第7話  おや、ヒロインの様子が……?


 カラドスは、王都から南西の方へ馬車で一週間ほどかかる。

 周辺にも特に何もない田舎だけれど、国土の半分以上が峻険な高山と深い森で覆われているこの国の中では珍しく、森は近いけれど開けた平地にあり、広い農地が作れる街だ。

 比較的規模の大きな孤児院が運営出来ているのも、それなりに豊かであるが故かもしれない。


 道中の街に宿泊しながら進んで、特に問題もなく予定していた一週間で街へたどり着いた。従者たちと荷物を含めて2台で移動したけど、道中何事もなくてよかったわ。王都からの街道が整備されていると、やっぱり平和ね……。

 カラドスからさらに森を超えた向こうは魔物が多くなるから絶対に行くなとお父さまにきつく言われたけれど、元よりカラドス以外に行くつもりはない。何せ忙しいからね!

 ヒロインのケイトを確認して孤児院と寄付の話がついたらほかにもいろいろやることがあるんだから!



「お嬢様、到着いたしました」


 御者が扉を開けてくれる。手を引かれつつ馬車を降りれば、目の前には少し古めかしいけれど立派な孤児院。……田舎にしてはとても立派だわ。

 教会も兼ねているから、シンボル的な意味合いもあるんでしょうね。街中ではなく、街を一望できる小高い丘の上に建てられている。

 休日には町の人たちが教会のミサに訪れ、孤児たちはそこで飲み物を振舞ったりするんだとか。

 他にも町へ出て農地の手伝いをしたりだとか……子供たちの手でも仕事があることが、孤児院が経営難にならずに済んでいる理由かもしれない。王都にある孤児院に引けを取らないくらいの大きさなのもそういう理由なのかしら。

 この世界では教会に併設された孤児院は当たり前に各街にあるけれど、前世を思い出してからだとなんだかこう……いたたまれない気持ちになるわ。これは本当に、もし私が王妃になるのであれば一番に何とかしてあげたい。


「よしっ! 早速行きましょう、ユマ!」

「はい、お嬢様!」


 ユマは私付きの侍女なので、文句も言わずここまで一緒についてきてくれている。

 私が寄付のためにカラドスへ行きたいと言い出してからずっと、「流石はお嬢様」と上機嫌のままだ。

 でもごめんね、ユマ……お嬢様は邪な考えありきで寄付にきました……寄付は本当だからプラマイゼロってことで許してね。


 私本人が出向くことは先に伝達魔法で伝えてもらっていたから、孤児院に着いた時には出迎えのシスターと老年の男性が待機している状態だった。


「お待ちしておりました、ロッテンバーグ公爵令嬢様」

「こんにちは! 突然お邪魔してごめんなさい」


 深々とお辞儀をしてくるシスターと男性に気軽に返し、楽にしてねと伝える。身分階級はあるけど、一つでも粗相をしたら即死罪みたいな厳しい世界じゃないから出来るだけ楽にしてもらうようにしてるわ。

 特に前世のことを思い出してからはあまりにも敬われるとそれはそれでやりにくくなってしまった。慣れてないんだもの。


「この度はお心遣いをありがとうございます。神父のアロイと申します」


 アロイ神父がつまり孤児院の院長でもあるってことね。

 孤児院内を案内してもらいながら簡単に話を聞く。なんとか寄付でやりくりしているけれど、やっぱり経営状態は良くないらしい。

 それでも子供たちが飢えることがない程度にはなんとかなっているとは言うものの……。

 見た感じ質素な教会はとても綺麗に掃除が行き届いているけれど、確かに窓ガラスや壁にヒビが入っていたり、屋根の一部が破れていたりで修繕にも手が回っていないみたい。


 一通り現状を確認して院長室に通されたので、寄付額の話をした。私自身が稼いだお金ってわけではないからそんなすごい額ではないんだけど、話はいったん月にいくら、と言う形でまとまった。

 だけど! 本題は! そこじゃないのよ!


