デート / ローナ


     ◇


 西方有数の中央政権国家である某国、その某国の首都である〝ローナ〟、その通称は〝帝都〟である。

 その地は、この時代には珍しい、〝皇帝〟が支配する街。

 ユキトにとっては馴染みが深い、生まれ故郷であり、面白くもない時代を過ごした場所でもあり、同時に――アリスという少女に出会った場所でもある。

 正体不明アンノウンとして、殺戮の限りを尽くし、神の名の下に銃を撃ち放つ。

 その事件の中の一つが、つまり、〝フローレスの悲劇〟であった。

 簡単に言ってしまえば、アリスがフローレスのパーティ会場に乗り込み、その全員を殺害したという事件。

 ユキト=フローレスは行方不明――と、いう名の死亡――という扱いになっているらしい。

 当然である。

 アレだけの惨状、ユキトが今も生きているとは、誰もが思えないだろう。

 それほどに凄惨な事件であった。


「久しぶりの故郷。うーん。大分変わってしまったなあ」

「そうかしら……?」


 広大な街の中を、二人で、一緒に歩いて行く。

 景観としては、レンガ造りの建物が比較的多く散見され、共通の特徴として、一つ一つの建物がしっかりと作り込まれている印象がある。

 ああ、昔と変わらない、実を言えば昔と全然変わっていないのだ。

 ただ、せっかくの帰省であるのだから、懐かしさの雰囲気は出しておきたい。

 と、そんな理由から、ユキトは懐古の様相をなんとか表現しようと試みた。


「ああ。八年も経てば色々と変わるものさ。例えば。有名なレストランがなくなったとか」

「全然。どうでも良い話じゃない」

「後は。そうだな。ボクの出た学び舎の校舎が建て替えられている。とか」

「――ユキト?」

「はい」

「懐かしさを醸し出したいのは分かるけれど。多分。この街は変わっていないと思うのよ」

「ああ――。ふふっ。分かっちゃった?」

「それくらいは。ね。私も仕事の前にはこの街をずっと歩いていたし」

「で。暇だから遊んでいた。と」

「違うわよっ。もう」


 ぷりぷり、と、怒りを露わにする少女。

 否。

 ソレは駄々をこねる、幼女、その様であった。


「当時はね。遊ぶなんて発想すらなかったもの。遊ぶようになったのは貴方と出会ってから。それからの話なのよ」

「まあ。確かに。そうかもねえ」


 ご機嫌を取るべく、ユキトは、ポケットから棒キャンディを取り出した。

 アリスに差し出すと、素早い手つきでソレを取り、袋を破って中身を口にくわえる。

 ご満悦の表情である。


「ともかく。ボクらの仕事はこの街の穢れを払うコトだ。ソレで良いんだね?」

「ええ。『〝この土地そのものが危機の原点にある〟』。神様はそう言っていたから」

「皆殺しにしろ。とは。流石に言わないよね?」

「当たり前でしょう。そう言わなきゃいけないくらいに。この土地は穢れている。そういうコトなのでしょうね」

「なるほど。しかし……。そうなるとしばらくは滞在するコトになりそうかな?」

「そうでしょうね。恐らくは」

「ふむ……」


 なるべくであれば、人と接触する機会は避けておきたい、過去も含めて。

 だが。

 情報を得るには顔を隠す訳にもいかない。

 信用問題は対価以上に顕著である。

 不審な者を前にして有益な情報を渡そうとは思わないし、ソレがたとえ裏の住人同士であったとしても、基本的には同じ道理なのである。

 オープンである者ほど、相手も、心を開いてくれやすい。

 であれば。

 隠そうと思うだけ無駄、と、そういう結論に至る。


「じゃあ。アリス。今日はこれから遊ぼうか?」

「はい?」


 なにを言っているの、と、首を傾げ訝しむ。

 ただ。

 ユキトとしては、割と、大真面目な話だった。


「気分転換さ。前回の仕事では色々と大変だったし。次の仕事だって特に急ぎじゃないんだろう?」

「ええ。確かに。神様から期限に関しては言われていないわ。でも」

