信仰 / Side A


     ***


「ふふっ――♪」


 アリスは一人、静かに笑みを携えながら、洞穴の中を進んで歩く。

 血と臓物、硝煙、死屍累々の数々。

 辺りはそんなモノで満たされていて、そのすべてが、アリスの手によって作られたものであった。

 進む先には在るのは、確実なる、信徒てきたちの死である。


「ひ。ひるむな……っ!!」

「い、いや、しかし――……」

「あれは。本当に人間なのか……っ!?」


 銃剣付きの突撃銃を、身丈に合わない幼い少女が、片手で振り回しながら撃ち進んでいく光景。

 確かに。

 人間の所業とは思えない。

 成人男性でさえ、片手でアサルトライフルを扱うのは、至難の業である。

 つまり――。


 アリスは人に非ず。


 そういう結論に至ってもなんら不思議ではない。

 かつてのユキトも、また、同様にアリスを化物と形容した。

 教団の連中も、同じように、アリスを〝異形〟と蔑称するのだ。


「あぁ。恐ろしい――……。異教徒は、やはり、〝悪魔〟を使役しているのか」

「あら。〝悪魔〟だなんて。随分と酷いコトを言うのね?」


 血濡れのアリス、黒きドレスはより一層に暗く染まっており、顔は既に返り血を浴びて真っ赤に染まっている。

 アリスがゆっくりと、三人、生き残った男性信者の元へ、不敵な笑みを浮かべながら近づいていく。


「おお。神よ。どうか我らを救い給え――……」


 ロザリオを手に、祈りを捧げるかのような仕草、一人の老人は立ちすくんでいる。

 信仰の形。

 アリスにも、当然、その意志は伝わっていた。


「貴方たちは。信仰するべき存在を間違えた。ソレだけのコトよ」

「どういう、ことだ……?」

「貴方たちが信仰している存在は神様ではない。ただの。何処かの形のない誰か。それを神として崇めているだけ。ふふっ。本当に滑稽なコトね?」

「そんなはずは……。そんなはずはないっ!!」


 男性信者の、若者、彼は否定の意を込めてアリスを睨め付ける。

 同調する。

 生き残った三人の内、若者二人は、息を巻いて言葉を高々にした。


「我々は……。救いがたき世界を救済するために。この腐敗を取り除く行動をしているッ!!」

「そうだッ。貴様のような〝悪魔〟に否定されるほど。我らの信仰は落ちぶれていな――」


 直後、アリスは無慈悲に銃口を前に向ける、そして引き金を引いたのだ。

 ダンッ、ダンッ、と、二発の銃声が響き渡る。

 銃身の先からは、硝煙、燻る熱が歪みを作って立ち上がる。


「言葉が通じないって。本当に厄介だわ。お話にならないもの」


 老人の隣にいた信徒、その二人は、口から血を吐き出して倒れ込む。

 アリスは小さく息を吐いた。

 言葉が通じない。

 ユキトと同じ結論である。

 故に、問答無用の即殺が、最良の選択であるというコト。

 彼女も同じであった。


「私が神様から与えられた仕事は、貴方たちを一人残らず殺して、この地の不浄を取り除くコト。……――それが神様の願いであり。ひいては。私の願いでもあるの」


 思考すらもない、彼女の信仰は絶対的であり、揺らぐコトを知らない。


「狂信徒、か」

「どういう意味かしら?」


 残った老人の信徒、彼は、アリスに向けて言葉を口にする。

 たじろぐ様子もない。

 堂々と、アリスの姿を指差して、叫ぶ。


「貴様が成していることは――。我らの粛正以上に、残虐で、狂っているッ!!」

「(……?)」


 今さら、この男は、なにを言い出すのだろうか。

 アリスは、くすくすと、愉しげに笑う。

 滑稽ではないか。


「貴方たちに言われるほど落ちぶれていないわ。なぜなら。私は形の在る神様たちに選んで頂いた存在ですもの」

「なんだと……っ!?」 


 思いを馳せる、あの方々が、いる。

 存在がある。

 あの方々は、確かに、この世界の果てに形を成しているのだ。


「神様たちはこの世界に存在するのよ。貴方たち人間には見えないだけで。遠い空の向こう側には――って、あぁ、そうね。貴方たちはこんな穴蔵にいるんですもの。見えなくて当然の話よね?」