「ところであの……この孤児院には、私と同じくらいの歳の女の子もいるのかしら?」

「同じくらい……ですか、おるにはおりますが……」

「よければ話をしたいのだけど、呼んでもらえたりしないかしら?」


 そう言うとアロイ神父とシスターが少し困ったように顔を見合わせた。

 この「女の子」が一番の目的。ここでちょうど私と同じ年頃ドンピシャのケイトがきたらビンゴ、そうじゃなければ……当たるまで孤児院巡りをするまでよ。


「話を……ですか?」

「そう、出来れば色々お話ししてみたいの。ほら、女の子ならではのものってあるじゃない。必要なものとか、聞けたら嬉しいと思って」

「なんと、アルスリーナ様……感謝の念に堪えません。こんなにしてもらっては……」

「いいのよ、私がしたいだけだもの。だから……」

「いやあ……しかし……」


 アロイ神父もシスターも、感謝はするもののなかなか腰が重い。

 女の子と話がしたいってそんなに難しいことかしら? 別に密室にしろってわけじゃないし、護衛もいるのだから身分差があって危ないとかいうこともないと思うんだけれど……。

 私が引き下がらないのを悟ったのか、顔を見合わせて考え込んでいるようだったアロイ神父がやがて、渋々、と言う感じで口を開いた。


「それが……その、おるにはおるのですが、少々変わった子でして」

「変わった子……?」

「お嬢様の知りたいような内容を話すかどうか……」

「ええ……? なんでもいいのよ、とりあえず話してみるから」

「はあ、それでは……」


 アロイ神父の指示で、シスターが部屋を出て行った。

 なんだろう、すごく歯切れの悪い感じ。そんなに変わった子なのかな。もしかしてケイトじゃなかったかな。まあ、違うなら違うで少し話してさよならってすればいいし……。

 しばらく待っていると、さっきのシスターが女の子を一人連れて戻ってきた。

 シスターの後ろからひょっこりと顔をのぞかせたのは、かわいらしい赤毛の女の子。

 その姿は幼くはあるけれど、まさしく……


 ヒロインの、ケイトだ!


 私とは対照的な陽だまりのような明るい髪は肩の上あたりで切りそろえてある。それに緑色の瞳は大きく、キラキラと輝いている。まさしくヒロイン。まさしくこの子こそが探していた少女だ!

 やっぱり存在した……! つまりここは『乙6』の世界で確定だし、もしこの子が転生者で逆ハーレムとか王子ルートを目指すならいずれ彼女と対決する可能性が……!

 いや落ち着けアルスリーナ、まだ慌てるような時間じゃない。彼女が転生しているかどうかもわからないし、そうだとしても完全に別ルートにいってくれれば何も問題はない……。とりあえず記憶があるかどうかだけでも確認したいわね。


「さあ、ご挨拶を」


 顔色が青くなったり戻ったりと忙しい私をよそに、シスターにそっと促されて入ってきた少女は元気よく笑顔を見せた。


「こんにちは! ケイトって言います!」


 うう~~っ、知ってる! 内心崩れ落ちそう。アロイ神父もシスターもユマもいるから我慢したけれど。


「こんにちは、私はアルスリーナよ。ええと……そうね、聞きたいことがあるのだけど……」

「はい!」


 いいお返事だわ……愛嬌があって可愛いし、この子が敵に回らないといいんだけど……。


「ええと、今何か必要なものとか、欲しいものってあるかしら」

「ほしいもの……」

「ええ、なんでもいいわよ。遠慮しないで言ってみて」


 ケイトかどうかの確認のために呼んでもらったけど、そうじゃなくても女の子って独特な感性を持ってることが多いし、気も付くし、子供ならではの欲しいものもあると思うのよね。

 お金はまだしも物資を差し入れようとすると男の子と女の子で欲しいものも違ってくるでしょうし。

 シスターに聞くのもありだけど、子供と言っても遠慮しちゃうこともあるだろうから足りてなくても我慢してるかもしれないし。


「ええと、そしたら……」


 ケイトが口元に手を当てて少し考え込んでいる。

 可愛いなぁ、そういう仕草も絵になるなあ……。ゲームやってるときはこの可愛さが癖になる、と思いながら見ていたけど、いざ目の前にすると少し複雑な気持ちもある。だってこの可愛さで婚約者が奪われるかもしれないし……。

 それはそうとケイトの後ろでアロイ神父とシスターがちょっとハラハラしているのが気になる。


「そしたら、木剣と的〈まと〉と、あと出来たら弓が欲しいです!」

「えっ」


 えっ。

 今なんて言いました、えっ?

