第8話  魔法を使いたい

 さて、カラドスから帰りもノンストップで王都まで帰ってきた私は。


 考えすぎて、知恵熱を出してダウンしていた。帰るまでは気が張り詰めていたのか特に何もなかったんだけど、屋敷に戻って安心したのか、部屋に戻って寝たと思ったらそのまま熱を出して3日ほど寝込んでしまった。


「はあ……情けないわ。こんなことで熱だなんて……」


 ふかふかのベッドに埋もれながら、私はため息をつく。

 10歳までには魔法をある程度習得して、トラヴィス様の暗殺未遂を未然に防ぐための手立ても考えて、あと黒幕もうまいこと悪事を暴かないといけないのに……元凶を絶たないと、後からまたちょっかいを出されても困るし……。

 うー、本来は12歳以降じゃないと魔法の練習はしちゃいけないから、どうやってこっそり特訓するか考えなくちゃ。お父さまも過保護だから許してくれなさそうだし……と言うか実際、「トラヴィス様の婚約者だから何かあった時のためにも魔法を習いたい」って言ったんだけど、「何かあった時のために護衛がいるんだよ」ってすごい圧で却下されちゃったのよね……。

 なんでも子供は魔力の出力調整が難しいから、ある程度物心ついてからじゃないとダメだって。って言っても7歳って前世じゃ小学生だよ? 子供って大人が考えてるよりも自分でいろいろ考えてるんだからね。


「お嬢様~! お客様がお見えですよ。どうされますか?」

「お客様? 私に?」


 相変わらずベッド生活を続けていた4日目の午後。

 部屋の外からユナに気軽な声音で言われ、私は首を傾げた。この気軽さと言うことは正装しなければいけないような相手ではないのね。


「ええ、お見舞いにと……」

「お見舞いかぁ。どなた?」

「オレオレ~!」


 ユマと同じく扉の向こうから聞こえた声は、快活な少年の声だった。それだけで相手がよくわかる。元気な声に少しだけ笑うと、ユマに返答した。


「わかったわ、お通しして」


 ユマが部屋の扉を開けて身を引くと、後ろに控えていた金髪の少年がひょこりと顔を出す。

 少し長い襟足を一つにくくり、前髪はセンター分けに。青い瞳の整った容姿はまるで童話の王子様のようだ。この国の本当の王子様はオリーブ色の髪の少し寡黙な少年だけど。


「アル、倒れたって? 大丈夫?」


 ベッド脇の椅子に腰かけつつユマに手土産を渡す姿はまさに小さな紳士だ。

 一つ年上の、サイラス・ノックノット公爵令息。現騎士団長の三男坊で、私のことを愛称の「アル」と呼ぶことができる数少ないうちの1人よ。

 もし私がトラヴィス様の婚約者に決まっていなければ、サイラスと婚約していたかもしれないって思ってたわ。……今じゃそんなのありえなかったなぁって思うけど。

 サイラスはトラヴィス様の乳兄弟として育てられていて、将来は護衛として側近に付くことも決まっている。護衛でもあり、兄弟のような存在でもあり、さらに親友でもある。

 おまけに容姿端麗で女子人気も物凄く高い。

 流石乙女ゲームの攻略対象だわ……。昔からモテるだろうなぁって思ってはいたけど。

 前にも言ったけどサイラスはトラヴィス様がヒロイン以外で唯一心を許していた親友で、それゆえ一部の男の友情が大好きな大きいお姉さんの間ではとてつもなく人気だった。私も前世では御多分に漏れずそこの組み合わせはとっても好きだった。

 だってヒロインはもう仕方ないとして、ヒロイン以外で唯一心を許してただなんて! 背中を預けられるのはサイラスだけだなんて! 仲良しエピソードをいくつもぶっこまれたら! それはもうそういう事じゃないんですか?!

 いっそサイラスルートの彼の悩み事だって、トラヴィス様が解決できたんじゃないか? とまで言われる始末だからね! 私もそう思う!

