学生オケのバイオリン弾きの女の子と仲良くなる方法

狗巻

第1話

 一目見たときから可愛いなと思っていた。同じ大学で同じ学科の隣のクラスで、白鳥華さんという長い黒髪が良く似合う清楚な感じの子だ。

 大学のオーケストラのサークルに所属してバイオリンを弾いているらしい。初めてそのことを聞いたときは、おしとやかで優しい印象の彼女にぴったりだと思った。

 今まで話をするチャンスはなかったけれど、3年生の都市計画の実技演習の授業で同じグループになったのがきっかけで話をするようになった。


***


 大学から少し離れた緑地の現地調査を行うことになり、免許取り立てだった僕は勇気を出して彼女に声をかけた。


「僕、車出せるから良かったら一緒に現地調査に行きませんか?」


 彼女は頷いたが、でも日程調整の話になると困った表情を浮かべた。


「今度の土日の昼からはどうかな?」

「ごめん、毎週土日の昼からはオケの練習があるんだ。やっぱり悪いから私のことは気にしないで行ってくれていいよ」


 どうやらオケとはオーケストラの略らしい。申し訳なさそうに答える彼女に、僕は慌てて言葉を連ねた。


「じゃあ午前中に行こうよ。昼には戻ってくるようにすれば大丈夫でしょう?」


 白鳥さんは申し訳そうな様子だったが、僕は半ば強引に約束を取り付けた。

 ついでに週何回オケ活動をしているのか聞くと、予想以上に彼女はオケに時間を割いていることを知った。月水金の夜と土日の午後は大学のオケの練習があり、さらに火木の夜と土日の午前はオケの会議やエキストラで参加している他校のオケの練習が入ることもあるらしい。

 初めは誘いをかけてきそうな僕に予防線を張っているのかとも思ったが、彼女は変わらず礼儀正しく親切で、裏の顔を持っているとも思えなかった。


 ただでさえうちの学科は女性が少ないのだから、この機会を逃しては彼女など到底できそうにもない。せっかく彼女と親しくするチャンスに恵まれたのだからぬかりなく準備しておくべきだろう。

 そう決心した僕は、今まであまり親しくはしてこなかったが同じ高校出身でうちの大学のオケに入っている内藤に話を聞くことにした。辛うじて連絡先は交換していたのでメッセージを投げると、すぐに返事がきた。簡単に事情を話すと、ことのほかスムーズに内藤と会う約束を取り付けることができた。

 学生食堂に姿を現した内藤は、席に着くなり足組みをして椅子の背もたれに寄りかかった。


「コーヒーが飲みたいな。あとケーキも」


 はいはい、とお望みのものを買ってきて目の前に置くと、内藤は満足げに頷いて、テーブルに身を乗り出した。


「で、白鳥さんのことが知りたいって?」

「うん、実は前から彼女のこと気になってたんだけどさ、今度の授業で同じグループになって……」


 一通り説明をする間、内藤はケーキを食べながら難しい顔で僕の話を聞いていた。よくケーキを食べながらそんな表情ができるなと思いながらも話し終えると、内藤は開口一番言った。


「彼女にアタックしたいとは見上げた根性だ。五反田、お前もなかなかの勇者だな」


 満面の笑顔だ。感心しているのかそれとも馬鹿にしてるのか判断がつかない。僕はこいつのこういう人を小馬鹿にしたようなところが苦手であまり親しくしてこなかったのだ、と思い出す。


「確かに彼女、美人で性格も良さそうだし、人気がありそうだけど」

「それだけじゃない」


 内藤は口元に生クリームをつけたまま偉そうにのたまう。


「楽器が抜群に上手くて、しかもうちのオケのコンミスだ。並の男では到底彼女とは釣り合わない。だから皆なかなか手を出せないのだ」


 楽器が上手いなんて優等生な彼女のイメージ通りだな。僕は白鳥さんが優美にバイオリンを奏でる姿を想像しながらも、ふと疑問を感じた。


「内藤の話だと、楽器が弾けるかどうかが一番の基準であるかのような言い方だな」

「そうだ」


 内藤は口をナプキンで拭いながら頷いた。


「お前はオケに所属していないからこの感覚は分からないかもしれないが」


 内藤はきれいになった口元を緩めて得意げな表情を浮かべた。


「オケの世界は、楽器が上手いかどうかが一番の価値基準なのだよ。だからオレも勉強そっちのけで必死に練習してビオラパートのトップの座についたのだ。おかげさまで今は正直モテている。人生で初めての彼女も出来たしな」


