狂神 / 鬼神


     ◇


「ああ――……。明日よ。それでは。さようなら」


 さわさわっ、と、揺らめく木々に囲まれている。

 獣道。

 人気のない緑の世界を、ユキトは渋々と言った様子で、歩き続けている。


「貴方。まだそんなコトを言っているの?」


 その隣を歩くアリス、いい加減にさない、と、幼い少女からたしなめられる青年の構図だった。

 ともかく。

 日は落ちて、夜、いつも通りに、アリスとユキトの時間がやって来た。

 具体的に言えば、殺しの仕事、その時間である。

 嫌々、とは言いながらも、ユキトはしっかりと情報の収集を終わらせている。

 カルテットのサチュル支部は、情報筋によれば、この先に在るらしい。

 教団が所有する、と、そう噂されている洞穴が、サチュルの街から少し外れたこの森の中に、ひっそりと佇んでいるという。

 もちろん、情報は情報、あくまでも〝噂〟であり、真偽はとにかく定かではない。

 だが――。

 此方には、そう、神の子であるアリスがいる。

 今、二人が歩いている森、その向かう先に、必ず〝標的〟が存在する。

 その確証を、アリスを通じて、神々からのお墨付きとして得ているのだった。

 後は、狙いに裁きを下すのみ、それだけでこの仕事は終わりとなる。


「いいかい。今回はどうか。ソレが本当に重要になるんだ。いいね?」

「ソレは。私がどうというよりも。貴方自身の問題でしょう?」

「その通りだ。キミの行動いかんによってボクの生死が決まると言って良い。だから。しっかりやって貰わなきゃ困るんだ」

「言われなくても。私は仕事を失敗したコトがないの。一度もね」


 ユキトが発した言葉の意味は、伝わっているのか、その返答には疑問が残る。


「スマートに。クレバーに。成功させてくれと言っているんだ」

「無理ね。私。殺しに関してはプライドを持っているのだもの」

「どんな?」

「情熱的に。煽情的に。そして――。徹底的に殺すのよ。神の遣いとして。ね」


 つんっ、と、平たい胸を突き出すように、アリスは胸を張って、堂々と言い放ったのだ。

 つまり。

 自制するつもりはない、一切ない、そういうコトであろう。


「頼む……。いや。頼むから今回だけは自分を少し抑えてくれないか?」


 ボクを守るためにも、と、ユキトは弱気な懇願を続けている。

 対して。

 にこり、と、アリスは小さく微笑んだ。


「自分でなんとかなさい。貴方は。それくらいできるでしょう?」


 なにせ、この私に一撃を入れたのだから、と。

 過去の話を引っ張りつつ、満足そうに、笑うのだった。

 だが、ユキトにはまったくもって自信がない、否、この状況で自信など持てるハズもないのである。


「ボクはさ。相手との一対一なら。どんな状況でも生き残れる自信がある。アリスと一緒に旅をしてソレは一層に強く感じた。嘘じゃないよ」

「なら。誇れば良いじゃない。貴方はしっかりと強いのだから」

「問題は攻撃力の話じゃないんだ。防御力の方なんだよ。アリス」


 どれだけ攻撃力を上げようと、人間という身の防御力は、そうそうに上げられるモノではない。

 ただでさえ、ユキトは鎧の類が苦手――動きにくいという理由から――であり、常にスーツとコートの二枚のみが、唯一の防御なのである。

 あんな重い代物を付けて戦う方がおかしい。

 戦人いくさびととして、ユキトの思考は、極めて異端なものであろう。


「なら。ぜんぶ避ければ良いのよ。そんなものは」

「キミは。滅茶苦茶なコトを言って――……」

「……――っと。ほら。あの洞穴ではないかしら。連中が集まるという場所は」

「ん」


 アリスが草陰へ隠れるように座り込み、送る視線の先には、見るからに〝仄暗い〟洞穴が存在している。

 入ったら痛い目に遭いますよ、と、見るからに感じられる佇まいだった。

 不気味、と、そう言えば分かりやすいだろう。


「噂通りと言えば良いのか――。確かに。アレじゃ誰も近づかない。好奇心旺盛な子どもでさえ忌避して逃げ出しそうな雰囲気だし」

「ええ。そうね。見るからに〝いますよ〟と言っているようなものだわ」

「さて。どうしたものかね」

「逃げる?」

「まさか。ここまで来てその発想は取らないよ。仕方がない。もう腹は括ってるさ」


 どうせ逃げられないのだから、もう、後は無事に切り抜ける術を考えるしかない。

 あらゆる選択肢の中から、最良、もっとも確率の高い道を選ぶ。

 仕事をこなし、且つ、生存する。

 その方法を。


「流石ね。男の子。強い子だわ」

「なんだろうね。珍しくボクの方が馬鹿にされているような。不思議な気分だよ」

「いつものお返しよ。少しは噛みしめなさいな。ユキト」


 くすり、と、アリスは悪戯な笑みを携える。

 そして――。

 ジャキンッ、と、服の背中から、黒鉄の突撃銃を彼女は取り出した。


「んぁ……っ?」


