お仕舞い / エリス=ロート


     ◇


 教団の穴蔵を入り込んだ最深部を歩く。

 すると。

 今までの雑な作りから一転して、妙に仰々しく形作られた、いかにも大層な作りが施された扉に、二人は辿り着いていた。

 〝教団の御子〟。

 天の遣い、アリスからの情報もあり、加えて、ユキトが粛正の名目で殺し続けていた信徒たちも、口々に言葉にしていた。

 事前の調査――もとい、噂――を頼りにすれば、曰く、「神の言葉を告げる御子」という名目だそうだ。

 なんとも、アリスがもっとも嫌いそうな、神を穢す言葉である。

 それは、確かに、不愉快になるのも頷ける。

 下らない。


 当事者の利益、ソレを考えて作り出された、神という偶像の形だ。


 信仰という形を悪用した、凡例、模範的な形と言えよう。

 ただ、ここまで広がりを見せてしまえば、火遊びの領域はとうに越えている。

 歯止めが利かない、そう、収拾が付かないのだろう。


「まあ。この中にいるよね。普通に考えて」

「えぇ。そうでしょうね」

「アリス。準備は良いかい?」

「誰に言っているのかしら。私は。いつだって気は抜かないのよ」

「好き勝手には暴れるけどね」

「むむっ……」

「ふふっ。まあ良いさ。準備ができているなら開けるよ?」

「ええ。いつでも」


 くるりくるり、と、突撃銃アサルトライフルを片手で振り回すアリス。

 腕の調子はすこぶる好調のようだった。

 心配の必要はなさそうだ。


「……――さあて。鬼が出るか蛇が出るか。ね」

「大したコトはないわよ。どうせ」

「はぁ。キミはまたそうやって。すぐに油断をする」


 軽口をたたき合いながら、ユキトが扉を開き、アリスはその後を付いて進む。

 直後。

 その先に見える光景は、異空間、今までの物とは異質な世界だった。

 言葉にするなら、それは、荘厳な空間である。

 硬い石造りの床、まるでこの一室だけが、玉座の間であるかのような。

 そんな錯覚さえ覚える、今までの雑な洞窟から考えれば、正に、不気味な光景が広がる世界であった。

 明確なまでの、差別、それをこの場は体現している。

 そう。

 貧富の差、だ。


「あらあらぁ。随分と可愛らしいこと。お二人とも。まだ随分とお若いのねぇ?」


 くすくす、と、その女性は笑っていた。

 妖艶、と、そう言えば分かりやすいだろうか。

 露出の多い黒のドレスに、色白の肌、豊満な体型とすらりとした線形である。

 女帝、と、そう形容するのが正しいだろうか。

 ただ。


「ねぇ――……。貴女がこの地の〝御子〟さん?」

「えぇ。そうよぉ。私が神の神託を預かる御子。その名を〝エリス=ロート〟と言います。以後。お見知りおきを」

「……――ふぅん。なるほど。ね」


 アリスが、小さく、なにかを察したように含みのある言葉を口にする。

 同様に。

 ユキトも同じ感想を抱いていた。


「血の香り。酷いよ。アンタのソレは」

「ん~?」

「アンタの目。動き。漂う血の香り。ボクから見てもよく分かる。――アンタとボクは同じ類の狂人だ」


 くすくすっ、と、その言葉を聞いたエリスは笑い出す。


「そういうアナタたちも。相当に酷い血の香りよ? まぁ。返り血だらけだし。当然と言えば当然ね」

「貴女と私を一緒にしないで。私は正真正銘の神の遣い。使命を以て裁きを下す。私はそういう存在として創られたの」

「あらあらぁ。気でも触れているのかしら?」

「残念だけど。彼女が言っているコトは。本当のコトだよ」


 だから、と、ユキトは断言をする。

 予知の如く。

 明確に。


「アンタはここで死ぬコトになる。そう。それはもう無惨に。ね」


 伊達でも酔狂でもなく、狂言でもなく、絶対的に不可避の事実だろう。

 アリスに目を付けられた、その時点で、その者の命運は尽きている。

 死、あるのみ、そういう運命さだめなのだ。


「あらあらぁ。うふふっ。面白いわぁ――……♪」


 心底から嬉しそうに、女性、御子であるエリスは不敵な笑みを浮かべる。


「私。元々から血に飢えた人間だったけど。そんなにストレートに言われたのは生まれて初めてなのよねぇ。嬉しいわぁ」


 富ばかりではお腹が膨れないものね、と、彼女はあっさり口を割った。

 やはり。

 信仰をエサにして利益をかすめ取る、そのやり方を、連中は取っていたようだった。

 〝粛正は正解である。〟

 少なくとも、今回は、神々の判断が妥当だと言える。


「そうね。それなら――。最期に良い余興ができて良かったじゃない」


 銃を、アリスは掌で弄びながら、不遜な態度で言葉を露わにする。

 直後、エリスもまた、瞬時に両手にダガーをしたためた。

 正に、一触即発の状況、嵐の前の静けさである。


「楽しみだわぁ。アナタたち。すぐに壊れないで――」

「ただ――……。生憎だけれど。私は愉しむつもりは一切ないのよ」

「はい……?」


 瞬間。

 時間が止まるかのような錯覚を、ユキトは、その肌で間違いなく実感していた。

 ただ、本当に止まっているのではなく、とさえ思えるほどに、アリスの動きが。

 そう。

 速すぎたのだ。


「が、っぁ――……っ!?」


 速すぎた。

 手で弄ぶ銃を構え、銃口を向け、引き金を引き、余韻を残す姿。

