目の寄る所へは玉も寄る

月美 結満

ロリポップ

新校舎と旧校舎を繋ぐ渡り廊下には規制線が張られている。来年の春に取り壊しを着工するからだ。


彼は4階の渡り廊下を迷い無く進んで行く。規制線を潜り更に先へ歩みを進めた。

ガランドウとした旧校舎に響く靴音は、どこか心寂しい。


嘗て使用されていた教室の扉はどれも施錠されている。でも彼は知っている。唯一施錠されていない場所があることを。


視線の先で、茜色の細い西陽が廊下を照らしていた。


4階のどん突きにある社会科準備室の扉は、レールと噛み合わなくなった所為で、施錠どころか、西陽が漏れ出す程度の隙間が開く。


数ヶ月後にはどうせ取り壊される-


そんな大人達の迂闊さに彼は付け入る。


取っ手に指をかけ、扉をスライドさせる。

噛み合わせの悪い不快な音が鳴った。


西陽が瞳に差し込むと、一瞬目を細めた。

頬や額が茜色に染まる、彼の端正な顔がより一層際立つ。


彼は前方のある一点を凝視しながら、扉をそっと閉めた。


口の端が僅かに上がる。


「美味しそうなもの舐めてるね」


床に横座りし窓下の壁に凭れる彼女は、棒付きのキャンディを口の中で遊ばせていた。

その華奢で細い指が、前に流れ落ちてくる長い黒髪を掬う。


彼女の前で胡座をかき、彼は自分の太腿を二回軽く叩いた。

それを合図に、彼女は胡座の上に跨がり腰を落とす。


「ねぇ、何味?俺も舐めたぁい」


チュッという音をたて、彼女の口から小さくなった飴玉が現れた。


刹那、彼は彼女の口端から舌を這わせ、その薄い唇と一緒に飴玉を舐めた。


「オレ葡萄味好き、もっと欲しい」


腰に回していた両手を背中に移動させ、互いの鼻先が触れ合いそうな距離まで身体を引き寄せた。


眼前にある狐顔の彼女は、妖艶な瞳をしている。彼はその瞳をジッと見つめた。


彼の端麗な顔立ちが直ぐココにあると言うのに、恥じらうことも無く彼女も視線を合わせる。


アノもソノもドノも、顔を紅潮させて目線を外してしまうのに、コノだけは手応を感じない。


そして彼女は、視線を逸らすことなく言った。


「口、開けて」


彼は期待に心臓が跳ねる。「あーん」と言われるがままに口を開いた。


すると、小指の爪くらいになった棒付きのキャンディを舌に乗せられる。


「確かに欲しいって言ったけど、ちょっと違う」


彼はキャンディを奥歯で噛み砕き、棒を口から引き抜いて後方にポイと投げ捨てた。


「せっかち」と呟く声が聞こえてくる。


口をモゴモゴとさせながら返した。


「あんなに小さくなるまで舐める方が珍しい」


「私はじっくり味わう方が好き」


その言葉に彼は左の口角を上げた。


「じゃぁさ、続き、味わっていいよ」


と、舌先を出す。

彼の口元に視線のピントを合わせると、その舌先には噛み砕いたキャンディの欠片が乗っかっていた。


乗り気のしない彼女に対して、彼は「んーっ」と駄々を捏ねるような声を出し、更に引き寄せ身体を密着させる。


背中のラインを指の腹でゆっくりなぞっていくと、彼女の唇の隙間から吐息が漏れだし、とうとう彼の舌先に軽く噛みついた。


彼女の唇を逃すまいと舌先を絡め、葡萄の甘酸っぱい味を転がす。


互いに舌先を吸い、唇をなぞって再び重ねる。

角度を変えながら、彼女の口内をじっくりと犯した。


机も椅子も棚すら置いていない一室から聞こえて来るのは、はしたなく湿ったリップ音と互いの声。


「ん…んっ」と、唇が離れる一瞬毎に、堪え性のない彼の低い声が漏れる。


彼女もまた、上顎を舌先で撫でられ、喉を窄めて「あっ」と跳ねた。


荒くなる二人の息遣いが頭を興奮させる。


彼女の括れに腕を回し、隙間が無くなるくらいキツく抱きしめた。

少し苦しそうに顔を歪めたが、それは程なく恍惚な表情と変わっていく。


彼の肩に掌を滑らせ、首筋に優しく指先を置いた。


彼女の顎につたう涎を啜り舐めた後、呼吸を整えながら言った。


「ヤバいねコレ……」


唇がジンジンとする。しかしそれは、まだ物足りなさを感じていた。


「もっと甘いの欲しいなぁ」


と、左手を彼女の太腿に滑らせる。柔肌を撫でスカートの中に潜らせると、彼の左腕を強く掴んだ彼女は首を横に振り可愛く言った。


「ダーメ」


「今日もダメ?」


彼は太腿を優しく引っ掻く。


すると、


「悪い子だな」


と、彼女は扇状的に微笑み、彼の横髪を掻き上げ耳元に唇を寄せた。


耳の淵を下から上へ辿るようにしゃぶる。


くちゃ、ぐちゅ、という音と彼女の息遣いが耳の奥を刺激した。と同時に、ゾクゾクとした感覚が頸に走り鳥肌が立つ。


腕を掴んでいた右手が、彼の左手甲にそっと被さる。


そして追い討ちをかけるように囁くのである。


「さっきみたいにギュッてして」


その一言は彼の加虐心を煽った。

悪戯に彼女の浮き出た背骨の指先でなぞる。


「やだ、擽ったい」


と、彼女は身を捩る。そして、ねだる様な上目遣いで彼を伺う。


彼は自身の鼻先を、彼女の尖った鼻先に軽くぶつけた。


それが合図かの様に、再び唇を貪り合う。


そして彼女の背中に腕を回し、シャツ越しの汗ばむ肌が感じられる程に、キツく抱きしめた。

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