 と、思わず変な声を、ユキトは上げてしまう。

 無理もない。

 その行動は、この現状において、もっとも理解が不能な行動であったから。


「さぁ――。それでは。行きましょうか♪」


 ライフルを携え、不敵な笑みをも携えながら、ダンッ、と、洞穴の方向へ向かってアリスは走りだしてしまった。

 目にも留まらぬ速さで、駆ける、そのまま彼女は中に侵入していく。

 瞬間的に、ユキトは状況が飲み込めず、ただ、呆然としている。

 が。

 直後に、コトの重大さに気付く、非常事態だった。


「ま、待っ――……!!」


 言葉を言い終える頃には、当然、アリスは目の前にいない。

 洞穴の中から響き渡る、銃声、悲鳴という名の音色。

 ユキトには、もう、走る以外の選択肢が残されていなかった。

 アリスの暴走。

 そして、一方的なまでの、殺戮の開始である。


「ったく。どうして――。キミは――……。周りを見ないんだよ……っ!!」


 アリスの突入から少し遅れて、ユキトも、洞穴の中に入り込む。

 腰の鞘から剣を振り抜き、身体を風に流し込むように、アリスを追って駆け抜けていく。

 考えていた段取りや計画はすべてが水泡に帰した。

 やはり――。


「キミは。本当に。馬鹿なヤツだよなぁっ!!」


 叫ぶ。

 洞穴に入り、すぐに見えた光景は死屍累々、血と硝煙と臓物の香りが広がる。

 少女アリスが真っ直ぐに突き進んだ、その痕跡が、酷く残っている。

 加えて。


「くそっ。後始末はやっぱりボクじゃないか……!!」


 アリスがキチンと殺しきらなかった、あるいは、騒動を聞きつけての増援なのか。

 とにかく。

 生きている人間が、武器を持った人間が、ユキトの立つ洞穴の入り口付近には、わんさかと存在していた。

 敵意。


「コイツ……。異教徒だっ!!」

「殺せッ!!」

「掴まえろぉッ!!」


 言わんこっちゃない、と、ユキトは内心で完全に呆れきっていた。

 コレが、アリスの作り出した、最悪の状況である。

 心底から湧き出る、最悪に、間違いない。

 銃器に剣に斧に槍に。

 数多の武器を持った教団の連中が、一点に、つまり、ユキトの方向だけを見据えて睨み付けている。


「言葉が通じる類の連中じゃぁ。ないようだし。ねぇ――……!!」


 ユキトとて、元々、言葉が通じる相手だと思っていなかった。

 皆殺し。

 それ以外に道はない。


「皆の者。全員。かかれ――……、ッ!?」


 連中が体制を整える、その間髪を入れずに、ユキトは前方へ剣を手に駆けていた。

 殺られる、その前に、殺れ。

 基本的であり、且つ、分かりやすいまでの〝特攻〟である。


「(そうだ。殺せ。単純イージーに――)」


 ……――思考とは、イコール、ディレイを指す言葉でもある。


 普段は、事前に、且つ、入念に物事の算段を立てるユキトである。

 が、最終的にユキトの強さを支える根本的な要素は、彼の持つ剣才と人間離れした直感力にある。

 戦の場に立てば、最後、役に立つのは己の経験と技術のみ。

 そのコトを、十二分に理解している、彼は瞬時に自らのスイッチを切り替えるコトができる。

 結果、つまり、どういう状況が生まれるのか。


 鮮血、舞う、その渦中に青年が烈火の如く剣を振るう姿。

 縦横無尽。

 鬼神の如く、疾く、駆け回る。


 その凶刃は、紛れもなく、〝教団〟ですらも戦慄を覚える狂気であった。

 思考がない。

 その姿には感情というモノが一切感じられないのだ。

 ただ、殺す、それだけの存在。

 ユキト=フローレスという人間が、恐ろしい、と、そう感じるのは至極当然の思考である。

 所業、正に、人に非ず。


「ば、化物……ッ!!」

「に、人間じゃ、ない……っ!?」

「ひ、ひぃ……!!」


 抵抗も、躊躇いも、畏れも、逃走も、驚嘆も。

 すべてが意味を成さない。

 剣を振るう、そのコトだけを、考えろ。

 今の彼の頭にあるのは、ただ、それだけなのだ。

 舞い散る血の霧雨と灼熱を、頭から被りながら、心は酷く落ち着いている。


 〝悪魔〟。


 誰かが、そう、呟いた。

 瞳の色を一切なくした、狂気の青年は、自らの剣で人を紙切れのように無意識で切り裂いていく。

 吹き上がる血も、一切、気にしない。

 逃げる相手にすら、容赦もない、一方的に確実に殺していく。


 ユキトは、かつて、アリスのコトを〝悪魔〟と形容した。


 が、それはお互い様と言わざるを得ない、事実だろう。

 〝殺戮少女アンノウン〟は〝二人〟で〝一つ〟の存在だ。

 アリスだけでは、今の殺戮少女は、到底成り立たない。


 狂っているのは、同じく、ユキトも同様である。


 果たして、そのコトに、彼は気付いているのだろうか?

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