力に従って落下し、私たちをずぶ濡れにした。

 か細い謝罪しか出ない私の横で、水も滴るイイ男たちはポカンとしたまま固まっている。


「あの……お二人とも、大丈夫で……」

「あ、アル、ケガは? 火傷なんかしていないか?」


 ハッと気を取り直したトラヴィス様が真っ先に私の身を案じてくれる。幸いびしょ濡れ以外にケガはない。


「あ、ありません! それよりお二人は……」


 答えつつ二人を見るが、二人ともどうやら濡れただけみたい。額に張り付いていた前髪をかき上げるトラヴィス様に、濡れた髪をぎゅっと握って水気を絞るサイラス……うーん、子供ながらなんて絵になるのかしら。ちょっとこのスチル実装してもらえません?


「僕たちは大丈夫だ。サイラス、だよな?」

「まあね。トール、上着は脱げる? 風邪ひいちゃうよ。アルもドレスが台無しになっちゃったね。何か掛けるものは……いや、皆びしょ濡れか……」

「ああ。僕は大丈夫だ。サイラス、お前も脱いだ方がいい。アルは早く戻って着替えないと。女の子が体を冷やすのは良くない」


 こんな時でも私のことを心配してくれるなんて紳士が過ぎる……このイケメンたちがイケメンで辛いイン異世界。

 なんてことをやっていると王城のほうが俄かに騒がしくなり、わあわあと声を上げながら大人たちがたくさん走ってきた。

 ウッ、これは嫌な予感……。


「お嬢様~!! お嬢様~!!!」


 ユマの心配そうな声と、トラヴィス様の侍女たちが一緒に駆けてくる。タオルだの大きな毛布だのを広げながら駆けてくるあたり用意がいいなぁ……。

 それに、侍女たちだけでなく騎士たちも物々しい形相で駆けてくる。何事だ?! とか叫び声がしてるけど子供の火遊びですほんとすいません。

 火球もその後の間欠泉も、バッチリ王城から観測されてしまったみたいで……私たちは駆けつけた騎士と侍女たちに囲まれながら王城に連れ戻された。着替えたり髪を乾かしたりと色々やっているところにお父さまが駆けつけて……

 大目玉を食らった。

 サイラスだけは、ノックノット公爵に怒られる前に庇って「私が無理やり教えてくれってお願いしたんです!!!」って食い下がったんだけど、「ちゃんと止めないとダメだろう」って渋い顔で言われていた。えーんサイラスごめん……。

 もう絶対子供だけで魔法の練習は禁止だ!!! と親バカのお父さまには珍しく物凄い勢いで怒られてしまったし。

 あまりの剣幕に気の毒に思ったのか、サイラスにお説教モードになりかけていたノックノット公爵がトラヴィス様と一緒にお父さまを宥めるほどだった。

 うう、お父さま、普段は優しいし私にデレデレだけど、ロッテンバーグ家当主なだけあって怒った時はものすごく恐い……。アルスリーナが「激情型」って本当にこの血筋なのだわ。


 


 自分のドレスがびしょ濡れになってしまったので借りたドレスでお屋敷に帰され、家でまたお父さまだけでなくお母さまにも説教され、ぐったりとしていた私の所にトラヴィス様がやってきたのは、翌日のことだった。

 実は昨日お父さまが帰ってきたときに「明日王子殿下が来られる」って言われてめちゃくちゃびっくりしたのよね。

 もしかして怒ってらっしゃるのかも。びしょ濡れにしちゃったし、勝手にサイラスを借りちゃったし。ほら、その時は驚きが勝ってたけど冷静になってみたら腹が立ってくる、なんてこともあるじゃない?


 ということで、いい天気だったのでお庭にお茶席を作って、ビクビクしながらお待ちしてたんだけど……。


「アル。体調は崩していないか?」


 やってきたトラヴィス様は、王城の中庭のお花で花束を作って持ってきてくださって、開口一番私の体調まで気遣ってくださった。やだ……私の推し、大天使……?

