三騎士vsアリス / Side A (後編) / 刹那の散命


「ぐ……、っ、ぁ――……ッ!!」

「残念よ。本当に。貴方は勿体ない存在だわ」


 嘲笑ではなく、ただ、憐れみの笑みだった。

 立つ道が違えば、そう、あるいは。

 結論は、力、その差である。


「人間の貴方では。圧倒的な力の差を覆せない。――本当に残念なコトだわ」


 ぐいっ、と、アリスは剣の騎士を強引になぎ倒す。

 手で首を掴んで、そのまま、地面に向けて叩き付けた。

 なんの苦労もなく、ただ、あっさりと。


「コレが――。貴方の選んだ結末だもの。受け入れなさいな」


 組み敷いた手、その反対側に持つ銃剣を、アリスは剣の騎士に向けて突き立てようとする。

 が。


「……――、っ!!」


 顔を歪ませ、そして、一瞬の反射を見せる騎士。

 すんっ、と、なにかがアリスの顔を沿った。

 痛み、と、そう呼ぶ感触だ。


「……――あら?」


 頬から軽く雫が流れ落ちる、騎士の攻撃が、アリスの皮膚を裂いたのだ。

 カランッ、と、音が鳴った。

 その先に在ったのは、剣、騎士が持っていた相棒の剣である。


 騎士の誇り、生命の象徴、すべてを託す。


 そんな、ささやかな、最期の抵抗であった。


「ふぅん……。あぁ――。そうなの」

「力なき者の。できる精一杯というヤツさ。ふっはっは……」

「本当に面白いわね。貴方は。――実に勿体ないわ」


 敵から傷を受けたのは、果たしていつ以来の出来事か、アリス自身も覚えていない。

 えも言われぬ喜び。

 傷を受けて、喜ぶ、そんな自分をアリスは嗤っていた。


「貴方のお名前。教えて頂けるかしら。――ソレが貴方に残された最期の使命よ」


 殺そうとしている者の名を聞こうだなど、まして、今の今まで殺意を剥き出しにしていた当人アリスが。

 純粋な深紅のその瞳で、今、手中の者から聞き出そうとしている。

 その手にかける、最期、その直前で。


「名を教えたところで。我は。どうせ死ぬのだろう?」

「ええ。でも。私は貴方に慈悲を授けるわ」

「慈悲……?」

「ええ。……――優しく。苦しまないように。一瞬で殺してあげる」


 殺すという事実は決定事項である。

 なればこそ。

 せめて、最期は、安らかに。


「ふっふっふ――……。主は。どこまでも狂っているな」

「私は。そういう存在で在り続けなければならない。そういう使命だから」

「哀しいな。我には想像も及ばぬ。そういう世界なのだろうな。きっと」

「…………」


 他に道はなかった。

 アリスは、生を受けて、そこから先をずっと死と共に生きてきた。

 知らない、そう、他の道を知らないのだ。


「ああ。そうか。名前だったな」


 ふっ、と、老兵は小さく笑う。

 最期。

 その瞬間を彼は笑った。


「セース=ユークリッド。今は没落した貴族の出身だよ。昔話になる程度の。な」

「私は。良くも悪くも。貴族の人間に縁があるのかしらねぇ?」

「さぁな。我は――。ただ、栄光に縋った、愚か者だからな」

「そう。でも――。次の世界ではもっと良い命になれるわ。きっとね」


 チャキンッ、と、アリスはアサルトライフルを真っ直ぐに騎士へ突き付けた。

 セース=ユークリッドの脳天。

 絶対に外すコトのないゼロの距離で。


「苦しむ必要はないの――。だから。一瞬で死を受け入れなさい」

「ああ――。我を解放したまえ。主が信ずる神の元へ我を連れて行くと良い」

「また。いずれ」


 引き金にかけた指に力を入れ、そして、深く思い音が響き渡る。

 同時に、紅い火花が、宙へ向かって飛び散った。

 一発の銃弾としては、あまりにも、規格外な威力を誇る。

 地を裂き、肉を割り、赤の絨毯は伸びていく。

 血の絨毯である。


「…………。ああ。そうね」


 命を、散らした。

 騎士を、殺した。

 心は、満たされない。

 降り注ぐ血の雨を、少女は、ただ呆然とした佇まいで眺めていた。

 寂しそうな背中が、そう、印象的である。

 くすり、少女が嗤う、くすりくすり。


「今の私は――。いったい。なのかしらね?」