 モテてるだと? 高校ではパッとしなかったこいつが? 僕は口をぽかんと開き、内藤の整ったとは言いがたい顔をまじまじと眺めた。

 そういえばこいつはサークル活動に打ち込み過ぎて留年したと他の奴から聞いた。その時は同情とわずかな蔑みの感情と共に彼のことを思ったものだが、この世の春を満喫していることを知った今となってはやっかみしか感じない。


「お前、楽器なんてやってたっけ?」

「ふふん、実は子供の頃ピアノを習ってたんだ。おかげで譜面は難なく読める」


 内藤は格好をつけているのだろうが似合わない長い前髪をこれ見よがしに耳にかけ、低い鼻を得意げに高く仰いだ。


「とはいえハ音記号には少々難儀したが、バイオリンに比べるとビオラは経験者が少ないからな。うちの代はバイオリンからの転向者もいなかったから、一番努力したオレが晴れてトップを勝ち取れたという訳だ」


 詳細はよく分からないが、どうやら内藤の努力が報われたということのようだ。内藤のように見目がパッとせず性格に難のある男でも努力次第で彼女をつくれる世界なのだと思うと、その選択肢を選ばなかった自分を呪わしく思う。

 しかも、良いなと思った人がまさか天上の人だったとは。ただでさえ彼女を作れていないのに、身の程に合わない人が気になるなんて、僕には一生恋人はつくれないかもしれない。しかし、内藤の話にはところどころ理解できないところがあった。


「質問してもいいかな?」


 内藤が頷いたので素朴な疑問を口にする。


「ところでコンミスって何? 白鳥さんミスコンに出たの?」

「……そこからか」


 あからさまに残念そうな表情を浮かべる内藤に内心いらいらしながらも、僕はグッと我慢して先を促した。

 内藤の説明によると、コンミスとはコンサートミストレスの略で、女性がコンサートマスターの役目を担うときの名称らしい。コンサートマスターという名前は僕も日曜の朝のテレビ番組で耳にしたことがある。指揮者のすぐ左に座り、バイオリンの演奏者であると同時に指揮者とオケとの橋渡し役を行う、オーケストラの要となる存在らしい。

 そんな説明を聞くと、ただでさえ手に届かない存在の白鳥さんが、一層手の届かない高みへと離れていってしまうような感覚に襲われる。

 そんな僕を尻目に、内藤はしたり顔で話を続けた。


「うちのオケでも白鳥さんに憧れている人間は数多いるが、高嶺の花すぎて彼女をデートに誘おうなどと思う者は皆無だ。そんな中、楽器も弾けずパッとしない一般人のお前が身の程もわきまえずアタックするとは逆に興味深い。いや、オケと縁のない人間だからこそ何のてらいもなく踏み込める領域だとも言えるのか」

「はあ」


 けなされているのか何なのか分からず困惑している僕に、内藤はいきなりの満面の笑みで親指を立ててみせた。


「清水の舞台から飛び降りるその心意気、痛み入ったぞ。よし、オレが一肌脱いでやろうじゃないか」


 えっ、応援してくれるのか? 意外な展開に驚きつつも僕は内藤に頼ることにした。強敵に立ち向かうにはまず味方を作ることからだ。性格は鼻につくが、内藤には僕が知らないオケの世界を知っているというアドバンテージがある。彼女の背景を知る上で決してマイナスにはならないだろう。

 まずは彼女についての情報をもっと引き出そう。僕は一番気になっていたことを聞いてみた。


「彼女って恋人いるのかな?」

「フリーだぞ」


 即答だった。どうやらオケの世界というのは狭い世界らしい。それにしても百人近くもの人がいるサークル内で個人情報が筒抜けというのは末恐ろしい。オケの人間というのはどれだけ噂好きな人種なのだろうか。


「だからといって油断は大敵だ。うちの近隣の学生オケは人手不足でな、オケ内だけでは交響曲を弾けるだけの人数が揃っていないことが多いから、ある程度弾ける奴はあちこちのオケにエキストラとして声がかかるのだ。特に弦楽器は万年奏者不足だから、その傾向が強い」