 蔑むように、アリスは、目の前の老信徒を嘲笑う。

 議論は不要。

 信徒を殺すために、アリスは、静かに銃口を向けた。


「最期に――。一つだけ。教えて欲しい」

「なにかしら?」

「貴様の言う神様とは。本当に。世界を救える存在なのか?」

「どういうコト?」

「我らの信ずる神は。いくら祈りを捧げようとも。姿を見せてはくれない。意志を告げるための〝天の遣い〟がいる。それだけなのだ」

。ねぇ?」


 出立の際に、ユキトが情報の一つとして、口にしていた言葉がある。

 〝教団の御子〟。

 カルテットにはその支部ごとに、団体を司る、〝天の遣い〟と呼ばれる御子がいるという。


『〝……――恐らくは、元締め、収益をまとめる誰かがいるんだ〟』


 ユキトは、そう、推察をしていたが。

 事実のようだった。


「それでも――。その存在が喩え偶像だとしても。その意思にさえ従っていれば。我らの繁栄は間違いないものであり。数多の神々は不要の産物であった」

「……――ええ。それで?」

「貴様の信ずる者。存在する神。それは本当に我らの世界を救ってくれるのか?」

「(…………)」


 老人の発した言葉、それは、真理を問う者の純粋な疑問に思えた。

 故に。

 アリスは答えたのだ。


「知らないわ。……――そんなコトは」

「くっくっく――……。やはり。貴様は〝悪魔〟だよ」

「ええ。そうかも知れないわね。私は考えるコトが苦手なのだもの」


 だから、一途に、神様の願いを叶えるコトしかできない。

 そういう存在。

 果てに、きっと、自らの存在意義があるコトを信じている。


「さようなら。熱心な宗教家さん」

「ああ――。我らが神よ。永遠なれ」


 その言葉を最期に、つんざくような銃声が響き渡り、老人は笑みを浮かべたまま、血をまき散らかし、膝から崩れ落ちた。

 沈黙。

 その場に響く、後の音は、一つも残っていない。


「やりづらいったら。ね。本当に困るのよ」


 小さく毒づくアリス。

 珍しく。

 アリスにしては殺しに時間をかけたのだ。


「貴方が信ずる神を換えたのなら。きっと。その魂は報われるでしょうね」


 動かなくなったその老人に、静かに、言葉をかけた。

 慈悲。

 形にするなら、きっと、そういうモノだろうか。


「ふぅ。……――ようやく。追いつけた」


 アリスの背後、駆ける足音が響く直後に、ユキトが剣を片手にやって来た。

 その姿は血に塗れている。

 戦いの数々が容易に見て取れるようだ。


「ふふっ。随分と苦労したみたいね?」

「本当に……。誰のせいか分かるかい?」

「さぁ。分からないわね」


 ピキピキ、と、ユキトは形の良い眉毛にしわを寄せている。


「今回の仕事が終わったら。絶対に。説教させて貰うから。良いね?」

「あらあら。恐ろしいコト。ふふっ」


 普段通り。

 そんなユキトの姿が、少しだけ、アリスの困惑した心を癒やしてくれた。

 そうだ。


 本当に、アリスには、なにも分からないのだ。


 自分の成すコトの正しさを。

 殺すばかりしかできない。

 己の存在意義を。


 〝秘密の心〟。


 ユキトは、きっと、そのコトに気付いているのだろう。

 その上で、きっと、彼は気を遣ってくれている。

 分からなかろうが、分かろうが、神の遣いであるアリスは殺し続けるコトしかできないのだから。

 神様に造られた、天遣てんし、アリスはそういう宿命を負っている。

 知っているからこそ、彼は、なにも言わないのだ。


 それは、彼女アリスという存在にとって、この上ない最良の優しさなのであった。

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