失敗 / END


     ◇


「ユキト。おはよう」


 転じて、目の前に広がるのは、雲が広がる夜の空だった。

 そして。

 ユキトはアリスの膝の上である。

 あれから、いったいどれほどの時間が経ったのか、定かではないが、身体の痛み具合から察するに、あまり時間は経過していないと思えた。


「馬鹿アリス。本当に。キミはどうしてくれるんだ――……」

「…………」


 いつの間にか、あの邸宅からは、二人揃って脱出していたらしい。

 否、アリスがユキトを背負って運んだのだろう、その姿が目に浮かんだ。

 とにかく、不格好、無様である。

 そうとして――。

 今、二人がいる場所は、深く暗い、どこかの森の中のようだった。

 森の奥地だろうか。

 人の気配はなく、そういう意味では、追っ手の心配はなさそうだ。

 ただ。

 ユキトの心は、一つとして、晴れの様相を呈さない。


「キミがそこまで――……。ボクのコトを気に病んでいたなんて。思わなかったんだ」

「違う。ユキト。それは違うのよ」

「?」

「私が気に病んでいたのは。貴方のコトではなく。ただ。私自身のコトについてだもの」


 様子がおかしい。

 その兆候は確かにあったものの、ユキトはそれを『時間が解決する』と軽く考えて、その結果がコレである。

 言葉にできない、ただ、最悪の状況であった。


 すり切れそうなくらい、少女アリスはずっと、悩んでいたのだろう。


「ああ――。馬鹿はどっちだって。ね」

「え?」

「キミを一番側で支えるハズのボクが。この様じゃ。当然の結末だよ」

「違う。ぜんぶ。私が悪いの」


 懺悔。

 アリスの瞳が微かに揺れ動いているのを、目の当たりにした上で、ああ、と、ユキトは自らの過ちを確信した。


 〝失敗〟。


 明確なまでの答えが、ただ、そこには置いてあるだけである。

 今頃は恐らく、ローナの街は騒然としている頃だろう、なにせ〝殺戮少女アンノウン〟が本当に幼い少女であり、供に一人の青年を連れており、本当に殺戮を実行して見せたのだから。

 ただでは済むまい。

 生き残ったあの青少年は、それはもう、酷い憎悪の色を見せていた。

 仇を取るためには手段を選ばない。

 あらかたの情報は、既に抜けている、と考えた方が良いだろう。

 ユキトが、フローレスの跡取りが、殺戮少女さつりくしょうじょの一味であるコトも、きっと、すぐに知られるに違いない。


「どうするかね――……。いや、もう何処へ逃げるコトも、叶わないか。西方全域には手配がすぐに行き渡るだろう」

「…………」


 俯き加減でアリスはかがむ、ただ、俯けばユキトとアリスの顔は相対する訳である。

 アリスは今、ユキトを膝枕しているのだから、当然だ。

 笑う。


「別に。ボクはもう怒っていないさ。非はボクにもある訳だし」

「そんなコトは――……」

「キミがどう思おうと。ボクはそう考える。だからソレで良いのさ」


 さて、と、ユキトは重い身体を起こす。

 鈍く痛む身体だが、動かす程度には、問題はなさそうだ。


「どうしようかな。私たち」

「逃げられるだけ。逃げてみるしかないんじゃないか。さて、何処まで行けるかねえ?」

「でも。私。〝神の遣い〟のお仕事は続けないと」

「その辺に関しては。まあ。神様の意見も仰がないと。もしかしたら解決案を出してくれるかも。そうだろう?」

「……――ええ。そうね。そうかも知れないわ」


 そんな訳がない、と、有り体に言えば気休めである。

 神々とはとにかく〝独善的〟であり、不要な存在は残酷なまでに切り捨てる、そういう存在であった。

 今までの殺人生活で、ソレはもう、嫌と言うほどに分かっている。

 アリスは失敗をした。

 失敗した人形アリスは不要の扱いを受ける。

 確信した。


 如何に、アリスを守ってやれるか、ソレだけがユキトに残された使命だ。


 苦しまないように、安らかに、笑っていられるように。

 そう、最期を、安らかに。


 ……――残酷なまでの、未来のない、お伽噺じゃないか。


 そんな錯覚さえ見えるようだった。

 だとしても。

 ユキトは。


「大丈夫――。ボクはキミを支え続けるよ。ちゃんとね」


 最期まで。

 そう言ったユキトの顔を見て、アリスはくしゃくしゃになって崩れながら、静かに声を殺して泣くのだった。

 命の終わりを告げる。

 その日まで。


「一緒に逃げよう。何処までも」

「……――うん。わかった」


 不遜な態度も、狂気も、美しさも、そのすべてが影を潜めている。

 ただ。

 泣いているだけの女の子。


 〝守ってやるさ――。〟


 元より心に決めていたコト。

 運命が尽きる。

 その日まで。

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