 そういえば白鳥さんもそのようなことを言っていたな。


「うちのオケでは幸い皆が身の程をわきまえているから白鳥さんにおいそれと言い寄る者はいないが、よそのオケではどうかな。図々しい輩が彼女を口説くとも限らん。ちょうどお前のようにな」


 はあ、図々しくてすみません。でも協力してくれると言ってくれているのだから悪気はないのだろう、と自分に言い聞かせながら僕はプライドを押し殺して内藤にすがった。


「じゃあ僕はどうすれば良いのかな。教えてくれよ、内藤!」


 内藤も頼られるのは悪い気がしないらしく、そうだなぁとしばらく考え込む。もしかしたらこいつは感じは悪いけど意外と良い奴なのかもしれない。

 コーヒーを一口飲んだ後、内藤は作戦会議を始めるような面持ちで話を始めた。


「オレの感覚だと、バイオリンの女の子は押しに弱い。そういう意味では積極的に誘ったお前の第一手は正解だと言えるだろう。それで、どこに行くんだ?」

「大学の授業の課題で緑地へ現地調査に行かなきゃいけないから、一緒に行こうって誘ったんだよ。僕が車出すから、って」

「ドライブか。それは良い」


 内藤の目がキラリと光った。


「ドライブで重要なのは何だか分かるか?」

「え? 行き先とかかな?」

「それも重要だが、今回はもう決まってしまっている。それ以外の要素として見逃せないのは、ドライブ中の音楽のチョイスだ」


 なるほど。彼女の好みに合わせた音楽を選択できれば、それだけで車での移動時間を快適に過ごす支えとなる。


「彼女の音楽の好みはもう分かっている。ブラームスだ。選曲会議でも事ある毎に彼女はそのことを明言しているからな」


 音楽室に良く肖像画が飾ってあるメジャーな作曲家だ。自分でも耳にしたことのある名前で少し安心する。彼曰く、アマチュアオケ奏者の間でも人気のある作曲家で、特に弦楽器や木管奏者に絶大な支持を受けているらしい。


「お前がしなければいけないことは、ブラームスの交響曲全四曲を聴くことだ。好きな順番と、好きな理由を述べられるくらいにはなっておけ」


 これは、課題の準備そっちのけで取り組まなければいけない。僕は手帳に内藤のコメントを書きとめた。


「幸い彼女の場合は好きな作曲家が分かっているが、オレの感覚では、オケの中でブラームスが嫌いな女子はいない。基本的な知識として押さえておいて損はないだろう。そうだ、当日流す曲の指揮者と演奏するオケの選択も間違えないようにしろ。お前は素人だから、間違いがないようにメジャーな指揮者とオケを選ぶようにしろ。うっかり上手でないオケの演奏など選んでしまっては場がしらけるからな」


 自信満々で語る内藤からは後光が射しているようだ。不本意ながら、今だけは内藤にどこまでもついて行きたいような気持ちになっていた。


「後は、その日の時間帯や天気を元にして、その四曲の中からどの曲を聴きたいかを考えろ。人からの受け売りでなくお前なりの考えでいい。そのあたりの感覚が合わないようだったらどうせ長続きしないだろう」


 内藤にしては説得力のある言葉で締めくくる。僕は感激していた。内藤、お前しばらく会わないうちに随分成長したんだな。


「もう残された時間は少ない。他にもアドバイスしたいことは沢山あるがこなしきれないだろう。最低限のことは伝えた。彼女との会話が弾むかどうか、後は五反田、お前の腕次第だ。うまくいったら今度は学食奢れよ」


 そう言い残して内藤は立ち上がった。その背中を見送りながら、僕は心の中で内藤に感謝した。


***


 約束の土曜日。

 僕達は朝に大学の最寄り駅前のロータリーで待ち合わせた。

 渋滞にはまらなかったことに安堵しながらロータリーに車をつけて辺りを見渡す。まだ待ち合わせには早い時間だったが、改札口を出た所に立っている白鳥さんを見つけた。長い黒髪をポニーテールにし、白いオーバーサイズのTシャツと、ぴったりとした紺のジーンズに同じく紺のスニーカーを身につけている。今日の現地調査に合わせてのチョイスなのだろうが、いつものおしとやかなイメージとは違うスポーティーな装いに胸がときめいた。

