三騎士vsアリス / Side A (前編)


     ***


 はぁ、と、少女アリスは小さく息を吐いていた。

 その心情を言葉にするのであれば、つまり、呆れなのである。

 目の前の三人、否、三騎士という存在が。

 邪魔。

 特に深い感情は抱いていない。

 殺す。

 他に思考は存在しない。

 ただ――。


「私はね。今。とても機嫌が悪いのよ」

「「「……?」」」


 三者一様に首を傾げる。

 返す言葉はない。

 落ち着き払った様子のアリスを前にして、僅かな、違和感を覚えたのだろう。

 落ち着きの中に隠れる、激情、黒い荒波の感情である。

 アリスの紅い瞳は、ギラリ、と、三騎士を捉える。

 捉えて、そう、離さない。


「楽に死ねると思わないでね。きっと――。無残に激しく殺すと思うから」


 すうっ、と、アリスが片手でアサルトライフルを構える。

 異様、異常な光景であると、三騎士はすぐさま理解をしたのだろう。

 伊達でも酔狂でもなく、そう、彼の少女は人に非ず。


「……――散れッ!!」


 瞬間。

 剣の騎士、三騎士の中の一人――渋い声の男性――を合図として、彼らは即座に散開を始める。

 戦闘態勢、即応、臨機応変な対応をするための準備段階である。


「…………」


 少女は、ただ、その動きを眺めていた。

 森に、闇に、紛れて動く――なるほど、確かに、洗練された動きである。

 もっとも、、という末尾の言葉が彼女の中では定説だ。


「まったく――。私を。誰だと思っているのかしらね」


 動く影の先に向けて、チャキッ、と、アサルトライフルの銃口を向ける。

 凄まじい炸裂音。

 騎士の影が一瞬にして動きを止めた。


「当ててはいないのだから。ふふっ――。感謝なさいね?」


 ただの牽制である、ただ、牽制と言うにはあまりにも豪快すぎた。

 

