束の間


     ***


「それにしても――」

「?」

「ボクは。今日。何十人を殺したんだろうか?」


 やつれていた、言われるまでもなく、疲労困憊のユキトである。

 何十で済むような問題でもないだろう、今日のユキトは、恐らく百に迫る人間の屍を築いてきたハズだ。

 教団の規模は支部と言えど、それほどに、大きいものである。

 外部からの増援が来るその前に片を付けねば、流石のアリスでも、いや、その前にユキトが死ぬかも知れない。

 アリスは、なんだかんだと言いつつ、きっと、死なないのだろうが。

 ともかく。


「後に残るのは、恐らく、この支部をまとめる教団の御子だろうね」

「〝天の遣い〟。……――信者の男は、そう、呼んでいたわね」

「おや。いつの間に情報を引き出したんだい?」

「引き出したんじゃない。勝手に彼が喋り出しただけのコト。一人で喋っていて大変だったわ」

「それは……。まあ。ご愁傷様?」

「本当よ。まったく。――妙な気分にさせられたわ」


 苦虫を噛み潰したかのように、アリスは、顔を引きつらせている。

 様子が変だ、と、ユキトも気付いてはいる。

 ただ、こういう時のアリスには、深入りしないのが得策なのである。

 彼女は、意外と、繊細な女の子なのだ。

 物思いに耽るのは嫌い、その最大の理由とは、つまり、考えるコトで自らに迷いが生じるからではないだろうか。

 ユキトは、そう、推察をしている。


「ねえ。アリス。一つ聞いても良いかな?」

「なぁに?」

「〝天の遣い〟って言うと、まず、最初に浮かぶのは〝神の遣い〟であるキミたちな訳だが」

「ええ。そうね」

「実際。どうなの? 可能性として、今回、アリスの同胞が――」

「それは。有り得ないわ。絶対に」

「根拠は?」


 ユキトが問いかけると、直後、アリスは小さく目を伏せた。


「私たちアリスには。元々から。アリス同士が争いを起こさないようにプログラムがされているの」

「プログラム?」

「まぁ。直感的な理解というモノかしら。アリスはアリス同士で互いの存在を知覚するコトができる。近くにいればすぐに分かる。そういうものなのよね」

「へえ。それは――。まあ。なんとも便利だな」

「事実。私以外のアリスに。貴方は会ったコトがないでしょう?」

「ああ。確かに。そうだったね」


 ユキトがアリスと出会って八年、一緒にずっと旅を続けてきたが、一度として他のアリスに遭うコトはなかった。

 他のアリスたちは、ユキトの側にいる彼女と違い、危機管理能力に長けているのだろう。

 そう思っていたが、曰く、違うらしい。


「アリス同士の接触は御法度。なぜなら。私たちは根本的に戦うコトが使命だから。いざ、本当に接触するコトになれば、なにが起きるかは予測が付かない」

「戦いを避ける。本能。なるほどね」

「アリス同士が本気で交戦をしたら。恐らく。その地は吹き飛ぶでしょうね」


 くすくす、と、笑う彼女は恐ろしい。


「この先も他の子に会わないコトを。ボクは。切に願うとしよう」

「ええ。そうね。人間と一緒に行動しているだなんて知られたら大変でしょうから」


 なるほど、やはり、アリスとしても異端な行動なのか。

 人と共に行動をする、アリス、神の遣い。

 人を殺す、そして、人と共に生きる者。

 言うまでもない。

 異常だ。


 〝さて、だが、正常とは何処からを指す言葉なのだろうか?〟


 など、場違いな言葉を頭に浮かべる、ユキト。

 正常など、そもそも、この世界に存在するのだろうか。

 そんなコトは、ユキトにだって、分からないのだから。

 正しさは、いつだって、正方形ではない。

 信じる者のために、進む、結論はきっとソレ以外にないのだろう。


「……――カルテット。ね。いったいどんな連中だろうか?」

「神様を語る不届き者だもの。必ず。殺してあげるわ」

「まあ。それは当然なんだが。ね」


 不愉快、と、彼女アリスの顔色は分かりやすく主張している。

 人間で言うところの情緒不安定、その状況に、今の彼女はあるのかも知れない。

 であれば。


「それなら――。そうだね。さっさと憎き敵は倒すとして。終わったら。次のお告げが来るまで遊ぼうか」

「はい……?」

「サチュルの街は古代遺跡が多いコトで有名なんだ。観光名所だよ。また一緒に遊んで歩こうじゃないか」


 そういう時のケアこそ、ユキトには求められる、付き人としての役目だろう。


「あら。名案ね。それならさっさと片付けないと」

「ああ。ささっと終わらせて。遊ぼう」


 くすり、と、嬉しそうに彼女は笑う。

 ただ。

 やはり、その瞳の奥に残る、戸惑いのような色合いは消えるコトがないようで。

 彼女も、そのコトには、気付いている。

 しかし、考えるコトを忌避する彼女に、そのコトを伝えても意味がない。

 絶対に、答えは、出ないのだ。

 少女アリスは、ただの殺戮兵器、人形のような存在である。

 そういう、宿命、運命の下に生まれている。


 なればこそ、安らかに、彼女が少しでも笑顔になれるように。


 ユキトの願いはいつだって変わらない。

 一途に。

 狂っているのだろう。

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