 「乙6」はヒロインが各攻略対象の悩みを聞いて解消していくのが主な流れなんだけど、サイラスの悩みって言うのは、「コンプレックス」。

 彼は柔軟性があって社交的で、スマートかつ騎士然としていて学園でも女子生徒に大人気なのよね。王子の補佐係を兼ねているせいもあってか意外としっかり者だし常識人で、方々のお家から「ぜひ娘の婚約者に」って話が絶えない、端から見たら完璧な「勝ち組」だった。

 でもそんな将来有望でしかない彼は、騎士家系の三男坊。上2人の兄、エイモスとボーリスはサイラスが在学中にすでに騎士団に入団していた。おまけにこの兄2人って言うのがものすごく優秀で……。

 サイラスと歳が離れてたのもあるんだけど、厳格な騎士団長の父、真面目で努力家の長兄、知略に長けた次兄、そしてどうしても皆よりも劣って見える優男系イケメンの末弟……という、倒された時に「奴は四天王の中で最弱」と言われるポジに置かれていたサイラスにとって、実は現実は「この兄たちが優秀過ぎて辛いin乙6」状態だった。

 引け目を感じてしまっているせいか関係もどこかギクシャクしてしまい、父も兄達も忙しいせいでより一層サイラスとは距離がある家庭に。

 おまけにいつも一緒にいるトラヴィス様は第一王子で2属性の魔法を使いこなしていて、それがより一層サイラスに孤独感と劣等感を植え付ける結果になってしまい…優秀な兄達はすでに騎士団で功績を上げているため何かにつけ比べられて、コンプレックスがすごいのなんの。

 サイラスは雷系魔法家系のノックノット家の中で1人だけ水属性で火力特化じゃないからより劣等感が強く、誰にも相談できなかったしそう言う素振りも見せたことがなかった。

 自分ができないのが悪いだけだから、って悩みを誰にも話せないまま無茶をして怪我をし、ヒロインにバレてようやく白状する。

 その後ヒロインとの猛特訓で水の攻撃系高位魔法を修得し、コンプレックスを跳ねのけて一段と自信を付けたサイラスに告白され、2人は結ばれる……。

 見た目に反して努力家なところが爆発的人気だったのよね。


 というのがゲームの中での設定なんだけど……。

 やっぱりこの世界ってゲーム内とちょっと違うのかな、ノックノット公爵家、めちゃくちゃ仲良しなんだよね……。

 騎士団長を務めるノックノット公爵は厳つい髭のムキムキのおじさまだけど、仕事以外ではよく笑いよくしゃべりよく食べる愛想のいいおじさんだし、サイラスのお兄さんのエイモス様もボーリス様も、今は19歳と17歳で学園卒業したての新米騎士と学生だし……8歳のサイラスが可愛すぎるらしくてめちゃくちゃ絡んで一緒に遊んでるところしか見てない。

 サイラス自身も全然コンプレックスって感じがなくて、兄上たちに魔法教えてもらった~とかニコニコ話してたり……。


ハッ!!!


 そうだ、彼は水魔法の使い手であり、王家の護衛を担うこともあって幼少から魔術訓練が許された家系だ。もしかしてすでに魔法のコントロール訓練くらいはしているのでは?


「ね、ねえサイラス! 貴方って殿下の護衛のために魔法を習うって言ってたわよね? もう練習してるの?」

「え? ああ、まだ半年くらいだから大したことはしてないけど……」


 ッシャ~! もろたで〇藤! 

 心の中で大きくガッツポーズする。サイラスに一緒に訓練してもらって、基礎を教えてもらう。もし火が燃え移りそうなことになったら全力で対処してもらう……そうすれば私もサイラスも訓練になって一石二鳥だし、良いこと尽くしじゃない?!

「じゃあお願い! 私の訓練に付き合ってほしいの!」

「訓練?」

「そう! 魔法の訓練をしたいのよ!」

「ええっ、魔法の?」

 ずずいとベッドの上から身を乗り出すけど、サイラスは対照的に身を引いた。勢い良すぎたかしら。


「アルはまだ訓練できる歳じゃないだろ? なんでそんなに訓練なんてしたいのさ」


 そう、サイラスは護衛騎士として王子を守るという使命があるから早くから許可されているだけであって、本来は大人の許可が必要なのだ。

 何せこの世界の魔法って、メインは生活魔法じゃなくてガチで攻撃とか回復とかバフとかそういう冒険に特化した魔法で危険だし、小さい頃はリスクへの懸念の方が大きいから、訓練には年齢制限があるのよね。一応簡単な生活魔法もあるけど……。