 思わず口元を覆って神に問いかけてしまうところだったわ、危ない危ない。


「まあ、素敵なお花! ありがとうございます。私は大丈夫でした……トラヴィス様は、体調はいかがですか? 昨日は本当に申し訳ありませんでした……」


 本当に昨日はビックリしたわ……。急に来られたのにもびっくりしたし、水に濡れたトラヴィス様の美しさにもびっくりしちゃった。

 まだあどけない少年だっていうのに最早ギリシャ彫刻の少年像みたいな色気のある美しさだったわ。水も滴るなんとやらって、年齢も超越するものなのね……。

 あの時すぐに大人たちが駆けつけてなかったら鼻血くらい盛大に噴き出してたかもしれない。


「大丈夫だ。体は丈夫だからな。それより、アルに聞きたいことがあるんだ」

「はい……なんでしょう……?」


 中庭のお茶のテーブルについたトラヴィス様は、お茶にもお菓子にも全然口をつけていない。あら……? お気に召さなかった……? 確かにいつもは私が登城してお話をしているから王城のお茶とお菓子だし、公爵家のものなんてお口に合わないとか……?

 いや、むしろトラヴィス様の雰囲気的にはお茶とかお菓子とかっていうテンションじゃなさそう……。何か言おうかどうしようか迷っているような……。


「あー……。その、君は……。サイラスとは幼馴染だったか」

「ええ……? 公爵家同士、幼いころから交流はございますが……」


 それを言うならトラヴィス様もでは……? むしろサイラスはノックノット公爵家よりも王城に詰めているときのほうが多いのでは……。


「それで……昔からあんな感じなのか?」

「あんな感じ……とは……?」

「うー、だから……」


 トラヴィス様は腕組みをしたり天を見上げたりなんだかうんうん言いながら言葉を探している。なんか本人は苦心してるんだけどめっちゃくちゃ可愛い……可愛い以外の感情なくなる……。

 いやだって8歳の男の子ですよ。幼少の推し、可愛すぎるでしょ。ああ~っ、スマホがあればビデオ録画できるのに……このくらいの年代の子なんて、新しいビデオカメラ買いますか? ってレベルで全部保存したくなる挙動してるもんじゃないの? 今まさに私が目の前にしてるのがそんな感じなんだけど。可愛いの権化か?


「つまりだな……サイラスは呼び捨てなのに、僕は様付けなのは納得いかない!」

「えっ」


 えっ。

 えっ。

 ええっ?!

 どういう……それは……えっ?! 

 全然思いもよらない言葉だったもんで、返事を全く用意してなかった。

 昨日のこととか魔法のこととかなんかそういう話になるのかと思ってたら急に、呼び方の話?! えっ、どういうこと?!


「えっ、それは……えっ?!」

「初めて顔を合わせた時に、トールでいいと言っただろう。なのにアルはいつまで経ってもトラヴィス様としか呼ばないじゃないか。サイラスは呼び捨てなのに」

「そ、それはその……サイラスはもう慣れていると言いますか……」

 

 思わずしどろもどろになってしまう。だ、だってサイラスはなんかもう物心ついたころから顔を合わせてたけど、トラヴィス様はこの間の顔合わせからまだ数ヶ月だし、それだって数日置きにお茶会に登城してるときだけだし……。

 ゆっくりで、って顔合わせの時に言ったけど、それから数えてまだそんなに経ってませんよ?!

 テーブルを挟んで向かいに座るトラヴィス様は、どことなく頬を膨らませているように見える。

 こ、これは……これは……もしや、拗ねてる……!!!!

 な……な……な……! か……可愛すぎか~~?!?!?!

 ねえええええ、普通こういうのって些細なことだけどちょっとしたすれ違いになってわだかまりになってもだもだして、もしかしてあいつのほうが好きなんじゃないか? みたいな感じになってぎくしゃくしちゃったり変な誤解が誤解を生んでめんどくさいことになったりとかさ……そういうことになっちゃう系のやつだったんじゃないのおおおおお??

 それなのにこの子……ド直球……ド直球で来るとかもうマジでマジでマジで可愛すぎるやろなんだそれええええええ「婚約者の自分よりも自分の護衛のほうが仲良しとか納得いかないんだけど! 自分とももっと親密にしろよ! ぷん!」てことでしょおおおおおお死ねるほんと可愛い無理……。

 思わず口元を覆って崩れ落ちそうになるのをぐっと堪える(これ何回目?)。

 可愛すぎない? 前世の私だったら悶え死んでるところよ。

 はあはあ、心配しないでねっ、おじさんも、トラヴィス君のこと大好きだからっ、ねっ? って心のモブおじさんが暴れそうになっちゃうわ。いかんいかん落ち着け公爵令嬢だぞこちとら。


「それに昨日のあれ……。サイラスに特訓の立ち合いを頼んだんだろ?」

「え、はい……私は火魔法でしたし、サイラスは水魔法で丁度よかったので……」


 素直に答えると、トラヴィス様の頬が一層膨れた気がした。うわあああああ可愛いですうううううう! ほっぺたリスですかあああああ?!

