第2話  アルスリーナの夢



「このような屈辱……! 例え国王陛下がお許しになっていようとも、受け入れられる道理もありません……! ケイト・ブランマルシェ! アルスリーナ・ロッテンバーグは、貴方に決闘を申し込みますわ!!」


 ほんのりピンクがかった柔らかな赤い髪。貴族らしからぬボブヘアーが逆に珍しいと目を引いていた。


「そんな、アルスリーナ様……! わ、私、そんなつもりは……!」

「わたくしからトラヴィス様を奪っておいて、そんな言い訳は通用致しません! ご自身に非がないとお思い?!」

「アルスリーナ! 君は自分には一切非がないと言い切れるのか?! 彼女だけに罪を問おうと言うのか!」

「な……貴方様までそんなことを仰るのね……!」


 彼女を庇う婚約者の姿に、目の前が真っ赤に染まる。ああ、これが、これこそがロッテンバーグの憤怒の炎なのだわ。わたくしの身体中から今にも噴き出して、全てを覆い尽くしてしまいそう。


「構えなさい、ブランマルシェ。本気を出さないのならば、わたくしの業火に焼かれることになりますわよ」

「そんな……!」


 もうこれ以上待てはしない。トラヴィス殿下にぴったりと寄り添う小柄な少女。その場所にいるのはわたくしだったはずなのに。


「早く殿下からお離れなさい! 容赦はしないと……申しましたわよ!」


 杖を振り上げる。前に出ようとする殿下を睨みつけ、


「トラヴィス殿下! わたくしは決闘と申し上げました! いつまでその娘を庇い立てなさるおつもりです?!」

「!」


 この国の「決闘」は何よりも優先され、王太子の言よりも更に効力を持つ。皮肉だわ。彼がわたくしの言葉を聞いてくれるのが、決闘のためだなんて。

 ようやく殿下が離れた瞬間に、振り上げていた杖を振り下ろす。


「ケイト!」


 殿下の焦った声なんて、わたくしは聞いたことがないわ。あんなにも以前は……共に励んでいたのに。

 杖を介して魔力を放つ。吹き荒れる業火。吹き荒れる熱風。この威力、どうしてこんな時にしか出せないのかしら。本当に愚かね。


「アルスリーナ様……!」


 彼女が消し飛べば……心も晴れたかしら。水の壁が業火から守っている。風がその水を拡散し、炎の勢いが弱まっていく。

 ああ、ああ、なんて忌々しい。全ての属性を操るだなんて、王族ですら出来ないでたらめな力。女神の力と持ち上げられて。幾人もの男性に媚を売って。

 それなのに自分は何も悪くないような顔で平然といるだなんて。


「そういうところが……腹が立つのよ……ケイト・ブランマルシェ!!」


 ブランマルシェの家には何の恨みもない。突如として現れた、強大な力を持った平民の子を王命で養子に取っただけ。けれど何故、彼女に貴族の礼節をもっと教えなかったのか。

 如何に出自が奔放な平民であったとしても、貴族社会に馴染むためには必要だったはずなのに。

 いくつもの火球を作り出し、次々と放つ。彼女は水で防ぎ、風で軌道を逸らし、或いは雷で相殺した。

 彼女が礼節を弁え、自分の立場を理解してさえいれば、このような力のぶつかり合いなど起きずお互いの力を国の為に使うことも出来たのに。


「お願いです、アルスリーナ様……! 話を……」

「何の話があると言うのです!?」


 婚約を破棄すると告げられた。それが全てだ。覆りもしない事実。

 婚約から10年近い歳月を共に歩んできたと思っていたのに。それがたった1年で、崩れ去るだなんて。

 炎が大地から吹き荒れる。空からは燃え盛る隕石が降る。いくつもの火矢が降り注ぐ。炎を纏った剣に持ち替え斬り掛かる。防ぎきれず、彼女が膝をつく。もう少し。もう少しで。


 ああ。それでも、それでも。


「リフレクション! プロテクトヒール!」


 弾かれる。跳ね返される。負わせたはずの傷が塞がっていく。どうして……どうして!

 何故神は私ではなくこの女にここまでの力を授けたと言うの? この国のために、次期王を支えるためにこれまでずっと生きてきたのに!


「ハァ、ハァ……! どうして……!」


 私がいけなかったというの? ずっと国のためを思い行動してきた。けれどそれは、貴方の心を救うものではなかったと言うの?

 貴方のためを思って、せめて心だけは平穏であれと、貴方に纏わりついて媚びる連中は遠ざけてきた。せめて制限されないように、貴方が自由に動けるよう振る舞ってきた。

 それでも大切な時には傍に付き従っていたつもりだった。それが間違いだったの?

 わたくしではこの子のように、貴方を笑顔にさせることは出来なかったの? 幼き日に約束した、「より良い国を作り上げよう」と、あの言葉を実行するには力不足だったと言うの……?

 魔力が尽きていくのを感じる。威力が落ちる。跳ね返され、防がれ、それでもあの娘は自分からは攻撃してこない。この期に及んでまだ手加減でもしていると言うの?


「これで……終わりにしましょう、ケイト・ブランマルシェ」

「アルスリーナ様……!」


 いくつもの炎の竜巻がゆっくりと一つになり、大きくなっていく。これが最後。この一撃が防がれれば、終わり。


「この業火に消え失せるがいい!!」

「私は……私も、負けられないんです!!」


 閃光に目が灼かれる。誰もが目を覆う。爆発と爆風。

 その先に残ったのは、







「やった……ついに勝った!」

「ああっ……! また負けた……!」


「「アルスリーナに!!」」




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