 人としては有り得ない。

 片手でそれだけの威力を受け止め、且つ、表情を一つも変えないまま、少女は、笑みを携えている。

 怪物。


「(一匹ずつ。確実に殺すべきだけれど――。それだけでは足りないわ)」


 倒す、倒さない、の思考ではなく、殺し方、嬲る方法を模索していた。

 少女の思考は既に先の方へある。

 完膚なきまでに殺したい、と、アリスはそう考えていた。

 なぜだろう。

 誰でも良いから、ただ、容赦なく八つ裂きにしてやりたい。

 そう考えていた。


 〝〟。


 我ながら俗っぽくなったものだ、と、少女は小さく嘲笑を浮かべる。

 神の子として、ではなく、何処か違う場所へ――。

 堕ちていく。


「構わないわ。別に。私はもう誰でもないのだから」


 神の子として、生を受け、果てに神に棄てられた。

 人形の末路。

 拾ってくれたのは、ただ、一人の青年だけ。

 ユキト=フローレス。

 彼が、アリスの、すべてである。


 そんな、隙だらけのアリスの背後を、瞬間、槍の使い手が距離を詰めて取ろうとする。


 草陰の中からの不意打ちである、騎士としては恥ずべき行為、だが、ソレに構っていられるほど彼らに余裕はなかった。

 誰が見ても明白である。

 迎撃態勢も整っていない、背後、その状況を取れば、首は取ったも同然である。

 そう。


 アリスが、普通の人間なら、勝敗はそこで決していた。


 彼女は人に非ず。

 死を纏う、そう、神の子――元・神の子――である。


「が――……ッ!?」

「ふふっ。掴まえた。自分から来てくれるなんて。いい子ね?」


 ガシリッ、と、アリスは槍の騎士の喉元を、片手で、思いっきり掴み込んでいた。

 全身を甲冑で包み込んでいる、その僅かな繋ぎ目を引き裂くように、喉まで届くように握り込む力でメリメリと押し潰す。

 甲冑が剥がれていく、バキバキッと、金属がひしゃげる音が響き渡る。


「あ……あァ――……あァアアァアアァッ!!!」

「あら。随分と脆いわね。――ふふっ」


 剥がれた甲冑の隙間から、弾けるように、紅い雫が噴き出し始める。

 紅い花弁が綺麗に伸びていく。

 つんざく悲鳴が、アリスには、とても心地が良かった。


「さて――。早くしないとお仲間が死ぬわよ。貴方たち?」

「「――――」」


 物言わぬ二つの陰、やはり人間で在るというコトか、アリスが見てきた世界のそのままである。

 薄情。

 あるいは、自己主義、利己主義的な世界の成れの果てか。


「残念。貴方のお仲間は薄情ねぇ? 貴方もそう思うでしょう?」

「っ――。……ぅっ!!」

「死になさい。ただ――。無残に酷く惨く。ね」


 グシャンッ! と、アリスは、そのまま槍の騎士の喉を握り潰した。

 どくん、と、弾ける心。

 くたり、と、彼は動くことを止めて、だらりと肢体を擲った。


「早くしないと。次は貴方たちがこうなるわよ――。もっとも。時間の問題だけれども」

「…………」


 草の茂みから、一人の騎士が、姿を現わす。

 剣を手に携える。

 先ほど、散開を命じた騎士――渋い男性の声――であろう、あの声音から察するに恐らくは年を重ねた剣客だろうか。


 動き、立ち振る舞い、そのすべては落ち着き払っている――ように見えて、隠されている怒りの色、顔に出さない辺りは経験というコトか。


 もっとも。


「(だからと言って。私が負ける理由にはならないのだけれど。ね)」


 油断はしていない、が、アリス自身は考える。

 負ける理由が存在しない。

 そして、相手もソレを理解しているようで、半ば〝諦め〟のような色を見せ始める。

 淡い銀色の長い髪が姿を現わす。

 被っていたヘルムを取り、そして、彫りの深い整った顔立ち――若作りの初老――をアリスに晒し出す。

 なにをしようと言うのだろうか。

 やがて、彼の剣士は、静かに口を開き始めるのだ。


「……――ぬしはなにゆえ。このような非情な戦闘を。平然とできる?」

「ふふっ――……。あっはっはッ。急になにを言い出すかと思えば。本当につまらないコトを聞くのね?」

「答えろ。いや。是非答えを教えて欲しい。――人として有り得ないその行為。重ねて来た罪の数々。我としては正気を疑うしかないのだよ」


 分かり合えないな、と、アリスは小さく唇を歪ませた。

 彼の剣士が放つ言葉、ソレは、〝人の価値観〟に基づく判断である。

 人として有り得ない?

 重ねて来た罪?

 正気を疑う?

