/ Side A d e / END


     ***


 少女、アリスは、もう思考が止められなくなっていた。

 供を許し、心を許し、身体を許した。

 今となっては、もう、神様という存在よりも遥かに大事な存在である。


 それを、アリスは、殺された。


 状況を作り出したのは、いったい、誰だろう――。

 難しいコトはない、ただ、殺せば良い。

 全員、まとめて、葬り去れば良い。


 殺すコトは、アリスにとっての、最大の得意分野である。


 そうするコトでしか、ユキトは、もう報われない。

 想いという一つの意思で、不安定だったアリスの心は、〝正しさ〟を取り戻した。

 正しく、等しく、死を与える。


 銃剣を手に取り、そして、彼らへ向けて駆け出す。


 ユキトを、死に、至らしめた人間を殺す。

 ソレ以外に。

 もう。


「必要なモノなんて――。ありはしないッ!!」


 感情から溢れ出る力を以て、アリスは、皇帝にめがけて一直線に、銃剣を突き立てる。

 が、その剣は届かず、すんでの所でフリードが大剣を以て制する。

 ただ、フリードの巨躯でさえ、その衝撃の前では無力であった。


「っ、ッぅッ!!」


 小さな少女の、しかし、紛れもなく神の子としての異形なる力は、健在、間一髪のところでフリードは体勢を立て直した。

 なお、彼は、剣を構えて主を守る。

 皇帝を庇うのだ。


「貴様は――。人間ではないッ!!」

「今さら――……。私は人間ではないの。神様に棄てられた、哀れな、ただの人形なのよッ!!」


 交錯する銃剣と大剣、巻き上がる互いの血飛沫、叫ぶと叫びのぶつかり合い。

 そして――。

 一撃、アリスは腹部に、剣王の剣戟を突き立てられる。


「ッ、ああァあ――ッ!!」

「っ、なッ!?」


 それでも、なお、アリスは前進を止めない。

 突き刺さった剣、そのままで、彼女は剣王をめがけて奔り続ける。

 大量の血を吹き上げながら、なお、彼女は殺意を振り止めない。


 一閃、剣王の身体に、アリスの銃剣が横薙ぎに突き刺さった。


 もう、辺りは真っ赤を越え、真っ黒に染まって見るに堪えない。

 そして、その上で、アリスの身体は深紅を越え、漆黒に染まっている。

 佇む、その姿は、見る者を震撼させる〝狂暴〟そのものであった。


 剣王の名を冠する男が、糸の切れた人形のように、力なく地に伏す。


 アリスは手を止めない、倒れ込んだフリード=ヴェンルクに向けて、轟音の如き拳の一撃を地面に押しつけた。

 割れる地表と、砕ける手応え、吹き出る血液の噴霧。

 それでも、まだ、彼は生きている。


「っ、……?」


 ダンッ、と、背後からアリスは銃撃を受けた。

 が、ソレすらも意に介さない。

 ゆらり、と、少女は後ろを振り返る。


「(ああ……)」


 嗤う。

 その視線の先には、皇帝が肩を震わせ、口を震わせながら、硝煙を漂わせるライフルを握りしめていた。

 大した問題ではない、と、アリスは解釈をしたのだろう。


 どうせ、もう、死ぬコトは避けられない。


 何発の銃弾を受けたとしても、もはや、問題ではないのだ。

 アリスは、死ぬ、決定的な運命。

 だからこそ、無敵、今の彼女を止められる者は存在しない。

 終わり行く命、故に、それまでの時間をどう過ごそうが、完全に自由、彼女の意思次第である。

 死を以て、死を、克服する。


「そう。今の私はそういう存在だもの。ねぇ。剣王さん?」


 赤黒い目をした、彼女は、見下ろすようにして男を眺める。

 剣王、フリード=ヴェンルクは、全身がくまなく赤に染まり、もはや、生きているコトが奇跡に近い状態である。

 且つ、彼は、死を目前にして一つの悟りを見出していた。


「なるほど――。とはつまり。……貴様のような顔をしているのだろうな」


 憤怒の神、そんな者がいるとすれば、アリスのような存在を指すのだろう。

 フリードは、死を悟った最期の瞬間に、〝受容〟という答えに辿り着いた。


 畏れ多くも、その怒りに触れた、その罰を甘んじて受け入れよう。


「貴方は――。ええ。一瞬で楽にしてあげる」

「ああ。……――あの誇り高き騎士の元へ。私を送ってくれ」


 直後に、アリスは鬼の形相で、真っ直ぐに拳を剣王に突き立てた。

 周囲は、爆散する衝撃波の影響で、形すらも変わる。

 アリスとフリードの、最初から決まり切った死合いの結末は、終焉を迎えたのだ。

 残骸すらも残さない、初めから剣王という存在すらもなかったかのような、荒廃した世界の惨状だけが広がっている。


 〝神罰〟。


 全身から血をしたたり落とす、それでも、なお、アリスは美しく、神々しく、絶対的な存在と呼ぶに相応しい。


 まだ、そう、終わっていない。