 エリスが、胸から、血を吹き出して倒れ込んだ。

 その一連、すべての動作が一瞬と判断されるほどに、アリスはとにかく速かった。

 躊躇いは、ない、遊びもない。


「…………」


 思わず息を呑む、ユキト、彼が口を挟む間もなかった。

 無理もない。

 初めて見る、アリス、彼女が一方的に全力の一撃に傾倒した姿であった。

 言うまでもなく、アリスは特攻主義者の無鉄砲であり、基本的には戦いを楽しむ性質が強く見られる。

 故に、瞬殺という手法は、多くの場合に取るコトはない。

 意識にない、故に、油断をしていた。

 とはいえ、アリスの動きは、それを引き算としても、あまりに速い攻撃であった。


「ぅ、……ぁ、っ……」


 まだ、エリスは息があるようで、彼女はダガーから完全に手を離した状態、つまり、仰向けで、苦しそうに呼吸を上げている。

 死の間際。

 そんな形容が正しいだろうか。


「……――神様ごっこは。お終い。残念だけれどね」

「アリス……」


 ただ。

 それでも、なお、アリスは容赦のない冷徹な顔を浮かべている。

 怒り、神を騙られた、怒りか。

 あるいは。

 ただの、八つ当たり、そんなモノだったのかも知れない。


「神様によろしくお願いね。きっと――。貴女はへ連れて行って貰えるから」


 小さく唇を震わせる、エリス、彼女の瞳は暗く染まっている。

 そして。

 くすり、と、アリスは小さく笑うのだ。


「さようなら。愚かな。――お馬鹿さん」


 ドンッ、と、その脳天にアリスは最後の銃弾メッセージを突き付ける。

 飛び散る血漿。

 衝撃で、僅かに浮き上がったエリスの身体は、ほどなくして、完全に動きを止めた。


 〝お終い。〟


 あっけのない、瞬時の、幕切れであった。


「……――アリス。キミは」


 発するべき言葉は、いったい、なんだろうか。

 逡巡して。

 諦めたように、一つ、ユキトは小さく息を吐いた。


「キミは容赦がないね。本当に」

「あら。そうかしら?」

「いつもだったら。もっと色々と。弄ぶじゃないか?」

「確かに。そうかも知れないけれどね。今日は十分過ぎるほどに遊び疲れたの」


 血の色でお腹がいっぱいだったの、と、おおよそアリスらしくもない言葉である。

 そんな訳がないじゃないか、と、思わず顔に出てしまうユキト。

 そんな彼の表情から、アリスもまた、呑み込んだ言葉を察したのだろう。

 ふぅ、と、息を吐く。

 ぽつり。


「不思議な話だけれどね――。私。あの人のコトが嫌いだったみたい。どうしてかしら?」


 あの人とは言うまでもなく、エリスのコトであるのだが、嫌悪の理由がユキトにはいまいち不明瞭であった。

 瞬殺したというコトは、つまり、顔も見たくないほどに嫌いであったというコト。

 アリスにとっての不愉快が、なにか、確かに存在したハズなのだ。


「本当の神様はね。善い人たちを傷つけようだなんて。絶対にしないわ」

「――――」


 それは、ユキトにとって、応えるコトができない言葉だった。

 ユキトから見る、ユキトの判断に基づく神々とは、独善的であり犠牲を辞さない高見の見物者である。

 然る目的が存在すれば、きっと、善人を殺し続けるコトさえいとわない。


 曰く、つまり、世界のためなら犠牲は避けられない。


 その最たる例が、そう、キミじゃないか。

 と。

 それに――。


「(ボクらだって。結局は。今までに数々の人間を――)」


 善い人間を、巻き込みながら、ここまでの殺人を続けている。

 だが。

 ユキトはその言葉を、絶対に、口にはしない。


「そうだよ。アリス。きっとね。神様はそんなコトを考えてはいないさ」

「あら。珍しく。ユキトにしては良いコトを言うのね?」

「珍しく……?」

「ええ。貴方は神様の話になると。しかめっ面をするじゃない?」

「ふむ。そうだったかい?」

「ええ。ずっと。ね」

「まあ――。気のせいだろう。きっと」

「ふふっ。そうかしら?」


 くすくす、と、悪戯な笑みを浮かべる少女。

 そうだ。

 今はコレで十分なのだ。


 ……――いつか気付くとしても、それでも、今は夢を見ていたって良いんだよ。


 仮初めの夢を。

 それでも。

 今は。


「いやあ……。それにしても。今日は大変な一日だった」

「ユキトが頼りにならないから。ね」

「ああ――。そうだ。ボクは忘れていないぞ?」

「なにを?」

「キミが。ボクの作戦を無視して勝手に突っ込んだコトを。だよ」

「…………」


 つつぅ、と、アリスが視線を横に逸らす。

 故に。

 ユキトは、その少女の、小さな頭に手を乗せたのだ。

 紛らわすように。

 励ますように。


「今回は不問にするけど。次にやったら許さないからな。本当に死ぬかと思ったんだから」

「っ……。ふふっ。ごめんなさいね?」

「反省すればよろしい」


 にこり、と、笑うアリスの目を見れば。

 そう。

 悪くはない。


 〝いずれにせよ。まずは。今日もなんとか生き延びた――。〟


 それだけは、間違いのない、事実である。

 身体から警戒の力を抜きつつ。

 そんな喜びを心の中で噛みしめるのであった。

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