Ⅶ:詰まる世界 - 想いの咎 -

〝死の受容〟 / ローナ


 誰もがせわしく動く街、ただ、ソレは異様と言わざるを得ない状況であった。


『〝殺戮少女さつりくしょうじょ〟が今も何処かに潜んでいる』


 などと、世間ではまことしやかに囁かれる今日、〝ローナ〟の街の中は、平穏とは真逆、つまり、異様な空気に包まれていたのである。


 ……――結論から言ってしまえば、ユキトとアリスは、今もなお〝ローナ〟を出るコトができていない。


 厳戒態勢と言って差し支えのない。

 街の中に歩く、衛兵、否、騎士の数々がソレを物語っている。

 各地の関所、他の街へ出るための越境でさえ、今は満足にできない。

 〝皇帝〟自ら、「〝殺戮少女〟を断罪する」とはばかり、怪しき者はすぐさま処するという徹底ぶりである。

 アリスを連れて外を歩こうものなら、恐らく、ものの半日も待たずして嫌疑をかけられるだろう。

 動けない。

 完全なる包囲網の中を、二人は、抜け出すコトができていないのだ。


 幸いにして、ユキトの姿は、昔の姿から随分と変わっている。

 十五歳の青少年は、八年の時を経て、立派な青年に成長した。

 顔つきも、体つきも、あの頃とは違う。

 故に。

 変装さえしっかりと行っていれば、彼を〝ユキト=フローレス〟である、と、そう認識するのは難しいだろう。


「とは言え。肝を冷やす状況には変わりないけれど。ね」


 〝ローナ〟の街を、ただ、ユキトは一人で歩いて行く。

 いつもの黒スーツに黒コート、ではなく、一般的な町人の格好、使い古した感のあるベージュのジャケットを纏う。

 加えて。

 普段の黒髪の、その上に、さらに長い黒髪のウィッグを被っている。

 外見の年齢は三十代前半、あるいは、二十代後半と言ったところ。

 少なくとも、世間を騒がす、元公爵の跡取りとは誰もが考え付かない、そんな、一般人の格好なのだ。


 ユキトが危険を冒してまで街を歩き回る、その理由は主に二つ、〝食料確保〟と〝情報収集〟である。

 前者は言わずもがな、食べなければ生きていけない、そんな至極単純且つ明快な理由である。説明の必要はあるまい。食べなければ死ぬ。ソレだけだ。

 後者はもっと単純にして明快である。情報がなければ抜ける道を模索するコトもできない。ひいては。食べないコト以上に死が迫ってくると言って良い。なにせ相手の方が〝殺戮少女〟を探し出す――殺す――ために動いているのだから。こちらの意思にかかわらず相手の手に掴まれればその瞬間に死が確定する。生きるためには皇帝あいてを出し抜いてこの街を出る以外に道はない。

 もっとも。


「(街を出たからと言って。生きていられる保証は。一つもない)」


 そう。

 ユキトは理解をし、そして、覚悟をしていた。

 敵は〝ローナ〟の〝ヴィル=プロイ〟のみに非ず。世界。ひいては世界中の人間がアリスとユキトを狙っている。

 勝てるハズがない。

 それこそ、火を見るよりも明らかな、単純明快な答えである。

 だとしても――。


「彼女を放っておけないし。元より。最初から決めていたコトだから」


 いつかは死ぬなんてコトを、ユキトは毎日のように考えながら、その覚悟を以て人を殺すという所業に身をやつしていた。

 アリスのように人間離れした能力がある訳でもない、ただ、人より剣の才能が少しある程度の一般人である。

 死ぬ時はあっけなく死ぬだろう

 分かっていた。

 だから――。


 〝別に。ソレが。現実味を帯びただけの話さ。〟


 あっけらかんと、その上で、アリスをどう守ってやれるのか。

 ただ。

 ソレだけを考えて生きている。


 ……――死を、まるで、畏れていない。


 人として、そう、狂っている。

 ただ。

 その姿こそが、ユキト=フローレス、その者の本質である。

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