「でも?」

「貴方は。ソレで良いのかしら?」

「ソレで良い。とは?」

「……――この土地は。貴方にとっては思い出したくもない。そんな場所ではないの?」

「ああ。なんだ。そんなコトかい」


 ふふっ、と、ユキトは小さく鼻を鳴らす。

 思い出したくもない。

 そう言ってしまったら、つまり、こういう結論になってしまうだろう。

 アリスとの出会いを、不幸だ、と。

 そう定義するも同義である。

 否だ。


「アリスと出会った場所なんだから。嫌な場所ではないよ。この街は」


 ただ、昔のコトを知る人間に絡まれると厄介だ、と。

 そんな危惧はしているが。

 その程度である。

 見惚れてしまうほど美しい少女に出会った。

 勝る感動など在るものか。


「……――なんだか貴方らしくないわね。普段はもっと慎重なのに」

「慎重になるべきところでなっているだけさ。現段階でボクの容姿は昔と随分変わっているし。仮にバレたとしても別にいいやって思うし」

「どうして?」

「この土地に求めるコトが一つもない。フローレスの名前もただの重りでしかかなったし。楽しかったコトは剣を振るっていた瞬間だけ。ソレすらも両親からすぐに奪われてしまったのだから。ね」


 事実、思い出したくない過去という意味では、恨み辛みの部分が大きいとユキトは思っている。

 故に。

 与えられた人生のレールに対する不満や、強権的な両親に対する憎しみ、変えるコトができない人生への恨み。

 その方が今となっては大きいのだ。

 そういう意味で言うなら、確かに、この土地はユキトにとって忌むべき場所。

 だからこそ。

 ソレを上書きしたい、と、ユキトはそう考えている。


「アリスと遊んで。楽しい思い出にぜんぶ塗り替えてさ。それから綺麗さっぱりに人を殺して。さっさと退散しようじゃないか――。と。そんな算段だよ」

「滅茶苦茶ね。貴方って」

「キミにだけは言われたくない」


 そうかしら、と、アリスはくすくす笑っている。

 楽しそうに。

 その笑顔は、やはり、ユキトの目には美しく思えた。


「なら。さっそく行きましょうか。ユキト?」


 はしっ、と、アリスがユキトの手を取った。

 乗じるように。

 ふわり、と、ユキトは微笑みながらアリスの手を握った。


 さながら、ソレは、デートのようである。


 彼女がどう思っているかは、分からないが、ユキトの内心はそうだった。

 〝想い人〟。

 その意思は、絶対に、今も昔も変わらない。


「まずは――。ふむ。何処へ行こうか?」

「貴方。地元なのだから詳しいでしょうに。楽しい場所へ案内なさいな」

「アリスの〝楽しい〟とボクの〝楽しい〟は違うからね……。さて。どうしたものか」

「たくさんお買い物して。美味しいものを食べて。めっぽう高い宿に泊まれればソレで満足だから。安心すると良いわ」

「……――財布が持つと良いね。それは」


 なくなったら仕事に支障が出るぞ、と、小言を挟みつつ。

 楽しみだ。

 〝ローナ〟の地を、躍る心で歩けている、そんな自分に少しだけユキトは驚きを覚えていた。

 戒律と呪縛に縛られた半生だった。

 そんな半生のすべてが、今も昔も、一人の少女によって変えられていく。

 不思議な少女である。

 彼女アリスは。


「ユキト……?」


 ぼうっと、ただ、いつの間に立ち尽くしていたらしい。

 アリスが、そんなユキトを見て、小さく首を傾げている。

 無垢な紅眼だ。


「なんでもないよ。ただ。今日の予定を考えていただけさ」

「そう。なら良いのだけれど。ね」


 金色の髪をゆらりと流して、そして、彼女はソレを風に流していく。

 絵になる少女。

 神々しいと言えば、正に、その通りである。

 〝神の遣い〟であるからして。

 当然と言えば当然だが。

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