 干渉力を持った神の力が、世に顕在した、アリスという名の存在が成す〝狂気〟が一つ。

 だが、一方で持つ、持ってしまった、ユキトとの間に生まれた、人間性という〝形〟がある。

 結果として、アリスは板挟みの中、中途半端な存在としてこの瞬間を生きている。

 神の子でありながら、人の心を持った、情緒不安定な狂人。

 アリス自身が、もう、己の状態を理解できない。


『〝やはり。汝は――。そうなってしまったか〟』


 遠く霞む、彼らが言葉を紡ぐ、アリスにとっては〝あるじ〟と呼ぶべき存在である。

 神々。

 否、まだ神と呼ぶべき、神の中の単身である。


「先に。私を棄てたのは神様だもの。だから――。コレは必要な行為だったの」

『〝残念だ。非常に。残念だ〟』

「…………」


 そうだとしても、と、アリスは考える。

 運命の終焉は避けられない。

 ならば、最期の最期まで、彼の隣を歩いていたい。

 乙女心。

 がわの話をするのであれば、そう、アリスは既に――。


 人の、在り方、そのものだ。


『〝だとしても。もう――。汝の裁きは避けられないのだ〟』

『〝つまり――〟』

『〝終わりは確実に近づいている。と。そういうことなのだ。アリスよ〟』


 霞む光の数が増えていく、アリスの頭に響き渡る音も、同様に数が増えていく。

 反響する音。

 幻想的な声色が脳の中を刺激する。


 〝神々〟。


『〝神の身に非ず。しかし――。人の身にはほど遠い少女〟』

『〝汝がそうしている間にも〟』

『〝だが。しかし――〟』

『〝事態は。もう。動かない〟』

「え……?」


 乱立する言の葉。

 そう。

 神の宣告であった。


『〝。死に至るであろう。それは決定された運命である〟』


 瞬間。

 パァンッ、と、乾いたが遠くの方から響き渡った。

 空を切る、音、アリスの耳にはハッキリと伝わってくる。

 風を切って、向かう先、ソレは――。

 アリス。

 彼女は、自分へ向かってくる弾丸を、目で追うコトができた。

 だが――。

 身体が、ソレを、拒否できない。

 アリスが気付いた頃には、そう、弾丸は自分の目の前を奔っていた。

 動く方向も、向かう先も、軌道も。

 分かっている。

 ただ。

 避けるには、そう、もう既に遅すぎた。


「(ああ。つまり――。すべてが最初から)」


 仕組まれた運命だった。

 神々が話を持ちかけてきたのも、つまり、アリスの思考を混乱させるため。

 狙いを付ける、銃口に、気付かせないため。


 〝神の子は死す〟。


 その先に、ユキトは、きっと世界に殺される。

 筋書き。

 その通りに、きっと、動かされる。


 最悪の結末。彼女が願う。幸せの世界は絶対に届かない。


 そう思った瞬間である。


「え……?」


 ダンッ、ダンッ、ダンッ、と鋭い銃弾は三発響いた。

 ただ。

 弾丸が貫いたのはアリスの身体ではない、アリスの身体は、なにか別の力によって吹き飛ばされていた。

 なにが、と、そう思う間もなく。

 が、そう、微笑んでいた。


 ……――まったく、キミは、本当に手がかかる子だよ。


 突き刺さる、銃弾、巻き上がる血飛沫。

 突き飛ばされるアリスの身体と、銃弾を立て続けに受けた、漆黒の青年の姿。

 左胸、右腹、心臓部。


 


 火を見るよりも明らかな、死、その形を目の前に晒された。

 最愛の人。

 彼の、死、その瞬間を。


「……――ユキト――ッ!!」


 擲った身体を深紅に染め、そして、彼は地に伏し崩れ落ちてゆく。

 事切れた人形のように、ぐしゃり、と、力なく。

 叫び、脇目も振らず、少女は青年の元へ駆け出した。

 その先に――。

 金色の髪、高貴な飾りの付いた服に身を包んだ、男が一人。

 狙撃銃スナイパーライフル

 その狙いを構える瞳は、笑み、含みのある冷笑を携えていた。


 皇帝。


 ヴィル=プロイ。

 帝国を一手にまとめ上げる、最高の権力者、その人である。

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