敗北の剣王 / Side F
***
言葉もなく、ただ、立ちすくんでいるだけの男がいる。
フリード=ヴェンルク。
つい先ほどまで、ユキトと死闘を繰り広げ、その上で、敗北寸前にまで追い詰められ、自らの死を覚悟していた男である。
一騎打ちの勝敗は、もはや、着く寸前だったのだ。
ユキトの剣が、三度、フリードの薄い鎧を裂き、身体のいくつかからは出血が見られていた。
そして――。
最後、その銀の剣は、フリードの身体にある〝隙〟を貫く。
致命的な一撃が決まる。
圧倒的な剣才はフリードをも上回り、実力に経験も積み重なった、剣王すらも超える化物と化した。
手をかける、最後、その瞬間に異変が起きたのだ。
ユキトが攻撃を止め、そして、ただ事ならぬ表情で、アリスの方に目を送った。
フリードもすぐに気付いた、ソレは、影に潜む重い殺気である。
殺気の方向には、剣王の
殺気が向けられている先は、違う、此方ではない。
つまり、狙いは、
大切な少女に、守るべき存在に危機が及んでいる、その事実をユキトは瞬時に悟ったのだろう。
だからこそ、剣を棄ててまで、彼は一目散に少女の元へ奔った。
騎士の命である剣を、フリードに投げつけ、時間を稼ぎ、決闘という絶対的な取り決めを反故にしてまで、捨て身、そう思わせるほどに清々しい行動を取った。
結果、アリスは死を逃れ、対価として青年は血飛沫の中へ沈んだ。
騎士として、負け、死を受け入れたフリードの胸中は、極めて、複雑そのものであった。
敗者として立ち、そして、なお、生者として、この場に立つ。
赦されざるコトだった。
剣王として、否、騎士として。
自害、その行為を取っても、彼の中では別段に不思議なコトではない。
誇り高き騎士。
故に。
現状を彼は受け入れるコトができなかった。
「戦いに水を差すようで悪いが――。余は確実な勝利を望む者。故に。こうして手を下したまで」
ザッザッ、と、フリードの元まで足を進める
狙撃をするための距離から、一転、交錯する程度の近い場所まで詰めてくる。
安心感、皇帝からは、そんなモノが感じて取れた。
殺戮少女の片割れを落とした。
勝ったも同然である。
片手には、まだ、硝煙の熱を放っている狙撃銃を持っている。
戦の作法としては、別段に、間違ったコトはしていない。
相手の隙を突き、そして、刈り取れる命を落としていく。
そう、一つとして、間違ったコトはしていない。
ただし。
「文句はあるまいな?」
「…………」
返答はない、否、返す言葉を失っていた。
そう問われても、剣王には、返せるだけの言葉を持っていないのだ。
従者として、主の命令は絶対であり、逆らうコトは許されない。
だが、受容できるかと言えば、それは別の話である。
皇帝、ヴィル=プロイは笑っていた、嘲笑である。
フリードの返答は待たない。
ただ。
狙撃銃を、ユキトの元へ走り出す、そんな少女の方へ向けるのみ。
「後は。
チャキン、と、皇帝が狙撃銃を構えた。
悲痛な面持ちで、駆ける、その少女を背後から撃ち抜こうとする。
剣王、だが、それを止めるコトができない。
命が終わる、その運命は、きっと避けられない。
そう思っていた。
〝神託通り……?〟
と。
そんな言葉が、何処からか、鳴り響いたように思う。
「「……――ッ!?」」
直後。
まるで、その世界のすべてが凍り付くような空気が、その場を瞬時に覆い被せた。
発生の元。
それは、口から血を流しながらも、意に介するコトすらないまま、皇帝を睨め付ける、青年、ユキト=フローレスの姿であった。
深い。
昏い双眼。
「……――っ、ぅ」
歴戦の騎士、フリード=ヴェンルクですら、動くコトが叶わない。
常軌を逸した、殺気、あるいは、憎悪であるのか。
ぞわりっ、と、悍ましい狂気を直感させる黒眼。
人間が出せるモノとは、到底、思えない。
人の理を越えている、そう、フリードは直感的に理解をしていた。
彼は、本当に、人間なのか――……?
息も絶え絶え、後に控えるのは死であるハズなのに、なぜ、彼は動ける?
そして――。
そんな彼を目の当たりにして、なおも、死の予感を直感させる。
当然、皇帝であるヴィル=プロイも、動けない。
彼は騎士でも、なんでもない、ただの一人の貴族に過ぎない。
そう、誰もが、動けない。
時間が、そう、止まっている。
( コ ロ ス )
身の毛もよだつような、双眼、その瞳でユキトはそう主張している。
伝わる。
それは、聴覚を超越した、感情の中に入り込む色だった。
何処にいても。
なにをしていても。
ボクは。
『〝忘れない。――覚悟して待っていろ。必ず殺しに行ってやる〟』
おかしい。
彼は、口を開いていない、だが、言葉はフリードとヴィルの耳に届いている。
青年は、もう、事切れる寸前だ。
恐怖を覚えるには、あまりに、非現実的な状況である。
だが、いつの日か確実に、フリードはユキトに殺されるという瞬間を確信していた。
違う、何処かの世界で、いつの日か。
……――そうして、血を流しながら、ユキトは地に向かって堕ちていく。
その身体を、アリスが、辛うじて最期に掴み取ったのだ。
抱え込み、そして、抱きしめる。
愛、想い、願い。
「ユキト……ッ」
少女だけが、あの、止まった時間の中を動けていた。
そう。
彼が、愛する、殺意を向けるべくもない。
最愛の人。
命を擲ってまで、守った、騎士としての最高の姿である。
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