形と心


     ◇


 喧噪、人々が活気良く行き交う街の中を、青年と少女は歩いて行く。

 手を繋ぎながら、楽しげに、爛々と。

 曰く、その容姿は双方共に特徴的である、と、言えるだろう。

 黒いコートを羽織る、黒いスーツの、好青年風な男性。

 片や。

 黒いゴシックドレスに身を包む、金髪紅眼の、まだ幼さが残る少女。

 一見すると兄妹、あるいは、親子とさえ見る人もいるかも知れない。

 好奇の目が辺りから集まる。


「なんだか。今日はよく見られている気がするわ。目立つのかしら?」

「そりゃ目立つだろう。キミの容姿は目を引く物があるし」

「変って言いたいの?」


 ぷすぅ、と、ふてくされた様子の少女アリス

 くすり、と、青年ユキトは笑う。

 違うよ、と、否定をするのだ。


「キミが魅力的だって。そういうコトだよ。ボクが言いたいのは」

「……っ、ぅ」

「う?」

「……――唐突に。変なコトを言わないで頂戴。恥ずかしいじゃない」

「ふふっ。ごめんね?」


 真っ赤っかなお顔、思ったコトはすぐ顔に出るのがアリスであるのだから、子どもらしいと言うか、なんと言うか。

 そんなコトを言えば、彼女は、きっと怒るだろう。

 なので、ユキトは心の内に留めておく。


「とにかく――。今日はせっかくのなのだから。しっかりと遊びましょうね?」

「ああ。コレ。キミの中でもデートだったんだ」

「それはそうでしょう。異性の〝大人〟が二人で街を歩くのだから。ソレをデートと言わずして。なんと言うのかしら?」

「……――ああ。確かに。その通りだね」


 外見はともかくとして、内面は――いや、大人に非ずだが――大人であると仮定して、そう考えればこの光景は立派なデートだ。

 デート。

 そう言えば、デートとはよく考えれば「付き合っている異性同士」が用いる言葉ではなかろうか。

 小さな疑問。

 ユキトはソレを言葉にする。


「ねえ。アリス?」

「なにかしら?」

「アリスとボクって。今さら話だけれど。いったいどういう関係なのかね?」

「?」

「いや……。ただの仲間とは違うし。けど。付き合っている訳でもないんだし。――なんだか不思議だなって。そう思って」

「……え?」

「え?」

「…………」

「…………」


 なぜだろう、アリスが訝しむような目で、ユキトの顔を睨め付けている。

 ジト目。

 そう形容するのがぴったりであった。


「一つ。確認をして良いかしら?」

「どうぞ」

「私とユキトって。もう。お付き合いをしている間柄ではないの?」

「……――ああ。なるほど。キミの中ではそういう認識だったんだね」

「違うの?」


 こてん、と、アリスは小さく首を傾げた。

 確かに、そうか、長い時間を共にした異性である。

 自然、そういう〝名前〟が、正しい形なのかも知れない。

 ただ――。


「別に。ボクはそういう〝形〟に拘るタイプじゃないから。なんでも良いんだけど。ね」

「それでも。私は〝形〟が欲しいと思うタイプなの。分かるでしょう?」

「……――まあ。確かにそうかもね。キミもボクも刹那の中に生きる存在だから」


 明日が今日と同じく在るかどうかなんて、誰にだって、絶対に分からない。

 その上で。

 ユキトとアリスの二人は、非日常、その中を生きる存在である。

 故に。

 明日がどうなっているかなど、本当の意味で、まったく分からないのだ。

 ユキトが、誰かの剣で死ぬ、そんな未来があるかも知れない。

 あるいは。

 アリスが神々の気まぐれで〝不要〟の烙印を押され、その結果、今の役割を剥奪されるかも知れない。

 そう考えた時に、一番の現実的な瞬間とは、〝過去〟と〝現在〟なのである。

 〝形〟に拘りたいとする彼女の気持ちも、ユキトには、十二分に理解できるものだった。

 取り分けて、彼女は存在自体が不安定な、〝神の遣い〟である。

 確固たる〝今〟が欲しい、と、そう思うのも無理はない。

 だとすれば――。


「元より。ボクはアリスにすべてを奪われた人間だから。さ。死ぬまでキミの側にいるよ」


 きゅっ、と、彼女の手を握る。

 ぽつり。


「好きだよ。アリス」

「…………っ」


 ぽわっ、と、彼女の柔らかそうなほっぺたが紅く染まる。

 照れたのだ、と、非常に分かりやすい。


「ハッキリ言葉にした方が良いんだろう。だから。言ったんだけどね」

「……ぅぅ」

「ふふっ。アリスはてんでなんだから。まあ。可愛らしいけど」

「もうっ。良いからっ。貴方の気持ちは良く分かったわよ――……」

「そりゃ良かったな。っと」


 くいっ、と、ユキトはアリスの手を引いた。

 なぁに……?

 そんな様子で首を傾げるアリス。


「今日はたくさん遊ぶんだろう? 時間は有限なんだ。しっかり楽しまなきゃ損だよ?」

「思いを告げて平然としていられる。貴方がうらやましいわ。本当に」

「普段から思っているコトだから。別に。照れるコトでもないだろうに」

「うぅ~……」

「自分から地雷を踏みに来ているよね。キミは」


 殺しに関しては超一級品の性能を持つアリスも、色恋沙汰や人間関係については、一般レベル、あるいは、それ以下だろう。

 致し方ない。

 ユキトに出会う以前のアリスは、ただ、人を殺し続ける、そんな生活を数十年も送っていたのだから。


「ほら。アリス。照れ照れしていないで。そろそろ行くよ?」

「はぁい……」


 未だに納得していない様子の少女。

 対して。

 妙にご機嫌になった、青年は、少女の手を引いて歩くのだ。


 やはり、その姿は、兄妹にしか見えない。


 ただ。

 それでも、二人は、違うのだ。

 〝言葉〟などという薄っぺらな物を超越した、なにか特別な縁で繋がっている、そういう関係になっている。

 否、なってしまったと、そう言う方が正しいか。


 〝……――逃れられない運命さだめだから、今だけは、優しい夢を見せて。〟


 彼女の側にいると決めた青年は、その瞬間から、最期の未来を定められていたのかも知れない。

 そう思えば。

 すべての整合点が、そう、納得の域に留まるのだから。

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