 騎士の家系の子でもない限りこんな早くから訓練する必要はないし、好奇心で手を出そうとしているなら尚更サイラスは止めなければならない立場にいる。

 それに、無断で訓練なんてバレたら大目玉だ。サイラスがそんな風に考えていることはお見通しよ。もちろん私だってただの好奇心で言っているわけじゃないわ。


「そんなの決まってるわ、殿下をお守りするためよ!」

「殿下を?」


 サイラスの美しく弧を描く眉がぴくりと動いた。サイラスにとってそれは最優先事項。令嬢である私にそんな行為は必要ないはずだけど、そこを「いらないよ」で片づけられないところは私が王子の婚約者であるが故だ。


「殿下にはオレも、それに正規の騎士もちゃんと護衛についてるのに?」

「それでも私は将来的に一番近い位置に座る人間なのよ。万が一のことだってないとは限らないじゃない。私が一番近くで守れれば、貴方と2人で鉄壁の盾が2枚に増えるでしょ?」

「うーん……まあそれはそうなんだけど、どっちかって言うと君も守られる対象だしなあ……」

「だからこそ、尚更自衛能力はいるわ。それに私、この間から嫌な夢を見るのよ」

「嫌な夢?」

「そうなの。殿下に危険が迫る夢よ」


 大嘘です。夢じゃなく実際にシナリオ上で起きる事件だし、前世の記憶だから。でも大分類的には間違いじゃない。


「予知夢って言いたいの?」

「わからないけど、とっても恐ろしい夢だったわ。もし予知夢だとしたらとんでもないことよ」


 サイラスが「そんなわけない」と一蹴出来ないのは、この国に伝わる伝承のせいだ。

 聖なる乙女と呼ばれる高い魔力を持った人間が数百年単位で稀に現れたとき、

その乙女は災害を予知し未然に防ぐという伝承だった。

 ゲーム上ではヒロインがその役割を担うんだけど、もちろんサイラスは知る由もない。加えて私がロッテンバーグ家の高い魔力を有する絶世の美少女という情報を加味すれば、聖なる乙女でないとは言い切れないのだ。


「う~~~~~…………ん…………」


 たっぷりたっぷりた~~~っぷり腕組みをしてしかめ面で唸った後、サイラスは「はあ」と短くため息をついた。


「わかったよ。そこまで言うなら仕方ない……。付き合ってあげる」

「やったあ! ありがとうサイラス! 流石は殿下の護衛騎士ね、話が早いわ!」


 助かる~! 流石持つべきものは護衛騎士の友人~!


「もう、調子いいなぁ。オレだって基礎しか受けてないんだから、力になれるかわからないよ?」

「いいのよそんなの! 大丈夫! 保険だからね!」

「保険って……それなら尚更オレよりも大人に見てもらった方がいいんじゃない? 君が予知夢を見たっていえば訓練くらい……」

「駄目よ! そんなことして私が訓練してるって悪い奴にばれたらどうするの? 警戒心を与えちゃ意味がないわ!」

「悪い奴って……え、危険ってそっち? 人的被害なの?」


 現国王陛下の治世は比較的安全だから、王子殿下に危険が迫るって相当なことがない限りは思いつかないわよね……。でもサイラスの疑問には答えず、とりあえず訓練について話を進めることにした。


「私、火魔法だから水辺がいいと思って。王宮の裏の森に大きな湖があるでしょ? その湖畔ならいいんじゃないかしら! そうしたらお城に行ったときにそのまま行けるでしょ。とりあえず登城の予定はね……」

「え、待ってもう場所まで決めてるの? てか王城の近くなんて大丈夫なの?」

「平気よ! むしろ灯台下暗しって言うでしょ! 誰もそんなところで訓練してるなんて思わないわ、人も基本いないし!」

「いやそうかもしれないけどさ……」

「そういうわけだからよろしくね!」

「えええ~……」


 ここまできてやっぱり辞めるなどと言われてはかなわない。とにかくゴリ押しで押すしかない。

 訓練さえ始めてしまえば、サイラスも自分にメリットがあると思ってくれるだろう。多分だけど。知らんけど。


「もう、ほんとしょうがないなアルは……」

「善は急げよ~!」

「善かぁ? これ……」


 ぼやきつつも、サイラスは責任感が強いからきっとどうにかしてくれるだろう。

 アルスリーナは「火災への保険」を手に入れた!

 いえーい! 体調が戻ったら早速訓練開始よ~~~っ!!!

 あっ、ユマにはお父さまに内緒ってちゃんと口止めしておかないとね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る