 ちなみにトラヴィス様の属性の雷魔法は火と双璧を成す高火力魔法で混ざり合うと大爆発が起きるし、聖魔法は残りの属性全無視で大ダメージを出す大技が多すぎて言うまでもなく混ぜるな危険だ。火魔法を抑制するなら水魔法一択、サイラスと言う人選はこれ以上ないものだったはずだ。


「……でもサイラスよりも僕のほうが早くから魔法を習ってるぞ」


 と、トラヴィス様……。属性の相性を知らないわけないのにそんな……。ク……………ッソかわえええええええ…………!

 これもしかして自分も声掛けてほしかった感じかな、だからこそこそ裏に向かってる私たちのあとを着いてきたってこと? 鬼可愛いでしょ。でもあまりにもビビり散らかしたからもうちょい前に声掛けてほしかったのは正直あるけど!


「うっ……すみません。トラヴィス様のお手を煩わせるわけにはいかないと……」


 何のために魔法の特訓をしたいかっていうと推しを……トラヴィス様を守るためだからね……。それなのに本人を巻き込むのもどうかなって思うし……。

 けど、トラヴィス様はそれが気に入らなかったらしい。正面に座っていたのに急に立ち上がって、私の横に座りなおした。うッ、顔がいい……眩しい……!


「アル」

「はっ、はい!」


 移動してきたトラヴィス様が私の手をがっしり掴んだ。ウッ、おててぷにぷにだ! やめてくれその攻撃は俺に効く……! しっ、心臓がもたない!


「次にもしまたやることがあったら絶対に僕も呼ぶこと!」

「はっ、はい!」

「それから、僕のことも呼び捨てか愛称で呼ぶこと!」

「そっ、それはご勘弁を!!」

「なんでだ!」


 ヒィ~! そう言われましても最推しなんですううううう! 様を取るなんて恐れ多すぎて無理ですうううう!

 あと昨日お父さまにめちゃくちゃ叱られたので多分もうしばらくは特訓できる気がしません。違う策を考えないと……。


「アルは……そんなに僕と仲良くなりたくないのか?」


 さっきまで勢いのよかったトラヴィス様がいきなりシュンとしてきたので、うっかり魔法の特訓の策について思案しかかっていた私ははっとした。えっ、そんな急にシュンとしないで、うう、落ち込んでるトラヴィス様も可愛いけど推しの幸せが最優先なのよ! 私が悲しませるなんて言語道断だからね!


「違います! 私は! 私は!! トラヴィス様の幸せ第一です!!! 仲良くなりたくないわけないです!!! ただ恐れ多いだけで!」

「それは前にも聞いたけど、僕はアルともっと仲良くなりたい」

「ウグゥ……!! 破壊力……!」


 胸を押さえたかったけど、押さえるための手はトラヴィス様にがっちり掴まれたままだった。なるべく脳内で完結させようとしたけど、ダメだ、ちょっと絞り出すような声が出てしまった……!


「私……、わかりました。頑張ります。でも慣れるまではまだ時間が……」

「……毎日会うようにしたら慣れる?」

「毎日トール様って呼ぶ練習しますからそれまでもうちょっと待ってくださいお願いします」


 思わず一息で言い切ってしまった……。いずれは毎日登城して王妃様からも色々と国政とかについて教えていただくことになるだろうけど、まだもう少し先の話のはず……! こちとら生身の推しを毎日見続けれるほどまだ耐性がないんですよトラヴィス様……!!!

 トラヴィス様はまだ釈然としないような表情をしていたけれど、何とか納得はしてくれたらしい。それからは少し落ち着いたみたいで、横並びのままお茶をすることになった。

 案外、そんなところ気にするんだなぁ……。ゲームの中ではアルスリーナはトラヴィス様って呼んでいたし、トラヴィス様がアルスリーナを愛称で呼ぶこともなかったから、もっと温度差があるのかと思ってたんだけど……。


 でも、ノックノット家も原作と仲の良さが違うし、ヒロインのケイトの性格も原作とちょっと違っていた。出てくる人間の名前は同じで設定も近くても、それぞれの性格はゲームとは別なのかしら……。

 ううん、ゲーム本編はヒロインが15歳から始まる。トラヴィス様だってそれまでの間に起きた事件で性格がガラッと変わってしまうし、今後変わることだってあるかもしれないよね。

 できることなら、今みたいに自然なままでいてほしい。

 やっぱり早く、王子暗殺未遂事件の対策しないと。


 トラヴィス様と仲良くお茶会をしながらも、私は改めて決心したのだった。

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