 思わず目が点になってしまった。

 女の子ならではの……こう、服とか……甘いものとか……お風呂用品とか、そういうものが出てくるかなと思っていたんだけど……

 えっ、今なんて言いました? (2回目)

 木剣と的? 弓?


「えっ……と? なんて? 木剣て?」

「えっと、チャンバラで……今は木の棒を使ってるんですけどすぐに折れるし、真っ直ぐじゃないから使いにくくて……それにちゃんとした的がないからうまく打ち込めないし……」


 ちょっと恥ずかしそうに続けるケイトの後ろでアロイ神父とシスターが「あちゃー」と言わんばかりに頭を抱えている。え、そういうこと……? 変わった子っていうのは……?

 ていうかこの子私と同じくらいってことは10にも満たないってことだけど木の棒って何? 打ち込みってなに? 勇者? 何かと戦おうとしてるの? えっ、もしかして今から私と戦おうとしてます?

 よく見たら確かにもじもじと組み替えている手の指は、子供ながらに傷だらけだ。

 あれっ、ケイトって……こんなキャラだっけ……? 心優しい少女っていう設定どこに……えっ?


「えっ、あの……わ、私のこと、覚えてる?」

「え……?」


 思わず直接聞いてしまった。記憶がすでにあるというなら対処の仕方が変わってくる。しかしケイトは、きょとんとして首を傾げている。


「えと、初対面だと思います……?」


 ちょっと困ったような顔をするケイト。うーん、かわいい。

 いや、とりあえず記憶はないということでいいかな! 多分まだ記憶ないと思う! うん、そういうことにしておこうよ! それがいいよ!


「ケイト……あとはこちらで聞いておくから」

「えっ、はーい」


 固まる私を見かねたのかアロイ神父が助け舟を出し、ケイトが部屋を出て行った。なんというか……予想外すぎて……なんといっていいか……


「すみません、あの通り少々おてんばな子で……」

「あ、いえ……ううん、元気で……いいと思う……な?」


 疑問形になってしまったのはもうどうしようもないと思う。

 おかしいな、ゲームのケイトってすごく優しくて、やんちゃと言うより人の怪我の手当だとかを率先してやるタイプだったんだけど……。

 あっ、もしかしたら同年代の男の子たちがチャンバラごっこして遊んでるってこと? それで木の棒とかでケガするくらいならまともな道具を与えてあげようとしてるとか……ね?!

 いやそれなら普通に消毒とか包帯とかそういう、手当のためのものを頼むよねそうだよね、手に豆もあったし。つまりケイトも一緒に遊んでるってこと、だよね?


「うちは総じて男の子の方が多くて、どうしてもわんぱくになりがちなのです。あの子も同じ年頃が男の子ばかりで、外で遊ぶことが多くて……」

「そ、そうなんですね……まあ元気なことはいいことですよ」

「そう言っていただけるとありがたい次第です」


 ものすごい無難だし同じこと2回言っちゃった。てか私同じ年くらいなのにこの返しは達観しすぎだったかな。何目線だよ。

 よくよく思い出したらさっきのケイト、確かに外で遊んでる子って感じの日焼け具合だったもんね。

 ゲームのケイトは華奢で白い肌で、外で男の子と遊ぶようなタイプじゃなかったけど……。

 

 ひとまずケイトの要望の品については「後で揃えて送る」と話をして、私は孤児院を後にした。

 存在は確認したけれど、ここからが肝心だ。一番いいのはケイトが王子ルートに入らないこと。そうじゃなかった場合は身の振り方を考えておかないと……。

 あと、純粋に推しが苦しむのは見たくないのでこれから学園に入るまでの間に原因を排除するつもりでいる。


 どっちにしても帰ったら魔法の特訓をしないと。色々考えることが多い……考えることも……やることも……やることが……やることが多い……! 犯人ってこんな気持ちだったんだろうか。なんのとは言わないけど。

 ぐったりと疲れてしまったため早々に王都へ向けて出発してしまった私は、去っていくその背を孤児の少年がじっと見つめていることには気付かなかったのだった……。


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