 くすり、と、小さく鼻を鳴らすのだ。

 嘲笑である。


「矮小な人間を殺す理由は〝神様の意思だから〟。――でも。貴方たちにソレを理解するだけの頭は、きっと、存在しないでしょう?」

「……?」

「(無駄なのよ。話をしても。伝わらないのだから)」


 神の意志は遠い先に在り、そして、人の誰にも伝わらない。

 きっと、その点は、ユキトとて同じだろう。

 いや、アリスとて、同じか。

 その真意を汲み取れないからこそ、アリスは、使い捨ての人形に堕ちていった。

 どうしようもなく、愚か、そのもの。

 思考の果てに、アリスは、一つの結論に辿り着いた。


「(……――ああ。私は。悲しかったのね)」


 けれども、ソレは、少し前までの話である。

 今はもう大丈夫。

 彼がいる。


「あそこで戦っている彼――。ユキトって言うのだけれどね。彼は貴方たちと違って頭が良い子なのよ」

「ユキト=フローレス……?」

「そうそう。相手が剣王だかなんだか知らないけれども。きっと――。あの子は。負けないのでしょうね」


 神の加護を失った、そんな今ならアリスにさえ勝つコトだろう、ソレほど人間離れをしてしまった――アリスがそうさせてしまった――青少年、否、青年である。

 ある意味、罪の意識という話をするのであれば、彼の人生を滅茶苦茶にしてしまったコトの方がよっぽど罪である。

 自分が不甲斐ないせいで、彼を、ユキトを巻き込んだ。

 終わってしまう、そう決められた世界を、一緒に歩かせてしまったのだから。

 それこそが罪である。


 彼は負けない、でも、きっと結末は決まっている――。


 神様は嘘を吐かない。

 ただ。

 それでも、精一杯に抗い続ける義務があるのだ、アリスには。


『〝キミが笑っている姿を。ボクは。少しでも長く見たいから―― 〟』


 ユキトはそう言っていた。

 だから、今はアリスも生きる限りのすべてを尽くす、ソレしかないのだ。

 精一杯に。


「そんな訳で。貴方たちには死んで貰うわよ。ええ。私自身のために。ね?」

「狂っているな――。人としてではなく。化物としても主は狂っているよ」

「あら。最高の褒め言葉だわ。ふふっ」


 手を翻すアリス、銃を握る手とは反対側――槍の騎士を握り殺した方――の手を、剣の騎士に向けて広げて見せる。

 平たく言えば、パー、その状態である。

 真っ赤に染まった、手、血塗れの手である。


「さっきも見て分かったと思うけど。私は武器に頼る必要がないの。使い続けていたのはそれが〝スマート〟だと理解をしていたから」


 最小の労力、且つ、手を汚しすぎない方法。

 その程度の理由でしかない。


「楽しませて頂戴ね。せいぜい――。足掻いてみなさいな」

「我らとて剣王の一振りだ。決められた運命だとしても――。傷の一つは付けてやるさ」


 ガサリ、と、茂みの中に隠れていた、もう一人の騎士が顔を見せる。

 弩の騎士。

 諦めたその上で、なお、彼らは抗うつもりらしい。

 強い意志。

 戦意は、まだ、尽きていない。


 騎士、二名、散開。


 その直後に、多くの雨が降り出した、否、それは天の雨ではない。

 鉄の雨。

 鋼の矢。


 間違いなく、彼ら、騎士が算段を立てていた、計画の内だろう。

 時間を稼ぐ。

 そして、急襲、速攻で決着を付ける。


 が――。


「銀の弓の弾丸。その雨あられ――。まぁ。悪くない攻撃よね」


 アリスはまるで〝分かっていた〟と言わんばかりの態度で、ただ、身体を二つ分ほど横に身を動かしただけ。

 それだけで、降り注ぐ鋼の矢の雨を、容易に躱し切った。

 アリスには、そう、見えているのだ。

 人間が作れる程度の攻撃など、しょせん、コマ送り程度にしかならない。

 加えて、話をしている最中も、もう片方の騎士――弩の騎士――がなにかの細工をしているコトにも気付いていた。

 弩の騎士は、罠を使う、理解をしてしまえば問題はない。

 弩という武器自体も、そもそもが、仕込みの類がしやすい物である。

 陰の者としては優秀なのだろう。

 ただし。


「私には通用しない。放つ瞬間までキッチリと見えているもの。弩の騎士さん?」

『……っ』


 息を呑む音が聞こえてくる。

 視線を向けた先。

 茂みに潜む弩の持ち主。

 その影を、アリスは、捉えて放さない。

 ダンッ、と、アリスは一足で空を舞った。

 向かう先は、当然、弩の騎士、罠を使う当人の元である。

 黒いスカートを翻し、銃を構えながら、彼を見据えて迫り行く。


「ふふっ。……――あははっッ!!」

「……――ッ!!」


 少女の姿を、彼の騎士は、どのように解釈したのだろうか。

 ヘルムの先、僅かに覗かせる瞳には、畏れに近い感情が見て取れる。

 だが、三騎士の名を冠する者であり、後に退くという答えはない。

 弩を構え、寸分の狂いもなく、正確に急所――心臓――を狙い矢を放つ。

 ただ、アリスという少女は、容易にその上を飛び越えていく。


 宙で、身体を捻り、その矢を避けた。


 矢は空を切り、そして、少女は一直線に弩の騎士を射程圏内に捉える。

 そのまま――。

 ざくんっ、と、アリスは銃の剣先を、その胸に真っ直ぐに突き立てた。


「っ、……――、ぅ、ぁ――……」

「銃剣だもの。こういう使い方も。正しい用法よ?」


 くすくす、と、美しい笑みを浮かべる少女。

 吹き出る血飛沫を浴び、それでもなお、少女は紅く嗤っている。

 その瞳の色は血の色よりも深く昏い。


「さようなら。哀れな子羊さん。――またあちらで会いましょう」


 すっ、と、アリスが拳を握り、そのまま、前へ突き出す。

 直後、花が咲いたのだ、紅い薔薇の広がりである。

 首から上がない、胴体、その場所から吹き出るように咲いていた。


「痛みを感じなくなって。ねぇ。幸せでしょう?」


 濡れた手、紅い肌、冷たくなった心の果てに、少女アリスはそう呟いていた。

 情の欠片もない。

 後腐れも未練も一つもない。

 ただ。

 それだけのコト、そう、なんでもない殺戮少女アリスの当たり前だ。


「……――。ああ。そう」


 背後アリスの背中に薄い殺気の閃が伸びていく、アリスも当然に気付いている。

 弩の騎士から刺さった銃を抜き取り、その銃を、くるり、背中の方へ回す。

 剣先、交錯する金属、銃剣と剣である。


「…………」

「まだ、抵抗出来る意思があるだなんて。流石と言うべきかしら。まぁ。蛮勇と言えなくもないけれど」

「我とて皇帝の守り刀なのだ。後には――。もう退けぬよ」

「守り刀なら。大人しく。皇帝の側にいれば良かったのよ。そうすれば――。死なずに済んだのだから」

「皇帝が望んだことなのだ。主らを滅せよ。とな」

「是非。一度。会ってみたいものだわ。さしずめ。世間知らずの間抜けなのでしょうね」

「――――」


 黙って剣を構える、老獪の剣士、剣の騎士。

 あるじを侮蔑され怒りを露わにしたのか、否、ソレとは別の感情を示す表情であった。

 汲み取るには難しい、難色、言葉通りの解釈である。


「来なさいな。――貴方は特別。しっかりと本気で殺してあげる」


 ジャキンッ、と、銃を片手にして前を見据える。

 迎え撃つ、そんな体勢を取る、アリス。

 対する剣の騎士は、前に、その剣を強く構えて意思を示す。


「三騎士、最期の姿。――ぬしに見せよう。我の剣の最期をッ!!」


 剣を手に、前へ、進む。

 すべてを擲った、捨て身の、決死の攻撃であった。


「(ああ――……)」


 美しい、と、アリスは心の中で小さく呟いた。

 死を受け入れ、なお、前進を止めない。

 その姿は、神の道へ、通ずる。


 ただ、ソレでも、実力の差は明白なのだ。

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