 白鳥さん、今日も可愛いなあ。

 うっとりしながら眺めていると、白鳥さんがこちらを見た。フロントガラスごしに手を振ると、気付いた白鳥さんが手を振り返しながら駆け寄ってくる。


「おはよ!」


 笑顔で挨拶する白鳥さんがまぶしくて、僕は直視できずにうつむきながら言葉を返した。


「おはよう。待たせちゃったかな」

「ううん。今来た所だよ」


 白鳥さんは心地よい中高音の声を響かせて明るく言う。これから僕は課題の現地調査とはいえ、この子と二人きりで過ごすことができるのだと思うと気持ちが高揚する。

 上ずる声を必死に抑えながら助手席に白鳥さんを誘い、早速出発する。


「音楽でもかけるね」


 さりげなくカーステレオのスイッチを入れた。内藤のアドバイスに従って、Spotifyで見つけたカラヤン指揮のベルリンフィルの演奏を再生する。音楽が鳴り出すと、白鳥さんは嬉しそうに声を上げた。


「ブラ2だね。五反田君、クラシック聴くんだ」


 ブラームスの交響曲第二番をブラ2と訳すのは本当だったのか。内藤に騙されていたらどうしようと一抹の不安を覚えていたが、どうやら正しい情報だったようだ。 


「うん。ブラームスの交響曲は4,3,2,1の順で好きなんだけれど、でも今日みたいな晴れた朝にはブラ2が合うかなと思って」


 ブラームスの交響曲を全部聴いて、自分なりの好きな順番も決めた。内藤に太鼓判を押された手順ではあるが、本当に喜んでくれるのだろうか。ちょっと変わった人だと思われないだろうか。そんな僕の心配をよそに、白鳥さんは目を輝かせた。


「本当に?! 私もその順で好きだよ」


 良かった! 心の中で安堵しながら、僕は用意していた言葉を紡ぐ。


「1は比較的外向的な印象で、そこから4に向かって段々内向的な方向に進んでいる感じだよね。ブラ4はとりわけ心に染み渡るような感じがして僕は好きだな」

「分かる! ブラ4の冒頭とか特に、悲壮感溢れる旋律が心の奥底に訴えかけてくる感じですごい好きなんだ。あの曲を演奏したことがあるんだけれど、この曲の場合は指揮者が事前に合図を出してくれないから一番最初の音の入りが難しくてね。指揮棒が動き出す瞬間を捕らえようと皆、指揮棒の先をじっと見るんだけど、皆が視線を一点に集中するあの瞬間の緊張感が癖になるというか。自分はオケで演奏してるんだなあって実感して、充実した気持ちになれるんだよね」


 一生懸命言葉を探して楽しげに話す白鳥さんは何だか可愛い。ワクワクする気持ちが僕にも伝染するようだった。内藤、お前のアドバイスばっちりだったぞ! 白鳥さんのこんなに生き生きした表情を見ることができるなんて、内藤の言う通りに準備を重ねてきてよかった。

 ひとしきり話が盛り上がった後、白鳥さんはしみじみと言った。


「五反田君とこんな話ができるなんて思わなかったよ。オケの人以外とこんな風に話せるのって何だか新鮮だな」


 オケの人間でない僕に対しては元々の期待値が低いという相対的な理由もあっただろうけれど、結果として僕の予習の成果は上々だった。その後は二人でしばらく黙ったまま、ブラ2の和やかなメロディーに聴き耽った。

 次第に緑が多くなっていく景色とブラ2の相性は思いの他良かった。僕には音楽ソムリエの才能があったみたいだ。ほとんど内藤のアドバイスではあったが。

 