 ゆらり、と、アリスはその場から後ろへ振り返った。

 そこに立つ、皇帝――ヴィル=プロイ――に、ようやく関心を払ったのだ。


 だけは、絶対に、痛め付けて殺してやる。


「ひ、ひぃっ――……!!」


 怯える彼は、アリスを前にして、瞳を震わせている。

 アリスは彼に対して、一つ以外の感情を抱いていない、殺すという形である。

 ただ、フリードのように、簡単に殺すのではアリスの気が収まらない。


 アリスの最愛の人を、殺した、そんな存在だ。


 この手で、その爪で、歯で、骨の髄に至るすべてまで、引き裂き潰さなければならない。

 足を進め、一歩ずつ、確実にアリスが距離を詰めていく。

 ズリズリ、と、皇帝は身を後ろに向けて逃げていく。

 同じ分だけ、アリスも、距離を詰める。

 引き裂いて。

 潰して。

 そうして、事切れる瞬間まで、徹底的にいたぶって――。


 瞬間、アリスの心の中に、白い雪の光が降り注ぐ。


 同時に、言葉が、反芻されるのだ。


『〝キミは。その方向へ。振り切っちゃ駄目だ〟』


 そう言われた、ような、気がしていた。


「ああ――……」


 そうだ、と、アリスの心は少しだけ落ち着ける。

 〝スマートに〟。

 乱暴な殺し方の姿を、彼は、いつだって好まなかった。

 彼が残した最期の言葉、約束は守らなければならない、そうだろう。

 だから。


「み、見逃して、くれるのか――……?」

「冗談を。私は貴方をいたぶるコト。それを。ただ。諦めただけ」

「は……?」


 小さく手を前にかざす、そのかざした手に、淡い光が集まっていく。

 形を成す、ソレは、一丁の小さな拳銃であった。

 綺麗に、つまり、スマートに。


 感情に支配され、そのまま殺すコトを、ユキトは、きっと、綺麗とは形容しない。


 だから、小さく、静かに。

 殺す。

 最良の選択だ。


「さようなら――。愚かな男」

「待っ――」


 ドスンッ、と、鈍く深い音が響き渡る。

 銃声。

 アリスが、拳銃で、皇帝の頭を貫いた。

 舞い上がる血、そして、言葉もなく静かに佇む少女だけが、その場に、たった一人、残ったのである。

 勝者、だが、生者ではない。


「約束だから。ね。ユキト」


 ちゃんと守ったわよ、と、夜の空を見上げて独りごちる。

 全身、傷と血で溢れかえり、もはや先の命はない。

 身体の力を抜き、そして、少女はその場に倒れ込んだ。


「永い――。そう。永い旅だったわ」


 ふと、仰向けになって、星を眺めていると、光、星ではない光――白い雪の光――が辺りを包み込んでいる。

 優しい、暖かな、そんな光である。

 光の出所は何処だろう、と、アリスが目を巡らせれば、そこは、ユキトの亡骸の場所からであった

 神様の奇跡も、今は、もう届かない。

 きっと、そうならば、あの光はユキトが持つ心の残滓みたいな物だろう。


『〝……――せめて、彼の側で、最期を迎えたい〟』


 動きにくい、そんな身体を強引に動かして、引きずるようにアリスはユキトの側にまで辿り着く。

 血に加え、ドロにまで塗れ、ボロボロの姿である。

 互いに、そう、同じ姿で。

 冷たくなった、もう動かない、終わってしまった生命。

 胸が痛い、と、アリスは心でそう感じていた。


 それほどに、アリスの中で、ユキトという存在は、本当に大きく育っていた。


 ユキトを殺してしまったのは、他でもない、アリス自身なのだと。

 彼女は、そう、考えた。

 自らを、静かに、責めた。


「ごめんね――……」


 地に伏せる身体、精一杯に、アリスは優しくユキトの頬を撫でる。

 涙を、ぽろぽろ、零しながら。

 そうして、やがて、アリスの意識は遠のいていく、向かう先はきっと死後の世界だろう。

 アリスが信仰していた、〝神様〟の元へ、アリスはようやく帰るのだ。

 自分は、きっと、赦されない。


『大丈夫だよ――。アリス』


 そう、遠くの方から、声が聞こえてきた。

 ソレは、アリスが想い焦がれる、大切な人の声である。

 だから、きっと、大丈夫。


 また、会えるよ、ね。


 心の中に、ふわり、優しい色が溢れてくる。

 そして――。

 閉じ行く世界を、心の端で捉えながら、アリスは静かに息を止めた。


 すべての旅路が、今、ここに終結を迎える。


 殺戮少女、アリスという一人の少女が、その身を張って成した数々の戦い。

 そのすべてを、背負って、二人の人間が世を去った。

 亡骸は、手を取り合い、とても安らかに。


 青年ユキト少女アリス、彼らの物語は、こうして命の幕を閉じたのだ。

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