啓示 / Side A / END


     ***


 夜のとばりが落ちる頃、つまり、人々が眠りにつくような時間である。

 オレンジ色の光が、部屋に、僅かな灯りを落とすだけ。

 静寂。

 静かな寝息が聞こえてくる、それは、アリスにとっての〝大事な人〟である。

 ユキト=フローレス。

 彼女が気まぐれに拾った、殺すコトを躊躇った、男の子。


「ふふっ。よく寝ているわね。本当に」

「うぅん……」


 ほっぺたを突くと、鬱陶しそうに寝返りを打つ、青年。

 起きる気配はまるでなく、ベッドの中へ再び埋もれていく、無邪気な少年のように。

 言うまでもないコトだが、彼は、よほどに疲れたのだろう。


「ふふっ――。誰のせいかしらね?」


 くすり、と、小さく微笑む少女。

 からかい甲斐のある、可愛らしい、男の子。

 アリスから見たユキトの印象など、しょせん、その程度なモノであった。

 年長者。

 見た目は幼い少女のソレでも、内面的には、ユキトの三倍以上は既に生きている。

 この地に降りて、そう、数十年だ。


 〝カルテット〟との戦いは、まだ、今日の中に起きた出来事である。


 〝サチュル〟の都市、その地に根付くカルテットの支部を、アリスとユキトが葬った。

 時間にして、約、三時間ほど前。

 その後、疲れ果てたと言わんばかりな様子であったであったユキトをアリスが引っ張り、サチュルの街まで引き返してきて。

 宿を取り、彼は食事も取らないまま、「もう眠る……」の一言を残して、そのままアリスを放って夢の中である。

 薄情な男であった。


「レディのディナーを一人にするなんて。本当に。ジェントルメンとして失格よね」


 などと独り言つところで、それは、虚空の彼方へと消えて行くだけである。

 退屈。

 ユキトがいなければ、アリスは、ただ時間を潰すだけしかできない。

 〝神託〟を受け、ソレを、ただ、〝粛正〟として実行する。

 それだけが、アリスとして、アリスが受けていた存在意義だ。

 逆に言えば、それさえなければ、アリスは空っぽの存在なのである。

 暇。

 それが正に現在の状況であった。


「どうしようかしら。ね」


 考える、が、すぐに答えは思いつく。

 〝考えるのが似合わない。それが。私じゃないの。〟

 そう。

 アリスは考えるという行為、そのものを、毛嫌いしている傾向にある。

 考えたところで、しょせん、アリスはただの殺戮人形だ。

 神様の意思を宿し、趣き、執行するだけ。

 他のコトは求められていない。

 だから、考えるだけ、無駄なコト。


『〝正しき子。アリスよ――。我らが言葉に耳を傾けよ〟』

「ッ」


 瞬時に、アリスの中のスイッチが、その言葉と共に切り替わる。

 超常的、あるいは、幻想的と言えば良いだろうか。

 鈴のような音色が響き渡る、同時に、アリスは部屋の外に繋がる窓から外を眺める。

 その先には、当然のように、闇夜の空が広がっている。

 が、アリスにだけは、違う光景が見えていた。

 〝天空〟。

 その先にいるのは、即ち、〝神様〟たちの姿である。

 幻ではなく、実在する、形在る信仰の主だ。


 単一形、ではなく、複数形である。

 だが、彼らを〝存在〟として形容するのは、非常に難しい。

 荘厳であり、神聖であり、且つ、性別を判ずるコトが難しい、否、それすらも意味を成さないような、絶対的且つ超常的な存在だった。

 人の形をしているようで、実は違うような、曖昧な〝概念〟なのである。


『〝アリス。我らが子よ。よくぞ使命を果たしてくれた〟』


 恒星の如く、光彩を放つ、〝概念〟の一つがアリスに向けて言葉を放つ。

 アリスにしてみれば、親の言葉、以上の価値を持つ。

 絶対的である。


「ありがとう。神様。お褒めの言葉は嬉しいわ」

『〝そなたの活躍が。必ずや世界に光をもたらすだろう。善行に勤しむと良い〟』

「……――ええ」


 アリスは静かに頭を垂れる、が、心の中ではその言葉に僅かな疑念を抱いていた。

 その意思が、彼らには伝わったのだろうか、一つの呼吸が生まれる。

 やがて、神様の集合意識が、アリスに向けて〝言の葉〟を授けるのであった。


『〝汝は今、世界が変わりつつある時間の、狭間の中を生きている〟』

『〝神の子である汝が、生きていると言うべきかは、置いておくとして〟』

『〝神々は永遠なれこそ死はせずに。故に。汝もまた同様である〟』


 乱立、と、そう表現するのが正しいのであろうか。

 筋が通っているような、通っていないような、そんな言葉の数々がアリスの耳の中で響き渡っていく。

 まるで、思考という行為を、阻害するかのように。


『〝汝が案ずるのも無理はない。が。汝が考えたところで意味はない〟』

『〝考えた先、そこに在るのは、常に想定外という結末である〟』

『〝我らが考える。故に。汝に思考は必要ない〟』


 英知の力を授けよう、ただ、その意味を知る必要はない。

 静かに頷く。

 否定のしようがどこにもない。


『〝次なる地は。西の中央に位置する大都市である。その名は――〟』


 その言葉を聞いた後に、アリスは、思わず息を呑んだ。

 八年間、アリスには、縁のなかった土地である。

 愛しき子の、そのすべてを奪った、アリスがその元凶となった。

 始まりの場所。

 つまり。


 〝〟。


 今もなお未解決の事件として名を轟かせる、〝〟と呼ばれる、貴族界隈では有名な大事件だ。

 そして――。

 アリスとユキトが出会った、初めての瞬間であり、忘れられない場所であった。


『……――神様は、私たちを傷つけたり、しないのよ』


 すべてが去った、その後、静寂が広がる部屋の中に少女は佇んでいた。

 開いた窓から、ささやかな風だけが流れ込む、そんな瞬間である。

 ただ、一人の少女は、〝空〟を眺めていた。


「終わりが近い――。そう思うの。なんとなく」


 ぽつり、と、誰にも響かないその言葉。

 少女の音色は虚空へ消える。

 ただ、その時に、少女は気付いてすらいなかったのだ。


 青年ユキトは、少女アリスの切な声を、その耳で聞いていた。


 故に。

 故に、それは起きてしまったのではないかと、後になれば分かるもの。

 だが、起きてしまった事実を、後になってなかったコトにするのはできない道理である。


 悲劇の幕は、既に、もう目の前まで来ている。


 剣と銃が交錯する瞬間。

 ソレは。

 世界が終わりを迎える、そんな、有効期限が迫った結末だった。

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