 目的地に到着した後、二時間ほどで緑地での現地調査を終えて僕たちは帰路についた。


「調査結果うまくまとめられるかな。もう一度くらい来なきゃいけないかもな」


 運転席に乗り込みながらつぶやくと、白鳥さんは顔を上げて僕を見た。


「私も同じこと考えてた。五反田君が行くときに私も一緒に行っていい?」

「もちろん」


 僕は大きく頷いた。今日の僕たちは、朝にブラ2で意気投合してから思考がシンクロしているように思う。

 帰り道はかねてから準備していたブラ4を流した。音楽が始まった途端に白鳥さんは顔を上げ、照れ笑いをした。


「熱弁した後にこの曲聴くと何だか恐れ多い気持ちになるね。私、この曲の良いところ、一割も言葉に出来ていない気がする」


 白鳥さんの謙虚さを好ましく思って僕は微笑んだ。音楽の素晴らしさを言葉にするのは本当に難しい。ずっと音楽のことばかり考えているのであろう白鳥さんでさえ難しいのだから、僕には語ることさえおこがましいことのように思えた。

 道路はさほど混んでいなく、僕は気分よく若葉マークのついた車を走らせる。


「この調子でいけばオーケストラの練習にも余裕で間に合うね。良かった」


 正直僕らの学科の課題は結構大変だ。学業を頑張りながら同時に音楽を愛してオーケストラの練習に打ち込む白鳥さんの姿を見ていると、白鳥さんの気をひこうとせせこましく動いていた自分が恥ずかしくなる。それと同時に、下心がきっかけとはいえクラシック音楽という新しい世界に足を踏み入れるきっかけを作ってくれた白鳥さんにも感謝の念が湧いてくる。

 赤信号で止まったタイミングで白鳥さんを見る。正面に輝く太陽を眩しげに見上げる柔らかで無防備な彼女の表情が可愛くて、思わず僕はつぶやいた。


「僕、白鳥さんに会えて良かったなぁ」

「えっ?」


 目を見開いてこちらを見た白鳥さんの顔を見て、しまったと思う。思ったことをそのまま口にしていたようだ。


「あっごめん。僕、何言ってるんだろう」


 慌てて前言撤回しようとしたときに、白鳥さんがじっと僕を見つめ返してきた。


「私も。五反田君と会えて良かった」


 一瞬時間が止まった気がした。カーステレオから聴こえる弦楽器の哀しくも美しい旋律だけが、たゆまず時間が流れていることを教えてくれる。白鳥さんは頬を赤らめながら首を傾げた。


「今日はありがとう。五反田君、私の趣味に合わせてくれたんでしょう? 次は、五反田君の好きな音楽も聴かせて欲しいな。君が普段どんな曲を聴いてるのか知りたい」


 照れている白鳥さんは最高に可愛かった。僕のことを知りたいだなんて言われたのも感激だったし、次また会うときのことを話してくれるのも最高に嬉しい。


「じゃあ今度は僕のとっておきの曲を用意しとくよ」


 浮き上がる心を必死に抑えながら平静を装った声を返すと、白鳥さんは微笑んだ。優しくて可愛い目映いばかりの笑顔と、ちょうど盛り上がりをみせているブラームス交響曲第四番第一楽章の感情を揺さぶるような弦楽器の旋律が相まって、僕は一気に恋の淵に叩き落とされた気がした。

 どぎまぎして目をそらした僕の心の内を知ってか知らずか、白鳥さんは残念そうに窓の外を見上げた。


「それにしてもいい天気だね。今日オケの練習がなかったらこのままどこかに出かけたいくらい」

「そうだね。次の現地調査は、後にオケ活動がない日にしようか」


 彼女にオケ活動がない日なんてないんじゃないかとも思ったけれど、白鳥さんはにっこりと笑ってくれた。


「そうだね」


 信号が青になり、アクセルを踏むと車が前に進み始める。僕はフロントガラスの前に広がる空を見た。一面目映いばかりの青色の世界はどこまでも広がり、あらゆる可能性を秘めているように見える。

 僕もこの空と同じだ。白鳥さんと添い遂げる未来までもを想像してしまって、気が早いかと思いつつも僕は照れた。


「今度のオケの演奏会っていつあるの? 良かったら聴きに行っていい?」

「もちろん。ちょうど来月演奏会だから、今度チケット持ってくるね」


 仲良く会話しながら、僕たちが乗る車はどんどんと前へ進んでいく。白鳥さんが好きな音楽のことを、僕ももっと好きになりたい。白鳥さんの心地よい声とブラ4の調べを聴きながら、僕はそんなことを思ったりしたのだった。


--完--

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